第4話 大空に怒りを込めて (Part7)
狭い山道を、馬にのって、ハイアットは必死に走っていた。子供たちを見失ってしまい、彼の表情に焦りの色、もう、手遅れは出したくないという思いが出ていた。
「うわあああああぁぁああああっ!!!!」
「いだいいいいいいいいいぃぃぃ!!!!」
断末魔。甲高い、子供の声だった。しばらくすると、くぐもった声をあげて、断末魔が途絶えた。
「くそっ……!!」
ハイアットの目が金色に光る。山道を走りながら、茂みの方も見渡していった。彼の眼には、様々な物の温度見えていた。
そして、茂みの中に子供たちがいるのを見つけた。そのそばに、小さな鳥がいることも。
急いで馬に降りると、ハイアットは茂みの中に飛び込んだ。枝や背の高い雑草をかき分けると、やや開けたところがあった。
ハイアットは一瞬、言葉を失った。
子供が2人、背の高い子と太めの子がのたうち回っている。両目と喉に、黒く、長い針が刺さっていた。もう1人の子は完全に腰を抜かしていた。顔はぐしゃぐしゃに泣き崩れて、座っているところは失禁で濡れていた。
そしてその少年の目の前に、黒い鳥が飛んでいた。
「アハハハハハハハハ!!!! トウトウキミダケ二ナッチャッタネ!! サビシイネ!!」
「うあ……あ……や……」
「アンシンシテヨ!! スグニキミモオソロイニシテアゲルカラネ!!」
「やめろ!!」
魔装銃を構えて、ハイアットが茂みから飛び出した。黒い鳥が、そちらの方に向いた。
「オヤオヤ、コレハコレハ【リュウセイノシト】ノシンジンクンジャナイカ!! ナマエハ……ハイアット、ダッタカナ?」
「貴様、なんで子供たちばかり狙うんだ!!」
「ソレハモチロンタノシイカラダヨ!! コンナフウニナキワメクシ、ソレニ……」
鳥は……ドルグラはニヤッと笑った。
「バカミタイニカナシンダリ、キミミタイニオコッタリスルヒトガタクサンデテクルカラネ!! アハハハハ!!」
「この……!!」
「ソウイウキミハドウナンダイ!? ナンデヨワッチイヤツラヲタスケヨウトスルノカナ!?」
「それが……それが私の使命だからだ!!」
「シメイダッテ? ソレハホントウカイ? モウスデニマモルコトガデキテナイジャナイカ!!」
ドルグラの嘲笑に、ハイアットは唇を噛んだ。
「ジャアナゼ、ニンゲンノスガタヲシテイル? ソンナスガタジャア、シメイヲハタセナイヨ!!」
ドルグラは判っていた、ルトラの覚醒は不完全であり、ハイアットの体を借りなければ、存在を維持できないことを。ドルグラの挑発に、ハイアットの感情は昂り、段々と目は金色に、髪は橙色に変わっていった。
「ウッテゴラン!! ハズレタラコノコニアタッチャウケドネ!!」
嘲りながら、ドルグラは泣いている少年の前を飛び回っていた。ハイアットは魔装銃を構えながら、じっと狙いを定めていた。
「アハハハハ!! ドウシタドウシタ!? コノコモコロシチャウヨ!!」
「……そこっ!!」
ハイアットはいきなり左手で魔装銃を下ろすと、右手の指先から丸い光の弾を打ち出した。黒い鳥があっさりとそれをかわした。
その瞬間、ハイアットが指を曲げると、光の弾は軌道を変えた。破裂音と共に、光の弾はドルグラに当たり、ドルグラは地面に落下した。
「大丈夫かい!?」
「ひ……あ……」
ハイアットは少年の下に駆け寄ると、そのまま抱え上げて、比較的大きな木の根元へと運んだ。
「僕……は……それよりも……」
「……わかった」
ハイアットは急いで他の子供、同じところに運んだ。すでに、2人の呼吸は細くなっていた。
ハイアットはそれぞれの手を取り、目をつぶった。すると、ハイアットの手が光り出し、その光は2人の少年の体を伝っていき、顔の方に到達すると、彼らに刺さっていた針は粉となって消えた。泣いていた少年は目を丸くしてこれを見ていた。
