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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
144/398

空から運が降ってきた!

 マレーシアGP優勝で、二位ラニーニとのポイント差をさらに拡げたシャルロッタのタイトル獲得は、最早確定的とみる向きが強くなり、獲れるか獲れないかではなく、どこで決定するかが興味の対象になっていた。

 実際、次のオーストラリアGPの結果次第では、本当に日本GPでシャルロッタのチャンピオンが決定する勢いだ。逆にラニーニにとっては、ここで踏み留まらないと、タイトルにリーチをかけられてしまう。

 レースはなにが起こるかわからないし、ましてやシャルロッタなので、トンデモトラブルでレースを落とすなんて可能性もあるが、それにしてもポイント差は最小限に留めて措く必要がある。戦う前から奇跡を期待する者に、奇跡は絶対に起こらない。

 

 

 フィリップアイランドサーキットはその名の通り、オーストラリア-ビクトリア州のウエスタンポート湾に浮かぶフィリップ島にある。高低差のある中高速コーナーが多く、吹きつける海風がライダーを苦しめる難コースだ。

 特に体重が軽く、経験の浅い愛華には厳しい舞台だったが、困難に直面するほど成長するのが愛華でもある。練習走行で横風に煽られてフラフラしていた愛華を見ても、エレーナもスターシアも、チームのスタッフたちすら然程心配する様子はなかった。むしろどんな成長をみせるか、楽しみにしているようでもある。


 愛華は同じように小柄なラニーニに相談したかったが、さすがにレース前にライバルに教えてもらう訳にはいかない。たぶんラニーニなら答えてくれたと思うが、とりあえずチームメイトのシャルロッタに訊いてみた。


「風?そんなのこのカウルに描かれた魔方陣の威力を使えば、自由に操れるわよ。だからあんたも早くヴァシリーに書いてもらいなさいよ」

 訊くだけ無駄であった。

 なにしろシャルロッタ自身、高速コーナーで横風に煽られて、バイク二台分ぐらい流されていたりしていた。それでも彼女は涼しい顔して曲がって行くのだから本当に魔法を使っているとしか思えない。愛華には魔方陣があっても絶対無理だと思った。

 


 一人ずつタイムアタックしていくスーパーポール方式の予選時間になっても、ウエスタンポート湾の強い風は容赦なくフィリップ島に吹きつけていた。

 今回もフレデリカの代役として、ヤマダの期待を背負って一番最初にアタックした琴音だったが、何度か風に煽られ平凡なタイムに終わった。体重が軽い方が有利と言われるこのクラスだったが、ここでは必ずしもそうとは言えない。


 代わって俄然期待を集めたのが、前回表彰台を逃したものの、あと一歩というところまでシャルロッタたちを追い詰めたバレンティーナだ。

 技術と経験は十分、Motoミニモのライダーとしては大柄な身体とヤマダのパワーを持ってして、ここで勝てなければどこで勝つとばかりに、本人も気合い十分にスタートしていく。

 中間ラップタイムは、午前中のフリー走行で自身が記録したレコードタイムを上回る。このままミスなくコントロールラインまで走り抜けれは、ここ数戦、シャルロッタの指定席となっているポールシッターを奪える可能性は高い。少なくとも、フロントローは確実だろうと誰もが彼女の走りに注目した。


 ノーミスで最終コーナーに向かう。ヤマダのパワーを最大限に活かせる立ち上がり重視のラインで進入していく。

 その時、バレンティーナの視界の片隅に、白いものが映った。


 "カモメ!?"


 海に近いこのサーキットでは、カモメが多く飛んでいる。さすがにレースなどで多くのマシンが一斉に走っている時には近寄って来ないが、練習走行などで単独で走っているライダーを縄張りに入ってきた外敵と思うのか、威嚇してくる事はたまにある。実際にぶっかったアクシデントも過去にあった。サーキット側も対策はしているが、空港などと同様、完璧にはなかなかいかない。危険ではあるが、重大な事故に繋がったこともないので、云わば「フィリップアイランド名物」と呼ばれていた。


 そのカモメは、まるで立ち塞ごうとするようにバレンティーナの進もうとする先へと向かっていく。コースもタイミングも、ばっちりグリップポイント辺りで交差しそうだ。カモメに避けるつもりはないらしい。


 バレンティーナはマシンを起こして減速するしかなかった。



 実況するアナンサーは、今シーズンのバレンティーナを象徴する予選アタックと称した。

 今シーズンのバレンティーナは、まるでレースの神に嫌われたかのように(ツキ)に見放されている。自身は不調という訳ではないが、とにかく結果がでない。今シーズンというか、昨シーズン後半からだ。そう、彼女にとって愛華の登場(デビュー)は、自分からツキを奪う疫病神の出現に思えて仕方なかった。


 その愛華の予選アタックの順番が近づくと、それまで吹きつけていた海からの風が弱まってきたのも、レースの神が完全に心変わりしたように思われた。


 エレーナの叩き出したベストタイムを愛華が上回り、その愛華の暫定ポールをラニーニが塗り替えた。

 そして最後のシャルロッタが、ベストコンディションでアタックして、ここでもポールポジションを奪い、スターティンググリッド一列目は、ランキング通りの順に並ぶ事になった。


