第9話 サイ・ホシノ、参る (Part8)
「……やったの、かしら?」
怪物の咆哮の後、アヌエルは呆然と、それが聞こえた方向を見ていた。
『成功した!! 怪物を森から追いやったぞ!!』
コミューナからキリヤの声。そこに喜色は無く、むしろ緊迫感が増していた。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
森から出てきた唸り声。それはする方向を見やると、空間がぶれていき、隠されたものが現れようとしていた。
そして、真昼の陽の下、怪物はついにその姿を見せた。
ガマガエルのような巨大な頭部に、長い胴体、そこに6本の前足と2本のいかにも強靭な後ろ脚が生えている。全身には白く細長い繊毛がびっしりと生え、光の反射によってまるで靄のように見えた。
その毛の下の皮膚は黒く、真ん丸な目は血に染まったように真っ赤であった。
その姿を見て、アヌエルが小さな溜息をもらす。
「ホント、気味悪いやつばかりなのね」
がさりと、アヌエルの傍の茂みから音が鳴った。
そこに向くと、ドクマとアーマッジが、息を切らしている姿があった。
「ドクマ隊員!! 脚は大丈夫なの!?」
「ああ、これぐらいなら問題ないぜ、アヌエルさん!!」
ドクマはぶんぶんと左脚を振った。動きに異常は見られない、どす黒くなった包帯が固まっているのみ。
「血も止まってるみたいね、さすがオーガって所かしら」
「へへっ、どんなもんよ……しかし、肝心なのは、」
3人はそろって、怪物の姿を見やる。周囲には既に、銃を構えた数人の諜報部隊員が集っていた。
『総員に告ぐ!! 各隊員の状態はどうだ!!』
再び、コミューナからキリヤの声。
「こちらアヌエル、先ほどドクマ、アーマッジ両隊員と合流、ドクマ隊員が軽傷を負いましたが、十分に行動可能です」
『こちらハイアット、現在、ホシノ隊員と森の中です、ホシノ隊員が危険な状態にあります』
『了解、ドクマ、アーマッジ両隊員はそのまま諜報部隊と共に戦闘に入れ!!アヌエル隊員は遠距離魔法で支援を!! ハイアット、ホシノ両隊員はアヌエルと合流、3人が合流したら、ハイアットは戦闘に、アヌエルはホシノの治療にかかってくれ!!』
ドクマ、アーマッジ、アヌエル、そしてコミューナ越しにハイアットが「了解」と声を張って答える。
『ちょっと、待って、私は……』
『私も前線に向かう、全力で怪物を倒すぞ!!』
ホシノの声を遮るように、キリヤも声を上げた。
*
「副隊長!! 副隊長!!」
いまだ目を開けぬ、否、開かぬまま、ホシノは叫んだ。
「私は……けほっ、私はまだやれます!!」
彼女に呼応するように、烏印陀が立ち上がる。しかし、体はよたよたとふらつき、額の宝石が激しく明滅していた。
「ホシノ隊員、ダメです!! これ以上はもう死んでしまいます!!」
「止めないでください、ハイアット殿!! この好機、逃しては……!!」
烏印陀が、力なく歩き出す。一歩踏み出すごとに躓きそうになりながら。
烏印陀とホシノの様子を見て、ハイアットは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。
そして、ハイアットは右掌の痣を光らせると、ホシノの背中に軽く押し当てた。
「にゃっ!?」
ホシノが小さく叫ぶと、そのままぐたりと身体中の力が抜けていった。
それと同時に、烏印陀は膝から崩れるように倒れ、その巨体は霞みのように消えていった。
『こちらキリヤ!! ハイアット、ホシノに何があった!!』
「こちらハイアット、副隊長、ホシノ隊員は気を失ったようです、脈拍はあります」
