第2章 熱砂の要塞 Act6霞む想い Part4
「違う!断じて違う!!
人は自らを変えれる力を持っている。
人は幸せを求め続ける権利を持っている。
私は人に絶望を憶えた事なんてない!」
リーンの心は人に寄り添っていた。
「いいえ、バリフィス。あなたこそ間違っているわ。
あなたに人は何をしてきた・・・?
人はあなたを殺そうとしていたではないの?自らの欲望を満たす為に」
機械はフェアリアでの1年戦争で起きた事実を告げ、
「己が欲を満たす為に同じ人間を殺そうとする。
それこそが悪魔の所業というもの。
人こそが滅ぼされるべき本当の悪魔・・・あなたの言う悪しき者なのです」
人を断罪する。
「違う違う。確かに人は他人を殺し、己が欲を満たそうとする者も居る。
けれど人は人を愛し合う事で子孫を残し、存在し続けている。
いいえ、愛する事で真の平和をも手に入れられる。
絶望より希望の方が遥かに大きいのよ」
機械に抗い首を振り、拒絶するリーンに、
「愛し合う?それは永遠のモノではない・・・一時的なモノ。
その場その場で変わる想いの一つでしかない」
機械は苛立ったかの様に、口調を変え始めた。
「違うわ!私は信じているもの。
愛は永遠に続くのだと・・・死んでも尚、一緒に居たいと願える人が居るということを。
その人に全てを捧げても良いと想えるから・・・私がそうである様に」
リーンの瞳は信じる力を顕すかの様に輝いていた。
「そうまで言い張るのなら・・・その愛とやらが無駄で無意味な事を教えてあげましょう」
リーンの前で、機械から何者かが現れた。
「えっ・・・まさか・・・嘘」
その姿にリーンは思わず呼んでしまう。
「ミハル?どうして?」
ーどうして此処に居るの?-
喉まで出掛かった言葉を呑んで、
「あなたはミハルを見せて何をしようとしているの?
幻なんかを見せて、私の心を惑わす気なの?」
リーンがミハルの姿から眼を背けると、
「リーン・・・私よ。魔法で還らせて貰ったの・・・私、ミハルだよ?」
リーンの身体がビクンと跳ね上がり、
「え?・・・ミハルなの?本当に?」
背けた瞳をミハルの声に向けてしまう。
「うん・・・神が教えてくれたの。リーンが迷っているって。
だから転送して貰ったの・・・ここに」
リーンの耳に愛しい者の声が届いたが。
ーミハルの声にしては・・・優しくない・・・-
「此処に来ればリーンに会えるって・・・だから。
だからお願いしたの・・・だって・・・私は・・・もう。
もう私は、希望を失ってしまっているから・・・」
寂しそうな、切なそうな。
そして・・・何かを憎んでいる様な声が、リーンの身体を震わせた。
「希望を失った?ミハル・・・どういう訳なの?」
漸くミハルに振り返ったリーンが観たその姿に、声を呑んだ。
「だって・・・私。何もかも失ってしまったの・・・
前世の天使ミハエルさんも・・・友も・・・全て・・・そして純潔さえも・・・」
裸同然のボロボロのミハルが、前髪で片目を隠して立っていた。
「ミハルっ!?」
思わずリーンが手を指し伸ばすと、ミハルはその手を拒絶し、
「触らないで!私は穢されたの!
人にっ、闇に毒された人間にっ。
愛しいリーンにしか抱かれた事がなかったこの身体をっ、滅茶苦茶にされたのっ!
助けを求めても誰も救ってくれなかった。
誰も観て見ぬ振りをして私が穢され続けるのを喜んでいた・・・そう。
リーン、あなたも・・・でしょ?」
前髪で顔を半分隠したミハルが呪う様に紅く染まった瞳でリーンを睨む。
「でも・・・あの時。
確かにミハルが救いを求める様な顔をしていたのを見たけど・・・
グランはミハルを救いに往ったのよ?
グランはミハルを救えなかったというの?」
リーンが魔獣だったグランをミハルの元へ向わせた事を言うと。
「魔獣・・・そうなんだね。
確かに巨大な魔獣だったわ・・・とても私には受けきれない程の・・・
リーンが送って来たのね、あの魔獣を・・・酷い。
リーンがあの魔獣を私に送り、私を穢させたのね・・・酷すぎる・・・」
ミハルは両手で顔を覆い、泣き出すと。
「恨めしい・・・信じていたのに・・・リーンの事を。
きっとリーンなら救ってくれると思っていたのに。
あんな巨大な魔獣で私を穢す様に命じたのね・・・酷い・・・酷い・・・」
泣き崩れたミハルが最期に言った。
「もうリーンなんて信じない。
私を魔獣のおもちゃにして・・・人間共と同じ獣だわ。
怨んでやる・・・憎んでやるっ。
私の魂を返して!肉体と共に!
魔獣に穢され殺された私を返して!」
憎しみの紅き瞳をリーンに向けてミハルが叫んだ。
「う・・・嘘よ。
私はそんな事を命じていない。
ミハルはグランが救うモノだとばかり・・・」
ミハルの言葉に動揺するリーンに、機械が告げる。
「これがバリフィスの言う、愛という物なのですか?
一つの間違いで、脆くも崩れ去る他愛も無い想いではないですか。
これでもあなたは信じるというのですか?・・・愛という愚かな幻想を」
機械に言われるまでも無く、リーンは力なくうな垂れ、
「ミハル・・・死んでしまったというの?
もう、魂だけの存在となってしまったと言うの?」
紅き瞳で睨み続けるミハルの姿に手を指し伸ばし、
「ミハルが穢され堕ちてしまった・・・この世界。
そんな世界なんて私には必要ない・・・
愛する者の居ない世界なんて・・・もう、どうでもいい・・・」
力なく瞳を閉じた。
「ミハル・・・ごめんなさい。
私はあなたを救えなかった・・・どんなに辛く苦しかった事でしょうね。
謝っても赦して貰えないわよね・・・だとしたら、どうすれば許してくれる?
・・・・何をあなたは・・・望むの?」
リーンの口から愛しき者へ謝罪の言葉が洩れる。
「望み・・・そうね。バリフィス神として務めを果たしなさいよ。
全てを消し去りなさい・・・私が殺された様に滅ぼしてしまいなさい・・・人間共を」
ミハルの口から呪いの言葉が告げられる。
「滅ぼすの?人を・・・この世界を?」
リーンの瞳が力なく開く。
「私が・・・この世界を・・・滅ぼす!」
その瞳の色は、紅黒く澱んでいた・・・
リーンは遂に堕ちてしまったのか・・・?
そしてリーンの前に現れた本当の者は?
闇は遂に手にしてしまったのか?
裁きの神の力を・・・
次回 霞む想い Part5
君は愛しき人の危機を知らない・・・知る筈も無かった




