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「なんだろう。俺も被害者の遺族っていう立場ではあるんだけど、りょうちゃんとはまたちょっと、立ち位置が違うじゃない? なんか間近でりょうちゃん見てたら、俺、自分が結婚するの怖くなってきちゃったんだよね。弟とか叔父の立場でも相当キツかったんだけどさ、それがいざ、りょうちゃんの立場になったときに、果たしてりょうちゃんみたいに踏ん張れるかなって」
絶対無理だと思った、と旭は力なく笑った。
「ボロボロになったりょうちゃんをだれより近くで見てきて、知ってるから、それを自分に置き換えたときにどうなるかは簡単に想像がつく。俺、りょうちゃんよか全然ヘタレだし」
「そんなことはないだろう」
「あ~、大丈夫。下手な慰めとか、気にしないで。事実だから」
旭は笑ってヒラヒラと手を振った。
「でさ、向こうも相当痺れ切らしてたから、そういう本音白状したら、その場でソッコー見切りつけられたよね。ふざけんな、だったらなんでもっと早く言わない!って。賞味期限がどうとか言ってキレてたけど、そういうのはともかく、実際女の立場からすれば、出産とかその後の子育てとか、いろいろ将来設計もあるだろうし、しょうがないかなって」
旭はそんな内情があったからこそ、いまのいままで鳴海には黙っていたのだろう。
「まあ、そんなわけだったんで、俺としてもこのまま生涯フリーかなって思ってたんだけどね」
自分でもなぜか想定外の展開になってしまった。そう言って、旭は照れくさそうにおどけて見せた。
「それで、この件はお義母さんたちには」
「いや、まだ全然言ってない。っていうか、言えてない?」
旭は即答した。直後に頭を抱える。
「ってか、それ考えると、すっげえヤバいよね~。マズいな。どうしよっか」
「そんなに困ることでもないだろう? それこそめでたい話だし、もともと塚本さんのことは、お義母さんも気に入ってたわけだから」
「だからヤバいんじゃん!」
どこがそんなに問題なのかと、まるで腑に落ちない鳴海に旭は訴えた。
「おふくろは、カナをりょうちゃんの相手にって考えてたわけ。はっきり言って、おふくろの中でりょうちゃんの存在は別格なんだよ。実の息子の俺なんかより全然格付けが上だし、大事なわけ。その大事なりょうちゃんの嫁候補を、不肖の息子である俺が横からかっさらっちゃった、みたいなことになってんだよ? おふくろが心から喜んだり、笑顔で祝福なんてありえないっしょ!」
「まさか、そんな――」
「いいや、俺は絶対ぶっとばされるね。っていうか、下手すりゃ殺されるよ」
そんなバカなと鳴海は苦笑したが、旭は真剣だった。
「りょうちゃん、これ、マジな話だかんね?」
「そう言われても……」
「いや、もちろん殺す云々は言いすぎとしても、俺が大目玉くらうことは間違いないから」
たったいま口にしたとおり、畳みかけられたところで「そう言われても」としか反応のしようがない。そんな鳴海に、旭は「ようするにだ」と身を乗り出した。
「おふくろにとってはそのぐらい、りょうちゃんのことが気にかかってしかたないわけだよ。そのりょうちゃんが仕事面だけでなく、私生活でも次に進もうとしてるってわかったら、絶対泣いて喜ぶと思うな、俺は。りょうちゃんにさ、だれより幸せになってほしいって、ずっと願ってきた人だから」
言われて、鳴海は返す言葉を失った。
「まあ、そんなわけだから、そのうち葵ちゃんとふたりで、親父とおふくろにも報告に行ってやってよ」
旭が言いたかったのは、結局そのひと言であったらしい。わかった、と頷いた鳴海に、旭は唐突にククッと喉を鳴らして笑った。
「こないだ親父の奴、勢いあまって『うちにはもう二度と来るな!』とか言っちゃったらしいじゃん? あれ、あのあとメチャクチャ後悔してんだよね」
「……え?」
「つい、りょうりゃんのまえでカッコつけちゃったみたいだけど、実際あれで、ホントにりょうちゃんとの縁が切れちゃったら、とか思ったら、寂しくてしかたないみたいで」
「まさかそんな。縁が切れるだなんてことは……」
「そうなんだけどね。俺もりょうちゃんの性格で、それっきりなんてことはないって言ったんだけど、こないだの命日のとき、りょうちゃん墓参りの時間ずらして、うちにもそのまま顔出さなかったじゃん? あれ、結構堪えたみたいでさ。しょげてたんだよね」
なら言わなきゃいいのにとぼやく旭と一緒になって、鳴海は笑う気になれなかった。