 ヤマダはケリーが7番手、バレンティーナは13番手タイムに沈み、四列目からのスタートとなる。

 ヤマダのマシンがようやく仕上がり、Motoミニモとしては規格外のパワーを示しながらも、話題はすべてシャルロッタとラニーニに持っていかれていた。此処に来てタイトル争いの決着に注目が集まるのは当然と言えば当然だが、バレンティーナのみならず、ヤマダの側としては面白くない予選結果となった。

 



 予選を終えて、愛華とシャルロッタとスターシアの三人は、ライダーだけのミーティングに顔を揃えていた。メカニカルな問題はなかったのでほかのスタッフはそれぞれの作業に専念している。毎週海を渡ってのレースが続くので、少しでも彼らの時間を節約させてやりたい配慮だ。エレーナはまだチーフメカニックのニコライと打ち合わせをしていた。


「アイカちゃんは本当に神さまからも愛されているのね。アイカちゃんのスタート順になると、風もぴたりと止んで、カモメさんたちも応援しているみたいでしたよ」

 バレンティーナ同様、カモメとのニアミスにあったスターシアが愛華に話しかけた。相手によっては「運がよかっただけ」とも受けとられ兼ねない言葉も、スターシアさんからは、まったく嫌味を感じさせない。

「そんな……たまたま運がよかっただけですよ。それにラニーニちゃんにすぐ抜かれちゃったし、シャルロッタさんのタイム見たら、もうぜんぜんで、ちょっとショックでした」

「あんたねぇ、あたしのタイムにショックとかどんだけのつもりでいたのよ」

 シャルロッタが横から文句つけてきた。勿論、愛華もシャルロッタに勝てるとは思っていなかったが、相手するとめんどくさそうなので話を逸らすことにした。

「スターシアさんの時は横風強かった上に、カモメとぶつかりそうになったりしてたのに8番手タイムなんて、本当に凄いです!バレンティーナさんなんて、あんなに速いバイク乗ってるのに大きく遅れたのに」

 スターシアは、ほぼベストコンディションで走った愛華よりコンマ5秒遅れているだけだった。

「私と比べてバレンティーナさんを低く見てはいけませんよ。私がカモメさんに減速させられたのは低速の10コーナーでしたから、そこから11コーナーまでスピードが乗らなくても、それほどタイムロスにはなりません。でも最終コーナーで減速させられたバレンティーナさんがあれだけのタイムロスで抑えたのは、むしろ凄いことです。決勝では油断しないようにね」

 スターシアの言う通り、最終コーナーはこのコースにおけるタイムを詰める重要なポイントだ。それだけにバレンティーナに運がなかったのか、余程カモメに嫌われていたのだろう。

「そんなの言い訳よ!あたしだってカモメに邪魔されたんだから」

 愛華にスルーされたシャルロッタが再び口を挟んできた。

「え?シャルロッタさん別にカモメに邪魔なんかされてなかったじゃないですか?」

「なに言ってるの!ジョナサンの奴、あたしの速さに嫉妬してとんでもないことしてくれたのよ!」

「でもわたしもモニターで観てましたけど、普通に走ってたじゃないですか?」

「あんた下僕の癖にあたしの話信じないの!?いいわ、証拠見せてあげるわ」

 シャルロッタはトコトコとトレーラーの方に走っていくと、ヘルメットを持って戻ってきた。

「見なさい!こんなの妨害と言うより、もうテロ行為よ!」


「「プッ!!」」


 愛華とスターシアは、思わず吹き出してしまった。

 シャルロッタのヘルメットのバイザーには、カモメの(フン)がベッタリと貼り付いていた。

「シャルロッタさん、すごいですね(プッ)そんなんで走ってたんですね、(ふふふっ)ふんつけられたなんて……」

 スターシアが懸命に笑いを堪えてシャルロッタを褒めた。

「スターシアさん、笑っちゃダメですよ、………(クス)シャルロッタさんは真面目に走ったんですから…………(クス)ゴメンなさい、ちょっと鼻にゴミが……(日本語だと運気とウンチかけて(ラッキー)ついたとか、クスクス)」

 愛華も笑いを堪えられなくなってきた。


「な、なに笑ってんのよ!」

「笑ってません、笑ってませんよ。で、でもシャルロッタさんらしいと言うか、本当によく……(ふふふ)もうダメ、アイカちゃんおねがい」

「わ、わたしですか?だからそんなアクシデントでもあんなすごいタイム出せるなんて、やっぱりシャルロッタさんはホント可笑しいんだなぁって、きゃはっ」

 スターシアも愛華も、言葉を発せられなくなり、とうとう下を向いてクスクスし笑いだしてしまった。

 シャルロッタは真っ赤な顔で二人を見下ろして、怒りに振るえた。

「なにがそんなに可笑しいのよ!一歩間違えば、大アクシデントだったんだから!」

「可笑しくないです、すごいです……」

「あんたさっき可笑しいって言ったでしょ!」

「ゴメンなさい、間違えました。すごいです……」

 自分だったら、突然空から糞が降って来たら、たぶん慌ててしまう。しかもあれだけ盛大に糞を付けられたら、視界もかなり遮られたにちがいない。本当に凄いと思う。いや、冗談でなく心から尊敬すると伝えたいのに、笑えて言葉に出来ない。


 シャルロッタの怒りがいよいよ爆発しそうになってきたところで、エレーナがやって来て、愛華もスターシアもほっとした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 走行中にやられると結構な衝撃がきますよね。
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