第2章 熱砂の要塞 Act5奈落 Part1
「あそこ・・・ね」
後ろから天使の声が促す。
「ええ、そうみたい・・・私が門を、抉じ開けますから。魔王の力で」
右手を翳すミハルに頷き、
「油断無くいきましょうか、<聖騎士>ミハル」
身構えたミハエルが、聖なる力を出すが、
「あ・・・ミハル、ちょっと待った。
闇に入るって事は、私達聖なる者は力を出す事も出来なくなるんじゃないの?」
門の前でミハエルが訊いて来た。
「そっ・・・そうだった。忘れてた・・・」
肝心な事を忘れるのが、この2人。
「どうしよう・・・下手をすれば闇の中に囚われてしまうわよ。
もしこれが、ミハルを呼び寄せる罠だとしたら・・・」
ミハエルが尻込みして考える。
「うん・・・そうかもしれない。
でも私にはルシちゃんから授かった闇の力があるから・・・
ミハエルさんは、やっぱり待っていた方が良いですよ」
ミハルが一人でも中へ向かうと告げると、
「冗談っ、ここまで来てあなただけを行かせる訳にいかないでしょうが。
私も絶対行くからね!」
ツンッと呷ったミハエルに、ミハルが笑う。
「じゃあ、行きますよ。覚悟しておいてね」
門に翳した手で、魔王の力を放つ。
大きな禍々しき門が音をたてて開いた。
<ギギギィッ>
中から黒き闇が溢れ出す。
<バチッ>
その霧の様な気がミハルの上着に触れると、音をたてて霧が消えた。
「そっか・・・魔法衣を着ていたら、中へは入れないみたい。
上着をここに置いていかなくっちゃ・・・」
ミハルはスルリと上着を脱ぎ、ちゃんと畳んで門の傍に置いた。
「ミハルっ、私も連れて行ってください・・・です!」
白獅子グランがミハルに頼む。
「そうね・・・じゃあ、私が願うまで絶対姿を現さないと約束して。
でないと、聖獣となったグランにどんな影響を及ぼすか解らないもの」
グランの魔法石を摘んで襟元から肌との間に落とした。
「えっ!?解ったけど・・・ちょっと・・・ここは・・・」
胸の谷間に納まったグランが口篭もる。
「ん?苦しいのグラン?」
胸を押えたミハルが訊くと、
「い、いえ。・・・きもちい・・・いえ。コホン」
ポワンとしたグランの声が返ってきた。
「へんなグラン・・・。さっ、行くよ!」
小首を傾げたミハルが、グランとミハエルを促した。
「ええ!ルシファーに逢いに行きましょう!」
ミハエルが瞳を輝かせて答える。
「だ~かぁらぁっ、ルシファーとは限らないんだってば!」
呆れた様に言い返したミハルが、門の中へ足を踏み入れた。
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ミハルとミハエルが闇の門を潜ろうとしていた時、
オスマンから遠く離れた<始りの地>フェアリア皇国では。
新しき政府の任命式が執り行われていた。
「リーン!リーン宰相姫はどこですか!?」
政務次官補達が口々に呼んで、探し回っている。
「誰かリーン姫を見た者は居ないのか?」
侍女達に聴き回る次官補達に、誰も居場所を答えられず、首を振る。
「あああっ!またカスター殿下に怒られてしまうっ」
次官補達は困り顔で、リーンを探し回った。
うら若き乙女が一人、王族の墓所に佇んでいる。
白い正装を着て、風邪にマフラーを靡かせた金髪の美女は、
後ろに結ってある紅いリボンを解いた。
「ミハル・・・私。本当のリーンではないみたい・・・」
一つの墓の前で、金髪を風に靡かせる乙女は、虚ろな瞳で墓に刻まれた名を見詰める。
<<リーン・フェアリアル・マーガネット>>
墓石には、確かにそう刻まれてある。
「誰なの・・・誰なの・・・」
口から出る疑問符。
<<フェアリア暦新皇紀167年歿享年10歳>>
「私は・・・私は・・・」
<<フェアリア王女 花を愛でし乙女に永劫の安らぎを・・・>>
「誰なの・・・私って?」
王族の墓所。
そこにひっそりと建つ墓石の前で、金髪の乙女は紅いリボンを手に立ち尽くしていた。
「知ってしまったか・・・マーガネット」
白髪の中将は呟く。
「お前はいつか気が付くだろうと思っていたよ」
そう言ったドートル中将は、昨晩の事を思い出していた。
「叔父さん。ドートル叔父さん、話しがあるの・・・開けて」
その声にドートルは席を立ち、ドアを開けた。
そこには深刻な表情のリーンが立ち尽くしていた。
「どうしたのだマーガネット。こんな夜更けに」
招き入れるドートルが沈んだ顔をしたリーンに尋ねるが、
虚ろな瞳を向けただけで何も答えなかった。
「立ち話もなんだ。そこに座りなさい」
向い合わせの席を指し示すと、リーンは黙って席に腰を降ろした。
「一杯付き合わんか。ちょうど今、呑んでいたところだ」
グラスにスコッチウィスキーを注ぎながらドートルが勧める。
「ええ・・・頂きます」
グラスをリーンの前に置くと、手を着ける。
「どうだ、リーン。仕事の方は慣れたかな」
ドートルは、障りの無い話をふって様子を伺う。
「叔父さん・・・聴きたい事があるの・・・」
ドートルの考えはあっさり覆される。
ーこの娘は・・・マーガネットは何を言わんとしているのか。もしや・・・-
ドートルは一抹の不安を覚えた。
「ねぇ・・・私はリーン・・・お父様の子、リーン・マーガネットなの?」
リーンの口からその言葉を聴いてしまったドートルは、目を見開き口を噤んだ。
「ねぇ、叔父さん。
叔父さんなら知ってるでしょう?
お願い・・・本当の事を教えて」
グラスに視線を落としたまま、リーンが尋ねる。
「どうして、そんな事を訊くのだマーガネット」
ドートルの返答にリーンが言った。
「そう・・・マーガネット・・・。
いつも叔父さんは私の事をマーガネットと呼んでいたから。
いつも、リーンと呼ばずにマーガネットと呼んでいたから・・・
私がリーンでは無いと知っていると思ったの・・・だから此処へ来たの」
消え入る様な声で、ドートルに答える。
「マーガネット・・・本当の事を知ったとして。
おまえはどうするというのだ?
今迄リーンとして生きてきたマーガネットは何を求めて、これからを生きるというのだ?」
ドートルはリーンを見詰めて問い質す。
「解らない・・・本当の私を知ったとして、それが一体何となるのかも。
でも私は、知りたいの・・・自分が何者なのかを。
自分が何処の誰なのかと言う事を・・・」
リーンはグラスに残っていたスコッチを一気に呷った。
「マーガネット・・・私の口からおまえに教える事は適わない。
おまえが誰なのかという事を。
それは誰にも出来はしないのだ。
だが、リーンが何処に居るのかは教えられる。
・・・明日の朝、もう一度此処へ来なさい。
私が連れて行こう、知るべき事実を見せてやる事が出来るから」
ドートルは昨晩の出来事を思い出していた。
その瞳には、立ち尽くす金髪の乙女の姿が映っていた・・・
自分が一体何者なのかを追い求める金髪の乙女。
その名は未だ、解らなかった。
自分を追い求める金髪の乙女・・・リーンは、
叔父ドートルに導かれて墓所へと辿り着いたのだった・・・
次回 奈落 Part2
君は自らのルーツを知る・・・そして。