「もうこの子たちは大丈夫だよ……ここで、ジッとしてて」
嫌な気配がして、ハイアットは振り向いた。
地面に落ちたドルグラの周りから黒い霧が包んでいた。霧は徐々に大きくなっていった。
「ハハハハ!! ギャハハハハハハハハ!!!!」
霧が見上げるほどに膨れ上がると、そのまま散り、なかから巨大な怪鳥……ドルグラの正体が、耳障りな咆哮と共に姿を現す。
ドルグラは翼を羽ばたかせ、ハイアットの方をにたりと笑いながら見た。少年は巻き起こるに風に耐えるのに精いっぱいだったが、ハイアットは仁王立ちして、ドルグラと睨みあっていた。
「……今から見るもの、内緒にしてね」
ハイアットは静かに少年に話しかけた。少年が困惑する中、ハイアットの髪は完全に橙色に変わった。そして、光がハイアットの体を包みこんだ。
*
「とうとうでやがったな!!」
ワイバーンに乗りながら、ソカワは腰のホルダーに手をかける。それに続くように、イディや、他のワイバーン騎士や有翼人達も攻撃の準備を始めた。
『こちらキリヤ、ドルグラが山の上で出現!!まずは空中班が先陣を切り、町から引き離せ!!フィジーは相手が鈍ってから攻撃だ!!』
「了解!!」
コミューナに答えると、ソカワを戦闘に、空の戦士たちがドルグラに向かっていった。ドルグラの近くまで迫ると、一斉に魔法弾をドルグラに打ち込んだ。ドルグラの気がソカワ達に向いた。
「ほら、こっちだこっちだ!!」
イディが薬品入りの球を射出すると、球はドルグラの眉間に当たり、一瞬、当たった部分が燃え上がった。ドルグラは咆哮をあげると、大きな音を立てながら上昇していき、ソカワ達に向かって飛びはじめた。
「よし、こっちに来るぞ!!」
「そのまま行くぞ!!」
傭兵である有翼人2人がドルグラを誘導するために構える。しかし、ドルグラは急に向きを変えると、町に向かって飛んでいった。
「ちくしょう、読まれたか!!」
ソカワが舌打ちした。
「こちらソカワ!! 奴は町に向かった!! 大至急戻って……」
ソカワがコミューナでの連絡を途中で止めた。
光が、ドルグラに向かって飛んでいく。
そして、そのままドルグラにぶつかると、まるでドルグラを抱えるように包んだ。ドルグラはそれから振り払うためにもがいていた。
「おし、そのまま、そのまま……!!」
町中、彗星01の傍で、ドクマが大口径砲をもって構えていた。
「……いまだ!!」
巨大な魔法弾が発射された。真っすぐに、ドルグラに飛んでいくと、雷が落下したような音を立ててドルグラに着弾した。その衝撃で、光と胴体となって、そのまま町の外まで吹き飛ばされた。
地面に落下する直前に、光はドルグラから離れ、ドルグラだけが地面に落下した。光は地面に降りると、形を変え、ルトラの姿を現した。
「……出たか」
その光景を見てキリヤはポツリとつぶやいた。
ドルグラは起き上がると、すぐさま飛び上がった。その隙を狙って、ルトラは両手から光の弾を放つ。ドルグラはそれをよけると、円を描くように飛び、目から雷をルトラに向けて放った。ルトラは身軽な動きでそれを次々とかわしていく。
「皆さん、私の後ろに下がって!!《荒れ狂う天の力よ、我を守り給え!!》」
アヌエルが呪文を唱えると、雷でできた巨大な壁が彼女の前に現れ、流れ弾を防いだ。
ドルグラは今度はルトラに向かって突っ込んできた。ルトラは右手から光の剣を出すと、ドルグラに向けて構える。しかし、その瞬間、ドルグラの口から黒い針が何本も吐き出され、ルトラの右肘裏に刺さった。
ルトラは腕を抑える。光の剣は消えていた。そして、そのままドルグラはルトラの頭部を蹴りつけ、ルトラを倒した。倒れるルトラに対してドルグラは雷を次々に放っていく。
「総員!!ルトラの支援をせよ!!」
