第10話 ジョアーキン伯爵領内異常あり (Part6)
「発射!!」
ガボルの村の空に砲弾を撃つ音。
ひゅるると風を切り、地面に落ちる。爆発が上がり、数人の兵士が舞い上がる。そして地面に叩きつけられ、土塊として地面に還りゆく。その上を、別の兵士……土塊の兵士たちが踏んでいく。
櫓の上、ドクマの持つ大口径砲から魔力弾発射時の煙が上がる。
ガボルの村周辺は戦場となっていた。遠い過去となった民族戦争以来の事だ。
空から2体のワイバーンが矢をかわしながら急降下している。騎乗者はソカワ、イディ。
ワイバーンが緩やかな軌跡を描く上で、ソカワは2丁の拳銃から間断なく銃を撃ち続ける。アタッチメントは緑。弾は1発ずつ、全て別々の個体に命中した。命中した跡には、魔力の蔓が土塊兵に絡みつき、魔力を吸い取っていく。そして土塊兵が倒れるときには、花を咲かせ、そしてすぐに枯れた。
一方、イディは矢をかわすように移動しながら、停止するたびに、特殊な射出装置から、手製の弾を発射していく。弾は兵士達の頭上で割れ、液体が雨のように飛び散った。そして、それを受けた兵士はしゅうしゅうと音をたてながら、人との姿を保てず砂となって崩れ去っていった。
更に、兵士たちを跳ね飛ばすように魔力駆動の車……彗星01が駆けていく。車体には雷魔法の障壁が張られ、ぶつかった土塊兵は車の衝突と雷に打たれた時の衝撃が伴って弾かれ砕けた。運転するはアーマッジ。
その彗星01の天井にはフィジーが鎮座していた。彗星01が直進を始めると、中型の連射式魔装銃を抱えて立ち上がり、正面に向けて一歩踏み込んで翼を広げた。慣性を受けて猛烈な速度で飛びながら、フィジーは銃を構える。そして、撃つ。けたたましい音ともに、水の魔法弾がまさしく豪雨のごとく戦場に巻かれ、土塊兵の頭部を砕いていった。
これだけの猛攻をもってしても、まだ多くの土塊兵が残り、ガボルの村に迫ってくる。村の門の前、アヌエルを中心に諜報部隊の面々、村の若い衆が各々武器を持っている。しかし、情勢は明確に不利。
その中で、アヌエルはタクトを構える。
「《天におわす自然の神よ、聖なる雨をもって不浄を流し給え》!!」
詠唱を終えると、アヌエルはタクトを上に向けて掲げた。すると、タクトの先より光が飛び出し、アヌエルの頭上には横長な矩形型の魔法陣を広がった。そして、そこから青白く光る豪雨が斜めに降り注いだ。その方向には土塊兵の一群。雨の勢いが土を崩し、雨が土を溶かしていく。
そして、アヌエルの周囲から発砲音。銃弾がまだ立つ泥人形を砕く。
それでも、それでも土塊兵は迫ってくる。まるで限りなく湧き出てくるかのように。【流星の使徒】の高い戦闘力をもってしても、この数を相手どるのは些か厳しかった。
「ああくそっ、キリがねえ!」
そう言いながら、ドクマは大筒の爆音を再び鳴らす。
村を守るための、波状攻撃が続く。しかし、それでも土塊兵共を押し返さずには至らず。正門近辺の者達が武器を構えだした。
その瞬間、【流星の使徒】隊員のコミューナが緊急起動した。諜報部隊のナルビーの姿。
『朗報だよ!! 騎士団と傭兵ギルドがもうこっちに来てる!! 踏ん張ってよね!!』
足音、蹄の音、そしてワイバーン達と翼人達の姿。もう間近に来ているのがわかる。
「はっ、思ったより早かったな」
ワイバーンの上でソカワがニヤリと笑みを浮かべる、息を荒くして。
*
「……ついにか」
キリヤが大きく息をついた。目の前には、塔の入り口。見上げれば蔦に囲まれた塔の姿。
先遣部隊はついに、見張り塔に到達したのだ。
「ああ、我々はとうとう敵の拠点まで来たのだ」
ジョア-キン伯爵は誇らしげに言った。
「敵の拠点……ねぇ」
「うむ? どうしたクライトン君?」
「いや、その割には、敵の姿も、気配すらもないと思ってね」
「はっは!! 我々の快進撃におじけづいたのだろう!!」
「そんな訳ないだろうが……向こうとしちゃこっちまで来ることは想定してたかもしれん」
「その心は?」
「歓迎されてるってことさ」
「なるほど、見上げた者よ!!」
そう聞いて、伯爵は豪快な笑い声をあげた。
その一方、
「ハイアット、どうした?」
「……えっ」
地走竜の上、キリヤが後ろに乗っているハイアットに声をかけた。
「殺気を感じてな……何か感づいたか」
「……はい、すごく、嫌な感じがします」
「例の勘か……やはりここに何かがあるのは違いないか」
嫌な気配。自分と因縁の深い、あの気配。それは、目の前の見張り塔から、ではない。この空気全体から感じられる。
「それもこれもこの塔に入ってみてなくてはな!! いざ行かん!!」
「待て、クソ貴族、罠の点検が先だ」
クライトンはひらりと、塔の扉に右耳を静かにつけ、コツコツと指で軽く叩いた。
「……うし、罠は無いな」
「ふふん、いよいよか」
伯爵が馬から降りると、それに続くように、キリヤとハイアットが降りた。
「ホルク、危険な事態になったら、馬どもを連れて逃げるんだぞ」
