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番外編・ベルンとリオ、駆け出し冒険者の頃(前編)

お久しぶりの番外編です。今回は前後編で、今日と明日の2日に渡ってお届けします。


本編終了後 ちょいちょい指名依頼でラウスに呼び出された四人は再び冒険者として王都で活動しています。




 十歳くらいだろうか。数人の幼い容貌の少年二人が混み合う大人の冒険者たちの間を俊敏な動きですり抜けて扉の向こうへ出ていった。

 早朝の冒険者ギルドでよく見る光景だ。大柄の男性冒険者にもみくちゃにされないようにとベルンが指定した待機場所である入り口に近い壁際に立っていたソフィアは、元気いっぱいに出ていく少年達の背中を見送った。

 依頼用紙を手に人混みを掻き分けてソフィアのいる壁際に戻ってきたベルンに気付いて少しの緊張を緩める。

 ベルンはソフィアに微笑み、依頼用紙を手にしたのとは逆の手をソフィアの青髪の上に載せて軽く撫でた。


「最近になってネスポーロ湖の近くの森にフォレストウルフが増えてるみたいだ。原因の調査と間引きの依頼を受けてきた」

「ネスポーロ湖……王都の北東にある水源ですね」

「ああ。隣国ゲルダークとの国境辺りだな。ゲルダークは国土のほとんどが山岳地帯で、その山裾にネスポーロ湖を抱いた深い森が広がっているんだ。その湖を半分に分断した南側がロームの境界線って言われてる。少し南に下ればピエトラがあるんだ。どうせピエトラに行こうって話してたし、報告はピエトラのギルドでも良いらしいから、ちょっとだけ寄り道しても良いよな?」

「はい、もちろん」


 ソフィアがにこりと微笑む。ベルンはソフィアの背に手を添えて、外へと向かった。

 冒険者ギルドの外では、リオとマリアンヌが屋台で買い物をしてきた紙袋を抱えたままで談笑していた。出てきたベルンたちに二人が気付くと、リオが軽く手を挙げてここにいると合図する。ベルンとソフィアは仲間のもとへ足早に歩を進める。


「なんだ。もう戻ってたのか。買い物は終わったのか?」


 ベルンがマリアンヌの持つ紙袋を不思議そうに見る。ソフィアはマリアンヌの横から紙袋の中を覗いて、表情を明るくした。


「ええ、万端です。いつでもピエトラに向かえますよ」


 リオが返事をしながら、マジックバッグが入ったウエストポーチを軽く叩いた。マジックバッグに納めてあるという仕草だ。


「じゃあそれは何を買って来たんだ?」

「カスタードタルトです。市場の側で孤児院の子ども達が修道女と屋台を出していましたので少し寄付をしました。毒見は済んでますので、ベルンもどうぞ」


 マリアンヌの持つ紙袋から、ソフィアが小さなタルトを一つ摘むと、ベルンの口に向けて差し出した。ありがとうな、と応えながらベルンは雛のように口を開けてタルトを口に入れる。サクリとしたカスタードタルトは、とろりとした甘いカスタードと塩気の効いたクッキーの組み合わせがクセになりそうだ。


「うまい。そうだ、ピエトラに行くついでに依頼を受けて来たんだ。ピアディデラの森のフォレストウルフの間引き討伐と異常繁殖の原因調査。ゲルダークとの国境の森でフォレストウルフが異常繁殖しているんだってさ」

