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「あ~っ、マジか~っ! 結局そういうことになったかぁ!」
向かいの席で、旭が大仰に呻いて額に手をやり、天を仰いだ。その隣で、加奈子がクスクスと笑っている。加奈子の正面、鳴海の横では、葵が居心地悪そうに身を縮めていた。
駅前にある、創作料理専門のダイニングバーの一角。
鳴海もまた、気まずい思いで視線を逸らしつつ頭を下げた。
「いろいろ気を揉ませたようで、申し訳ない」
「いや、俺はべつに、なにしたっていうわけでもないからさ。こういうのは本人たち次第っていうか、当事者の気持ちがいちばん大事なわけだし」
言いつつも、やはりどこか、複雑そうな様子を見せていた。
妻の小夜が亡くなって5年。その小夜の実弟である旭に葵とのことを打ち明けるのは、鳴海としても相応の覚悟が要った。だが、今後のことを考えるなら、このままふたりの関係を伏しておくわけにもいかない。
葵が店に戻って半月。ゴールデンウィークを目前に、加奈子が店を辞めることが決まった。その送別会も兼ね、諸々報告するための酒の席を設けたという次第だった。
「先輩、そんな言いかたしたら、オーナーも葵ちゃんも困っちゃいますよ。せっかくのおめでたいお話なのに」
苦笑交じりに、とうの加奈子がなだめ役となって割って入る。言われて、旭も困りきったように頭を掻いた。
「あ~、いや、ごめん。べつに水差すとか、そういうつもりじゃないんだけど……」
「いや、旭くんの気持ちもわかる。俺としては、ただ面目ないとしか――」
「いや、いやいやいや、ほんとやめてっ、りょうちゃん!」
ふたたび深々と頭を下げかけた鳴海のまえで、旭が中腰になって両手を振り、あわてふためいた。
「ごめんっ、俺、全然そういうつもりじゃないから! っていうか、りょうちゃんが幸せになってくれるの本気で嬉しいし、ふたりのことも心から祝福したいって思ってる。いまのはちょっと、なんていうか別口で思うところがあって」
「別口?」
「あっ、いやそのっ」
聞き咎めた鳴海に、うっかり口を滑らせた態の旭が片手で口許を覆った。
「もうっ、先輩!」
テーブルの下で、加奈子が旭を小突く。
どうも、なにやら意味深である。
曰くありげなふたりの様子を訝しんでいると、しばし気まずそうに顔を蹙めた旭が、やがて観念したように深々と息をついた。
「もういいや。この際だから、うっかりついでに白状しちゃうけどさ」
途端に加奈子がなにか言いたげな様子を見せたが、旭が目顔で制すのを受けて引き下がった。
「りょうちゃんもうすうす感づいてたとは思うけど、カナを最初に店に連れていったのって、りょうちゃんに引き合わせるためだったんだよね。嫁さん候補として」
やはりそういう思惑があってのことだったかと納得する鳴海の傍らで、葵がいくぶん、身構えるように両肩に力を入れて表情を硬くした。旭はそんな葵にも気を配りつつ、話をつづけた。
「でさ、りょうちゃんはたぶん、俺の一存でお節介焼いたと思ったかもしれないけど、これがじつは全然違くてさ。なんと、裏で手を引いてたのって、うちのおふくろ」
「お義母さんが!?」
さすがの鳴海も、これには愕然として声をあげた。
「まさかと思うでしょ? けど、これが冗談抜きで、掛け値なしの事実なんだな」
旭は肩を竦めた。
「知ってると思うけど、おふくろもずっと、りょうちゃんのことは心配しててさ。まだ若いのに、この先も変わらず姉貴に操立てて独り身を通すつもりなのかって、とにかくやきもきしてたみたいなんだよね。で、そんなときにカナの存在知って、りょうちゃんとおなじ職種目指してるうえに、なによりしっかりしてて気立てもいいっていうんで、すっかり気に入っちゃってさ」
「すみません。オーナーにどうしても口利きしてほしいって、わたしのほうから先輩のご自宅に押しかけたものですから」
加奈子が恐縮した様子で言い添えた。
「もうあとは俺も、おふくろの勢いに押されまくって、断るに断れない状況に追いこまれちゃったっていうわけ」
それがあの、加奈子を連れて半ば強引に店に押しかけてきたときの事情だったのだという。
「なんていうかさ、俺も立場的にかなり弱いんだよね。いまだ親もとにいて、結婚もしてないじゃん? 下手を打ったが最後、いつこっちにお鉢がまわってこないともかぎらないっていう」
旭は情けない顔で愛想笑いを浮かべた。
「無理を承知で、わたしがゴリ押ししてしまったんです。どうしても、ご一緒させていただきたくて」
その理由を、加奈子は言いづらそうに告げた。
「わたしの、ひと目惚れだったんです」




