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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
21/398

好敵手(ライバル)

 愛華とラニーニのトップ争いは延々と続けられていた。一周の全長が短いこのサーキットでは、何度も同じコーナーを繰り返し回る。それでも二人のトップ争いは観てる者を飽きさせる事はなかった。

 何度も何度も同じコーナーを、毎周同じように抜きつ抜かれつを繰り返しながらも、周を重ねる度にお互い仕掛ける時はより鋭く、守る時はより強固に、どんどんハイレベルな競い合いになっていく。


 愛華はこれまで経験のない高揚を感じていた。愛華にとって初めての感情だ。体操競技のように一人づつが演技する種目では得られない、直接ライバルと競い合う興奮だ。

 体操をやっている時は、言わば自分との戦いだった。ライバルもいたが、演技中は如何に自分の演技に集中するかが大事になる。それはそれで厳しい世界だが、今、一緒に走っているラニーニを無視して、自分の世界に入っても決して成り立たないリアルバトル。相手の動きを読み、裏を斯く。リアルタイムに反応するぶつかり合い。それが楽しい。興奮する。

 エレーナやスターシアと一緒に走る愉しさとは違う。ましてドイツGPでバレンティーナとラニーニに覚えた怒りとも違っていた。


 どうしても勝ちたい!


 こちらが前周より、ブレーキングを遅らせれば、向こうはさらに奥まで進入してくる。

 こちらが前周より、早くワイドにスロットルを開けても、向こうも離れず追随してくる。

 相手の弱点を探り、フェイントを仕掛ける。相手の得意とする箇所で罠を張る。全力で走るだけでは勝てない相手。かと言って届かない相手でもない。どうしたら勝てるのかを探る。

 愛華は、体操競技で培われた身体能力を生かした、そしてエレーナの影響を強く反映するライディングスタイルだ。スターシアのスムーズなライディングにも憧れている。

 対するラニーニは幼い頃からバイクに親しんできただけに、バイクの扱いがとても巧い。限界ぎりぎりの中でも、いつもバイクをコントロール下に置く、バレンティーナに似たタイプで、あたかもエレーナとバレンティーナの代理競争のようだ。


 スタイルの違いはあるにせよ、二人のレベルは拮抗していた。

 勝つために、自分の優っているところ、劣っているところを正しく知る。教えられるのではなく、自然に実践していた。


 ラニーニにとっても、愛華との競り合いは新鮮だ。彼女はバレンティーナのアシストとしてこれまで一定の評価はされていたが、個人的に負けたくないと思う相手に出会わなかった。バレンティーナ以外のチームメイト達には、密かに負けてない自信は持っていた。他のチームのライダーと戦う時は、いつもブルーストライプスのライダーとしてであり、バレンティーナのアシストとしてである。ラニーニ個人の勝ち負けは存在しなかった。

 今、初めて一人の相手に敗けたくないと強く意識した。



 エレーナに弱点を見抜かれた事を悟ったブルーストライプスは、バレンティーナに寄り添っていたアシスト二人をブロックにあたらせた。

 エレーナの予想通り、このままのペースを維持する作戦のようだ。


 二人のアシストライダーは、エレーナとスターシアを自分たちのエースに近づけさせまいと必死で抵抗する。おそらくエレーナとスターシアのコンビに敵わないのはわかっているのだろう、自分のバイクが潰れるのを覚悟してのブロックには、エレーナも手こずる。

 エンジンをいたわる事なく、フルパワーを速く走るためでなく、エレーナたちのラインを塞ぐために使ってくる。

 脱落するのはわかっていても、パワーで上回る二台がブロックに専念されるとさすがにエレーナとスターシアのコンビも簡単には崩せない。彼女たちの役割は、バレンティーナが確実にラストスパートを仕掛けられるまでの時間を稼ぐことだ。

 チームに対する自己犠牲の精神は称賛に値するが、エレーナとしては感心ばかりしていられない。相手が勝ちに執着するように、こちらも敗けられないレースだ。

 二人に全力をもって挑み掛かっていった。



 愛華は毎周コークスクリューでラニーニをかわし、続くレイニーカーブでは抜き返されたり、抑えたりを繰り返していた。それでもレースが終盤に差し掛かる頃には徐々に愛華が抑える区間が多くなっていく。しかし、最終コーナーでは必ずラニーニが先に立ち上がる。

 超低速の最終コーナーへのブレーキングでは、どうしてもラニーニに敵わない。より早いアクセルオンと体重の軽さを活かして、パワーで勝るラニーニをストレート後半には捉えられるのだが、フィニッシュラインを通過するのは毎周ラニーニが先だ。このパターンでレース終了を迎えれば、愛華の敗けになる。