ホシノは寝息をかすかに立てている。
『そうか、しかしホシノの容態が良くないのは変わらん、彼女を頼むぞ』
「了解」
通信が切れると、ハイアットはホシノを支える手を持ち直し、シグレの少女らしく小柄な彼女を肩に担ぎ上げた。
「……ホシノ隊員、貴方はやっぱりすごい人です」
ハイアットはそうぽつりとつぶやくと、森の獣道を駆けだした。
*
「《天におわす自然の神よ、大罪人を捕らえ給え》!!」
呪文の詠唱と共に、アヌエルはタクトを怪物に向けて振るった。
すると、怪物の頭上に、8つの光が円に並んで現れると、そこから怪物を囲むように雷が地面に落ちた。雷の檻に閉じ込められた怪物に向かって、【流星の使徒】の面々が魔装銃を撃つ。銃のアタッチメントは白。強烈な反動で時折仰け反って姿勢が崩れる者もいた。
銃弾は雷の檻の隙間を縫い、怪物に当たる。何発もの銃声と、怪物の咆哮が、ディヌーズの森前の平原で鳴り響いた。しゅうしゅうと、怪物の周りに煙が上がる。
だが、魔装銃の攻撃が止んだ一瞬、怪物は地面がひび割れるほど後ろ脚に力を込めた。
そして次の瞬間。
「な、飛び越えた!?」
アーマッジが驚いた。
怪物は雷の檻よりも高く飛び上がった。隊員たちは、地面に映る怪物の影から散り散りに逃げていく。
怪物が大気を唸らせながら、落下した。
地面は大きく揺れ、着地点はめり込む。
つぶれた者は幸いにも無し。
その怪物に向かって、1本の矢が飛んできた。
それは弧を描いて、怪物の右の目元に刺さると、激しい音を立てて白い閃光を放った。
怪物は右目を抑えてのたうち回った。その周囲をぐるりとまわる様に、キリヤを乗せた地走竜が走る。
「撃て!!」
キリヤの掛け声とともに、隊員たちの銃撃が再開される。先ほどより、キリヤの弓も加わり一層激しさが増している。
「おっし、これでいっちょとどめだ!!」
ドクマが大筒を構えた。その傍らでアーマッジとアヌエルがしっかりと支える。
目標は怪物。じっくりと、狙いを定める。
ドクマの額から汗が流れ落ちた瞬間。
「発射!!」
大口径砲から放たれた、白い光の球は、緩い弧を描きながら飛んでいった。
そしてそれは見事に怪物の口腔にすぽりと入った。
「よし、これで……!!」
ドクマは拳を握った時だった。
怪物はドクマの撃った弾をごくりと飲み込んだ。
それを見た全員があっけにとられた。
全員が見ている中で、怪物は再び姿を消した。
「魔力を取り込んだ!?……いかん!!障壁魔法を!!他はみなアヌエルのいる線まで下がれ!!」
キリヤが叫ぶ。
「アーマッジ君、合わせるよ!!」
「了解!!」
《自然の神よ、その気を地より噴き出させ、我らを守り給え》
詠唱と同時に、アヌエルとアーマッジがシンクロするようにタクトを振るう。すると、2人の前方距離にして100の位置より、地面から青白い魔法の炎が噴き上がり、炎の塀ができあがった。
「まだ安心できねぇ……奴はまた飛び越えてきやがるぞ」
眉間にしわを寄せながら、ドクマが言った瞬間だった。
炎の塀の頂点が急に揺らいだ。
<ヴガアアアアアアアアアアアアアア!!!!!>
空から怪物の咆哮がする。しかし、姿も、影も見えない。
「とにかく散れ!! 散れええええ!!」
地層竜を走らせながらキリヤが必死の形相で指示を叫んだ。
隊員たちは蜘蛛の子を散らせたように走っていく。
そして。
凄まじい衝撃音がした。
巨大な光の球が、森の方から飛んできて炎の塀を突っ切っていった。
炎の塀を向こう側で、弾みながら倒れる怪物の姿が現れ、光の球はそのまた少し向こうで転がると、弾け消えた。
キリヤが森の方を見て呟いた
「……ルトラ!!」




