第1章 New Hope(新たなる希望) Act7慟哭 Part1
チアキは想った。
ーここで停車したらやられる。-
右目で照準鏡を睨み、相手を捉えきれずに。
「ニコさん、停まらないで下さいっ!
今、停車したらやられてしまいます!」
チアキがマイクロフォンに叫ぶが、
「えっ!?」
ブレーキを掛けてしまったニコが慌てて再発進させようとした時。
<ベチャッ>
「あ・・・!」
チアキとニコの叫びが重なった。
「ふむ。此方の負けだな。」
腕を組んだミリアがハッチを開けて白旗を挙げて、訓練の終了を合図した。
「あ・・・あーあ。」
ため息とも嘆きとも取れる声が4人から流れ出る。
「仕方ない・・・今夜も当番だな。」
車長のミリアが天を仰いで残念がった。
「これで連続3日・・・か。食事当番やらされるのって。」
ニコが頭の後ろで腕を組んでため息を吐く。
「すっすみませんっ。私がしっかり命中出来ないばっかりに。」
チアキが皆に謝ったが、
「チアキの所為ばかりじゃないから・・・気にすんな。」
先任搭乗員のニコが振り返ってチアキを慰めた。
「そうだぞ。ニコの言う通りだ。
我々第3小隊1号車の錬度を向上せねばならん。」
ミリアが車内を見渡し4人に告げる。
「今日は特に相手が悪かったからな。
勝てたら大金星だったんだけどなぁ。」
ダニーが憧れの魔鋼騎士であり、男性で唯一魔法使いであるマモルの名を呼んだが、
「馬鹿モン。相手が誰であろうと勝負は勝負なんだぞ。
実戦だったら、相手がどんな実力を持っているかなんて解らないんだからな。
やられたらそれでお終いなんだぞ。」
ミリアが戦闘の真実を語る。
喩え相手がどんなに強くても、その隙を見つけて勝たねばならない。
反対に此方が強くても隙を突かれたら簡単に倒されてしまうのが闘いの掟。
真実の戦闘なのだと。
「ま・・・取り敢えず・・・だな。帰って食事当番するしかないな。」
ミリアが近寄るMHT-7のキューポラで笑っているマモルに、肩を竦めてから言い渡した。
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「んっ?今日も負けちゃったの、チマキ?」
エプロンを着けて、炊事場に来たチアキ達の前に、
Tシャツにエプロンを着けたミハルが居た。
「え? え?何故分隊長が炊事場に?」
「うん。内地から久しぶりに給与品が着いたんだ。
だから皆にフェアリア郷土料理を作ってあげたくなってね。」
コトコト大きな鍋で何かを煮ながら、ミハルが微笑んだ。
「い、いや分隊長。
ここは下士官兵の炊事場ですから。
士官は士官室で作ってくださいよ。」
慌てたニコ兵長が停め様と言うと、
「あれ?コレ見て解らないの。
こんな量を私達士官だけで食べられると思う?」
確かにその大きな鍋は数名分にはあまりに大きかった。
「ミハル隊長・・・ありがとうございます。」
ニコが感動したみたいに礼を言う。
「いえいえ。昔は私も食事番やってたから。
それに料理は嫌いじゃないから・・・ね。」
ウィンクしてミハルは笑う。
ー凄いなぁ、ミハル中尉は。魔鋼騎士最強で、容姿も綺麗で。
おまけに料理も出来るなんて・・・完璧だ。-
皆がミハルを尊敬の眼差しで見る。
「あ・・・皆。見てるだけじゃ駄目だよ。
食器を並べて。今日はマモルや、ミリアの分も一緒にね。」
ミハルが鍋を見たまま4人に頼んだ。
「はっ、はいっ。部隊全員分を用意します。」
はじかれる様に4人が働き始める。
ーうわあ・・・ミハル中尉の手料理なんだ。
凄いな・・・百人分の料理をたった一人で作られるなんて。
絶対・・・敵いっこ無いな・・・。-
チアキは憧れと共に自信が無くなって行く様な気がした。
「チマキ!こっちに来て。」
ミハルの叫ぶ声に我に返ったチアキが走り寄る。
「何でしょうか、分隊長。」
鍋に向かったままのミハルに尋ねると。
「あ・・・あのね。味見してくれないかな?」
心配そうな顔をしたミハルが上目使いにチアキに頼んだ。
「え?・・・あ、はい。」
モジモジしているミハルを横目に、差し出された小皿に口を付ける。
「んっ!?」
それは味下手な、チアキにも解る。
ーこっこれはっ!?
濃厚なのに軽い口当たり。しかもクリームシチューによくある独特な匂いも無い。
まさに・・・完璧・・・信じられない位、美味しい・・・。-
目を見開いたままチアキが黙っているので、モジモジ度を上げたミハルが、
「あっ、あっ。美味しくないの・・・。自信あったのになぁ。」
酷く落胆して涙ぐむ。
「ちっ、違いますっ。すっごく美味しくて・・・びっくりしてたのです。」
<ぱああああっ>
ミハルの周りに花が咲く。
「良かったぁ。」
じーんと感動した様に、ミハルが喜んだ。
チアキは笑顔のミハルをキラキラした瞳で見詰め、
ー勝てない・・・魔法力でも女子力でも。
やっぱり私の憧れは間違っちゃいない。
この人に近付ける様に頑張ろう。
ミハル中尉と一緒に居れば、少しは近付ける気がする。-
憧れの魔法少女を尊敬した。
「さあ、味付けはこれで良しっと。」
喜ぶミハルが鍋に向うと、
ーん?あれ?何か焦げ臭いような・・・。-
気がついたチアキが、
「分隊長?何の匂いですかこれ?」
匂いの元を尋ね、周りに目を向けると。
「え?・・・って。わあっ!忘れてたっ!」
パン焼き窯から煙が。
ミハルが慌てて引き出したが、
「ひいいっ、ドジったぁ。パンが真っ黒にぃっ。」
黒くなったパンに涙目になって頭を抱えた。
「あちゃあっ、もう一回焼き直さないと・・・勿体無い・・・。」
しくしく泣くミハルに、チアキは酷く納得した。
ーあ・・・やっぱり。こんな処は見習わなくても良いな・・・うん。-
慌てふためくミハルを見て、そのドジッぷりに汗を掻くチアキだった・・・。
私達の変わりに分隊長が作ってくださった料理に舌包みを打ち、
ひと時の歓談を過していたのです。
でも、分隊長は途中で一人部屋から出て行かれたのです。
次回 慟哭 Part2
君はその者と逢う事を望んだというのか?闘うと判っているのに・・・




