番外編・ベルンとリオ、駆け出し冒険者の頃(後編)
「十五歳以下の冒険者登録には保護者のサインが必要です」
保護者の許可を得てから、再度お越しくださいと受付の職員がにべもなく告げた。ベルンとリオは口を開けて呆然とカウンター前に立ち尽くすしかできないでいた。
初めての場所ゆえ、ビクビクしながら二人は王都の冒険者ギルド、正式名称はジノッキオ冒険者ギルドに足を踏み入れた。
気合い十分、朝から突撃したせいで、ギルド内は広いフロアが冒険者で埋め尽くされていて、二人は何をどうしていいか分からないでいた。それでも他の冒険者の様子を観察していると、掲示板から紙を引きちぎり、制服姿のギルド職員が働く窓口に順番に並んでいることがわかった。
「とりあえず後ろに並んでみるか」
「そうですね」
実家を出る時に持ち出した野遊び用の服を着ていたベルンと、貴族の少年従者のお仕着せにバレリオからもらった剣を腰に佩いた二人組の少年たちはギルド内で浮いていた。
彼らはおどおどとしながら、それでも興味深そうにギルド内を観察する瞳は忙しなく動いていた。
偶然、彼らの後ろに依頼票を手に並んだAランカーのラウスもまた、前に並ぶ少年二人を不審そうに見ていた。
彼らの順番になり、ギルド職員を前にした二人は、「冒険者登録をしたい」と申し出た。
職員は一瞬真顔になったあと、笑顔を作り、三つ向こうの窓口を示して言った。
「こちらは依頼受付カウンターですので、あちら三つ隣の登録窓口に並び直して頂けますか?」と。
すごすごと窓口を離れて、案内された列に並び直す少年たちを横目に見ながら、ラウスは依頼票を職員に差し出す。受理されたあと、妙にあの二人組が気になって、すぐには出ずにギルド内に居ることにした。
冒険者登録をしたい者は、王都の冒険者ギルドでも日にそう何人もいない。次は比較的早くに職員の前にたどり着いたベルンとリオは、再び「冒険者登録をしたい」と申し出た。
職員は笑顔で登録用紙を用意しつつ、一人当たり登録費用の銀貨一枚が必要だが持っているかと訊ねた。ベルンたちはこくりと頷き、それぞれが差し出された用紙に名前や得意な武器など欄を埋める。それを確認していた職員が、ふと気付いて言った。
「十五歳以下の冒険者登録には保護者のサインが必要です」
「え? 保護者……」
「ええ、保護者です」
二人は顔を見合わせて表情を曇らせた。
職員は貴族子息の家出に巻き込まれるのは勘弁とばかりに、薄ら笑いを浮かべたまま、登録を進める気持ちがないのか、事情を聞こうとする姿勢も見せない。
ラウスは貴族服を着ている方の少年の面影に引っかかるものを感じて、壁際に寄っかかっていた身体を起こして登録カウンターに近付いて行った。
「アンドリューさん、彼らどうしたの?」
馴染みの職員の名を呼び、ベルンたちの横からアンドリューの持つ登録用紙を覗き込む。
ベルノルト、十五歳。出身ライナー。得意攻撃は魔法。
リオ、十五歳。出身ライナー。得意攻撃は片手剣。
「ふうん」
ラウスは自分の勘の答え合わせをすると、ベルンとリオに視線を合わせた。そしてベルンの顔に、数年前Cランクの時にライナー領で挨拶をしたことがあるとある貴族の面影を見つける。
「アンドリューさん、こいつらに酷なこと言うなよ」
「え。なんですかラウスさん」
ラウスの言葉にアンドリューは訝しみ、ベルンとリオは味方なのか判別付き難しという目でラウスを見上げている。
「お前、アレだろ。元ライナー領主一族で平民になったベルノルト。天涯孤独で保護者なんているわけないじゃないか。冒険者になることにしたんだな。うん、いいんじゃないか。冒険者なら腕一本で食っていけるしな!」
リオが無礼なラウスから、そして悪感情を持つ冒険者が現れた時に備えてベルンの前に身体を割り込ませた。冒険者でライナー領のスタンピードの噂を知らないものはいない。領軍と共に戦い命を散らした冒険者も数多い。彼らの友人であれば、一人生き残ったベルンに恨みを持つ輩もいないではないのだ。
そういう空気を読み取ったラウスは、自分の失言を悟った。
「あ、あーー、悪い。そういうつもりはなくてだな。お前らの身元を保証する保護者はいないってアンドリューを説得してやろうと……あー、もういい! 俺が書いてやるよ。アンドリュー寄越せ」
