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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
283/398

エースライダー

 サンマリノGPの決勝を、愛華はシャルロッタの逆転を信じて、ひたすら走った。


 ラニーニとシャルロッタのポイント差が、50ポイントを越えたら愛華がエースとしてチャンピオンを狙うというエレーナの方針は、まだ聞かされてない。もちろん、すでに愛華がエースとなっているという噂などに、心乱されることもない。


 自分に今できることは、スターシアさん、エレーナさんと共に、ラニーニちゃんとバレンティーナさんより前でフィニッシュラインを越えることだけ。


 三連勝とかシャルロッタに代わって、自分がタイトルを獲るなど、まったく意識しないで、チームの栄光だけをめざして死力を尽くした。

 そんな愛華を、エレーナもスターシアも全力で支えた。

 

 

 当然ながら、勝ちたいのは愛華だけではない。ラニーニもバレンティーナも、負けられないレースだ。


 逸早く体勢を整えたストロベリーナイツに、バレンティーナとアンジェラが食らいつく。フレデリカも加わって混戦状態となると、スターシアとエレーナをもってしても、容易に抜け出せない。ペースをあげられなくなると、ケリーやマリアローザたちまで絡んで、集団はさらに膨れて行く。


 万全の体制で乗り込んだヤマダワークスは、なんとしても愛華の三連覇を阻止しなくてはならなかった。シャルロッタのいないレースで、バレンティーナが連勝を果たし、念願のタイトルをヤマダにもたらすはずだったのだ。

 まだ可能性はある。ワークスチームは技術開発よりも、バレンティーナを勝たせる事を最優先して、持てる力のすべてをぶつけてきた。


 激しいバトルに、ブルーストライプスとLMSも積極的に割り込んで来る。リンダが力尽くでラニーニとナオミのために道を開けようとすれば、それを読んだハンナが、フレデリカと琴音まで飛び込んませる。


 実質、フレデリカにタイトルの可能性はなくなっている。それでも彼女にとって負けられないレースに変わりない。自分の速さとLMSのポテンシャルを証明するために。そして彼女にはもう一つ、大きな理由がある。


 シャルロッタに、ストロベリーナイツのエースとしてタイトル争いに戻ってもらう。


 フレデリカにとって、チャンピオンなど誰がなっても関係のないことだが、シャルロッタが愛華のアシストとなったり、やる気を無くしてしまっては自分がGPを走る意味もなっくなると言っても過言ではない。

 自分と同じレベルの才能、本気のシャルロッタとレースで戦いたい。そのために厳しいチーム体制の中、GPにとどまっている。そしてそれを叶えるためには、ラニーニも愛華もバレンティーナも、勝たせるわけにはいかない。


 四チームが総力をあげた熾烈な主導権争いは、レース後半まで続いた。フルに四チームがぶつかり合うバトルは、ライダー、マシン共に消耗させていった。

 

 

 


 ラスト5周で、LMSの琴音がエンジントラブルからスローダウン、集団から脱落した。

 続いてヤマダワークスのマリアローザとブルーストライプスのリンダが接触してコースアウト。二人とも転倒もなくレースに戻ったが、トップグループから脱落した。


 久しぶりに終盤までトップ争いに加わっていたリンダだったが、それまでラニーニとナオミの盾となって並みいる強敵たちと張り合ってきたために、マシンも彼女自身も限界に来ていた。

 リンダはこのまま行っても、ゴール前のバトルには役に立てないと判断し、最後の力を振り絞ってラニーニとナオミにスパートさせようとした。

 それを、これもずっとバレンティーナを守ってきたマリアローザがブロック。

 互いに限界を越えた攻防は、共倒れに終わったが、その間をついてフレデリカがスパートを仕掛けた。


 これによって集団のペースは一斉にあがった。

 それまで愛華とラニーニの動きを牽制していたバレンティーナも、必死にフレデリカを追う。彼女がタイトル争いに残るには、なんとしてもこのレースを制しなくてはならない。


 フレデリカのスパートは凄まじく、生身の人間の扱える代物でないと言われるLMS(じゃじゃ馬)に、更に鞭を入れる狂気の走りで、一気に20メートルほど引き離した。

 しかしタイトル争いに関わる三チームも、大人しく見送るわけにはいかない。


 アンジェラとケリーが、バレンティーナを引っ張って追う。


 スターシアとエレーナも、愛華をラストバトルへと運ぶ。


 ラニーニとナオミは、互いの力を合わせて追いすがる。


 それぞれがチーム力を駆使してフレデリカを追いつめて行く。


 残念ながらハンナには、フレデリカをサポートする力は残っていなかった。これはハンナが他のチームのアシストたちより劣っているということではなく、それがワークスとプライベートの差だ。

