表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
105/398

幻想と妄想と奇跡の伝説

 二位に終わったもののタイトル争いにとどまったシャルロッタは、いつものことながらエレーナに叱られても、相変わらず愛華を下僕扱いで、偉そうな態度は少しもブレなかった。しかし愛華には、どこか無理してツンデレキャラを演じているようで、めんどくさいけどなんだか微笑ましいと思えた。表彰台に上がってもツンツンしている。


「たぶんシャルロッタさん、恥ずかしいだと思います。本当はちゃんと反省してますよ」

 二位で不満だという顔していながら、ラニーニとナオミからシャンパンを浴びせられ、思わずデレそうなのを必死で我慢している様子のシャルロッタを見て愛華が言った。

「アイカも相変わらず、あのバカにやさしいな」

「でもアイカちゃんの言う通り、少しは反省していると思いますよ。いつまで大人しくしているかはわかりませんが」

 スターシアもシャルロッタに寛容だ、と言うより愛華の味方をしてくれる。

「どうせまた一戦ぐらいしか辛抱できん」

「私は二戦は大人しくしていると信じたいですね」

「無理だな、1ドル賭けてもいい」

「いいでしょう、受けます」

 エレーナとスターシアが、シャルロッタの反省に賭けを始めた。そう、二人とも端からは想像できないほどいい加減なところがあるのだった。金額からみても冗談とわかるのだが、シャルロッタがちょっと気の毒な気がする。まあこれくらいじゃないと、シャルロッタにつき合ってられないのかもしれない。

「それでアイカはどちらに賭ける?」

 愛華にも振られた。どちらって、一戦か二戦かの択一しかないの?そりゃあシャルロッタが反省して、ずっと大人しくしてくれるとは思わないけど、正直に言うのも失礼だよね。

「えっと、三戦ぐらいかな……」

 三人の中では一番シャルロッタを信頼している、ってところをアピールした。1ドルぐらい諦めよう。

「ほお、その根拠は?」

 エレーナが問い詰めてきた。それは当然だ。愛華だって本音はまた一戦ぐらいしかもたないと思っている。

「えっ……と日本では『鶏は三歩あるくと忘れる』って言われてるんです。あっ、鶏は今したことすぐ忘れちゃう代表みたいに云われていて……」

 咄嗟にずいぶん失礼なことを言ってしまった。

「鶏と同レベルか、何気に酷いな」

「ち、ちがうんです!鶏は三歩だけど、シャルロッタさんなら三戦ぐらいは、って意味で」

「そんなふうに言われて、なんだか可哀想ですね。私、にわとりさん好きなのに」

「うむ、まるで鶏がシャルロッタ以下みたいだ。鶏は毎日栄養豊富な卵を提供してくれるんだぞ」

「鶏が上っ!?」

 確かに鶏の方が人類に貢献してくれている。でもシャルロッタさんが聞いたら激怒して、その瞬間に反省など忘れてしまいそうだ。




 各チームは、ドイツGPが終わると大急ぎで移動の準備をしなければならなかった。翌週には、大西洋を越えてUSGPラグナセカが開催される。今年はハードなスケジュールだ。


 ラグナセカも、昨シーズン愛華はラニーニと共にレース途中までトップ争いを演じた、相性のいいコースだ。もっとも二人とも終盤にはバレンティーナとエレーナ、スターシアに軽く置いていかれ、未熟さを思い知ったコースでもあったが。しかしあの頃とは、愛華もラニーニもくらべものにならないほど成長している。やる気満々で乗り込んでいった。


 慌ただしくラグナセカに入り、ほとんどのライダーがザクセンリンクと並ぶ超低速で、特異なコースに慣れるのとセッティングに苦労している初日から、コースレコードを上回るタイムを叩き出すライダーがいた。

