大場蘭の章_7-9
中に入って、引き戸を閉める。
「へーい、いらっしゃい!」
板前さんの威勢が良い声が響いた。
俺とRUNはカウンター席に並んで座る。
店内には、少し奥のカウンター席に着物を着た女の人が座っているだけで、他にお客さんは居なかった。昼時なのにあんまり流行ってないみたいで、ちょっと不安になる。
「何でも好きなネタ頼んでええよ。ウチ、それなりに金持ちやし」
「そりゃまぁ……元有名人だもんな」
俺のサイフの中身は三千円だからな。
「達矢くんが頼まんのなら、ウチが適当に頼むから、それ食べてもらうけど。ええか?」
「いや……俺は……ほら、これ。海鮮丼がランチタイムで安いらしいから――」
「何でやねん。何でも奢る言うとるやろ」
そんな会話を交わしていると、板前さんが声を掛けてくる。
「きみたち学生だね? あんまりサボってると、後悔するよ」
「な、何故ウチらが学生やてバレたん!?」
「制服着てるからだろ」
「あ、せやな。そらバレるわ。バレバレや」
言って、笑った。
「まぁ良いや」と板前さん。「それで、何にする? できるだけ出血サービスしちゃうよ! 学割ってやつだ!」
「何か、板前さんぽくないなぁ」
すると、店の奥にいる着物の人が笑いをこらえようとしてこらえ切れていない「ふふっ」という笑いをこぼした。
「こら、何がおかしい」
それに反応する板前さん。
「あんたが店にマッチしてないってさ! ケッサクだねぇ」
言って、また笑った。
「えぇっ!? ひどいなぁ。そういうことなのかい?」
「そうだよねぇ」
ニヤニヤ笑いながら同意を求めてきた。
何か、板前さんと着物の人が仲良しっぽかった。
「なぁ、達矢くんも大トロ食べとく?」
「大トロだと!」
「中トロがええか?」
「いや……えっと」
「両方か。なんや欲張りやなぁ」
「いや、あの、はい……」
着物の女の人は「ふふっ」とまた笑った。
ていうか、完全にRUNにペースを握られている気がする。
「あんな、達矢くん。海鮮丼も安くて美味いんやろけどな、ウチは今日は大トロの気分やねん。付き合うてもらうで」
とても良い笑顔で言った。
「お兄さん! 大トロ中トロ、その他いろいろ! オススメセットを二つっ!」
何だそのわけのわからん頼み方は。
「は、はぁ……」
「あっはは、『お兄さん』だって」着物の人。
「何がおかしいかっ!」板前さんは怒ったように言う。
「うんとサービスしてやんな」
「そんなの、華江さんが決めることじゃないだろっ」
着物の人は、華江さんという名前らしい。
「ほらほら、喋ってる暇があったら、握りなっ、お客さん待たせちゃ悪いだろ。あ、あとアガリちょうだい」
「それくらい自分でやってよ。目の前にあるでしょ」
「何ぃ? サービス悪いねぇ。そんなんだから隣の回転寿司屋にお客もってかれるんだよ」
「あれは寿司ではないっ! Sushiだ!」
「そんな細かいこと言っているうちは、一生勝てないよ」
「くっ……華江さんに寿司の何がわかる……」
「ものの美味しさはわかるからねぇ」
「おい、それじゃまるでおれの握るのがマズいみたいな言い方じゃねぇか」
「そんなことないわよ。美味しいけど」
「な、ならいいけどよ」
「でも経営努力が足りないのよね」
「いや、純粋に味で勝負を……」
着物の人は、湯のみを持った手の人差し指で板前さんを指差し、
「それが甘いってのよ」
そんな感じで、軽快に会話していた。
するとRUNが小声で、「どんな関係やろか」などと訊いてきたので、「さぁな、甘い関係なんじゃねぇの?」小声で返した。
すると、
「酸っぱい関係よ」
どうやら、聴こえていたらしい。
ていうか酸っぱい関係って、何だよ。