ラウスはアンドリューから二人の登録用紙を奪うと、保護者欄に自分の名前を書いた。
ベルンとリオはキョトンと一部始終を見ているだけしかできなかった。別に保護者欄にサインが必要ならば、アルデガルドに書いてもらえば良いだけだ。問題はアルデガルドとどう連絡を取るかなのだが。
突然絡みに来て、空気を凍らせたラウスが自分たちの保護者欄に名前を書くという。詳しくは聞いていないが、保護者欄にサインするということは、なにかあったらこの男性が責任を問われるのではないかとベルンもリオも焦った。当然その通りで、アンドリューもラウスの暴挙に焦る。
「ちょっと待ってください! あー、もう書いちゃった……。はぁ……いいですか、ベルンさん、リオさん。そしてラウスさん! 冒険者ギルドの規定では十五歳以下の冒険者には保護者のサインが必要です。保護者とは実親でなくても構いませんが、十五歳以下の冒険者が依頼に失敗して、そのペナルティが払えない時に保護者欄にサインした者にその債務が移ります。つまり代わりにお金を払わなくてはなりません。それから! 二人が死んだ時の連絡先となり、遺体の回収にかかる費用も負担することになるんですよ、分かってますかラウスさん。彼らは今十五歳なので、あと一年だけですけども、こんな見ず知らずの子ども相手に軽々しくサインするような書類じゃないんですよぉぉ」
青筋をたてて地を這うような低音ボイスでアンドリューが、主にラウスに説教を始める。それからベルンとリオにも、くれぐれも無理な依頼を受けずに、ラウスに迷惑をかけないようにとクドクドと説明した。
「わーかったってば、アンドリューは真面目だなぁ。でも俺がサインしてやらにゃ、こいつら明日のまんまも食えなくなるんだぜ。十五歳といえば孤児院を卒業する歳だ。孤児院の奴らが十歳の頃から独り立ちのために見習いをして金をコツコツと稼ぐのは知ってるだろ? こいつらは真綿に包まれた生活をしていたのに、こいつらの責任なんかひとつもないのに、いきなり放り出されたんだ。路頭に迷っても仕事も無し、住むところも無しじゃ、野垂れ死するしかねぇ。せっかく冒険者でやっていこうってこうやって来てるんだ。ただ腹を空かせて野垂れ死ぬよりは、失敗して魔獣の餌になる方がマシだって覚悟があるんだろう?」
ラウスがベルンとリオに笑顔で覚悟を問う。二人はそれぞれ頷く。
「まあ、易々と魔獣の餌になってやる気はないけどな!」
「みくびってもらっては困ります」
二人の返事を聞いて、ラウスは大笑いした。アンドリューが当惑する前で、上機嫌のラウスは、ベルンとリオを抱えてもみくちゃに抱きしめた。
「気に入った! コイツらが二人で外の討伐依頼が受けられるようになるまで、俺が面倒見るよ」
「そんな犬猫拾うみたいに言っちゃって……」
「いいだろう? 俺が世話をする!」
「あ、あの! ラウスさん、ありがたいですけどご迷惑じゃ……」
「いいの、いいの。申し訳なさがるなら俺に葬式代出させんなよ? しっかり鍛えて討伐依頼できるように育ててやっから!」
「はあ……」
「ありがとうございます……?」
盛り上がるラウスを放って置いて、戸惑う少年二人にアンドリューは言った。
「盛り上がっているところ悪いのですが、保護者の件が片付いたところで、いちおうお二人とも十五歳なので戦闘訓練期間をすっ飛ばして、戦闘試験を受けることができます。合格できれば、王都の外の採取、討伐依頼が受けられるようになります。一年間ラウスさんに鍛えてもらってから試験を受けてもいいですし、どうされますか?」
正直アンドリューは二人の実力を侮っていた。いくら武に秀でたライナー領の領主の子とはいえ、恐らく深窓の御坊ちゃま。それに貴族はプライドが高くて実力を盛って話すことが多い。
「戦闘試験とはどんなことをするのですか?」
リオの質問にアンドリューは、自分の背後を指差した。
