第79話 勢力
城とはその国の象徴でもあり文化そのものである。
街の中心に城があり城の周りに街がある。
大国の城ともなればその国の文化をふんだんに取り込んでいるため佇まいだけでその国が分かるというものだ。
そんなカルバナの城をスコールは興味深く歩いている。
スコールにとって城といえばエルドナ城だ。
今となっては懐かしささえある。
素直な感想と言えばカルバナ城はエルドナに比べて豪華である。
金や白金の装飾された壁や置物が当たり前のようにありシャンデリアは宝石のように光り輝いている。
真っ白な石の壁はピカピカに磨かれていてシャンデリアの光を反射させ美しく反射させていた。
スコールの家も豪邸ではあったがこの城と比べれば鼻で笑えるようなレベルだ。
しかしだからといってカルバナがエルドナより裕福なのかと言えば又違う話になってくるだろう。
カルバナ帝国は国の領土の殆どが荒野や砂漠である為、鉱物などがよく取れる。
又、エルドナは逆に森林地帯が多く質のいい木々が多く取れるのだ。
そういった理由もあってエルドナでは金などの鉱物は高額で取引され逆にカルバナでは木材は高級品なのである。
だからこそカルバナの城を見るだけでも色々な情報が得られると言うことなのだ。
スコールは真っ白な石の壁を指で擦ると、
この石はエルドナでは見かけた事がないな――何の材質なのだろう? 壁以外の用途は何が……
スコールが真剣に見入っていると後ろから気だるそうなアイの声が響く――
「早く行こうよー! もうつまらないー!」
スコールは振り返ると、唇を尖らせたアイが暇そうにしている。
他国の文化に夢中になってアイのことをすっかり忘れていた。
「まぁそう言うな。これも貴重な情報収集だ」
「アドニスさんに霧の詳しい話聞くんでしょ? 早くいかなくていいの?」
「そ、そうだな……」
そういえば本来の目的はそうだった。
今の自分達の仕事はカルバナ帝国で、最重要手配されている戦闘集団である霧の情報収集とその捕獲である。
霧――
少し聞いた情報によればカルバナ帝国最大の組織で国家転覆を目論むテロ集団だ。
今まで数々の帝国の幹部や貴族の暗殺に関わり目的のためなら女子供だろうが容赦なく殺すヤバイ集団らしい。
主にハーフで構成されているが戦闘力は極めて高く集団戦を得意としている。
何よりもその凶悪集団を生んだのがカルバナ帝国であるというのだから悲惨である。
帝国は貧民街などからハーフを集め子供の頃から英才教育を行い都合の良い特殊部隊を作っていた。
ハーフならいくらでもいるし厳しい訓練に耐えきれず死んだって誰も文句は言わないからだ。
そしてある程度の期間が立ったころに才能のない者、使えない者をゴミのように捨てていった。
そう――
その少年達の生き残りで構成された戦闘集団こそ霧の正体である。
客観的に見れば自業自得としか言いようがないが4種族におけるハーフの扱いなどどこも似たようなものである。
そんな事もあって彼等は国家に対して全くの容赦がない。
ここ数年、カルバナではいたる所で小競り合いが続いているという。
と……まぁ少し聞いた霧に関しての情報はこんなところである。
そして今から詳しい情報を将軍であるアドニスに聞きに行くところであった。
「お兄ちゃんどうしてるかな?」
「知らねぇよ。この手の話し合いはアイツは居ないほうが話は早い」
「そんな事言っていると又、喧嘩になるよ。プププ」
スコールとアイはルータスの文句に会話を弾ませながらアドニスの元へと向かった。
部屋の前まで来ると、スコールは部屋をノックした。
他の部屋に比べて扉は小さく少し地味にも見える。
「あいてるよ――」
すぐにアドニスの声が聞こえスコール達は扉を開けると、中は小さな部屋であったが図書館のように書物が並び少しカビ臭い匂いが鼻についた。
