46:一難去って、また一難!
「――誠に申し訳ありませんでした、ソフィア様! わたくしめはアナタ様のことを試しておりました……ッ!」
食後のお酒をゴクゴクと飲んでいた時だ。急にシルフィードさんが私の目の前に立ち、深々と頭を下げてきた。
「いきなりこんなことを言われて驚かれたかもしれませんが」
「いや、気付いてたけど?」
「えッ、そーなのですかッ!? な、なんという洞察眼……エルフ族の中でもっとも謀略に長けたわたくしの鉄面皮が見破られるとは……!」
っていやいやいやいやいやいや!? シルフィードさん、めっちゃわかりやすかったからね!?
最初から演技臭かったし、すぐに化けの皮が剥がれ始めるし、というか途中で思いっきり『作戦』がどうだとか言っちゃってたよね……!?
うーん……そういえばエルフ族って他の種族との交流を嫌うコミュ障一族だもんね。仲間たちだけでワイワイしてたら、そりゃ駆け引きや腹芸なんて磨く機会が少ないよねぇ……。
「とりあえず頭を上げてください、シルフィードさん。料理はすっごく美味しかったですし、私は全然怒ってませんから」
「ソ、ソフィア様……」
「だって仕方がなかったんでしょう? ……もしも私が横暴な人物だったら、一族の子たちに危険が及ぶ可能性がありますもんね。族長としてアナタは当然の行動をしただけだと思いますよ?
それにこうして最後はきちんと謝れたんですから……アナタはとっても立派な方です。族長として、これからもエルフの人たちを纏めてあげてください」
「うぐっ、は……はい……!」
シルフィードさんはわずかに涙ぐみながら、改めて私に頭を下げた。
そうしてポツリポツリと語りだす。国を焼かれたエルフ族が、これまでどんな扱いを受けていたのか。
「……自分で言うのもなんですが、エルフ族は美しい見た目をしてますからねぇ。このセイファート王国に負けてからは多くの者が奴隷となり、我々は散り散りになりました。
それから始まる流浪の日々は辛かったですよ。人攫いたちから逃げながら、数十人の同胞たちを率いて彷徨い歩く毎日。森の新鮮な食べ物を摂取しなければ生きていけないわたくしたちは、徐々に弱り果てていきました」
シルフィードさんが語りだすと、同席していたエルフの子たちも暗く俯き始める。
幼い彼らにとってはなおさら辛い日々だったのだろう。
「そんな時、我々は王国の騎士たちに捕まってしまいました。……そうして、これで一族全員奴隷になるのかと絶望した時です……憎き国王・ジークフリートのお達しとやらがくだり……」
「この特区『シリウス』に連れてこられたと」
私の言葉にシルフィードさんは頷く。
なんというか……大変な人生だ。戦争大好きな王様に国を焼かれて逃げ回ることになり、それで今度はその王様が作った街に押し込まれることになるなんて。
従いたくはなかったんだろうけど、他に選択肢がなかったんだろうね。幼い子たちを連れた旅なんてすぐに限界が訪れるはずだから。
う~ん、やっぱりいいなぁーシルフィードさん! この、人生における貧乏くじを引かされまくってる感がすっごく親近感湧いちゃうよ!
私はハンカチを取り出し、涙のにじんだ彼の目尻にそっと押し当てる。
「ソ、ソフィア様……っ」
「シルフィードさん、それにみんなも。もう辛かった時のことなんて忘れちゃいましょう?