 地元出身のフレデリカである。

 彼女にとってラグナセカのコースは、自分の家の庭のようなものだ。10歳の頃にはもう身長が160センチを越えていたフレデリカは、ミニバイクでなく、当時からフルサイズのマシンでこのサーキットを走っていた。12歳で既にローカルレースとはいえ、大人たちに混じって度々表彰台にあがっている。ときには複数のクラスにエントリーし、一日で3レースの予選と決勝を走った事もある。ここの名物コークスクリューや狭い最終コーナーといった難所も、何万回と走ってすべて知り尽くしていた。



 前評判通り、予選トップタイムを記録したのは、地元のフレデリカ、二番手も同じアメリカ人のケリーが押さえ、久々にヤマダ勢の活躍を期待させた。続いてシャルロッタ、スターシアまでが一列目。ポイントリーダーのラニーニ、そして愛華、バレンティーナ、エレーナの順で二列目のスターティンググリッドとなった。




「知らない連中が見たら、一見ヤマダの優勢に見えるけど、今回はあたしの楽勝ね」

 シャルロッタが黄金色の左目カラコンを爛々と輝かせて豪語した。予選後のミーティングに集まったストロベリーナイツのスタッフたちは肩をすくめて苦笑いしている。早くもシャルロッタの反省は途切れてしまったのか。


 傲慢でなく我慢してくれれば、本当に強いのに……。

 1ドルが惜しいわけではないが、必要以上にたいへんなレースになるのは勘弁してほしい。もう少し辛抱してもらいたい。

「でもフレデリカさんもケリーさんも、すごく速いライダーの上、このコースを知り尽くしていますよね。絶対勝ちたいですけど、油断できないレースになるんじゃないですか?」

「わかってないわね、アイカ。あたしが予選で負けたのは、このコースに慣れていなかっただけ。去年は欠場してたし、おととしは二周でリタイヤしたからね」

 威張って言うことじゃないでしょっ、それ。

「でも安心して。今日、このコースの攻略法がわかったわ!」

 やはりシャルロッタさんは天才だ。是非教えて頂きたい。

「教えて欲しそうね、アイカ。いいわ、教えてあげる。このラグナセカを制するには、コーナーをちゃんと覚えておかなければダメってことよ」

「それはわかります」

「……」

「それで具体的にどう攻略すれば?」

「だから次のコーナーの先が見えないから、前もって覚えておくのよ!」

 それ攻略法じゃない。この人いつもコース覚えないの?

「わかりました。でもそれだけじゃ、やっぱりフレデリカさんたちの方が優位ですよね。このコース知り尽くしているんですから」

 あまり突っ込んでも、またイジけたら困るから……

「やっぱりアイカは未熟者ね。確かに予選タイムアタックではあいつらの方が速かったけど、レースはチームで走るものよ。あいつらには、チームワークがまるでわかっていないわ!」

 えっ?今この人、チームワークとか言った?