「まあいいですけどね。ついでと言うなら普通はピエトラまでの護衛依頼にするもんでしょうに」

「前に護衛依頼を受けたら依頼主にソフィアとマリアンヌが依頼主にナンパされたからな」

「そうでしたね。護衛なのに依頼主に怪我させるわけにもいかなくて、あれは面倒でした」

「プライドがやたら高くて、Sランク冒険者指名のブランド志向がいけすかない成金野郎だったぜ。だいたいソフィアがライナー領次期領主夫人だってなんで気付かないんだか」

「まあ貴族が冒険者をしているだけでも珍しいですからね。披露目に参加した貴族ならともかく平民は自領の貴族でもなければ、なかなか分からないものなんじゃないですか?」

「まあな。でも目端の利く商人は、俺らがこの格好で宝石店に入っても、魔石の買い取り依頼と思わずに、ちゃっかり別室対応、貴族向けのジュエリーを出してくるぜ?」

「あんたそんな格好でそんな店に入らないでくださいよ。格式にうるさい貴族に噂を広げられますよ」

「うわ、藪蛇突いちまった。ほら、ソフィアに髪飾りの一つもプレゼントしてやりてぇじゃんか」 

「冒険者装束で来られても店の人が困惑しますよ。って、ソフィア何を見ていたんですか?」


 王都冒険者ギルドで隠れた名物になっている主従漫才を繰り広げていたリオは、往来に目を向けていたソフィアに気付いて声をかけた。ベルンとマリアンヌもソフィアに目を向ける。三対の視線を向けられ、ソフィアは頬に朱を差したように赤面して、遠慮したように首を横に振る。


「あ、いえ。なんだか懐かしいなって思いまして」


 ベルンたちが往来に目を向ける。

 これから依頼に出かける冒険者、商品を運ぶ荷車を押した商家の下男。店を開ける準備をする商店の女将さん。小間使いの子どもたちが大人の間を縫うように駆けていく姿。いつもの光景だ。


「懐かしい?」


 と、首をひねるベルンとリオ。マリアンヌだけは、ソフィアと同じものを見て懐かしそうに目を細めていた。その目に映るのは、清潔だがボロ服をまとった数人の子どもたちが、冒険者ギルドの腕章を付けて荷物を運んだり、清掃をしたりしている姿だった。


「ああ、そうだな。私たちも十歳になってすぐに冒険者登録をしたんだ。テルメロマの外に行く採取や討伐依頼は、十四歳になってギルドの戦闘試験に合格するまで受けられないんだが、生活に困っている子どもや、怪我で討伐依頼を受けられなくなった冒険者向けに街中の雑務依頼があるだろ? ああいうのをこなして食事の足しにしていたんだ」

「領主の補助金が少なかったんですか?」

「さあ。子どもだったから、そういう難しいことは分からなかったが、いい領主様だったと思うし、院長も清貧を絵に描いたような子どもが好きないい人だったよ。単純に食事が足らなかったんだ。日銭を稼いで肉串を買って食べるのが嬉しかったな。あと孤児院を出てからの事を考えて手に職と、資金を貯めておく方針だからな」

「雑務依頼をする見習い冒険者の子どもたちは、依頼中はギルドの腕章を付けるんです。不当に荷物を奪われたり、見窄らしい身なりだからって物盗りだと疑われないように、冒険者ギルドが身分を保証してくれるんですよ。それでもなにかあったら冒険者ギルドが間に入ってくれます。逆に冒険者ギルドの看板に泥を塗るような事をしたら、冒険者への道は完全に閉ざされますし、噂が広がるのは早いので街に居られなくなっちゃいます」

「へぇ。俺らは十五歳で冒険者登録したし、いきなり試験を受けさせられて合格したからなぁ」

「そうでしたね。いきなり採取依頼からスタートさせられた覚えがあります」


 いつのまにかマリアンヌが抱えていた紙袋はベルンが抱えていて、ヒョイぱくヒョイぱくとベルンの口へカスタードタルトが消えていく。五回に一回はソフィアの口にも運ばれて、ソフィアは口に手を当てながら必死にモグモグと咀嚼していた。

 空になった紙袋をリオが受け取り、顔を顰めながらマジックバッグにしまう。


「まったく……私とマリアンヌは毒見程度しか食べていないというのに」

「そうだったのか? わりぃ!」

「いいんだ! 気にしないでくれ」

「ちょっと俺、買ってくるよ。市場の側だったよな」


 ベルンは焦ったように市場の方へ走り去って行った。マリアンヌは唖然として、ベルンの背中を見送る。ソフィアがぺこぺこと頭を下げる。


「マリアンヌごめんね」

「ソフィアも気にしないでくれ」

「そうですよ。たくさんあったのに、ほぼ一人で平らげたベルンが悪いんです。すぐに戻ってくるでしょうし放っておきましょう。それで? 雑務依頼はどういった依頼が多いのですか?」


