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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
61/398

愛華のタイムアタック

 愛華が最終コーナーを上手く加速ラインに乗せて立ち上がってきた。体を目一杯小さく折り畳んで、カウルの中に身を隠している。スピードを稼ぐ事だけを考えて、頭までタンクに伏せた姿勢。目の前の路面しか見えてない。コースサイドの白線だけを頼りに、シフトアップを繰り返し更に加速していく。


 計測ラインを越えた。ここから1,000分の1秒もロスは許されない。

 路面は、急な上り勾配に変わる。頭を臥せたまま、5から逆に数を数える。

 登り切った先のブラインドになっている第1コーナーぎりぎりまで加速を続けた。


 ……3、2、1、ゼロ、今だ!


 素早く上体を起こすと、最小限の減速で1コーナーに飛び込んだ。


 ここまでは完璧だ。トップスピードでタンクに伏せたまま1コーナーに迫るのは勇気が必要だったが、最初の区間タイムは、シャルロッタのベストタイムをも上回っているはずだ。

 テクニックも経験も劣る愛華は、たとえ僅かなタイム短縮にしかならなくても、リスクを怖れずぎりぎりまで削っていく。


 続く緩やかなS字の連続は、意外とタイムを削れない。勝負処は、高速S字のあと、短い直線とバックストレートを繋ぐ鋭角の11コーナー。

 このコーナーの抜け方次第で、このコース最長のストレートスピードが決まる。つまり、このコーナーの脱出速度が、あとに続く長いバックストレート通過所要時間に影響する。


 シャルロッタとスターシアのライディングスタイルの違いが、明確に分かれるセクションでもある。


 シャルロッタは、小さく曲げて、素早く加速体勢に移す。一旦スピードは落ちるが、それを早い位置からのアクセルオンで取り戻す。


 スターシアは、高いスピードをキープしたまま、大きな弧で曲がっていく。コーナーでの速度は保てるが、フル加速に入れるポイントは奥になる。


 どちらもコーナーリング区間より、如何に速くストレートを抜けるかがポイントとなるのに変わりはない。


 愛華も、シャルロッタに近い走り方で、本来、大排気量大パワーマシン的な加速重視の乗り方を、小柄な身体のメリットを生かして非力なマシンでも応用している。低速で小回りさせると一気にアクセルオン、上のクラス並みの加速でストレートを駆け抜けていく。

 エレーナは状況に合わせて明確に使い分け、その中間的な走り方はほとんどしない。


 愛華は、練習走行でスターシアの後ろに付いて走っていて気がついた。

 スターシアと同じスピードで進入しても、体重の軽い愛華の方が早くターンを終え、早い位置から加速体勢に入れる。バックストレートに差し掛かる辺りには、前をいくスターシアに並びかけていた。


 愛華は自分の可能性を見つけた気がした。

 練習走行で何度もトライしてみた。

 スターシアの後ろからなら上手くいくのだが、目標がないと進入スピードが上手くコントロール出来ない。

 オーバースピードで、コースアウトしかける。

 怖くなると今度は減速し過ぎた。

 勇気を振り絞れば、またオーバースピードだ。

 練習中は、その繰り返しで、タイムはバラバラだった。

 スターシアのように走るには、アプローチの段階からしっかりとコーナーリング全体を組み立てていなければ、上手く走れない。


 単独では、一度も上手くいかなかった11コーナーの進入を、予選の一発に賭けた。


 目の前をいく、仮想スターシアさんの背中を追う。

 仮想スターシアさんの的確なブレーキング。それに合わせて減速。

 マシンをフルバンクさせる。前後のタイヤが、旋回力の限界を訴える。マシンはどんどんアウトに膨らんでいこうとする。


「うわっ、速すぎたぁ!」


 なんとかインにへばりつこうと、ハンドルを固持って無理やりインに向けた。

 フロントタイヤが滑る。路面を擦る膝でなんとかマシンを支え、転倒を逃れた。しかし、完全にラインを外れ、オーバーランした。


 幸い、エスケープエリアが砂場でなく、舗装されていたため、すぐにコース復帰出来たが、大きなタイムロスだ。しかも長いバックストレートを、完全に失速した状態から加速していかなければならなかった。

 残りを必死に失敗を取り戻そうと走ったが、バックストレートのロスは大きい。焦れば焦るほどミスを重ねる結果となってしまった。


 結局愛華のタイムは、予選通過基準の上位32人から漏れた。

 果敢にタイムアタックに挑んで、転倒や大きなミスをしたライダーが、公式練習のタイムで決勝に出走できる救済枠に救われて、決勝には出場出来るが、救済枠は公式練習のタイムがどんなに速くても最後列からのスタートとなる。

 愛華は、デビュー以来最低のスターティンググリッドからのシーズンインとなった。


 シャルロッタも、愛華と同じコーナーで小さなミスをして三位、スターシアは、ノーミスだったが二位に終わった。


 そして愛華とは反対に、渾身のアタックを成功させたラニーニが、キャリア初のポールポジションを獲得した。


「今シーズンは、ラニーニがブレークする年だ」と、まるでタイトルまで頂いたように歓喜するジュリエッタファンに、恥ずかしそうに手を振って応えるラニーニ。


 愛華はおめでとうの言葉も言えず、涙を隠して背を向けるしかなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] チャレンジの代償は必ずしも成功とは限らない。寧ろ、痛い目に合うことの方が多いと思います。 でも、それでもなおチャレンジし続ける者にしか成功は訪れないでしょう。
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