 (最終コーナーの立ち上がりを、あとちょっと早くスロットルを開けてスピードに乗せれれば、フィニッシュライン手前でラニーニちゃんの前に出れるはず)


 愛華はブレーキング勝負を諦め、立ち上がりを意識したラインに切り替えた。

 早めに速度を調整し、車体を安定させて最終コーナーに入る。ラニーニがフロントフォークをフルボトムさせてインに向かっていくが、愛華はぎりぎりまでアウトいっぱいで堪えた。

 ラニーニがイン側の最も速度の落ちる所めざして、一気にバイクを寝かせて飛び込んでいく。ラニーニがクリップを過ぎてもまだフルバンクのまま旋回している背後で、素早く向きを変えた愛華が既にスロットルを開け始めていた。

 最終コーナーからの脱出スピードは、明らかに愛華が速い。ぐんぐんラニーニの背中が迫る。そのままラニーニに並びかけるが、前に出る直前にフィニッシュラインを通過した。愛華のピット前ではスタッフが盛んに腕を振り回して応援していた。


 (もおぅ、もう少しだったのにっ!でも、もうちょっとだよ、今度こそフィニッシュライン手前で抜いてやるんだ)


 レースは残り少ない。だがやり方は間違っていないはずだ。愛華は気合いを入れ直した。


 次の周、愛華は慎重に速度をコントロールして最終コーナーに入っていく。ラニーニは愛華の狙いを警戒しながらも、ブレーキングしながらインをつく。愛華はアウトいっぱいから一気にフルバンクさせ、旋回と同時にスロットルを開け始めた。

 ラニーニの背中が迫る。だが今度はラニーニも早めにスロットルを開けている。愛華はぎりぎりまでラニーニの後ろに迫り、バイクを振った。

 ラニーニに並びかける。

「いけーっ!」

 愛華は叫んだ。さっきよりも速度差が大きい。フィニッシュライン手前で抜ける。そう確信した瞬間、突然ラニーニが退いた。


「???……なに?」

 愛華が振り返ろうとした時、ブルーストライプスのピットから、ラニーニに対してペースダウンを指示するサインボードが目に入った。


 愛華のピットからは、ニコライが『GET WIN!』のボードをつき出している。


「ええっ?そんな……」

 最初からわかっていた事だった。愛華もラニーニもアシストライダーである。時にエースより上位でフィニッシュする事もあるが、基本エースライダーを支援するために走っている。ラニーニとトップ争いをしていたのも、エレーナからの指示があったからだ。下がれと言われれば当然下がるし、不満もない。ラニーニとの決着がチェッカーフラッグによって決められない事も覚悟していた。それはいい。ラニーニと全力で競いあっているのは楽しかったけど、エレーナを勝たせることが一番大事なのは忘れていなかったし、愛華の望みでもある。しかし、ラニーニが退いて、競う相手のいないレースに自分だけ「勝て」って言われてもなんとなくしっくりこない。それは愛華の傲慢なのだろうか?


 (きっとエレーナさんたちがバレンティーナさんを追いつめているんだ。わたしも行かなくていいの……?)


 ブルーストライプスの動きに、ニコライからのピットサインが間に合わなかったのかも知れない。或いはエレーナが何らかの意図で愛華を切り離しているのか?愛華が加わる事で、却ってエレーナとスターシアの足手纏いになる可能性もある。


 「ピットからの指示に従え」と言われたのを思い出して、単独で首位を走り続けた。しかしその走りには迷いがある。レースは残り五周を切っていたが、その中途半端な走りでは、ゴールまでに後続に追いつかれてしまうペースだった。


 エレーナとスターシアは、ブルーストライプスの三台に割り込み、バレンティーナを孤立させた。

 エースを必死で守ろうとするアシストに敬意を称して、オーバーヒートに追い込むのでなく真っ向から突破した。それからすぐに、彼女たちは力尽きて脱落していった。


 残るはバレンティーナだけだ。残りの周回数を考えて、オーバーテイクのタイミングを計っていたその時、バレンティーナの前方にラニーニが見えた。


 ラニーニは、バレンティーナが追いつくとすぐにペースを戻した。愛華とのバトルよりバレンティーナのサポートの方が優先順位は上だ。これはエレーナの想定内だった。

 

 エレーナにとって想定外だったのは、その前方に愛華までペースを落として近づいてきてる事だった。

「何をしているんだ、アイカは?マシントラブルか……?」


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