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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
11/398

とあるチームに伝えられるGP哀歌

 語り アナスタシア・オゴロワ


 その少女は、淡い栗毛色の髪が美しく、髪と同じ色のよく動く大きな瞳が可愛らしい女のコでした。

 小さな頃からどんな事でも負けず嫌いで、特に身体を動かす事が大好きで、いつも男のコをへこませている活動的なコでした。


 ハイスクールに行く頃には、可愛らしさに美しさも加わり、学校中の男のコの憧れでした。

 でも彼女は自分の容姿を誇ることはありません。美しい髪もブルネットの瞳も両親からもらっただけのものです。自分の努力で得たものではないのです。

 彼女は着飾って美しく魅せることより、肉体を鍛えて研くことに魅力を感じ、スポーツに打ち込みました。そして夏は陸上の中距離、冬はクロスカントリースキーで活躍し、地区の代表選手に選ばれるまでになっていました。


 少女はモーターサイクルのレースには、まったく興味がありませんでした。彼女にとってスポーツとは自分の力で競うもの、機械を操縦するだけのモータースポーツをスポーツと認めていませんでした。

 しかし、そんな彼女の人生を変える出会いがありました。


 それは、ずっと彼女に夢中だったボーイフレンドに誘われて、地元で開催された世界GPを観に行った時です。

 初めはあまり気乗りしなかったのですが、生で観るレースの迫力とスピード。そしてそのスピードの中で、ライダーたちの魅せるパフォーマンス。危険と隣り合わせの緊張の中で発揮されるバランスと研ぎ澄まされた反射神経。

 紛れもなくアスリートとしての高い身体能力を持ったライダーたちに魅せられたのです。


 特にモトミニモトップの女性ライダーの存在は衝撃的でした。


 ゲート係員の目を誤魔化し、パドックに紛れ込んだ彼女は、偶然そのライダーがレース前に身体を休めているところに遭遇しました。


 タンクトップにスパッツだけの姿で、贅肉のまったくない身体をリクライニングチェアに横たえ、目を閉じて集中力を高めていました。

 腕や肩には、大きな傷痕がいくつもありましたが、そのライダーの美しさを損ねるものとは思えません。むしろ、神々しさすら感じました。


 突然、スタッフと勘違いしたのか、そのライダーが目を閉じたまま彼女にミネラルウォーターを頼みました。


 少女は慌てましたが、近くにあったクーラーボックスからペットボトルを取りだし、手渡しました。


「スパシーバ」

 ロシア語で礼を言われ、どきりとしました。


「どうやって忍び込んだ?ここの警備は弛んでいるな」

 彼女が関係者でないことを、そのライダーは気配だけで見抜いていたのです。少女は何も言えず、立ち尽くすしかありません。


「レースをやっているのか?」

 戦士のような肉体を持った女性から尋ねられ、「ノン」と答えると、少し残念そうな顔をしましたがもう一度質問してきました。

「しかし何か競技はしているんだろ? 足音でわかる。運びがスムースだ」

 少女は足音だけで運動能力を見抜いた事に驚きました。

「陸上とクロスカントリースキーをしてます」

 すべて見抜かれるような気がして、少女は正直に答えました。

「ほう……、興味深いな。私もどちらもトレーニングでよくする。いつか一緒にしてみたいものだ。しかし、今日はスタッフに見つからないうちに早く離れた方がいい」

 会話はそれだけでしたが、少女の中に強烈な印象が焼きつきました。それはもう一目惚れと言えるでしょう。


 その日から、少女の心はあのライダーに夢中でした。近くのバイクショップに通い、その店のレースチームからレースに出場するようになりました。


 少しでもあの女性に近づきたい。少女にはGPライダーになる事しか眼中になくなっていました。一緒にGPを観に行ったボーイフレンドから別れを告げられても、なんの感慨もありませんでした。


 少女のライディングセンスには素晴らしいものがあり、それに気づいた店主から、本気でレースするならとGPアカデミーを薦められました。ショップはレースに必要なパーツや人的支援をしてくれていましたが、個人の店でレースを続けるには、体制的にも経済的にも限界があります。


 彼女はアカデミーに入っても、すぐにその才能を認められ、課程を終えるとついに念願の憧れのライダーのいるチームに、四人目のライダーとして加わる事が出来ました。


 彼女はデビューしてすぐアシストライダーとして頭角を現し、憧れのエースライダーから最も信頼されるようになっていきました。

 プライベートでも、スター選手であるエースライダーから特に可愛がって貰い、彼女にとって幸せの絶頂の時期でした。


 しかし、彼女の幸せを快く思わない者もいます。なんと同じチームの他のアシストライダーにとっては、美しく才能もあり、エースから信頼されている新参の少女は嫉妬の対象でしかありません。


 一般的にアシストライダーは、いずれ自分がエースの座に昇るか、他チームからより良い条件で引き抜かれるのを願っているものです。

 新人に追い越される事は耐え難い屈辱と感じるのは無理もないことなのです。


 少女が絶えず身体の怠さを感じるようになったのは、シーズン半ばの頃からでした。お腹の具合も悪くなり、元々スリムだった身体は更に痩せ細っていきました。


 シーズン終盤、美しかった栗毛色の髪が抜け落ち始めるようになると、憧れのエースライダーからも、レースを離れ療養するように言われてしまいました。もちろん彼女の躰を心配してのことです。


 それでも彼女は病院に行かず、自費でGPを追い続けました。しかしチームは彼女がパドックに入ることを許可しません。


 最終戦の決勝当日、サーキット近くのホテルの一室のバスルームから、髪が抜け、肌もカサカサに枯れ痩せ細った女性の遺体が発見されました。まるで老婆のようでしたが、身元を調べるとまだ二十歳だったそうです。


 同じ日に、サーキットでも二つの悲劇が起きました。

 どちらもトップチームのアシストライダーのアクシデントでした。


 一人は、ストレートを走行中、突然ハンドル操作を誤り転倒、脊椎を傷め二度と立つ事すら出来ない身体になりました。どうして直線で急にマシンを振ったのか、何も語りたがりませんでした。


 もう一人は、コーナーをノーブレーキでまっすぐ進入し、フェンスの支柱に激突し即死でした。

 事故を不審に思った主催者と警察が遺体を解剖をして調査した結果、直接の死因は心臓発作だったそうです。おそらく走行中に心臓発作をおこしたと思われました。


 レースの結果は、アシストを失ったにも拘らず、同じチームのあのエースライダーが優勝しました。


 二位のライダーがレース後に語った話では、まるで見えない何かがトップのライダーを守っているようで、どうしても近づけなかったそうです。


 今でもサーキット近くのホテルには、自分が死んだことに気づいていない少女が、愛するエースライダーを勝たせるために宿泊していることがあるそうですよ。



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