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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
325/398

三者三様

 バレンシアGPMotoミニモの予選は、今シーズン最期の戦いに相応しい、期待と驚き、緊張と興奮といったMotoミニモ予選の魅力すべてが詰め込まれたものとなった。

 ランキング下位のライダーから淡々とスタートしていったタイムトライアルは徐々に皆の注目が集まり、好タイムが出る度に盛り上がっていった。上位の有力チームのライダーがスタートし始めると、売店や喫煙所から人気(ひとけ)がなくなり、少しでもコースの見える場所に人が集まってくる。


 そんな中、レースのキーパーソンになると予想されたフレデリカが派手に転倒し、歓声とも落胆ともつかないどよめきが起こった。レースをかき回し、想定外の展開を作るフレデリカは、自身の想定外によって決勝最後列スタートとなり、事実上トップグループから消えることとなった。混戦を望む者たちを落胆させはしたが、逆に純粋な実力決着への期待は高まったと言えよう。


 一旦事故処理とコース整備で中断した後、ラニーニの寡黙なアシストライダー、ナオミが渾身のアタックを成功させ、暫定トップのタイムを記録して中断で間延びした空気は吹き飛ばした。

 その直後にスターシアがすべての者を魅了する完璧な走りで首位を奪う。

 セッティングに苦労していたバレンティーナもスターシアに迫るタイムでヤマダワークスの意地を見せる。


 そして残り三人となると、会場のボルテージは一段と高まった。同じチームにチャンピオン有力候補が、僅差で二人いる事実。様々な噂や憶測。場合によっては、この予選でエースが決まってしまうかも知れないという不安と期待。


 先ずはランキング3位のシャルロッタがタイムアタックに入る。最速と言われながらGPの神に嫌われ続けてきた無冠の中二病女王は、その情念をぶつけるが如く激しく攻めた。途中、フレデリカが転倒した同じコーナーでフロントをスリップさせ、カウルが路面に擦れ、ほぼタイヤが浮いてしまっている状態から肘と膝でバイクを起こすという離れ業を見せ立て直した。まさに人間離れした半人半車(チェンタウロ)と呼ぶに相応しいリカバリー能力だ。

 シャルロッタの凄さは、普通そのようなことがあれば、転倒を逃れたとしても無理できなくなるものだが、彼女は抑えるどころかさらにアグレッシブに攻め続けたことだ。

 そして計測ラインを通過した時、完璧な走りを見せたスターシアを上回るトップタイムを叩き出していた。

 もしあのミスがなければ、驚異的レコードが達成されていたはずだ。多くのファンはこの時点で、シャルロッタのチャンピオンを確信したことだろう。



 ─────


 

 ストロベリーナイツのピットは、沸き立つ周囲をよそにピリピリした緊張感で愛華がタイムアタックに入るのを待っていた。特に愛華の担当メカニックミーシャは、震えが止まらないほど緊張しながらストレートに姿を表すのを待ち構えていた。

 

 前日、ハイパワー化を求めた愛華を(たしな)めたミーシャは、予選前のフリー走行に走り出す愛華に、あるアドバイスをしていた。


「今のままでもアイカちゃんだったら、もっとマシンの性能を引き出せるはずだ。速く走ろうと鞭打っても、バイクは走ってくれない。バイクの声を聞いて、バイクがどう走りたがっているか感じるんだ」

 

 ミーシャに、特に愛華の走りを改善できる案があったわけではない。ただあまりに追いつめられている愛華を、なんとかしたかった。メンタルの強さが愛華最大の強味なのに、彼女は自分で自分を追いつめてしまっている。どんなに厳しい状況でも、自分のベストを尽くすのが愛華の持ち味のはずなのに、マシンの性能アップに頼ろうとしたのは自分を見失っているからに他ならない。

 今のミーシャに、愛華のライディングについて技術的なアドバイスをできることはもう何もない。同じマシンをシャルロッタのより速くするのも無理がある。できることは、少しでも意識がライディングに向いてくれるよう願うだけだった。

 

 

 愛華にしてみたら、急にそんなこと言われても、今さら走り方を変えることなんてできるはずもない。

 そう思う反面、前にフレデリカがよく似たことを言っていたのを思い出した。

 シャルロッタに並ぶ天才派で、感性(官能?)で乗ってる印象のフレデリカと、理系で真面目なメカニックのミーシャくんが同じようなことを言うなんて、なんだか不思議な気がした。