 もし、琴音のマシンが完璧だったら、違った展開もあったかも知れないが、その仮定が無意味なのは、フレデリカ自身が一番わかっている。

 

 

 ワークスの三チームは、負担の大きい前を交代しながら走るチーム走行を駆使して、ラスト2周で単独のフレデリカを捉えた。

 だが追いついた側の代償も大きい。この時点で、ストロベリーナイツのエレーナとヤマダワークスのケリーは力尽きていた。ラスト勝負をチームメイトに託し、トップ集団から離されて行く。


 たった一人で粘るフレデリカも、三人のエースとそれと同レベルのアシストたちに襲いかかられては分が悪い。それでも特異のライディングスタイルで、襲いかかるワークスライダーたちを翻弄する。


 GP屈指のアシストたちも、ラストラップまでにエースをフレデリカの前に行かせるのがやっとだった。


 最後はエース同士の個人の戦いとなったが、経験とマシン性能で勝るバレンティーナがリードすると、そのままチェッカーを受けた。三つ巴の激しいバトルを期待した観客には物足りない最終ラップだったかも知れないが、レースとはそんなものだ。それまでのハードな展開を思えば仕方ないだろう。


 愛華とラニーニの二位争いは、リンダの脱落後、ナオミと二人で追い上げてきたラニーニの方が消耗が大きかったおかげで、かろうじて愛華が先にフィニッシュラインを通過した。


 トップでゴールしたバレンティーナも含め、三人とも、ゴールしてしばらく、観客の歓声に応えることも、言葉を交すこともできないほど疲労していた。


 今季二勝目をあげたバレンティーナは、ランキング三位は変わらないものの、混戦におけるマシン及びチーム体制の優位性と(したた)かな経験値で、まだまだ有力なチャンピオン候補であることを証明した。


 ラニーニも今回三位ながら16ポイントを獲得して、確実に連続チャンピオンへの駒を一歩進めたと言える。


 そして二位でサンマリノGPを終えた愛華は……

 

 

 

「どうしてですか!?まだシャルロッタさんにも可能性が残されてます!」

「確かに可能性はあるが、極めて小さい。日本GPを迎える時点でラニーニとの差が50ポイント以内というのが、ぎりぎりのラインだったというのは、おまえでもわかるはずだ」


 今日のレースの結果、ラニーニとシャルロッタのポイント差は59となり、エレーナは、愛華に正式なチームエースとなった事を告げた。当然シャルロッタが復帰してもだ。


「でも!可能性が少しでもあるなら、諦めたくないです。わたしとスターシアさんで援護しますから、シャルロッタさんにチャンスをあげてください!スターシアさんもお願いします!」


 日本GPは、シャルロッタが一番楽しみにしていたレースだ。

 シャルロッタは日本で、紗季たちの観てる前で優勝するのを夢見ていた。愛華がエースになってしまえば、愛華が早々にリタイアする以外、シャルロッタに優勝のチャンスはない。勿論、愛華が自分からリタイアするのは、チームへの裏切りとなり、そんなことはできない。


 これまで必死で頑張ってきたのは、自分が勝ちたいからじゃない。もちろん、いつかはチャンピオンをめざすつもりはある。その時は、シャルロッタさんと正面からぶつかるのは覚悟してる。でも、去年の最終戦で、自分がラニーニちゃんに負けたことで、シャルロッタさんのタイトルがこぼれ落ちたことへの、けじめをつけなくちゃいけない。

 今年こそ、シャルロッタさんをチャンピオンにすると誓った。

 シャルロッタさんにも約束した。

 それなのに、まだ可能性があるのに、シャルロッタさんがいない間に自分がエースの座を横取りするなんて……


「勘違いするな。私たちは勝利のために最も可能性の高い選択をしなくてはならない」

「わたしなんかより、シャルロッタさんの方が勝てる可能性は高いです!」

「アイカちゃん、わからないことを言ってはいけません。私もエレーナさんも、好んでこんな決定をするのではありませんよ。もし、シャルロッタさんを逆転させようとするなら、アイカちゃんと私が頑張るだけでは足りないのです。わかっていますか。そのためには、ラニーニさんのアクシデントを願わなくてはならなくなるでしょう。それを望みますか?」

