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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
143/398

魔力の入った炭酸水

 バレンティーナのバックストレートでのトップスピードは、思ったほど伸びなかった。

 14コーナーの立ち上がりで、琴音のハイサイドを避けるために出遅れた事とストレートでアシストが居なかった事が影響している。


(予定ではここで先頭まで捉えるつもりだったけど……。やっぱり疫病神がいるみたいだ)

 それでもスミホーイやジュリエッタを上回る加速を見せつけ、エレーナ、ハンナをかわして最終コーナー手前でスターシアにまで並んだ。


 GPナンバーワンといわれるスターシアの完璧なテクニックであっても、バレンティーナは自分の方が上だとの自信はあった。だがYC213では歩が悪すぎる。強固なフレームは、トップスピードからのフルブレーキ状態では、頑なに向きを変えようとしてくれない。

 フルボトムしているフロントにすべての荷重を預けたまま、浮きかけているリアを外に振って、無理矢理マシンの向きを変えるが、フレデリカやシャルロッタのように、すぐさまパワースライドに移行するというクレイジーな真似など出来ない。慎重に接地感を探りながら、安定した状態に落ち着くのを待つ。

 スターシアがフルブレーキングからスムーズな旋回で、再び前に出た。

 ようやく前後のサスペンションが落ち着いても、焦る気持ちを抑え、慎重にトラクションを与えていかなければならない。慌ててアクセルを捻れば、琴音の二の舞だ。

 ハンナとエレーナにまで並ばれる。そこでようやくゴールへと続くメインストレートが見えて来た。


 バレンティーナはマシンを起こしながら、スロットルを開けていく。それに応じるようにエンジン回転は高まり、彼女を乗せたマシンは加速する。ハンナとエレーナも加速していくが、二速から三速にシフトアップした瞬間、ぐんと前に出た。


 四速にシフトアップしても、加速は鈍るどころかますます力強くバレンティーナを押し出し、前をいくスターシアに追いつき、ラインをずらして横に並んだ。

 シャルロッタ、愛華、ラニーニが縦に並んで、ストレートを疾走している後ろ姿が見えた。

 キレたシャルロッタに届かないのは、バックストレートの立ち上がりで琴音が飛んだ時点でわかっていた。疫病神の愛華まで一緒なら尚更だ。それでもせめてラニーニだけは捉えられそうだ。


 ラニーニは、バレンティーナが見いだし、アシストとして使ってきた、謂わば子分みたいなものだ。

 今シーズン、エースのはっきりしないチーム体制の不備から後塵を舐めさせられてきたが、どちらが上か、この場で思い知らせてやりたい。

 唯一の勝ち星も、ラニーニによって傷つけられている。それが理不尽な言い掛かりである事も、バレンティーナ自身わかっている。それでも彼女の誘いを断って、ブルーストライプスに留まったラニーニに、一泡吹かせてやりたかった。



 シャルロッタも愛華も、もう自分たちの勝利が揺るぎないものだと確信していた。ラニーニがいくら頑張っても、先行するストレート勝負で、しかも二対一では、負ける要因がない。


 ただシャルロッタには、不気味な影がラニーニの背後に迫っている気配も感じていた。

 強力な脈動。たぶんヤマダの誰かにちがいない。自分にまでは届かないが、ラニーニあたりは喰われると人間離れした勘が訴えっている。


 自分でも不思議な感情が沸いた。ポイント争いをしているラニーニの順位が落ちるのは、シャルロッタにとってありがたいはずなのに、ここまで自分の本気の本気走りに、愛華と共についてきたラニーニと一緒に表彰台に上がりたいと思った。


「アイカ、ちっこいのちゃんとついて来てる!?あんたの友だちだったら、最後までつきあわせなさいよね!」

 こっそりラニーニを引っ張ろうとしていた愛華はドキリとした。まさかシャルロッタからそんなこと言われるとは思ってもいなかったけど、すごくうれしい!

「だあっ!シャルロッタさんの友だちでもありますもんね!」

「なっ、なに言ってるの!あたしはそのちっこいのをシャンパンでずぶ濡れにしてやりたいだけよ!あたしの友だちとか勘違いしないでよね」

 ブレることない安定のツンデレぶりだ。

 まあ、ラニーニにシャンパンをぶっかけたいのは本心だ。最終コーナーのアタック、あれは本物だった。愛華がいなかったら、負けるはずないけど今頃もっと接戦になってたにちがいない。敵ながら大した魔力だ。それだけの魔力使いを差し置いて、エンジンパワーに頼る奴らなんかと表彰台に並びたくない。



 シャルロッタと愛華とラニーニが、ぴったりと並んでゴールラインに近づいて行く。タイヤとタイヤが触れるほどの間隔、余程信頼し合った者同士しかできない究極のスリップストリーム。

 バレンティーナが、一番後ろのラニーニに迫る。ラニーニの横に出ようとラインを逸らすと、空気抵抗と三人の切り裂いた風圧をもろに受け、加速がやや鈍る。が、それでもスピードは三人を上回っている。