「あたしたち苺騎士団は、女王エレーナ様から下僕のアイカまで、勝利に向かって一丸となれる強い絆があるのよ!」

 それは間違いないけど、この人だけは、言う資格ないですよね。

「一番の問題は、おまえだぁ!」

 やはりエレーナにどつかれた。

「うぅっ、どうしてあたしがぁ……?」

 賭けはチャラになった。まったく反省していない。鶏以下だ。

「まあシャルロッタの戯言は置いといて、」

「あたしを置いていかないで」

 エレーナはシャルロッタを無視して話し続けた。

「フレデリカとケリーが急にコンビを組むとは思えない。ケリーはレースディスタンス(距離)を考えた配分で走るだろうが、フレデリカは最初からとばすだろう」

「そこであたしの出番ね!」

「アイカは今回もアホが出過ぎないよう注意してくれ」

「だあぁ!」

「アホって誰?」

「いつもアイカに面倒かけてすまない。私とスターシアも出来る限りアホには眼を光らせるが、ケリーとハンナたちの動きにも注意しなければならない」

「あたしは……?」

「アイカちゃんが成長したように、ラニーニさんの速さも本物になってきましたからね。今や二人とも正真正銘のトップライダーです」

 スターシアまで無視した。

「エースのあたしはどうしたの?」

「おまえは大人しくアイカの後ろについていろ」

「えええ!なんでエースのあたしが下僕の尻になんかに!」

 いけない、このままではシャルロッタさんがまたイジけてしまう。

「あの、いつもわたしがちゃんとサポートできないのが悪いんですけど、ラストの勝負どころでシャルロッタさん、いつも満足に走れない状況になってますよね。それでシャルロッタさんの本気の走りが、みなさんよくわかってないと思うんです。わたし、ラニーニちゃんにもシャルロッタさんの本当の凄さ、見せてあげたいんです。ラニーニちゃんだけじゃなくて、観客の人たちとかも、シャルロッタさんの本当の実力を、おいしい場面で観せてあげたいんです。だから勝負どころまで、わたしのペースに合わせてくれませんか」

 愛華はなんとかシャルロッタのプライドをくすぐろうと適当に餌を撒いた。

「そ、そうね、独走じゃあまたカメラにスルーされるかも知れないしね。でもフレデリカはどうするの?あんたのペースに合わせてたら、もう追いつけなくなりました、じゃシャレにならないわよ」

 すぐに食いついてきた。やっぱりチョロい。

「フレデリカは、……」

 エレーナが、「フレデリカはいつものおまえ同様、後半にはダレるだろう」と言おうとしたが、シャルロッタにはわからないようそっと送られる愛華からのアイコンタクトに気づいて、口を綴じた。

「そこまで引き離されないように頑張ります。でもシャルロッタさんの本気なら、『奇跡を呼び起こす』なんて、ありますよね」


 奇跡を呼び起こす……

 なんて甘美な響きであろうか。


 中二病にとって、それは麻薬のように幻想と妄想へと誘う言葉だ。シャルロッタの頭の中で、賞賛を浴びる自分の姿が浮かんでいた。伝説にはやっぱり奇跡が必須なのだ。


「あんたがどうしてもあたしの本当の本気の走りを、あのちび(ラニーニ)に見せたいって言うなら、協力してあげないこともないわ」

「世界中の人に観せたいです」

「仕方ないわね。わからない連中に見せるのももったいないけど、そいつらにも、見せてあげないこともなくはないわ」

 やたらと「ない」が重なって、よくわからなくなっていたが、そのデレ~っとした顔が、なによりも語っていた。



 二人のやり取りを眺めていたエレーナは、愛華の人をその気にさせる才能に感心した。

 愛華は、エレーナには絶対真似できないやり方で、シャルロッタをコントロールしていた。


 第7戦ドイツGP終了時点のポイントランキング


1 ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J

            146p      

2 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S

            118p            

3 ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J

             86p 

4 エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S

             81p

5 ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J

             79p

6 ケリー・ロバート(ヤマダインターナショナル)Y

             69p

7 バレンティ-ナ・マッキ(ユーロヤマダ)Y

             63p

8 リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J

             60p

9 アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)S

             52p

10 アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S

             47p

11 フレデリカ・スペンスキー(USヤマダチームカネシロ)Y

             41p

12 アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J

             34p             

13 マリアローザ・アラゴネス(ユーロヤマダ)Y

             23p

14 アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS

             18p

15 エリー・ロートン(ヤマダインターナショナル)Y

             15p

16 エバァー・ドルフィンガー(アルテミス)LS

             14p

17 ウィニー・タイラー(ヤマダインターナショナル)Y

             12p

18 ソフィア・マルチネス(アフロデーテ)J

             10p   

19 ジョセフィン・ロレンツォ(アフロデーテ)J

             9p             

20 アンナ・マンク(アルテミス)LS

             3p

21 ミク・ホーラン(ユーロヤマダ)Y

             2p


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] バイクと同じくらい高いコントロール能力。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