「………」


 スターシアに現実を突きつけられて、愛華はなにも返せなかった。


 現時点でのラニーニとシャルロッタの差59ポイント。次戦アラゴンで更に拡がるだろう。日本GPからの残り四戦でその差を覆すには、ラニーニが何レースかノーポイントに終わること、具体的には怪我などで欠場することを期待しなくてはならなくなる。


 愛華は頷くしかなかった……。


「エースとしてチャンピオンを狙うのは、軽いものではない。おまえならその重みもわかっているだろう。今年こそシャルロッタにタイトルを獲らせたいと懸命に走ってきただけに、簡単に切り替えられるものでないかも知れない。だが覚悟を決めろ。はっきり言って、シャルロッタよりラニーニに近いおまえでも、逆転するのは容易でない。バレンティーナも脅威だ。半端な気持ちでは勝てない」


 わかっている。わかっているからこそ、気持ちがついていかない。こんな気持ちじゃ、バレンティーナにも抜かれてしまう……。


「情けないわねぇ。今シーズンはあんたに譲ってやろうと思ったけど、そんなんじゃあダメね」

「……?」


 気持ちを整理しようとすればするほど、困惑する愛華の耳に、突然、傲慢だが圧倒的な自信に溢れる声が流れ込んできた。


 声の方に振り向くと、眼帯に金髪縦ロールのウィッグ、ゴスロリ衣装の紛うことなき中二病少女……


「「シャルロッタ!?」」

 エレーナとスターシアがその名を口にする。どうやら二人も知らなかったらしい。

「どうしてシャルロッタさんがいるの?」

「どうしてって、あたしのチームを応援にきたに決まってるじゃない?わっ!エレーナ様、ちゃんと先生の許可もらってますから!」

 エレーナの鋭い目つきに睨まれると、慌てて携帯電話を取り出して、確認するよう訴えた。


「まあ、いいだろう。それならどうして今ごろ顔を出した?レース前から来ていたのだろ?」

「アイカがあたしの代わりをちゃんとしてるか、こっそり見てやろうと思ったんだけど、だらしなさすぎだわ」

 もしかしたら、愛華にプレッシャー与えないように気を使ったのかも知れない。あくまでも“もしかしたら”だが。

「それで、いつから話を聞いていた?」

「あたしとラニーニのポイント差が50以上ならアイカをエースにするってあたりから」


 変だ。シャルロッタさんであれば、その時点で飛び込んで来て、文句言ってるはずだ。まさか偽者?


 愛華だけでなく、エレーナも怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに冷徹な顔に戻る。

「なら説明の必要はないな。一応おまえの意見も聞いておこう」

 エレーナも、シャルロッタの態度に疑問を抱いているのか、一人前のメンバーとして扱う。正真正銘のメンバーではあるのだが……。

「御意、エレーナ様のおっしゃるとおり、日本GPまでに50ポイント以上差がついているなら、アイカにエースを任せるという判断は妥当かと思います」

 中二病らしく、あえて難しい言葉を使っているが、使い方が妥当でない気がするのは、やはりシャルロッタだからなのか?

「さすがにあたしでも、四戦で50ポイントをひっくり返すのは困難。ラニーニのアクシデントも望まないし」

 あっさりと認めた。本当に()()シャルロッタなのだろうか?


「しかしながら、今結論を出すのは待ってくだしゃれ……」

 無理に格好いい言葉使いをしようとして噛んだ。


 照れ隠しなのか、面倒くさくなったのか、気取った仕草をやめて、よく知っているシャルロッタの顔で一気に捲し立て始めた。


「要は次のレースで、あたしが優勝して、日本GPまでにラニーニとの差を50ポイント以内に巻き返せばいいんでしょ!アイカ、あんたもしっかり走んなさい!あたしが勝ってもあいつが二番になったら台無しなんだからね!」


 

 

 

第12戦サンマリノGP終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント


1 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 209p


2 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 187p


3 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 179p


4 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 150p


5 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 149p


6 フレデリカ・スペンスキー(USA)リヒターレーシング LMSヤマダ 133p


7 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 123p


8 アンジェラ・ニエト(ESP) team VALE ヤマダ 91p


9 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 82p


10ケリー・ロバート(USA)team VALE ヤマダ 79p


11 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 73p


12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 66p


13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 51p


14 エレーナ・チェグノワ (RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 50p


15 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 21p


16 クリスチーヌ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 13p


17 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 11p


18 ソフィア・マルチネス (ESP) アフロデーテ ジュリエッタ 6p


19 ドミニカ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 4p


20 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 3p


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― 新着の感想 ―
[一言] ポジティブ〜!!!!!流石は中二病(?)
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