誰が勝ったとしても
バレンティーナをふるい落とした第11コーナーを立ち上がり、短い直線のあと『く』の字に曲がる12コーナーを抜ければ、大きな半円(正確には3分の1ぐらい)を描く13コーナーに入る。
ナオミ-ラニーニ、シャルロッタ-愛華の二チーム四人が縦一列に並んで駆け抜ける。横Gに耐えながらMotoミニモでは、ほぼ全開近くで走る。残すは最終コーナーだけだ。
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「アイカ、時間ないから手短に言うわ、反論はなし!」
シャルロッタが切迫した声で言ってきた。咄嗟に愛華は身構える。まさかこの場に及んで協力なしで勝負しようとか言うんじゃなかろうか?
「あんた、優勝するつもりで走りなさい!」
思った通りだ。しかし愛華には、もともとシャルロッタと勝負するつもりはなかった。自分でも訳のわからない間に対立構図が出来上がってしまっただけだ。それはそれで多くの得るものがあり、無益だったとは思わない。それを経て成長したとしても、今の自分がシャルロッタに敵うはずないことは、はっきりした。
やっぱりチャンピオンには、シャルロッタさんがなるべきだ。ストロベリーナイツのエースはシャルロッタさんしかいない。今さら内輪で争ってる場合じゃない。
「それじゃ、ラニーニちゃんたちに!」
当然ながら愛華は、シャルロッタの提案を拒否しようとするが、シャルロッタがそれを遮った。
「反論はなし、って言ったでしょ!協力しないって言ってるんじゃないわよ。二人ともラニーニたちに勝つためよ。あたしももう限界だし、最後はぎりぎりの勝負になりそうなのはわかるでしょ?もしゴール前で並んでたら、あんたはあたしを勝たせようとしてないで、全力で走り抜けなさい」
本気で勝負して、どっちがエースか決着つけようというのではなく、自分に構わず全力で走れということらしい。
確かに前後に並んでいたら、後ろのライダーは、ラニーニが先にフィニッシュラインを通過されてしまう可能性が高い。余力がないからこそ合わせたいところだが、愛華にもゴール手前でスピード調整する余裕はない。
「大丈夫、あたしは絶対勝ってみせる!あんたも勝ちなさい!いい、どっちが勝っても、ストロベリーナイツの勝ちよ!」
他になにかもっといい手を模索するが、もう最終コーナーのブレーキングポイントが迫っていた。
自分だけカッコいいセリフ言って、ずるい……
もうシャルロッタの提案を呑むしかなかった。
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「ナオミさん、もしわたしより速く走れるなら、構わずトップでチェッカーを受けてください」
ラニーニもまた、シャルロッタと同じような提案を、チームメイトにしていた。
あくまでも優勝してチャンピオン決定にこだわったラニーニからの、突然の優勝を譲るとも取れる発言は、ナオミも少し前から悪い予感を感じていた。
「わたしの右手、そろそろ限界みたいです。痺れて感覚がありません」
ナオミの予感はやはり的中していた。
兆候はあった。先ほどの11コーナーでも、普段のラニーニならほとんどバランスを崩すことなくリカバリーしてただろう。
おそらく骨折している親指を固めているテーピングがきつすぎて、或いはレース中に腫れて、血行を阻害していると思われる。そうなってしまうとますます腫れてきつくなるの悪循環だ。締め付けているテーピングを解いて休ませれば戻るだろうが、それができる状況ではない。気合いで走り続けているが、繊細なスロットル操作は困難な状態になっているはずだ。
だがここまで一緒に戦ってきたナオミは、なんとかラニーニを勝たせてチャンピオンにしてやりたかった。
「わたしが引っ張って、必ず勝たせる」
「ありがとう。わたしもそのつもりだけど、こんな状態じゃ、あの二人に勝つのは難しそう」
「二人に勝たなくても、二位なら勝ったも同じ」
「ナオミさんが優勝しても同じ。わたしたちの勝ち」
「…………」
口数は少ないが、いつも冷静で合理的判断を即決するナオミが、返答するまで一瞬の間があった。
「わかった。でも最後まで、あなたがわたしを抜いてくれることを期待してる」
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ナオミとラニーニは、定石通りきっちりインを締めて最終コーナーに入って行く。ここに来て小細工するつもりはなく、愛華たちもして来ないと確信しているようだ。当然こちらも、真っ向勝負を挑む以外考えていない。
「くっ……!」
シャルロッタのうめき声が聞こえた。彼女にしては突っ込みがあまい。もしかしたら、さっきバレンティーナとぶつかった左足が痛むのかも知れない。
最近は、コーナー進入で内側の足をステップから離して入るのが流行りだが、バレンシアの最終コーナーのように曲がりながらフルブレーキングをしなくてはならない場面では、両足でしっかり抑えないとマシンをコントロールできない。
特に車体の軽いMotoミニモは、簡単にリアが浮いてしまう。内側の脚でも踏ん張れないとしたら、かなり苦しいはず。
タイヤに問題があるのか身体的問題なのかわからないが、少しでもシャルロッタの負担を減らそうと愛華が先にコーナーに入る。
コーナー奥で一気に向きを変えると素早くスロットルを開ける。
大丈夫そうだ。シャルロッタがぴったり後ろについて来ているのを感じる。
インを小さく曲がっているナオミとラニーニはまだフルバンク状態にある。一気に差が詰まる。
ナオミとラニーニも、外側に膨らみながら加速し始める。
四台が、すれすれでラインを交差する。先にスロットルを開け始めた愛華とシャルロッタが、じりじりと追い詰めて行く。
愛華がラニーニより前に進み、ナオミに並びかける。
タイヤは悲鳴と白煙をあげて限界を訴えっている。
ジュリエッタの方がタイヤの状態がいいように思えてくる。しかし泣き言など言ってられない。数秒後には今シーズンの全てが、結果として出てしまう。
少しでも油断するとホイールスピンを始めるリアタイヤに全体重を載せて、慎重にスロットルを捻る。
ナオミも完全にマシンを起こし、フルスロットルでスピードに乗せ、愛華の方へと寄せて来る。ブロックというより、ラニーニが前に出るスペースを確保しようとしている。
愛華は構わず、そのまま最短距離でフィニッシュラインをめざす。シャルロッタの言った通り、余裕などない。
シャルロッタを信じて、レブカウンターの針がレッドゾーンに入る直前に、スロットルを軽く戻しただけでシフトペダルをかきあげる。クラッチは握らない。ナオミも同じように、市販車とは逆パターンのシフトペダルを踏みつけた。
シャルロッタとラニーニがスリップから抜け出るのも、ほぼ同時だった。
フィニッシュラインまで、あと100m。
チェッカーフラッグを掲げた競技委員長が、はっきり見える。
愛華はちらりと右に視線を向けた。まだわずかにナオミの方が前にいる。その向こうにラニーニが見えた。すぐに正面に視線を戻し、これでもかと体を小さく折り畳む。
左は見ない。シャルロッタがいることを確信している。
あと50m……
あと20m……
競技委員長の掲げたチェッカーフラッグが、振り下ろされた。