窓はなくランタンの明かりだけが揺らめき中心に丸いテーブルが置かれている。
アドニスはテーブルの席に座り何かの書類に目を通しながら、
「こんな所に呼び出して悪いね。ここは見ての通り資料室だ。詳しい説明をするならここ一番いいだろう」
「たしかに」
そう言いながらスコールは正面の席に座るとアドニスは一枚の紙を差し出した。
紙には年齢は40歳位で目つきの鋭い男のオーガが描かれている。
「早速だがコイツはルベル・シーク、カルバナで最重要手配されている男であり、霧のリーダーだ」
「ふむ……ハーフだけの組織だと思っていたがリーダーはオーガなんですね」
ハーフが反国家組織を作るなら十分ありそうであるが純血がリーダーと言うのは珍しい。
それに純血に従っているハーフも不思議である。
「うむ。俺も直接は知らないがルベルは以前カルバナ軍に所属し凄腕の剣士で有名だったんだ。しかしある事件がきっかけでルベルはカルバナを強く憎み反旗を翻した」
「ある事件とは?」
アドニスは少し声を落とし、
「ルベルの妻の死だ」
もうその言葉だけで大体の予想が出来そうだ。
だが、スコールの頭に巡る想像はどれもろくなものではない。
そしてアドニスは更に続ける。
「そう言ったものの実は実際何が起こったかまでは分かっていないんだ。ルベルが消えた日に家からは刺殺された妻の死体が見つかった。当初はルベルも殺されているものと考えられていたんだが――」
スコールはアドニスに言葉を被せるように、
「数年後、仲間を集め帝国に牙を向いた」
「そのとおりだ」
確かに妻の死が何かしらの引き金であることは間違いなさそうである。
単純に考えれば、帝国に妻を殺され強い恨みを持ったルベルは、ハーフを集め組織を作った。ってところなんだが――
眉間にシワをよせ考えているスコールに今度はアイが不思議そうに、
「ねーねー 何でルベルはハーフを集められたの?」
「何でってそりゃ一番都合がいいからだろうよ」
「違う違う、何で……その特殊専攻部隊だっけ? その生き残りを集められたのかなぁ」
「うーん、いろいろと考えられるな」
確かにそうである。特殊専攻部隊とは元々カルバナが極秘裏に作った非公式の部隊である。
そんな部隊は一般的にはその存在すら知られていない。
しかし霧に所属するハーフは極めて戦闘能力が高いことから間違いなくメンバーは厳選されている。
最初から知っていた? もしくは偶然それを発見した? もしくは発見したことにより霧を作った?
いろいろな可能性はあるが今考えても答えは出てこない。
「ねーねー アドニスさん。カルバナには今3つの勢力があるってことでいいの?」
「そうだねアイちゃん。まずは我らが姫様率いるカルバな帝国、そして愚かにも姫様を狙い国を乗っ取ろうとしている革命軍、最後に帝国のテロ集団である霧だ」
「反対勢力と霧が繋がっているって事はないのでしょうか?」
スコールの質問にアドニスは即答する。
「それはない。霧の目的は帝国自体を滅ぼすことだ。帝国が欲しい革命軍とは組まないだろう。それに霧だって帝国と革命軍を見分けることなんて不可能だ。帝国ですら分からないのだから」
それもそうである。革命軍とは言ってあるがそれは先代の皇帝が死んだために出来た組織だ。
特に声明などを上げている訳でもない今の段階で帝国に暗躍している革命軍を区別することなど不可能であろう。
「中々ややこしいな――」
スコールは首をひねり顔をしかめる。
「それと一つ君達に頼みたいことがあるんだが――」
急にあらたまった態度で口を開いたアドニスにスコールは疑問を浮かべる。
「なんでしょうか?」
「もし霧に……レインという名前の少年がいたら、殺さないで欲しい。そして私が話をしたいと伝えてくれないか?」
「なぜです?」
短く放ったスコールの言葉には少し棘があった。