……少なくとも私はアナタたちに危害を加えるつもりはないわ。種族が違っても対等な相手として扱うし、何かを奪うつもりも全然ないし。
だからこれからは、このシリウスの街で幸せな思い出を積み重ねていきましょう。ね?」
「っ……ええ、どうやらアナタとならそれが出来そうですねぇ……」
染み入るように呟くシルフィードさん。彼は少年エルフたちを見渡し、彼らに向かって問いかける。
「決めました。わたくしは彼女のことを、この地の領主として信じてみようと思います。みなさんはどうでしょうか?」
彼がそう言うと、少年エルフたちは考え込むような仕草をし、やがて一人一人考えを述べていった。
「ボクは、族長が信じたいというのなら信じてみたいです……」
「自分も信じてみたいかも、です。だって領主様、ボクたちのご飯を本当に美味しそうに食べてくれたし……!」
「ヒト族の女の人に襲われかけたことがあるから怖いけど……でもソフィアさんはなんとなく違うかもって、ちょっと思います……!」
恐る恐るといった具合で気持ちを語っていくエルフの子たち。
流石に心から信頼できると言う子はまだいないけど、それでもヒト族の評価が(ジークフリートのアホのせいで)ドン底なことを思えば、これは現状出せる満点の信頼といっていいだろう。
半信半疑でもいいのだ。……『寝込みを襲ってでも貴様を殺すッ!』って評価じゃなければ……!
「お~~いソフィア、難しい話は終わったかー?」
「あぁウォルフくん……って何やってるの!?」
見ればウォルフくんは、背中にエルフの幼児たちを乗せてお馬さんごっこをしていた。
乗ってる子たちはキャッキャと楽しそうだが、その光景を前にシルフィードさんは口をあんぐりだ。
「ア、アナタ、プライドの高い獣人族のはずでは……!?」
「あん? ガキに気を張るような男、むしろ安っぽいだろ。つーかエルフの酒もっと持ってきてくれよ! 甘くてスーッと喉に入って、めっちゃ飲みやすいぞアレ~!」
お馬さんになりながらそんなのんきなことを言うウォルフくんに、しんみりしていた空気も消えていってしまった。
シルフィードさんは「やれやれまったく……」と呆れながらも愉快げな微笑を浮かべ、エルフの子たちは「フフ、すぐに持ってきますねっ。あと、おつまみも!」と厨房に向かって行った。
こうしてウォルフくんの助けもあり、私を試すために開かれた食事会は、本当の意味で交流を図るための飲み会となった。
可愛い顔をしてエルフの子たちも男の子らしい、ここに来るまでは冒険者をやっていたと言うと「どんなモンスターと戦ってきたんですか?」「ドラゴンとかは倒しましたか!?」などと興味深そうに聞いてきてくれた。
ハオ・シンランとかいう電磁浮遊して高圧電流放って触手振り回す上に高速再生してくるバケモノを倒したよーというと「え、なにそのモンスター、ドラゴンより怖い……よく倒せましたね……!」と戦慄されたが。一応、モンスターではなく人ですたぶん。
「わっはっはっ、この豆『サヤーエンド』っていうのか? エルフのメシはおつまみもうめぇなぁ! おらシルフィード、テメェも飲め飲めっ!」
「いや、わたくしは族長として酒気に乱れるわけにはですねぇ……!?」
「関係あるかオラーッ!」
酒瓶を手に、顔を真っ赤にしながらアルコールハラスメントをかますウォルフくん。そんな彼の種族の壁とかまったく気にしないフリーダムっぷりに、捕まったシルフィードさんはたじたじだ。
かくして私たちは騒がしい空気の中、お互いのことを理解していったのだった。
あ~~~よかったよかった。エルフの人たちとはどうにか仲良くなれたよ。
仕事のこととかはまだ何も知らないし手を付けてないけど、それよりもまずは異種族の人たちと交流を深めないとねー!
そういう意味では一日目は大成功と言っていいだろう。これで寝込みを襲われる心配はなさそうだと安心する私に、すっかり酔わされてしまったシルフィードさんが不意に言ってくる。
「ふぁぁ……気を付けてくだひゃい、ソフィア様……。獣人族の族長は、寝込みを襲ってでもアナタを殺したいと思うほどにヒト族を恨んでますからねぇ……」
ってふぁああああああああああああッ!?
なななっ、なにさらっととんでもないこと言ってるのシルフィードさんッ!? え、そんな怖い人が獣人族を纏めてるの……!? えぇぇぇえええええ……。
あぁ、一難去ってまた一難というべきか。彼の突然放った爆弾発言に、私は満腹になった胃がキリキリと痛むのを感じるのだった。
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