「ギルドの奥に訓練場があります。そこで王都近郊で出没しやすいEランク向けの魔獣と戦ってもらいます。試験監督が付いてますので、やられそうになったらギリギリで助けます。助けられたら試験は不合格で、雑務依頼を受けながら、こちらのカリキュラムに合わせて戦闘訓練を受けてもらいますが、まあ死ぬよりはマシですよね。自信がついたら再試験という流れです。ウチとしても実力のない冒険者をみすみす死なせなくはありませんし、度々依頼を失敗されると冒険者ギルドの信用にも関わりますので」
調子良く語ってから、プライドの高い貴族相手に少し言い過ぎたかなとアンドリューは冷や汗をかいた。しかし、ベルンもリオも気にしていなさそうだ。
「どうするリオ」
「ベルンがなさりたいように」
こそこそと話し合う二人にアンドリューは口を挟んだ。
「二人でパーティを組むおつもりでしたら、二人一緒に受けてもらっても構いませんよ。魔法使いはどうしても後衛になりますし、リオさんは剣を使うということですから前衛ですよね。それぞれが最低限戦えるのを確認できればいいので」
ベルンもリオもようやくこのギルド職員に実力を侮られ、煽られていることに気付いた。冒険者ギルドの求めるレベルは分からないが、二人とも自信を裏付ける程度の努力はしてきている。
ベルンもリオも揃って言った。
「一人ずつ試験を受けさせてください」と。
アンドリューから引き継ぎされた女性職員マリィが、ベルンとリオを訓練場へと案内する。
ライナー領城の訓練場には比べるべくもないが、王都内と考えればなかなかに広い訓練場だった。二人の後ろにラウスも付いて来ている。
「さあ、どちらから試験を受けますか?」
マリィの声に、リオとベルンが同時に自分からと声を上げた。
「ふふふ。仲良しですねぇ」
「何が出てくるか分からないのですから、ベルンは後で試験を受けてください」
「王都近郊の低ランク魔獣だろ? ハウンドパッフルか、ホーンラビットくらいだろ?」
「分かりませんよ? レッドベアやインペリアルラットの可能性も」
リオがライナー領基準で、やや中ランク寄りの低ランク魔獣の名を挙げる。レッドベアは巨体と太い腕、するどい爪、そして火魔法を使って攻撃してくる魔獣で、インペリアルラットは大人の二倍はある大きさの魔獣で、知能が高くて魔法を使い、仲間を従えて連携攻撃をしてくる。
いやいやいや、そんな強い魔獣は新人の試験に出しませんて、とマリィが首を横に振るが、ベルンもリオも気付いていない。
「まあ、そのくらいまでなら楽勝だな」
肉弾戦をするわけでもないのに、ベルンが肩をぐるぐると回す。
「はいはーーい! じゃあリオ君からでいいかな! もうリオ君からでいいです! お姉さんが決めました! もしもの時はラウスさんが助けるので安心して実力を発揮してくださいねー! では始め!」
召喚陣が現れて、訓練場の真ん中にハウンドパッフルが現れた。長毛のどこから見ても愛玩犬のような姿の魔獣だ。飼い慣らしてペットにしている貴族もいるという。
その無害で愛くるしい姿にリオが顔を顰めて、召喚する魔獣を間違えているのではないかという気持ちを込めてマリィを見た。マリィはバインダーを脇に挟んで、両手を胸の前で握る。
「ちょっとすばしっこいけど、リオ君頑張ってーー」と応援してくる。どうやらこれが相手で間違いないようだ。
「ある意味強敵ではありますね」
はあ、とため息を吐いたあと、一瞬で駆け寄り、剣を抜き放ち、一刀のもとに斬り伏せる。
あまりにもあっけなく勝負がついてしまった。弱い者いじめをしているようで罪悪感が半端ない。
「すごーい! リオ君強いんだねぇ! 次はベルン君だよ! 頑張ってね!!」
「は、はい」
物言いたげなリオと交代して、訓練場に出るベルン。その前には予想通り、ホーンラビットが現れた。草を食べている途中に召喚されたようで、口元がもひもひしている。
「〈スパーク〉」
バチンッ! と電撃がホーンラビットに当たり、白い煙を上げてホーンラビットが倒れる。
「おおおーー! ベルン君もすごーい! ムダ撃ちのない正確な電撃魔法! 一人なのに冷静に対処できて偉いねぇー! ベルン君は雷属性なんだね!」
マリィが手元のバインダーに何かを書き込む。
「二人とも合格でーす! 明日から二人とも王都の外の依頼を受けてもいいからね。でも調子に乗って無理な依頼を受けちゃダメだよ。お姉さんとのお約束だからね。じゃあ、二人の登録証ができていると思うので、アンドリューさんのところに戻りましょう! お姉さんに付いて来てねー!」