「僕を信じて。僕の調整したこのバイク()を信じるんだ。この子が気持ちよく走れることが一番速いから。アイカちゃんならこの子の声が聞けるはずだ」


 半ば開き直りの気持ちで、言われた通りバイクがどう走りたいかに集中して走らせてみた。


 バイクの声は聞こえなかったが、気をつけてみると今まで気づかなかったいろいろなことが感じられた。

 バイクをコントロールするのでなく、どう操作すればバイクが気持ちよく走ってくれるかを感じる。気持ちよく走らせれば、バイクは断然スムーズに走ってくれる。


 普段からバイクの挙動には細心の注意を払っているつもりだったけど、バイクの声っていうか、気持ちを感じるって発想はなかったなあ……。

 

 

 ─────

 

 

 予選本番でも、愛華はバイクをマシンではなく、パートナーとして一緒に走った。

 自分が遅いことを棚にあげて、もっと速くして欲しいなんて言ったことを謝り、バイクが一番気持ちよく走れることだけに集中し、共に走った。


 フレデリカはライディングをセックスにたとえたが、経験の乏しい、というか皆無の愛華にはピンと来なかった。今ならなんとなくわかる気がした。


 バイクから「もっと開けて、もっと強く、もっと速く、もっと激しく、もっと、もっと、もっと……」と伝わってくる。それに応えれば、さらに悶え弾けるように走り、減速し、曲がってくれる。その悦びは乗り手にも伝わってきて、愛華まで高揚してくる。

 限界はどこかに行ってしまった。恐怖は感じない。もしこの瞬間、限界を越えて飛んでしまっても、今ならいいとさえ思えた。


 たった一周で終わってしまうのが惜しいほど、昂っていた。



 アイカ・カワイの名が電光掲示の一番上に加えられると、数分前シャルロッタ優勢に染まっていた空気が、一瞬にして再び二分された。

 そのタイム差は0.02秒とごく僅かで、シャルロッタにタイムロスがなければおそらく完全に負けてたであろうが、レースに『もし』も『たられば』もない。

 


 会場のそこかしこで、おそらく世界中のテレビの前でも、どちらが優位か、どちらをエースにすべきか、それとも決勝で決着をつけるのか、喧喧囂囂の言い争いが交わされていた。

 

 

 最終走者のラニーニがタイムアタックに入ってもほとんどの観客は、前二人のスーパーラップに興奮し、ランキングトップのタイムアタックをあまり気にしていなかった。

 最初の区間タイムで愛華を上回り、シャルロッタ、スターシア、フレデリカに次ぐ区間タイムを記録した時点でも、多くの人はまだ決勝ではシャルロッタと愛華のどちらがチャンピオンに相応しいかの議論に夢中だった。

 フレデリカが転倒し、シャルロッタが大きなタイムロスをした区間の計測ポイントを通過した時、ここまでのベストタイムだと場内アナウンサーの絶叫する声が響き渡った。

 観客は一瞬時間が止まったように固まった。

 駄弁りをやめて、ラニーニの走っているコース、あるいは大型スクリーンに目を向けた。


 派手さはなく、あまり目立たないが、気づいたらいつもいい位置にいる侮れない存在。誰かとは対照的に大事なところでは絶対落とさない昨シーズンの世界チャンピオン。彼女が今も一番チャンピオンに近い存在であることを、今さら思い出したように興奮し、わき上がった。

 

 ジュリエッタとラニーニのファンの間ですら、ライバルたちの潰し合いを願うしかないと思われていたラニーニが、待つのではなく、正面から勝負を挑んでいる。


 最終区間では怪我の影響かやや遅れて、スターシアに次ぐタイムでフィニッシュ。ストロベリーナイツの一角を崩すことはできなかったが、堂々の4番手タイムで決勝のスターティンググリッド一列目に並べてきた。


 ダークホースの出現で───実際にはもっとも手堅く、ずっと本命だったのだが───決勝の予想はより難しく、興味の尽きないものとなった。

 


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[一言] 流石はディフェンディング・チャンピオン‼︎‼︎!
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