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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
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女神の選択

 日本、オーストラリアと慌ただしく転戦してきたアジアオセアニアラウンドも、やっとマレーシアまでたどり着いた。

 ライダーだけでなくメカニック、スタッフにとっても、毎週ライダー一人につき数台のマシンと膨大なパーツを航空コンテナに梱包し、海を越えての移動は、陸続きのヨーロッパを転戦するのとは比べものにならないほどの労力を要す。時間がない上に、酷使されてきたマシンに不具合が見つかったり、届いているはずのパーツがなかったりと、こういう時に限ってトラブルに見舞われるのが常だ。スタッフにとっても時間との戦い、表からは見えない激しいバトルが繰り広げられる。


 ストロベリーナイツのメカニックをまとめるニコライは、ようやく運ばれてきた荷物のチェックを終え、普段エレーナが座っている椅子に腰をおろした。


 今回は珍しく(?)足りないパーツもなく、ここまで順調に来ている。今夜は徹夜しなくても済みそうだ。


 元々エレーナの担当メカニックだったが、現在エレーナは走っていない。だから気楽かと言えばとんでもない。パーツの管理から各マシンのデータ分析、それぞれの担当との打ち合わせ、本国へのリクエストなど、頭の痛い仕事は山ほどある。勿論、エレーナのマシンを担当していた時も、それらの仕事は少なからず担ってきたが、根っからの機械屋のニコライにとって、自分の触るマシンがないのは、なにより辛い。


 簡素だが座り心地のよいエレーナ専用椅子(決まっているわけではないが、いつからかそうなっていた)に身をゆだねると、明らかに増えた雑用の疲れも癒される気がする。


「なにか問題はないか?」


「っ!」


 突然の椅子の主の声に、慌てて立ち上がった。


「すみません!つい……」

「かまわない。ニコがうたた寝しているということは、特に問題はないということだな」


 うたた寝していたのではないと言いたかったが、本人を目の前にして妄想に浸っていたとも言えるはずもない。


「え、ええ。スターシアさんはいつもスムーズなライディングをしてくれるので助かります。シャルロッタは……相変わらずハードな乗り方ですが、6戦も欠場していたので、去年のようにエンジンが足りなくなるなんてことはなさそうです」

「素直に喜べないところは、シャルロッタだな。まあ休める時に休んでくれ。いつなにが起きるかわからないからな」


 エレーナがパーツを梱包されていたハードケースに腰掛けたので、ニコライは椅子を譲ろうとしたが、再び立ち上がるのも面倒と言わんばかりに遮られた。

「アイカのマシンはどうだ?」

「きれいなものです。私には走りを見ただけではわかりませんが、エンジン開けてみると成長を感じますね。もともと体重軽いからそれほどタイムロスにはなってませんでしたけど、ちょっとラフに扱っているところが見受けられましたからね。でも最近はいつも気持ちよく回してくれてる。本当に巧くなりましたよ」

 勿論それはデータロガーのグラフにも表れているし、エレーナなら走りを見ればわかるだろう。彼女がこういう質問をする場合、求めているのはメカニックとしての感性だ。ニコライは感じたままの印象を伝えた。


「アイカは研究熱心だからな。スターシアといういい手本が間近にいるんだ。盗めるものはどんどん盗んだらいい」

「アイカがスターシアさんのテクニックを身につけたら、本当にシャルロッタに勝ってしまいますよ」


「私はそれを期待している」


 表情は変わらない。声のトーンも変わっていないが、なんとも言えない険しさがニコライに突き刺さってくる。

 エレーナの雰囲気が変わったのを感じて、ニコライは軽い気持ちで言ってしまったことを後悔した。だがここで退いたら、この話はこれでおしまいだ。エレーナからの信頼もそこまでのものとなる。


「アイカは、もう十分一流のライダーです。スターシアさんには及ばない部分もありますが、あの人にはない強い意思があります。チャンピオンになるに相応しい資質は、持っていると思います」


 組織が腐る最大の原因は、リーダーのまわりにイエスマンしかいなくなることだ。エレーナならそれをわかっている、はずだ。

 チーフメカニックにエースライダーを決める権限はない。それでも、おそらくエレーナが求めているのは、技術屋としての冷静な意見だろう。ニコライはありったけの勇気を振り絞って、エレーナの右腕として、客観的意見を口にした。