キリヤがコミューナに向かって叫んだ。空からも、地上からも、魔法が飛び交った。色とりどりの花火が上がっているようだった。しかし、ドルグラはそれをものともせず、空を自在に飛び回る。目から放つ雷と、口からの針、そして自らの巨体で、次々と攻撃するものを吹き飛ばした。
ルトラは立ち上がると、ドルグラに両手からの光弾を放つ。しかし、ドルグラはそれを軽くかわしていく。
「ひえ……!!」
周りでドルグラに向かっていった者たちに当たってしまった。
ルトラが一瞬、動揺した様子を見せた。その隙にドルグラはまた口から、針を放つと、ルトラの脚から頭部まで、大量に刺した。
そして、とどめと言わんばかりに両目から雷をルトラに放った。
雷はルトラの胸元に当たり、ルトラはまた倒れた。それを見て、ドルグラはニヤニヤと笑うような目つきを見せる。
「ルトラが苦戦している……!!」
「ちょこまかしやがって、狙いが定まんねぇ!!」
彗星01の中で、アーマッジは唖然としていた。彗星01の上で、ドクマは大口径砲を構えながら奥歯を嚙みしめていた。
ドルグラが彗星01の方を見た。雷が次々と彗星01に向かって放たれる。彗星01はジグザグに動きながらそれをなんとかかわしていった。
「やばい、狙われた!!」
「だああ、アーマッジ、激しく動かしすぎだあ!!」
雷をうちながらドルグラは彗星01に迫っていく。追いつかれ、巨大な爪につかまるのはもはや時間の問題だった。
その時だった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
フィジーがドルグラに向かって勢い良く突っ込んできた。そして、そのままドルグラの首元に横殴りにぶつかると、そのまましがみついた。
「今度こそっ、逃がすかああああ!!!」
ドルグラは首を振り回し、めちゃくちゃに飛び回って、フィジーを振り払おうとした。腕が引きちぎれるような痛みに襲われながらも、フィジーは離さなかった。周りの者は、フィジーが怪物に取りついたことに気づき、手が出せなかった。
『フィジー!! 無茶をするな!!』
「絶対!! 私が!! 倒すんだ!!」
コミューナからのキリヤの声に、フィジーは泣き喚くような声で答えた。フィジーは片手でこらえながらも、鬼気迫る表情で連射式魔装銃の銃口をドルグラに押し付けた。
そして、フィジーは引き金を引いた。
腕が吹き飛ぶような衝撃を受け、フィジーはドルグラをつかんでいた手を離した。
この一撃で、ドルグラは目と嘴を大きく開け、痺れたように痙攣した。フィジーは痛みをこらえながら態勢を立て直すと、銃を構えなおして再びドルグラに向かっていった。
『フィジー!! このままだと体がバラバラになってしまうぞ!!』
コミューナからキリヤの声が聞こえた、しかし、フィジーには聞こえなかった。絶対に倒してるという意思が、彼女を支配していた。
そして、フィジーはドルグラの目の前に来て、銃を構えた。ドルグラの真っ赤な目に、フィジーの姿が映った。
「これで……終わりだ!!!!」
叫びと共に、フィジーはありったけの、人口魔石による魔法弾を撃った。あまりに強大な力を抑えきれず、フィジーの体は激しく揺れry。尋常じゃない衝撃がフィジーに襲ったが、それでも撃ち続けた。
そして、程なくして、弾切れした。
全ての弾がドルグラに当たった。
ドルグラとフィジーは、ほぼ同時に落下し始めた。
次の瞬間、風を切る音がした。
ドルグラの体が上下真っ二つに分かれた。
そして、断末魔と共に、ドルグラの身体は霧散していった。ルトラは、片膝立ちの状態で、光の剣を振りぬいていた。
フィジーは完全に気絶し、そのまま落下し続けていた。
落下するところに彗星01が来た。そして、屋根の上で陣取るドクマがフィジーの体を受け止めた。
「……作戦、完了!! 我々の勝利だ!!」
キリヤが声を震わせながら宣言した。




