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最速の女神たち   作者: YASSI
新時代
381/398

腐ったハイウェイ

 ストロベリーナイツのチーム内部でも、今季から加わったタチアナへの不満がピークに達していた。それも当然であろう。開幕前テストからエース愛華に挑発的態度をとり、メカニックとの色恋沙汰──まあこれはのぼせ上がったミーシャにも問題があるのだが──メカニックたちはタチアナが純粋なミーシャくんを誘惑したと認識していた。

 そして前戦最終コーナーでのシャルロッタへの自爆アタック。シャルロッタをコースアウトさせただけでなく、愛華の表彰台も潰した。愛華の表彰台を潰したというより、レース最大の山場を潰したに等しい無謀なアタックだった。

 誰もが期待していた元チームメイト同士の一騎打ち。世界中が固唾を飲んで見守る中、一瞬で不意にしたのだから愛華は勿論、メカニックたちもたまらない。もう同じチームのライダーというより、ライバルチーム以上に敵視しているといっていい状況にまでなっていった。



「どうしてエレーナさんはタチアナをクビにしないんだ!?」

 スタッフたちの不満は、エレーナへの不信感を口にするまでになっていた。彼らがエレーナへの不満を口にするのは、極めて異例なことだ。それほどタチアナに対する嫌悪感が強いということでもある。

 エレーナも、タチアナの解雇を考えない訳ではなかった。だがエレーナは、まだタチアナに期待しているものがあった。


 タチアナの加入が決まった時から、愛華とは合わないだろうことはわかっていた。チームのスタッフとも、ここまで悪くなるとは思ってなかったがある程度予想していた。タチアナは、愛華とはまったくちがう性格だ。スターシアともちがう。真逆と言える。逆に言えば今のストロベリーナイツにないものを、タチアナは持っている。


 愛華はストロベリーナイツからデビューして、これまでこのチーム一筋できた。昨シーズンまで天才児シャルロッタをスターシアと共にアシストする──多少エースのわがまま奇行はあるものの──司令塔としてチームをまとめ、ストロベリーナイツを最強のチームに仕立てた。すでにエレーナの後継者という評価もされている。だがエレーナとしては、まだその評価を認めることはできない。


 確かにシャルロッタを四期に渡る絶対チャンピオンに導いたのは、愛華の功績が大きい。だがシャルロッタはGP史上最速の天才、チームメイトのスターシアも、現在Motoミニモにおいて最も優秀なアシストの一人、そのチームが最強なのは当然といえば当然のことだ。

 シャルロッタが抜け、代わってエースとなった愛華が、そのシャルロッタと、並みいる強豪ライバルたちに勝つには、これまでと同じ意識では通じない。

 戦力が落ちるのはわかりきっていた。シャルロッタの代わりには、誰もなれない。だがそれでも勝たなくてはならない。


 タチアナは、能力としては今使えるライダーの中で最も高いだろう。上昇志向が強いライダーは自我も強いのは当然だ。スターシアや愛華が特殊である。性格として問題あるのはシャルロッタも同じだ。


 タチアナを使いこなせるかは、愛華に掛かっている。使えないなら切るという判断も、リーダーにとってまた必要なことだ。どっちにしろ愛華にとって乗り越えなくてはならない試練であり、エレーナは愛華を信じていた。

 

 

 

 

 一方、ストロベリーナイツに不協和音をもたらせている張本人のタチアナこそ、一番追いつめられていただろう。


 二戦を終えて、活躍どころかチームの足を引っ張っただけの結果しか残せていない。

 アメリカでは危険走行としてペナルティを課せられてもおかしくなかったが、厳重注意だけで済み、首の皮一枚でつながった。もしシャルロッタがコースアウトして愛華がそのままトップでチェッカーを受けていたら、タチアナの処分はもっと重いものになっていたに違いない。当然愛華の優勝も認められず、チームとしてもペナルティを課せられただろうから、愛華がタチアナのためにレースを棄てたとは思わないが、恩を着せられる形になってしまった。


 嫌われるのはいい。もとから好かれようとは思ってない。しかし今の状況は、いつクビになってもおかしくないところまで来ている。結果の残せない嫌われ者は、ただのゴミだ。


 せっかく掴んだワークスのシート、絶対に失いたくない。

 体でシートを手に入れてきたと揶揄され、実際女の武器を使ってまでして上がってきた。開幕前は、シーズン中にエースの座を奪う自信すら持っていた。それなのにたった二戦で引退の瀬戸際に立たされている。今この状態でシートを失えば、どこのチームも使ってくれないだろう。おそらく永遠に……。


 新しいパーツは愛華とスターシアに優先され、サテライトチームに等しい待遇だ。メカニックのユリアが手抜きすることはないが、タチアナの要求にいちいち理由を尋ね、場合によっては反論される。この状況でタチアナは、自分は使える、少しでもチームに貢献できることを証明しなければならない。それ以外、タチアナがチームに残れる方法はなかった。


 ベッドではあれほどしつこかったスポンサーの男にも、関わりたくないような態度で突き放された。

 すべてぶちまけて破滅させてやろうかとも思ったが、ライダーとしての自分の将来を考えれば耐えるしかない。今は耐えて、必ずトップに立つ!

 

 

───── 


 中古車の輸入で稼いでいたタチアナの父親は、ある日、家にミニバイク持ち帰ってきた。

 幼いタチアナがそれを上手く乗ってみせると、父親はすごくよろこんだ。タチアナはそれがうれしかった。父親が外国へ仕事に行っている間も、一生懸命練習した。帰ってきた父親は、前よりずっと上手くなったタチアナを褒めてくれた。やがてミニバイクレースにも出るようになり、帰ってきた父親にトロフィーを自慢するのが一番の楽しみになった。

「ターニャはオートバイの世界チャンピオンになれるね」

 他愛ない娘への夢物語を、タチアナは本気にした。

(世界チャンピオンになれば、きっとお父さんはもっとよろこんでくれる!)


 成長して本格的なレースに出場できる年齢になると、すぐにタチアナは地区の上位に顔を並べるようになった。その年の内に、地区の最優秀選手を決める大会への出場権を得る。

 その大会には国のジュニア選考委員も視にくる。認められれば国立スポーツ学校への入学も夢じゃない。ソ連時代ほどではないにしろ、現在でもロシアでスポーツや芸術を志す者にとって、国立の専門学校に入ることが成功への最短にしてほぼ唯一といっていい道だ。エレーナ・チェグノワやアナスタシア・オゴロワも通った選ばれしエリートの道(ゴールデンハイウェイ)である。


 そのレースで、タチアナは見事トップでチェッカーを受けた。

 しかし、タチアナにハイウェイのゲートは開かれなかった。選考委員が選んだのは、二位でゴールした、毎年国立スポーツ学校に選手を送り込んでいる名門クラブ所属のライダーだった。


 表彰台で、二位のライダーとトロフィーを渡す選考委員の会話が思い出される。

 その子の親戚が、国家スポーツ省の役人らしかった。それもかなり高い地位の……。


 タチアナは13歳で、世界は才能や実力だけでは通じないことを学んだ。


「コネも能力のうちってこと?だったら、私だって使えるものはなんだって使ってやるわ!」


 タチアナは父親からの経済的支援を頼りに、スペインのGPアカデミーへの留学を決意した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何の世界でも、大小の差はあれど存在する理不尽な壁。 どう突破するかが個人の力量。
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