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最速の女神たち   作者: YASSI
新時代
358/398

因縁の先に

 インへ直線的に突っ込んだシャルロッタは、最小半径でねじ曲げると即加速する。シャルロッタ得意のパッシングだ。それでも車速は通常のラインより落ちる。バレンティーナはそれを見越して、立ち上がり加速を重視したラインから再び抜き返す。


 コーナー毎に、目の離せない攻防が繰り返される。


「認めるよ。シャルはGP史上最強の怪物だよ。あそこから曲げちゃうなんて、そんな離れ業シャルしかできないよ」


 バレンティーナは、子どもの頃から背中を追いかけてきた年下の天才児を、改めて認めさせられた。

 バレンティーナとて、本来天才と呼んでいい才能だ。その差はほんの僅か。しかし、バレンティーナも天才故にわかる。その差がアドリア海より深いことを。

 曲がれるとか曲がれないとか、転ぶか転ばないかという、わかりやすいものではない。もっと高次元の、天才にしかわからない決定的な差が打ちのめす。

 その才能の差は、手が届くほど近くに見えても、命がけでないと渡れない。


「だけどね、レースは才能だけじゃないんだ。証拠にほら、シャルのタイヤはもう限界じゃないか?まともなタイヤだったらボクの負けだろうけど、そのタイヤじゃついてこれないだろ?もちろん、シャルの走りについてこられるタイヤもマシンも、この世界に存在しないけどね」

 端から見れば、どちらもタイヤが限界に近い。進入も旋回中も立ち上がりも、ズルズル、ぐらぐらと滑りまくっている。コンディションは同じように見えても、実際にはシャルロッタのタイヤの方が消耗は激しい。

 それをここまで走らせられるのは、シャルロッタの才能とヒートアップした執念だろう。

 

 

 シャルロッタは、絶対に許せなかった。

 かつて一緒に世界を誓った年上の幼なじみ。なのに自分がチャンスを掴むために半身を売ったバレンティーナ。金儲けだけでフェリーニを奪ったグループ企業。

 やつらを地獄で後悔させてやらねばならない。


 もはや中ニ病設定と言うには凄まじすぎる執念、現実に持つチートの能力。ボロボロのタイヤでも凄まじい攻撃で襲いかかるリアルチートは、フェリーニの完全復活、完璧な世界制覇をめざしている。

 

 

 愛華たちもラニーニたちも、あまりに激しい対決に手をこまねいていた。

 残りニ周を切った状況で、トップを狙わなければならないのはわかっている。だが仕掛けられない。

 二人ともゴールまで走りきる気がないのでは?と疑うほど危ない競争をしている。この周に入って、後ろを走る愛華たちのスクリーンやシールドに飛んでくるタイヤかすが異常に増えた。

 いつアクシデントが起きてもおかしくない。どんな天才でも、タイヤあってのライディングだ。迂闊に近づけない。


 愛華が仕掛けるのを躊躇する理由は、それだけではなかった。

 バレンティーナと対決するシャルロッタから、邪魔することを拒む何かを感じていた。


 "この周でケリつけるから、ちょっと待ってて。そのあと相手してあげるから、今はこいつと勝負させて"


 移籍したシャルロッタとは、無線での会話などできるはずない。それでも愛華には、シャルロッタの声が聞こえた。


「スターシアさん、勝負は最終ラップに行きます!大丈夫ですか?」

「そうくると思ってました。この周は思う存分戦わせてあげましょう」

 ラスト一周で前の二人を抜き去るのは微妙なところだが、残り燃料に不安のあるスターシアにとってもバトルは短い方が望ましい。少しでも二人が疲弊してくれれば、リスクを犯して今仕掛けるより賭ける価値はある。どちらかが潰れてくれれば尚いい。しかしそれ以上にスターシアの声には、どこかシャルロッタを見守る姉のようなやさしさが含まれていた。

 おそらくスターシアにも、シャルロッタの声が聞こえていたのだろう。


 ラニーニたちも愛華に同調した。彼女たちも今仕掛けるよりラストラップに賭ける方が得策との思惑だが、二人の対決に侵入し難いものを感じていたのかも知れない。勿論、隙あらばまとめて抜く気は満々だ。ただ二人の間に割り込むことだけは、気持ち的にもリスクの面からも避けたいようだ。

 

 

 後ろのニチームが邪魔してこないと確認したシャルロッタは、バレンティーナだけに集中した。ただ抜くだけではない。魔界の大女王の自分とその半身であるフェリーニの圧倒的な力の差を思い知らせるべき、すべてのコーナーで仕掛ける。


 バレンティーナも、後続が加わって来ないことを感じとり、シャルロッタの対応に全力を傾けた。彼女の場合、少しあてが外れた思いもある。愛華やラニーニたちが絡めば、シャルロッタの動きも少しは制約されると踏んでいた。どの道最終的にはバトルロイヤルになるのだから大して変わらない。一対一の対決がお望みなら、と因縁に決着をつける覚悟を決めた。

 

 

 バレンティーナがコース幅一杯を使ってコーナーにアプローチする。シャルロッタはさらにその外側、縁石に乗せて並んでくる。

 コース上とゼブラ上でのブレーキング競争、それだけでもまともじゃない。当然バレンティーナの方が適切な減速とインへの切れ込みをする。シャルロッタはオーバースピードにかまわず無理矢理曲げてくる。が、バレンティーナの目の前で、シャルロッタの両輪が滑った。