キリヤは地走竜の首を撫でながら言い聞かせた。
「準備は……いいな、いくぞ!!」
クライトンが音を立てて扉を開けた。扉を開けた音が、円環でくりぬかれたような塔の中を反響する。その反響の中、4人は武器を構えて、人の気配は、しない。
目の前にあるのは下に行く階段と、上に行く階段。
「……どっちに行く?」
クライトンがキリヤと伯爵、交互に目くばせする。
「あの式神とやらが消えたのは上の階だろう? ならば上に行きたいな、ついてくる者は?」
「……俺が行こう、キリヤ、あんたの若造を連れてけ」
「了解、クライトン、そこの馬鹿を頼むぞ、行くぞハイアット」
「はいっ!」
「ちょっと待てキリヤ君、今一瞬我の事を」
伯爵が言い終わる間もなく、キリヤとハイアットは階下へと降りていった。
「なぜ、あやつは昔から我に敬意を払わないのだろうなあ」
「胸に手を当てて考えてくれ、行くぞ」
「言っとくが、お前もだぞ、クライトン君」
頭を掻きながら、伯爵はクライトンの後に続いた。
*
「何も、ありませんね」
「ああ、本当にな」
ハイアットの声に、キリヤが応えた。
長年使われていなかった貯蔵庫には何もなく、ただただ埃ばかりが舞い上がっている。
ハイアットが先に立ち、魔石灯を持って周囲を照らしても、木の柱と土の壁しか、見えなかった。聞こえてくるのは、木の床……貯蔵庫は広い空間を木板で上下半分に区切っている……が軋む音と、キリヤとハイアットの呼吸のみ。
それでも、2人は慎重に進んでいく。
「……静かだ」
キリヤが呟いた。
その静寂は圧迫感があった。先ほどからずっとまとわりつく、嫌悪感がこの静寂のせいでよりハッキリと感じられた。否応なしに、緊迫感がみなぎる。
「鼠どころか、蜘蛛すらいないとは……」
キリヤの言う通り、なにも出てこない。嫌悪感はすれど、気配は何も感じられない。敵がいるはずなのに、いないという違和感が、2人を心理的に疲弊させる。
ハイアットは目を凝らし、すぐ近くのキリヤに見せないように、かすかに瞳を輝かせた。黒いよどんだ空気が充満しているのが、彼の視界に映った。その中で、一部分だけ、濃度が濃い部分があった。
下部層につながる、簡素な梯子が架かった床のくりぬき。
「下に、何かある気がします」
「……降りるか」
魔石灯を腰元に下げてハイアットが先に、続いてキリヤが降りた。
再び、魔石灯掲げる。やはり、土の壁と、木の柱のみ。さっきとの違いは、下が地面であること。気配はやはりなし。
しかし、
「何もない? いや、変だ、空気が冷えていない」
キリヤが気づいた。地下貯蔵庫としてはあるまじき温度であること。
「どこか隠し扉があるかもしれん、壁を調べるか」
「了解……!」
壁に近寄ろうとした瞬間、ハイアットの背筋に寒気が走った。
ハイアットは壁の方を目を凝らした。
「……!?」
周囲の壁は、何もない、様に見えるだけ。
ハイアットの視界、壁……否、部屋一面が濃紫の象形文字で埋め尽くされていた。
「副隊長!! すぐに上がりましょう!!」
「な!? ハイアット、なにがあった!?」
「早く!!」
すると、象形文字が一斉に光りだした。その光はあっという間にキリヤとハイアットを飲み込んだ。
そして、光が収まった。
「不覚……罠だったか!!」
「申し訳ありません、副隊長、すぐに気づけず……」
「反省はいらん、問題は……」
周囲は全くの闇となっていた。
魔石灯をいくら先に向けても、光は吸い込まれ、何も見えない。逼迫したキリヤの表情と、明らかに不快感をあらわにしたハイアットの様子だけが浮かんでいた。
「ハイアット、大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です……」
浮かびあがった表情だけでも、ハイアットが尋常な状態ではないことが見て取れた。
その眼は、何も見えないはずの闇の奥をじっと見ていた。
見えない、しかし、感じられる。己が敵の存在を、邪なる者の存在を。
「しかし、どうしたものかな……迂闊には動けんぞ」
「何かお困りで?」
キリヤが呟いた直後、2人とは全く別の声が聞こえた。
「!? 誰だ!!」
「そちらからは見えないのですか? それでは……」
急に、彼らのいる場所が明るくなった。唐突な光に、キリヤとハイアットは反射的に目をつぶった。
「くそ、一体何が……なっ!?」
明るさに慣れ、周囲が見えるようになった瞬間、キリヤは思わず一歩下がった。
そこは非常に広大な空間だった。キリヤとハイアットの目の前には、巨大な目玉があった。目玉は濃い紫の炎に包まれており、炎からは同じ色の光が何本も伸び、空間の天井や壁と繋がっていた。
そして、その目玉の前には何者かが立っていた。
「ようこそ、ハイアット君と、ハイアット君の上司さん」
「……貴方は」
その人は女だった。その人は黒づくめの服を着ていた。その人はハイアットの記憶に良く残っている顔をしていた。
「シルヴィエ……さん」