「アイカをエースにしろと?」

「現状、シャルロッタがエースでタイトルを獲れるとは思えません。ここでシャルロッタが優勝しても、ラニーニが二位に入ればチャンピオンは決定してしまいます」

「それはアイカもわかっているはずだ。だからこそ、どんなことがあっても二位に入るだろう。スターシアもするべきことはわかっている」

「ここでなんとか可能性を残せたとしても、最終戦で逆転するのは限りなく不可能に近い。レースはここを含めて、あと二戦しかないんです。まだ可能性があるのはアイカです」

「逃すとしたら、それが今季のうちの実力だろう。今さらアイカをエースにしたところで、我々に現実的な可能性が飛躍するわけでもない。そもそも、今のアイカには、確実に勝てるほどの力はない」

「きっかけさえあれば、アイカは驚くような力を発揮してくれますよ。どのみち可能性が小さいならチャンスを与えてやってみては?決めるなら今しかありません」


 こうなったら、とことん自分の意見をぶつけて、男らしさをみせるしかない。


「アイカが驚異的な力を発揮したのはどういう場面だったか思い出すといい。あいつはまだ『自分が勝つ』という明確な意思を持っていない」

「だからこそ、変わるチャンスを与えてやるべきです!今がその機会だと」

「それより、ここでシャルロッタが優勝すればトータル245ポイント、アイカ二位で247ポイントで、ほぼ並ぶ。面白いと思わないか?ラニーニが何ポイント獲得するかわからないが、もし二人がこのポイント差で最終戦を迎えた時、どちらが有利だと思う?」

「面白くないですよ。そうなったらシャルロッタが有利でしょうけど、それ以前に、アイカはアシストに徹するでしょうね。だけどここでアイカが優勝してラニーニとの差を詰められれば、彼女だって覚悟を決めると思います」

「覚悟を決めたから勝てるというほど甘くはない。アイカならずっと前から覚悟を決めている。こうなったのは私の責任だが、今さらまともなやり方で勝てる状況にない。あいつの覚悟を見届けてやろうじゃないか」

 エレーナらしからぬ、今季は諦めているとも受けとめられる言葉にニコライは戸惑った。


 いや、エレーナさんはいつだって現実主義者だ。最初からまともな戦い方でひっくり返せるとは思っていない。奇跡が起きるとしたら……


「確かに、アイカをエースにしてもシャルロッタがアシストとして機能するかと言えば……それに今のラニーニが二戦続けて上位入賞を逃すのを期待するのは虫が良すぎる。だったらタイトルとは関係なく、二人を思い切り走らせる方が……もしかしたら確実に走ろうとしているラニーニまで巻き込めるかも知れない……」

「いやそれこそ虫が良すぎるだろ」


 ニコライのつぶやきにエレーナが突っ込みを入れるが、耳に入っていないようだ。


「仮に今季のチャンピオンは叶わないとしても来シーズン、もっと将来、エレーナさんの後継者として見定めるなら、二人を本気でぶつけるしか……」

「私はそこまで非情なこと考えておらんぞ」


 これまであまり気にならなかったが、案外めんどくさい奴だな。


 …………


「そこまで考えが至りませんでした。私なんかが口を挟むことではありません。すみませんでした」


 一通り独り言に決着がついたらしく、ニコライは自分の浅はかさを恥じるようにエレーナに詫びた。


「なにを悟ったのか知らんが、私もニコライと話せてよかった。正直、私も迷っていたのだが、ニコライと話しているうちに思考の整理ができた。たとえ自分の考えを曲げるつもりがなくとも、誰かと話しをするというのは大切だな」


「それならスターシアさんでも……」


 悔しいがライダーのことについては、スターシアの方が信頼に値するだろう。なぜ自分に?という疑問と期待が沸き起こる。


「ライディングに関しては、私はスターシアを信頼している。だが彼女には、知っての通り可愛いものに対して冷静さを保てない残念なところがある。その点、ニコライとは理性的な議論ができた。私に必要なのは、感情に左右された意見ではなかったということだ。やはり技術屋は論理的だな。これからも、客観的な意見を聞かせてくれ」


 答えは同じでもこの件に関しては、スターシアより信頼されてたのは確かなようだ。ニコライは秘かにガッツポーズした。

 が、しかし、ますます自分の感情を伝えづらくなったことに気づいて一人身悶えていたことも、トレーラーの影からスターシアは見ていた。。


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[一言] スターシアさん、家政婦?
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