ハイテンションなマリィの後ろを、恥ずかしげに付いていくベルンとリオ。
その後ろを肩を震わせたラウスが歩いていた。
アンドリューは同僚のマリィからバインダーを受け取った。合格と大きな花丸が描いてあり、ベルンの特技のところに雷魔法と書かれていた。正直なところ、一度目の試験で合格するとは思っておらず、不正を疑ってラウスに視線を向けた。
それに気付いたラウスは、アンドリューに答える。
「大したもんだ。しっかりお家で鍛えてもらってたんだろうよ。これならレッドベアとインペリアルラットでも勝てるだろうな」
「はぁ? レッドベアとインペリアルラットだと? あれらはランクDの魔獣だぞ」
「合格は合格だ。討伐は問題なかろうが、市井の暮らしと、解体や素材の剥ぎ取り、野営のやり方なんぞは馴染みがないだろうし──」
ベルンとリオもラウスのその言葉には頷く。
「魔獣の知識も薬草の種類や採取方法なんかも知らんだろうから、俺の討伐依頼に連れて行ってみっちり仕込んでやるよ」
「お、おい! それはスパルタが過ぎるだろ」
焦るアンドリューに、ラウスはヘラヘラと笑う。
「大丈夫だって。こいつらの動き見てきたけど、あっという間にCランクまでは駆け上がるだろうぜ」
ギルド登録証を手渡されたベルンとリオは、ランクが違いすぎてラウスとパーティは組めないが、いちおう保護者代わりということで、一年間だけラウスのクランを作り、そこに入ることになった。これでラウスの庇護の下に入ったことになり、余計なトラブルは避けられるだろうということだ。
「まあ使えそうならパーティ組むのもアリだけどな」
と笑っていたラウスだったが、二年後、ラウスの予想を超えてBランクに上がっていたベルンたちは、正式にラウスにパーティを組まないかと誘われた。しかしパーティがAランクとなればベルンたちも貴族と関わり合うことが増えることが予想され、べルンはラウスに迷惑をかけてはならないとクランを脱することに決めた。
時を経て、ベルンとリオは、ジノッキオ冒険者ギルド長になったラウスと再会した。
☆☆☆☆☆
「そういうわけで、あの何かと恩着せがましく仕事を押し付けてくるギルド長には、実は本当にお世話になったのですよ」
リオが話し終えた頃に、紙袋を両手に抱えたベルンが戻ってきた。
「遅いですよ。何をしていたんですか?」
リオがベルンに問うと、ベルンは謝って紙袋をリオに押し付けた。リオはそれをマジックバッグに入れる。
「修道女たちが柄の悪い冒険者に絡まれてたから追い払ってさ、お礼にってカスタードタルトをくれたんだよ。で、戻ろうとしたら、迷子を見つけたから一緒に母親を探してさ。お礼にオレンジを袋いっぱい渡されたんだよ。待たせてすまない」
「ベルンは冒険者の鑑だな」
「惚れ直しましたベルンさん」
「え、いやあ。ありがとうな。で、リオ聞いてくれ」
「はいはい、なんですか?」
「あのマリィさんがお母さんになってたんだよ」
「「え、あのマリィさん?」」
マリアンヌとソフィアが驚いて声を挙げる。
「あれ? ソフィアとマリアンヌもマリィさんを知ってるのか?」
「あ、まあ……」
「なんというか、ねぇ」
気まずそうな二人を気にする様子もなく、ベルンは知ってるなら話が早いと話を続ける。
「昔は俺たちが子どもだったからアレな対応なんだと、ずっと思ってたんだけどさ。ひさびさに会って変わってなくて驚いたよ」
「年齢を考えると子どもがいても不思議ではありませんね。道理でマリィさんの姿がギルドにないと思っていました」
「ベルン、もしかしてマリィさんの夫はアンドリューさんか?」
「マリアンヌなんで分かったんだ? アンドリューさんとも知り合いだったのか?」
ベルンを除く三人が笑い声を上げる。
「いえ、ベルンを待つ間にソフィアが俺たちの新人冒険者の頃の話が聞きたいというので、少し昔話をしていたんですよ」
「ああ、なるほどな! あの頃はラウスにもマリィさんにもアンドリューさんにもお世話になったからなぁ! あ、遅くなっちまったけど、そろそろ行くか」
四人は乗り合い馬車の待ち合い所まで駆け足で向かった。