 ラニーニに並び掛けた時、チェッカーフラッグが降り下ろされた。

 




「あたしを讃える祭典を、こんなので済ませるつもりなの!!」

 表彰台で手渡された瓶に、シャルロッタは思いきりブーたれた。

 三人に手渡されたのは、シャンパンでもスパークリングワインでもなく、ただの炭酸水だった。

 表彰台に上がった三人は、全員未成年なのだ。


 シャルロッタはよく、自分で用意したシャンパンの瓶に炭酸水のラベルを貼って表彰式に持ち込み、しらーっと本物のシャンパンファイトをしたりしていた。まわりも見て見ぬふりをしていたが、マレーシアではそんなイタズラは通じないらしい。表彰台に上がる前にとり上げられた。


 イスラム教徒の多いマレーシアでは、飲酒に関する法律も厳しく、飲酒が許される年齢も21歳からと日本よりも高い。ヨーロッパなどでは18歳以上のところが多く、ワインやシャンパンなど度数の低いアルコールなら未成年でも飲める国も多い。食前酒とかはマナーの一部なので、高校生ぐらいになれば飲むのが礼儀だったりする。

 匂いだけで酔ってしまう愛華には炭酸水はありがたかったが、シャルロッタは一応貴族の娘だ。マナーなど持ち合わせていないが、表彰台で炭酸水とは、魔族令嬢としての沽券に関わる。ラニーニをシャンパン漬けにしてやるつもりだったのに……。

 シャルロッタでなくとも、レースの締めくくりとしては物足りないものがあるが、今の時代、全世界に中継される場で、その国の法律を破る訳にはいかないので仕方ない。


「アイカ、この瓶に魔力を注入したから、今からこれは本物のシャンパンになったわ。あんたのにも注入してあげる」

 シャルロッタは魔力の注入された瓶を手渡し、愛華の持っていた炭酸水の瓶を奪った。

「なんですか、それ?」

 また変な設定なの?という愛華の視線を無視して、スクリューキャップをくるくる回して捨てると、ゴクゴクと飲んだ。

「ブハーァッ」

 ビールのCMみたいに旨そうに息を吐き出す。その光景だけで愛華まで本当にアルコールが入っている気がしてきた。

「あんたのも寄越しなさい」

 ラニーニにも同じように瓶を取り替えさせた。


 再びシャルロッタが「ブハーァッ」と息を吐き出そうとしたとき、隣の愛華が思いきり振った炭酸水をぶっかけてきた。

「ぶわっ!ちょっと、アイカ、なにっ、やめっ」

 シャルロッタがなにか言おうとするが、愛華はケラケラ笑いながら炭酸水の瓶を振って顔にかけてくる。口だけでなく、目や鼻にまで入って反撃できない。

「あんた、本当に酔ってるの!?うわっ」

 反対側からラニーニまでふりかけてきた。二人ともテンションがシラフじゃない。本当に魔力で中身が変換してしまったのだろうか?



 シャルロッタの本気の領域。昨年までそこは、自分とエレーナ様とスターシアお姉様しか到達できない領域だった。スピードの神に愛された、世界でたった三人にしか走れない聖域だった。

 その聖域に、愛華もいると気づいたのはいつだったか?認めたくなかったけど、下僕として三人しか踏み込めないはずの聖域までついてきた。生意気だけどその忠誠心は認めてあげる。愛華も苺騎士団の一人として。


 そこにもう一人、踏み込んできたやつがいる。

 敵であり、振り落としてやりたかったけど、愛華と同じようについてきた。

 絶対に認めないと思ってたのに、なんだか楽しくなりそうな気がしてきた。


 シャルロッタはラニーニの向かって、思いきり魔力を込めた炭酸水をぶっかけた。


 第14戦マレーシアGP終了時点のポイントランキング


1 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S

            274p

2  ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J

            258p                 

3 アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)S

            198p

4 エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S

            160p 

5 ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J

            147p

6 ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J 

           140p             

7 アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S

            136p

8 ケリー・ロバート(ヤマダインターナショナル)Y

            112p

9 バレンティ-ナ・マッキ(ユーロヤマダ)Y

            111p

 10 リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J

            109p

11 アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J

             64p 

12 フレデリカ・スペンスキー(USヤマダチームカネシロ)Y

             56p            

13 マリアローザ・アラゴネス(ユーロヤマダ)Y

             54p

14 ソフィア・マルチネス(アフロデーテ)J

             30p 

15 アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS

             26p

16 エバァー・ドルフィンガー(アルテミス)LS

             24p

17 エリー・ロートン(ヤマダインターナショナル)Y

             15p   

18 ジョセフィン・ロレンツォ(アフロデーテ)J

             15p             

19 ノリコ・カタベ(ヤマダインターナショナル)Y

             12p

20 ウィニー・タイラー(ヤマダインターナショナル)

             12p

21 アンナ・マンク(アルテミス)LS

             3p

22 ミク・ホーラン(ユーロヤマダ)Y

             2p

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― 新着の感想 ―
[一言] ハイパワーとのバーターでタイヤの消耗。 避けられない宿命ですね。
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