 水を向けられたマリアンヌとソフィアは、視線を空に向け、過去を思い出す。


「そうだな。これはテルメロマ特有の依頼なのかもしれないが、開店前の大浴場の清掃依頼が多かったな。あとは荷物運びに、買い物代行、街の清掃に、店番の手伝い……」

「属性魔法が使える子どもは特殊な依頼も受けられますよ。孤児院の子どもたちは聖属性の素養持ちが多かったので、施療院の治療のお手伝いとか。といっても傷口や道具の浄化とか、包帯を丸めたりですけど」

「商家やパン屋の下働きみたいな依頼ばかり受けてた奴は、そのまま冒険者にならずに雇用されてたな。王都じゃわからないが、テルメロマの冒険者ギルドは口入屋も兼ねてたようなもんだから」

「なるほど」

「リオさん」

「どうしました?」

「ベルンさんとリオさんの新人冒険者の頃ってどんな感じだったんですか?」


 興味津々といった目で、ソフィアとマリアンヌがリオを見る。


「そうですねぇ……」


 と、リオは当たり障りのない辺りを二人に懐かしむように語った。





☆☆☆☆☆





 ライナー領がスタンピードに遭ったのは、ベルンとリオが十五歳になったばかりの頃だった。避暑休暇で貴族学校が長期休暇に入り、領地に帰っていた。

 少し前から国境にある森の魔獣が異常繁殖、活発化していると騎士からの報告があり、警戒はしていたのだ。

 毎日続く異常に増えた魔獣の討伐。終わりの見えないそれに、屈強なライナー領軍といえども、精神的、肉体的な疲労は隠しきれなかった。

 隣国バッサーニとの交流も、今ほどは活発ではなく、それぞれの国側に出てきた魔獣をそれぞれが討伐するという程度の取り決めしかなかった。つまりローム側に出てくる魔獣は、領民のためにも、ローム全体のためにも全てライナー領軍が討伐しなければならないということだった。


 ある夜、領主バレリオは、嫡男ベルノルトを執務室に呼び出した。


「あと一年で卒業、そして社交デビューだな」


 コトリと硬質な音を立てて、魔石が十も付いた銀の腕輪をベルノルトに見えるように机に置いた。父に呼び出され緊張をしていたベルノルトの瞳が輝き、腕輪に視線が注がれる。バレリオは息子の様子に苦笑しながらも話し続ける。


「これは国境を守り、魔獣討伐の任を受け、領軍を預かるライナーの領主に受け継がれるべき魔導具だ。魔石に魔力を補充すれば、繰り返し全属性の魔法が扱える。私のような魔法はからっきしの人間でもな。ベルノルトはアルデガルド様に師事を受けるほどの魔法の素養があるから、魔法を使っているところを見られたとしても、私よりは目立つことはないだろうが、全属性を使えるというのは、要らぬ注目を集めることになる。領外では決して全属性を使えると言う事を知られないように気をつけ、この魔導具を守りきらねばならない。一度着けてみるか?」

「はい! 父上」


 キラキラとした瞳で腕輪を見つめたまま、ベルンは元気よく返事を返した。


「そんな貴重な魔導具は、王家が欲しがらなかったのですか?」


 素直な息子の疑問に、バレリオは苦笑したまま答えた。息子の少年らしい細い腕を取り、その手首に魔導具の腕輪を通す。


「王家には伝えていないからな。知られればもちろん国宝として宝物庫に納めるよう求められるだろうが、なんでもかんでも素直に報告すればいいってもんじゃない。この魔導具はライナーにあってこその魔導具だ。そして私の次はベルノルトがこれを受け継ぐことになる」

