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ショコラ・ノワール  作者: ZAKI
エピローグ
35/35

「鳴海さん、火ありますか?」


 訊かれて、ああ、と応えた鳴海はポケットからライターを取り出した。

 葵が差し出した線香に火を点け、軽く振って炎の勢いを消す。その一部を、葵に手渡した。

 最初に鳴海が供え、葵がそのあとにつづく。綺麗に磨かれた墓石のまえには、生け替えた花と、ラッピングされたチョコレート菓子が供えられていた。チョコレートは、葵が墓前に供えるために手作りしたものだった。

 ふたりで手を合わせ、それぞれに故人を偲ぶ。葵は随分長いこと、手を合わせていた。


 前回の墓参からふた月たらず。命日にひとりで訪れた墓に、こうして葵を伴う日が来るとは思いもしなかった。


 加奈子がいなくなった店は現在、鳴海と葵とで切り盛りしている。以前のように店頭で売り子として働く傍ら、葵はチョコレートソムリエの資格を得るべく、勉強に取り組みはじめたところだった。

 少しでも専門知識を身につけ、幅広く対応していけるようになりたい。

 葵の前向きで真摯な姿勢は変わらない。その意欲に応えるかたちで手ほどきをするのが鳴海も楽しかった。


 ル・シエル・エトワール――星空……。


 妻、小夜の名をイメージした店名をかかげるようになって1年。


 亡き妻は甘い物を好み、とりわけチョコレートに目がなかった。

 鳴海自身、日頃から間食をする習慣はなく、調理にもチョコレートにも、まるで関心はなかった。それでもショコラティエを目指し、自分の店を持ったのは、それによって己に生きる理由を見いだすためだった。

 そうでもしなければ、今日を明日に繋いで踏みこたえることができなかった。


 厨房に立ちつづけることで、鳴海はかろうじて己の生を放棄せずにながらえることができた。そんな自分に訪れた、ひとつの出逢い――



「行こうか」


 ようやく顔を上げた葵をうながし、鳴海は立ち上がる。

 柄杓ひしゃくを入れた水桶を手に歩き出した鳴海の横に、葵が並んだ。


「奥様とまひるちゃん、チョコレート気に入ってくれるといいんですけど」

「大丈夫。ふたりとも喜んでるよ」


 鳴海の言葉に、葵は口許を綻ばせた。

 前方からやってきた人影に、葵が一歩下がって道を空ける。互いに挨拶を交わしながら一列になってすれ違った直後、葵が後方から呼びかけてきた。


「あの、鳴海さん」

「ん?」

「今日は連れてきてくださって、ありがとうございました」


 鳴海は足を止めて振り返った。そして、こちらこそ、と返した。その胸に、あたたかなものがこみあげる。

 ふたたび歩き出すと、葵が足を速めて追いついてきた。


「小夜と、なに話してた?」


 葵が並んだタイミングで尋ねてみる。そんな鳴海を、葵は振り仰いだ。

 一度開きかけた口唇が思いなおしたように閉ざされる。それから、ひと呼吸置いてもう一度開いた。


「内緒です。女同士の秘密の話」


 口許に浮かぶのは、満面の笑み。

 その顔を見て、鳴海の口許にも微笑が閃いた。


 横にいる葵から転じて視線を上げると、青空の中に浮かんでいるのは真昼の白い月。鳴海はその月を、穏やかな気持ちで眩しく見つめた。



   ~ end ~ 



最後までおつき合いいただきましてありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

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