「華江さん、それどういう意味だい?」
「酸味ってのはね、元々は危険な飲食物だってのをわからせるためにあるもんだからねぇ」
そこで俺は、
「危険な関係ってことっすか?」
「そこっ、不倫してるみたいに言わない!」
「そこまで言ってませんけど……」
「何や面白い人たちやなぁ」とRUN。
たしかに。
「それにしても、あんたたち見かけない子だねぇ。この町には来たばかり?」
「ええ」
RUNはメガネをクイッと持ち上げた。
「そのメガネ、伊達でしょう」
「!!」
RUNはビクッっとした。
「達矢くん。いきなりバレたで。何者やろか」
小声で話しかけてきた。
「メガネ屋なのではないか」
「なるほど」
「違うねぇ」と着物の人。
「ただの花屋だよ」と板前さん。
その言葉が、不服だったようで、
「ただの、だぁ? 素敵な花屋とか可憐な花屋とか言ったらどうなの」
「素敵っ、可憐っ」
プクククと笑いをこらえる板前さん。
「あんた、何か言いたいことあるの?」
「いえ、別に……何でもないです、華江さん」
「ふぅむ、花屋だからハナエなのか。単純だな」
俺は小声でRUNに話しかけたが、
「あんたも……微妙に失礼だよ」
おこられた。地獄耳である。
「すみません……」
「まったく、この町の男どもときたら、どいつもこいつも……」
そして、
「はい『大トロ中トロその他いろいろ』二つ、お待ち!」
おお、ついに……。
板前さんは、俺とRUNの前に多種のネタが乗った板を置いた。
「おお……」
「うまそうやな」
彩りもあって、ボリュームもあって、且つ美しく並べられていた。
きらきらしてる。
「ああ。みどりの弁当と比べたら大違いだぜ……」
「……ん? みどりの弁当? あんたたち、笠原んとこの子と仲良いのかい?」
「ええ、まぁ、同じクラスです」
「同じクラス……ってことは……あの三年二組かい」
えっと、“あの”三年二組って……そんな悪名高いのか、やっぱ。
「わあ、懐かしいねぇ華江さん。おれたちも三年二組だったよね」
「まぁ、あたしらの時と同じ教室ってわけじゃないけどね」
「え、何かあったんですか? 建て替えとか……」
「卒業式の日に、ロケット飛ばしたがったヤツがいてねぇ。そいつが湖から飛ばしたロケットが直撃して、学校丸ごと大破したって事件があったの。死傷者は出なかったけど、バカなことするわよね」
「華江さんが『ロケット飛ばそう』とか言ってはしゃいでたんじゃなかったっけ」
「あぁん? 悪い?」
「いや……悪くはないけどさ。いや、結果から考えるとすごい悪いことだったような気もするけど……」
「ほら、そんなことよりも、二人とも、お寿司食べないと冷めるわよ」
華江さんが言うと、
「最初からそんな熱くないし冷めても美味しいけどね」
と板前さん。
「何、さっきから。ケンカ売ってんの?」
「いえ……」
おこられていた。
何だか……この華江さんって人とよく似た人を、俺は知っているような気がするんだが。
それは、よく腕組をしていて、他人を威圧して見下ろす、RUNちゃんの大ファンで、フミーンの飼い主で……。
そう、上井草まつりに似ているんだ。
お姉さんとか親戚とかだろうか。
……まぁいいか。
「あっ、そんなことよりも、お二人さん、華江さんの言うように、早く食べてよ。お寿司は握りたてだよ」
「ああ、はい」
「「いただきます」」
俺とRUNは、おてふきで手を拭いて、醤油を小皿に入れる。
手掴みで大トロを持ち上げ、少しだけ醤油をつけて口に運んだ。
もぐもぐ……。
とろけた。
そして飲み込む。
「これは……うまい」
今まで食べた寿司で、一番。
超うまい!
「まぁまぁやな」
「そうかい、うれしいよ」
笑顔だった。