当たり前である。襲ってくる敵を殺さず逃がせと言っているようなものだ。
アドニスの態度からして恐らく話したくない内容なのだろう。
しかしこればかりは仲間の命もかかっている。何も聞かず「まかせろ」などとは言えるはずもない。
スコールの言葉には「話せないなら諦めろ」といった意味も含まれていたのだ。
スコールの意図は伝わった様子で、アドニスは深く椅子に座り直す。
そしてゆっくりと過去をさらうように口を開いた。
「そうだな――あれは7年前、私は一人の子供と出会ったんだ。その少年はハーフで家の前で腹を空かせて倒れていたのを助けたのが始まりだった」
「それがレイン?」
アドニスはコクリと頷く。
「それからちょくちょく食べ物をねだりに来るようになったんだ。妻との間に子供が居なかった私にとってレインは可愛く見えた。やがて毎日来るようになり私も来るのが楽しみになっていたんだ」
アドニスは声のトーンを落とし、
「だが……一緒には住めなかった」
「…………」
アドニスは悔やみきれない様子である。
スコールは同じ純血だからこそ分かっていた。
ハーフのレインを迎え入れる事など出来るはずもないことを――
「そんな関係が続いたある日、私はハーフで結成された部隊の話を耳にする。内容は国に溢れるハーフを保護し教育することで国の治安を守り、孤児も救えるというものだった」
「まさか……」
「あぁ、何も知らない私はレインを推薦したよ。レインならいつかこの国を変えられる男になると信じていたんだ。そんなレインも私を信じ部隊に入ってくれた。そしてそれがレインの姿を見た最後の日となってしまった」
次は黙って聞いていたアイが口を開く、
「今は霧にいるの?」
「分からない。事実を知った時にはもうレインは行方知れずで国には居なかった。生きているのかも分からないんだ」
「なるほど」
霧は特殊専攻部隊の生き残りで結成された部隊である。レインが霧にいる可能性は十分にあるだろう。
「もし出会えたら一言謝りたい。あやまって許されるわけはないがな」
「――分かりました。出来る限り努力します」
スコールが曖昧な言葉を返したのは出来ない可能性が高いからである。
戦場で一々名乗り合ったりなどしないことから名前以外の情報がない者を特定することは至難だからだ。
アドニスもそれを分かった上で頷き、
「ありがとう。そう言ってくれると信じていた」
一気に暗い雰囲気になってしまった。
スコールはわざとらしく明るい声をあげる。
「そうなればまず霧を見つけないとですね!」
「そうだな」
「アドニスさん、霧が絡んだ今までの事件と、これから行うカルバナの大きな行事や他国から来る予定がある者のリストなどはありますか?」
「ええと、どこだっけかな」
アドニスは立ち上がり一冊のファイルを手に取り目を通す。
静かな部屋の中にパラパラと本のめくる音だけが響き少しの時間が流れる。
そしてその中からアドニスは数枚の紙を取り出すとスコールに差し出した。
スコールは軽く頭を下げ受け取った書類に目を通し始める。
書類には最近で霧が関与したとされる数々の事件が事細かく記録されており、ほとんどの事件が目そらしたくなるような悲惨なものであった。
中でも多いのは金品の強奪だ。
やはり一組織が国を相手にするには金が必要なのだろう。
主に貴族に狙いをつけているようで、被害にあった者は子供であろうが殆どが殺されている。
もしかすればターゲットである貴族の一家根絶も目的の一つなのかもしれない。
そして一枚の紙がスコールの動きを止めた。
それは今後の客人リストである。
スコールはリストの一点をじっと見つめたまま、
「アイ、明日ルータスはフリーなんだよな?」
「そうだよ。なんかね。女王様はディーク様と大事な用事があって出かけるみたいなの」
「なら明日は3人で出かけるぞ。念のためにな――」




