第9話 サイ・ホシノ、参る (Part2)
3日経過した。
「あそこって何か特別な奴っていたか?」
「だからこそ、こうして僕らよばれてるんじゃないか」
「こら、ドクマ、イディ、私語を慎め」
【流星の使徒】機動部隊作戦室にて、キリヤはコソコソ話をしていた2人を注意した。作戦室には、機動部隊の全員が揃っていた。
隊員たちの前で、仕切りなおすようにムラーツは咳払いした。
「確かに、2人の言う通り、クルガ国ディヌーズの森は中堅クラスのダンジョンで、多様な魔物が住んではいるが、特筆すべき魔物はいない、一応奥にある沼には強力な魔物の存在が確認されているが、それも管理ギルドの監視下に置かれている、の、だが」
ムラーツが語気を強めた。
「その管理ギルドの構成員が4名行方知れずとなった、さらに捜索に出たディヌーズの町駐在の騎士団の1師団も、姿を消してしまった、この異常事態は手に負えぬと判断したクルガ国が、我々に依頼したのだ……アーマッジ君、諜報部隊から何か具体な情報は聞いてないかね?」
「はい」
ムラーツに呼ばれて、アーマッジが1歩前に出る。
「森の外周や近辺を探索していた師団から得た情報ですが、森の内側より、大きな唸り声が聴こえたとのことです、しかしそれに見合うような大きさの存在は今のところ目撃情報はございません」
「でかい音を上げる小型の魔物って可能性はないのか?」
ソカワが問う。
「はい、ダンジョン管理記録内にそのような魔物は存在しておりません……今のところ、ただただ大多数が消えたという情報だけ……」
突然、アーマッジのコミューナからけたたましい音が鳴った。アーマッジがコミューナの水晶部に触れると、そこからノーグの胸像が浮かび上がった。
「ノーグ隊員、どうしましたか」
『ペイティが襲われた! 上空写真の撮影中に、何かに攻撃されたらしい!!』
「はあ!? 何があったの!?」
同じ翼人種である同僚の危機に、フィジーが前に乗り出して叫んだ。
「フィジー隊員、落ち着いて!! それで彼女の容体は?」
『彼女の命に別状は無いけど、体を激しく打って気絶状態、右翼を一部欠損、左脚と左腕が骨折している……それと彼女の映写機は無事だ』
「ノーグ隊員、その映写機には何か映ってるかい?」
『それが、何も映ってないんだ……何も、だよ』
「どういうことだい?」
『今からそっちに写真を送る、正直、僕にはさっぱりだよ……おっと、一旦切るよ!』
ノーグからの通信が切れた。それと入れ替わるように、コミューナから何か風景が浮かび上がった。
「ディスプレイに転送させます」
アーマッジがコミューナを操作すると、天井の魔法陣より、その風景を映した巨大なディスプレイが現れた。
それは、ディヌーズの森の風景だった。本当に、何の変哲もない風景だった。そこから数枚、切り替わったが、どれもが森を上空から撮影したもので、代わり映えはなかった。
「おいおいなんだこりゃ、なんにも写ってねぇじゃねぇか」
ドクマは呆れていた。
しかし、隣でイディが真剣な表情でそれを見ていた。
「……ペイティ隊員は襲われたんだよな? ならばなんで何にも写ってないんだ?」
「ん? それって普通に死角から襲われたからじゃねーのか?」
「そうかもしれないけどさ、ドクマ、奇襲されたとしても、その姿をほんの一部でも写した写真がないなんて変じゃないないか? それに、翼を一部むしられ、左脚と腕を折られて気絶したとなると、何者かが彼女に相当近づいて攻撃したはずだから、なおさらだよ」
「……言われてみれば、確かにな」
ドクマは腕を組んでふん、と鼻息を鳴らす。
事実、諜報部隊は確かに戦闘が主ではないが、随時対応できるように訓練は積んでおり、また、どんな状況にあっても、重要な情報を残し、伝えるよう訓練されている。
したがって、危機的状況で残されたのはただの風景写真のみであることは、異常なことだった。
「透明な魔物、ってことはないですか?」
突然、ホシノが声を上げた。周りの皆が彼女の方を見た。
「透明って、ことは霊属の魔物か?それはちょっと考えにくいだろ」
ソカワが軽く呆れたように答えた。
「ど、どうしてですか?」
「まず霊属の魔物は物理攻撃が不可能だ、攻撃は魔法か呪詛しかできん、今回の奇襲は魔法によるものとは言えないことから、その線は厳しい」
「別に霊属の魔物って限らないじゃないですか、透明になれる能力とか……」
「前例がない、擬態する魔物もいるにはいるが、基本は地上の大きくても中型の奴ばかり、山のような奴なら保護対象しかいねぇ」
うう、とホシノは口をつぐんだ。その光景を、キリヤは見ていた。
「やめるんだ、ソカワ、君も何をもってそこまで断定するのかね……ホシノ隊員の言う事にも理はあるだろう」
「そんな、前例がない魔物の存在なんて……ああ、ちくしょう」
ソカワが舌打ちした。
「そういう案件、か」
「まだ可能性にすぎないがな」
そう言って、キリヤが腕を組み、ふうん、と唸る。
「ともかく、ここでわかることはただ一つ、我々の目に見えない何かが暗躍しているという事だ」
ムラーツが周りを見回しながら口を開いた。
「問題はこの森よりそう遠くない場所に町があるという事だ、現段階での撃破は厳しくとも、最低限この謎の存在を森の中に封じなくてもはならん」
「隊長、透明な奴が相手らしいってことなら、ペンキ弾持った方がいいんじゃないですか?」
フィジーが挙手しながら言った。
「いいだろう、では当日の作戦だが封じ込めを目標となると、多方向で攻めなければならないが……アーマッジ君、現地の情報はわかるかね」
「はい」
アーマッジはすぐにディスプレイを閉じ、地図を中央の机の上に広げた。
「ディヌーズの森は地形的には北東側、すなわち町とは反対側に扇状に広がる低い山の上を広がっております」
説明しながらアーマッジは赤いチョークで山となっている部分をぐるりと囲んだ。更にその南側の開けた所に、2箇所、青のチョークでぐりぐりと丸を描く。
「入り口は数か所ありますが、この2箇所に拠点を置いて、陸上からはこちらとこちらの2方向で探索していきましょう、更に空から山側を探索して、計3方向からディヌーズの森を探索するのがよいと考えますが……隊長、いかがですか」
「うむ、良いだろう、もしそこで手掛かりとなる物が見つかれば、持ち帰るように、あるいは失踪者が見つかれば、即刻救助するように、あるいは、」
ムラーツは隊員たちの顔を見た。
「もし、我々と敵対するものと遭遇した場合、徹底抗戦するように」
隊員たちの、了解、の声が部屋を響いた。
「それと、ホシノ隊員」
「あ、はいっ!」
アーマッジに呼ばれ、ホシノは軽く驚いた。
「ホシノ隊員の式神を各隊に1体ずつつけてくれませんか、多くの式神を同時に操ることになりますが……」
「問題ないです、しっかりと支援させていただきます」
ホシノ隊員のまっすぐな瞳は、喜色が隠し切れなかった。
「それでしたら、ホシノ隊員、よろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします!」
アーマッジに向かって、ホシノはびしりとシグレ式の敬礼をした。
ワイアットは少しホッとしたような表情でそれを見ていた。
「それでは、機動部隊総員、早急に準備を整え、ディヌーズの森へ出撃したまえ!」
作戦室に、ムラーツ隊長の凛とした声と、隊員たちの勇ましい声が響いた。




