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ショコラ・ノワール  作者: ZAKI
第10章
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 時間をあえてずらしたのは、義父母を避けるためではなく、鳴海自身が己の気持ちを見つめなおしたかったからだった。先達せんだっての訪問で、義父に言われたことも含め、きちんと己の中での落としどころを見つけたかった。そのために独りで小夜と向き合おうと思ったのだ。それがまさか、余計な気を揉ませることになっていたとは。

 娘たちが死んだのは、おまえのせいだ。そう恨まれ、憎まれてもしかたのない立場だと納得していた。それなのに、義父も義母も旭も、一度もそんなふうに鳴海を責めたことはなかった。それどころか、いつでも自分たちを後回しにして鳴海を気にかけ、心配してくれる。そのことが申し訳なく、ありがたかった。


「申し訳ない。そんなつもりじゃなかったんだが」

「うん、だよね。俺もそう言ったんだけどさ。親父も一応頭では納得してるものの、言いすぎたんじゃないかって気にしてるせいで、ひっかかってるみたいなんだよ」

「言いすぎもなにも、前回のあれは、むしろお義父さんに背中を押してもらったようなもんだし」

「その辺をさ、今度りょうちゃんから直接、親父に言ってやってよ」


 旭はニッと笑った。


「そうすりゃ俺も、カナとのこと報告しやすいし」

「先輩サイテー……」


 旭の横で、加奈子がボソッと漏らした。そんな加奈子に、鳴海は視線を移す。


「塚本さんの今回の離職は、旭くんとのことも関係してるのかな?」


 鳴海の問いかけに、加奈子は「いいえ」と答えてきっぱり否定した。


「それとはまったく違う事情です。もともと、バレンタイン・シーズンのあいだだけでもっていう条件でオーナーには無理やり受け入れていただいたとこもありましたし」

「それはまあ、たしかにそうだが」

「やっぱりこういうことって、するもんじゃないですね。ズルはするものじゃないなあって、つくづく思い知らされました」


 加奈子はそう言って、苦い笑みを浮かべた。


「オーナーにはもちろん、とても感謝しているんです。ご一緒させていただけたことで学ぶことも多かったですし、たくさんの刺激もいただきました。でも、そもそものスタート地点が間違っていたので、いろいろ自分に跳ね返ってくることも多くて」

「というと?」

「邪念が多すぎて、職人としてきちんと仕事をすることができませんでした」

「そんなことは、決してなかったが」

「いいえ、ダメでした。オーナーの指示にしたがって動くので精一杯で、ショコラティエールとして納得のいく働きがちっともできなかったんです。自分のできなさ加減にうんざりしました。これじゃダメだダメだって焦るばっかりの毎日で。だから余計にオーナーに精神的に依存してしまって、葵ちゃんを疎外する空気を強めてしまったり」


 加奈子は葵に向かって「本当にごめんなさい」と真摯な態度で謝罪した。


「自分はそれなりにキャリアも積んで、男性とも対等に渡り合っていけるんだと思ってました。絶対負けるはずがないって自負してたんです。でも、いざとなると精神面での弱さや未熟さが如実に出てしまって。いかに考えが甘かったかを思い知りました。わたし、このままオーナーの許にいたら、もっともっと甘えてしまうと思うんです。わたしの至らない部分を、オーナーがいつでも完璧にフォローしてくださるし、行き詰まると手を差し伸べてくださいますから。だから、一人前の職人として成長するためにも、自分を逃げ場のない場所に追いこむことにしようと思ったんです」

「ひょっとして、自分の店を持つということかな?」

「はい」


 鳴海の問いかけに、加奈子は迷いのない様子で頷いた。


「もちろんまだ計画の段階で、具体的なことはこれから本格的に動き出す予定なんですけど」

「そうか、精一杯やってみるといい。力になれることがあれば、いくらでも相談に乗ろう」

「ありがとうございます」

「いっそのこと、りょうちゃんに暖簾のれん分けしてもらえばって言ったんだけどね」


 生真面目に頭を下げる加奈子の横で、旭が軽口を叩いた。


「でなきゃ、『ル・シエル・エトワール』の支店とか姉妹店とかさ」

「暖簾分けできるほどの実績を残してないよ」

「いやいや、りょうちゃんはカナが惚れこんだ、ただひとりのショコラティエだから」

「もう、先輩ってば! いい加減にしてくださいっ」


 本気とも冗談ともつかない旭の態度に、加奈子が目を吊り上げる。その顔を見て、旭は早々に白旗を揚げた。酒の席だからと調子に乗りすぎて、本気で怒らせてはあとが怖い。いまから完全に主導権を握られているそのさまを見て、鳴海は笑った。


「見事に尻に敷かれてるな」

「いや~、もう全然勝ち目ないよね。俺なんかより遙かに弁は立つし、度胸も据わってるしさ。そもそも、くだ巻かれてるときから俺のほうが完璧受け身だったし」

「ひょっとして、弱腰だった旭くんをその気にさせたのは、塚本さんのほうかな?」

「女に腹括られちゃったら、男はどう足掻いたって勝てないよね~。抵抗するまもなく、あっさり押し倒されちゃったよ。りょうちゃんとこも、じつはそのクチなんじゃないの?」

「ま、当たらずとも遠からずといったとこだな」

「へ~、葵ちゃん、やるなあ。おとなしそうに見えて、やるときはやるタイプなんだ」


 鳴海と旭のやりとりに、傍らにいた葵と加奈子が一瞬絶句する。それから同時に腰を浮かせた。


「なっ、鳴海さん…っ」

「ちょっとっ、先輩っ!」


 そろって抗議の声をあげられ、鳴海と旭は笑い出す。そしてあっさり降伏した。


「まあさ、なんだかんだ言いつつ、お互い、雨降って地固まったってことでいいのかな。俺は結構本気でホッとした。最初はどうなることかと思ったけどね。りょうちゃん、よかったね」

「ああ、お互いに」


 旭の言葉に鳴海も頷いた。その脳裡に、ひとつの言葉が甦る。


『私にできるのは、決して許されることのない罪を、これからも巨大な十字架として背負いつづけていくこと、それだけなのでしょうか――』


 どんなに苦しくとも、そうするしかあるまいと思う。

 小夜とまひるを喪ったあの日から、己の心に刻まれた烙印が消えることはない。この先も一生。

 そう思って、鳴海は元教え子の姿を思い浮かべる。


 彼女は彼女の十字架を、自分は自分の十字架を背負いつづけていくことになるだろう。この先も、生きていくかぎり、ずっと――




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