それぞれの覚悟

　シャルロッタは、スタートからスパートをかけたようなペースで飛ばしていた。

　フレデリカ、バレンティーナも、シャルロッタに絡む。

　愛華とスターシアは、ブルーストライプスと密集してそれを追っていた。

　フレデリカは、シャルロッタのパートナーというより、彼女と速さを競い合っている。これはシーズン前から予想されていたことだが、意外なのはバレンティーナまでも積極的に前に出てることだ。

　彼女としては、サポートが追いついく僅かな望みを託して、レースのペースを落としたかったのだろう。しかし異常とも言える突っ込み合戦を繰り広げているシャルロッタとフレデリカに、コーナー進入で仕掛けるほどバレンティーナは無謀ではない。必然コーナー立ち上がりとストレートで前に出るしかないのだが、逆にスリップストリームに入られ、結果的にさらなるペースアップを招いてしまっていた。

　だからといって今さら退くことはできない。このままの集団でゴール手前まで行けば、一人だけのバレンティーナの不利となる。限界までペースをあげ、後ろの奴らからふるいにかけるしかない。シャルロッタかフレデリカ、あるいは両方が飛んでくれることまで期待したいのだが、思うようにはいかないだろう。いずれにしても、まともではないハイペースに自ら乗るしかない状況に追い込まれていた。

　

　

（今のシャルロッタさんなら、このペースでも走り切れる）

　愛華は、シャルロッタの走りも性格も、バレンティーナより熟知している。レースに100%はないが、調子に乗ってる時のシャルロッタがリタイアするなんて見込めない。

　それにまだ限界まで攻めていない。これくらいなら抜けないまでもスターシアさんに頼らなくても、ついていけないペースじゃない。前半でなるべくスターシアさんに負担をかけたくない。

　愛華は、区間によってはラニーニたちを利用することも躊躇わず、離されないことに集中した。それはラニーニたちも同じだ。

　愛華もラニーニも、ＧＰ史上でも稀なる最強のライダーたちと幾度も激戦を繰り返してきた。レース歴の短い愛華すら、他の時代、他のクラスならベテランと言われるライダーにも匹敵する経験をしてきている。バレンティーナの狙いを含め、自分たちの現状はしっかりと把握していた。

（離されたら終わり。優勝争いから脱落する。この状態がいつまで続くかわからないけど、たぶんハイペースは最後の最後まで続くはず）

　スターシアには絶対の信頼を寄せている。彼女がアシストしてくれれば、シャルロッタが相手でもいい勝負できるだろう。だがフレデリカとバレンティーナ、それにブルーストライプスまで加わったラストスパートとなると、極めて厳しいバトルを覚悟しなければならない。

　

　

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　レースは中盤を過ぎても愛華の予想通り、トップグループは序盤からの態勢そのままに、ハイペースで進んでいた。セカンドグループは遥か後方で、そこでも激しい意地の張り合いを繰り広げていたが、もはや優勝争いとは無縁のものとなっていた。

（それにしても由加理ちゃん、よく頑張ってる）

　愛華はここまでついて来ている後輩を、誇らしく思えた。

　日本ＧＰにスポット参戦した経験はあるものの、レギュラーライダーとして初めての海外レース、全員が気合いを入れて挑んでいる開幕戦で、自分の勤めをよく果たしている。

　ラニーニとナオミが上手くリードしてくれてるのもあるが、初めてのサーキットを百戦錬磨のトップライダーに混じって走り続けるのは、新人にとっては緊張の連続だろう。しかもレースは予選を遥かに上回るラップタイムペースで進んでいる。

　愛華にとって由加理は、可愛い後輩であると同時に、おそらくゴール前では最大の強敵になるであろうブルーストライプスのライダーだ。当然、手心を加えるつもりはないが、頑張って欲しいと願わずにいられない。