「いくらシャルでも、とっくに終わってるタイヤでそんな無茶な突っ込みしたって、曲がれるわけないだろ!」


 コントロールされたスライドでなく、消耗したタイヤがコーナーリングGに耐えきれなくなって外側へと流されて行く。

 バレンティーナは、これでシャルロッタは終わったと思った。普通ならスリップダウンしてるところだが、さすがシャルロッタ、肘で支え必死に耐えている。だが転倒は回避できてもラインは大きく外れ、失速は免れない。バレンティーナは一気に突き離そうとスロットルを捻った。

 だがバレンティーナのタイヤも、フルバンクからの急激なパワーオンに耐えられる状態でなかった。

 一瞬にしてホイルスピン。すぐにスロットルを戻しグリップの回復をはかれば、瞬間的に路面を掴んだタイヤは乗り手を振り落とそうとするかのように跳ね上がる。


 電子制御も完全にハイサイドをなくすことはできない。一時期ヤマダが進めたオートマチックスロットルコントロールも、ライバルメーカーも同じような制御を投入した時点で優位性がなくなった。勝つためによりアグレッシブな設定を求めるうちに、結局ライダーの右手が優先されるようになっていた。


 バレンティーナは、体が跳ね上げられてもハンドルグリップを握り続けた。足先でステップを探す。

 ブーツの底がステップを捕らえると、体は宙に浮いたまま長い手足で絡めるようにコントロールして、体が落ちていくところにマシンを持って行く。

 ドスンとシートに着地。すぐに再加速に入る。


「ワォーッ!今のはちょっと危なったな。でも時間的ロスはそれほどじゃないはず。シャルがいなくなっても、まだまだ五月蝿いのがいっぱいいるから」


 バレンティーナは、後続との距離を確かめようと脇の下から後ろを覗いて我が目を疑った。脱落したはずのシャルロッタが真後ろにいたのだ。


「いったいどんな魔法を使ったんだ!?」


 信じられなかった。あの状況からどうやったらそこにいられるのか?確かにバレンティーナもミスしていたが、即立て直してタイムロスはそれほどなかった。シャルロッタの場合はコースアウトか完全に失速してたはずだ。あそこから遅れることなく曲げてくるなんて、魔法以外の何物でもない。


「まったくあきれるよ。怪物だと思ってたら、魔法使いだったなんて」


 バレンティーナは笑っていた。今さら半人半馬の怪物でも魔法使いでも驚かない。シャルロッタなら力学法則すらねじ曲げるだろう。存在自体が超科学なんだから。そのシャルロッタと走っていられることが愉快だった。


「シャルはいつもボクの想像の上を行ってたね。ずっと見せられてたから今さら恐れたりしないよ。そしてボクはもう、シャルの後ろは走らない!」

 

 

「ハイサイドで飛んでくと思ったら、よく立て直したわね。昔から手足だけは長かったから」

 シャルロッタもまた、バレンティーナのリカバリーに呆れていた。

 思えばジュニア時代、バレンティーナは当時から規格外の速さのシャルロッタについていこうと無理をして、よくハイサイドをしていた。驚かされたのは、絶対に転ぶと思った態勢から長い手足で蜘蛛が獲物を捉えるようにマシンに戻るところだった。昔からバレンティーナのハイサイドからの立て直しには一目置いていた。もっともシャルロッタに言わせれば、ハイサイドなんてスロットルコントロールが下手くそだから、ということになる。


「あんたがあたしに勝てるのは、その手足の長さだけよ!」

 

 

 

 シャルロッタには、バレンティーナを完膚なきまでに叩きのめすことに意味があった。リタイアとかされたら、たとえレースに優勝してもバレンティーナは負けを認めないだろう。


(あいつはいつも言い訳をする。マシンのせい、タイヤのせい、チームのせい、いつも本当は自分が上だと言い張る。今日は言い訳できないわよね)


 そんなシャルロッタの確執に、バレンティーナも引きずり込まれていた。


 おそらくは次の周には、愛華やラニーニたちも本気で攻めてくるだろう。それがわかっていながら、シャルロッタの猛攻を捩じ伏せることにすべてを注ぎ込んだ。たとえシャルロッタの猛攻をしのいだとしても、愛華やラニーニたちと戦う余力は残っていないだろう。


(ここまできたらもう引き返せない。たとえ優勝できなくてもかまわない。シャルロッタから逃げ切ってみせる)

 

 

 

 この周でケリをつけると決めた最終コーナー手前の深く曲がり込む13コーナーで、シャルロッタは外側からかぶせた。インを塞いでいたバレンティーナは容易く並ばれる。そして反対に折れ曲がる最終コーナーへ並んで向かう。

 イン側になったシャルロッタは、最短距離(ほとんどインの縁石の内側)で向きを変え、スロットルを捻る。シャルロッタは勝ったと思った。


 半車身遅れたバレンティーナは、コース幅いっぱいを使ってスピードにのせる。バレンティーナは勝てると思った。


 最終コーナーを抜けた二人の目に入ったのは、『LAST LAP』と『D 46』の掲示だった。



 ※『D 46』D=ドライブスルー(ピットスルー)ペナルティ。46=バレンティーナのゼッケン。


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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、むかし自転車でハイサイドしたことあるけど(^0^ゞ アレを立て直すってありえないを実感してました。 …自転車通学。立ち漕ぎ加速中。 カーブで横断歩道。 (小学校の校門…
[一言] だろうね。
[良い点] 2人とも自分なりのスーパーテクニックで、心がおどりました!! バレのこーゆーカッコいい描写、久しぶりに見た気がが [気になる点] バレとしては… イエローフラッグ自体を、見えなかったで…
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