「はい! 先祖代々受け継がれるこの腕輪と、ライナー領を護ります! そのためにもさらに魔法の腕を磨きます!」


 魔石の輝きに満面の笑みを浮かべながら、ベルンは意気揚々と抱負を述べた。


「いい返事だ。魔法以外の勉強とマナー、それから剣技も磨いてくれていいんだぞ」


 バレリオが揶揄いつつも本音を伝えると、ベルンはとたんに嫌そうに顔をしかめる。


「努力いたします……ところで、この魔導具に魔力を補充するにはどうやるのですか?」

「ああ、私はできないのだが、フレデリカは任意の魔石に向けて魔力を放出していたぞ」

「こう、ですか……?」


 首を傾げながら、腕輪をしていない方の手を魔石にかざし、意識して純粋な魔力のみを放出する。ずるりと引き出されるかのように魔石がベルンの魔力を吸い上げていく。

 初めてで加減の分からないベルンは枯渇寸前まで魔力を吸い上げられ、バレリオの執務室で倒れた。慌てたバレリオが使用人を呼び、ベルンは自室のベッドに運ばれた。

 バレリオはその後、妻のフレデリカに説教をされる。

 本人の意思、もしくは死亡時でないと魔導具の腕輪は外れないため、腕輪はベルンの手首にあるまま、深夜にスタンピードの報せが入った。

 普段は辺境伯夫人として、采配を奮うフレデリカも、緊急時ゆえ非戦闘員の使用人たちを守るために砦に立った。

 バレリオは言うまでもなく、馬を駆って領軍の先陣をきり、城の裏手の森から溢れてくる魔獣を相手にする。

 連日の討伐に、すでに疲弊極まっていた領軍に、凶悪な魔獣が襲いかかる。なんとか押し返していたその時、森からけたたましい鳴き声をあげ、巨大なコカトリスが現れて敵味方なく効果範囲の広い石化魔法を放った。

 そのコカトリスは森を、城内を石化魔法で蹂躙し、踏み付けられた石化した魔獣や人は砕け散った。スタンピードはコカトリス一体を残して収束しようとしていたが、魔法使いが少ないライナーにおいて、あまりの強敵になす術はなかった。

 幸運であったのは、コカトリスが巨大過ぎて、城内の建屋に入れなかった事だろう。窓のない部屋や地下に隠れていた非戦闘員の使用人、そして、昏倒していたベルンを引きずり、城の奥へ逃げ、ベルンを守るべく側を離れなかったリオだけが生き残った。

 その後、【塔】の魔法使いと共に駆けつけたアルデガルドが、領都チェステにて暴れていたコカトリスの頭に水球魔法を被せて窒息させ、毒蛇の尾を風刃魔法で切り落とし、討伐し終えた後に見回れば、領主城は半壊、城内には人間、魔獣の虚しくなった姿や石化した姿が転がり、領都チェステも同様の有様で、美しく敷かれていた石畳は捲れ上がり、木はへし折れ、家屋は倒壊していた。


 共に討伐を手伝った魔法使いにローム王宮への伝達を頼むと、アルデガルドは城内の生き残りを探して回った。そしてアルデガルドは、城内の奥で涙を流しながら歯を食いしばり、昏倒した愛弟子を守り続けていた孫を見つけた。




☆☆☆☆☆




 諸々の手続きが終わると、ベルノルトは未成年で家督を継げないことを理由に市井に下ることになった。

 もともと山猿のようと揶揄されるほどに、野山を駆け回っていたベルンであったが、やはり育ちの良さが邪魔をして、いきなりの平民暮らしには戸惑いを隠せなかった。

 ともかく日々の糧を得ないと生きていけないという事で、少しだけ魔法に覚えがあるベルンと、剣の腕に自信のあったリオは、引き取ろうと申し出のあったアルデガルドの提案を丁重に断って冒険者になることにした。

 国からはいくらかの見舞金が出たので、当面の宿は借りることができたが、それで一生暮らして行けるわけでもない。そもそもライナー領は人が住める場所でなくなったということと、結果的に守りきれなかった未成年の元領主一族をライナー領に置いておくことは、領民の感情的に危険だという配慮のもとに、二人は王都に連れて来られた。




「ベルン、何をしているんです?」


 宿のベッドでじっと待機していたベルンを、リオが揶揄った。ベルンが赤面させてベッドから飛び降りる。


「なんでもない!」

「そうですか。モーニングティーを持ってくるメイドも、着替えを手伝う侍女もおりませんので、着替えと身支度はご自分でなさってくださいね」

「わかってる!」


 恥ずかしそうにむくれながら、ベルンはリオが用意した服を一人で着替え始めた。宿の下働きの娘からすれば、リオがベルンの服を用意しているだけでもリオはベルンに甘いと思うのだが、二人はそこにはまだ気付いていない。


 ベルンの身支度を待って、二人は宿の一階で他の宿泊客とともに朝食を摂ると、王都の冒険者ギルドへ冒険者登録をしに向かった。



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