　ふと愛華の頭に、ここにいない自分のチームメイトのことが浮かんだ。

（わたしたちにも、もう一人味方がいれば打つ手も増えるんだけど……）

　由加理と比べたら経験もあり、実力でも引けをとらないストロベリーナイツ三人目のライダー。しかし愛華には彼女のことが理解できない。何より今は遥か後方にいるのだから、いないのと一緒だ。それを惜しんでも仕方ない。タチアナについては、一度はっきりさせなくてはと思っているが、今はできることをするしかない。

　決めたら逸早く動くのが、雑念を振り払う秘訣だ。

　愛華は自分からレースを動かそうと、前を走る由加理のインにマシンを捩じ込んだ。

「きゃっ！」

　由加理は思わず声をあげてラインを乱した。

　愛華は、ナオミとの間の僅かなスペースに入り込み、ブルーストライプスを分断する。

　しかし由加理も、すぐさま態勢を立て直し、愛華の背後につけた。

　

　

「ユカリちゃん！大丈夫！？」

　由加理の悲鳴を聞いたラニーニが心配して声をかける。

「大丈夫です！油断してたわけじゃないですけど、さすがアイカ先輩です」

　ラニーニは一瞬後ろを振り返り、愛華の背後に由加理がいることを確認した。

　愛華にはパスされたが、スターシアの進入を防いだのは、新人とは思えない根性だ。

「アイカちゃんはトップを狙ってるから、遅くなるようなブロックはしないはず。ちょっと早いけど、わたしたちもこのままスパートするよ。ついて来られる？」

「絶対について行きますから、思い切り行ってください！」

　フルフェイスヘルメットの中で、由加理は目を輝かせて答えた。

　　

　由加理は、愛華が自分を弾くようにインをさしてきたことを、高揚した気持ちで受けとめていた。

（先輩が手加減なしで向かってきてくれた）

　容赦ない突っ込み……

　もっと安全なパッシングポイントもあるはずなのに、弾き飛ばすようにインを奪いにきた。

　それはまるで、由加理の覚悟を試すようでもあり、荒っぽい歓迎にも思えた。

　先輩、もっともっと見せてください！わたしは追いかけます。先輩が認めるライバルになってやりますから！

　

　

　　

　愛華が割り込んだことによって、ここまで互いに牽制も邪魔もせず、シャルロッタたちのペースに追随していたストロベリーナイツとブルーストライプスの調和は、一気に激しいテンポへと変わった。

　そのビートは、トップ争いをしていた三台にも伝わり、トップグループ全体を揺るがせていく。

「とうとう面倒なのが来っちゃったか。こうなったらもうやけくそだよ」

「３Ｐどころか乱行ね。でもそういうのも、嫌いじゃないわよ」

「ようやくその気になったみたいね。あんたとの本気バトル、楽しみにしてたんだから」

　実際に声は聞こえなくても、三人の走りがそれまで以上に攻撃的になるのがわかる。まるで心の声が聞こえるようだ。

　由加理にとって初めての本物のＧＰバトル。それは彼女の予想を超えていた。

　バレンティーナがリアタイヤを浮かせ、フロントタイヤ一本で曲がっている後ろから、フレデリカが前後のタイヤを滑らせ迫る。その内側に、シャルロッタが膝から肩肘まで路面に擦りつけ滑り込むように入って行く。

　車間、僅か数センチ。ほとんど触れ合っている。それでいて誰もぶつからず、転倒もせず、信じられないラインでコーナーを抜ける。

　タイムはそれほど速くなっていないだろう。だが、どうしてあれでぶつからないのか？どうして転ばないのか？どうしてあそこから曲がれるのか？

　トップライダーたちのバトルに常識が通じないと頭では知っていても、こんなの常識外れというより物理法則から外れてる。

　ここまで、かなり頑張ってついて来た。なんとかついて行けると思った最強の人たちが、目の前で怪物の正体を露にした瞬間を見た思いだ。

（こんなの……）

　自分がいる場所の高さに、震えそうになる。　

　それでも、ラニーニもナオミも、愛華先輩もスターシアも、臆することなく挑んで行く。

　

　

　ついて行くって誓ったばかりでしょ！？しっかりしなさい！わたしは怯まない！

　　

　置いていかれたくない一心で、由加理は勇気を振り絞り先輩の背中を追った。