表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/63

番外編・ライネル、子供だっていろいろ悩むんです

 その日僕は領主邸の外壁に登り、見張り台から外を見ていた。

 もちろんひとりじゃないよ? ちゃんと護衛の騎士を連れている。でも僕の護衛騎士ディーノはちょっといい加減なおじさん(そう呼ぶと「お兄さんって呼んでくださいよ」って苦笑される)だから、見張り台の柱に寄っかかって今も大あくびをしている。


 まあ、このライナー領主邸を襲いに来るなんて身の程知らずはいないだろうけどね。国でも最強の一角を担ってるってお祖父様が言っていたもの。


 確かにお祖父様も父上も、父上の従者リオさんもすごく強い。騎士団で訓練しているところを見に行ったことがあるけれど、3人対騎士団で試合して、3人が騎士団をちぎっては投げちぎっては投げしていたもんね。


 だけど。だけど僕は――


「ライネル坊ちゃん。そろそろ戻られた方がいいですぜ」


 見張り台から森を眺めていた僕にディーノが声をかけてきた。僕は振り向かずに一言だけ返す。


「やだ」

「ベルノルト様と魔法の稽古をするんじゃなかったんですかい?」

「だって……」


 だって。僕はそう言って、ちょっとじんわりする目を伏せた。


 父上とリオさんはS級冒険者なんだって。父上は魔法が、リオさんは剣が得意でめっちゃくちゃ強いらしい。だから少し前から魔法と剣の訓練をさせてもらえるようになったんだ。


 訓練は嫌いじゃないよ? 新しいことができるようになるとすごく嬉しいし。でも。でもね。


 父上とリオさんに追いつける気がこれっぽっちもしないんだ。


 僕はまだほんの小さな子供で、すぐにあの2人みたいになれるとは思っていないけど、でもこんなに上手くできないと思ってなかったんだ。


 それに、本当のことを言うと剣と魔法はそこまで興味がないんだ。

 だからここのところ訓練の時間がちょっとだけ嫌になってきてたんだ。


 父上とリオさんにも僕がそこまでやる気がないのがわかっちゃうのかな、呆れられてる気がする。だからますます行きたくない。



 ディーノは「しょうがないなあ」という顔で肩をすくめて、それでも無理矢理引きずって帰るような真似はしなかった。森を眺める僕をそっとしておいてくれたんだ。



 そうして少し風に吹かれていたら、僕は名前を呼ばれた。


「ライネル」

「母上」


 見張り台に入ってきたのは僕の母上。青い髪をきれいに結い上げて、落ち着いた雰囲気のドレスを着ているけれど、中身は天然でほんわかしていて、かわいいって印象。お祖母様と一緒におうちの中のことをいろいろやってるときは、すごくしっかりしていて頼もしく見えるけど。


「どうしたの、ライネル」


 お返事ができなかった。

 うまく話せる気がしなかったし、魔法も剣も必要なことだからやらなきゃいけないこと。第一、魔法や剣をやりたくない、なんて言ったら父上も母上もリオさんも、僕のことをだめな子だって嫌いになっちゃうんじゃ……


 それでも母上はドレスが汚れるのにも構わず僕の隣に座り、少しずつ話を聞いてくれた。


「そっかぁ」


 母上がそっと僕の頭を抱きしめて撫でてくれた。


「自分がだめだなんて思わなくていいのよ、ライネル。それはあの2人が悪いわ」

「えっ?」

「あの2人は良くも悪くも天才型だから、腕は立つけど教えるのが下手くそなのよ」

「でも、父上は僕くらいの頃はファイヤーボール使って的を燃やしたもんだ、だからおまえもすぐできるようになるって」

「駄目だわほんとに小さい子に教えるのに向いてないのね、ベルンさん」


 母上が小さく呟いた言葉はよく聞こえなかった。ギュッとしてもらった胸の中が温かくて、なんだかホッとしちゃった。


「ねえライネル。あなた、剣と魔法は好き?」

「うーん、きらいじゃないかなあ」

「そっか、お父様やリオさんみたいに入れ込めないってことね」


 そう言って母上はもう一度僕の髪を撫でてくれた。


「あの2人は魔術バカと剣術バカだからね、参考にしちゃダメよ」

「母上、いいんですかそんなこと言って」

「いいじゃない、ここには私とあなたとディーノしかいないんだから。ディーノはこんなことで告げ口なんかしないわよ。ね、ディーノ」

「はい、もちろんですソフィア様」


 母上がにっこりと笑った。


「そうしたら今日は私も一緒にお父様の訓練を見に行こうかしら。ライネル、いい?」

「はい、母上」


 母上と一緒なら、まあ……頑張ろうかな。


 そうして2人で立ち上がったときだった。

 森から雄叫びが聞こえてきたんだ。


 グォォォォォ!


 大きな魔獣の声だってすくわかった。僕だってライナーの子だからね。

 でも、そうわかったって怖いものは怖い。

 慌てて母上を見上げたら、母上はきりっとした表情で森に視線を走らせている。


「ディーノ、屋敷に伝令を。フォレストハウンドの群れです。数はーーうん、よく見えないけど20頭以上はいそうかな」

「承知いたしました。では護衛はマリアンヌと交代いたします」

「お願いね」


 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングでマリアンヌさんが見張り台に上がってきた。マリアンヌさんはリオさんの奥さんで父上の妹で、母上の護衛っていう、てんこ盛りな肩書を持つ人だ。そして母上とは姉妹みたいな関係だって言ってたけど、そもそも父上の義理の妹だから姉妹なんだけどねえ? ちょっとよくわからない。

 マリアンヌさん、多分見張り台の下で警護してたんだろうな。


「20頭くらいか?」

「うん、20……もうちょっといるかも。それで移動が速いね」


 マリアンヌさんと母上が話している。姉妹というだけあって、2人で話すときはこんな感じで砕けてることが多い。2人で森のちょっと奥にいる魔獣を偵察しているようだけど、そんな遠くを見えるのかな。思わず首をかしげる。

 すると母上がドレスの隠しポケットから小ぶりの巾着袋を取り出した。なんか辺境伯子息の夫人である母上が持つにしてはぼろっちい気がするけれど、昔から大事にしているのは知っている。でも僕は中に何が入っているか知らないんだ。


 その巾着袋を母上が開く。そして手を入れると、するするっと真っ白い弓を取り出した。


「ええっ!」


 思わず叫んじゃった。だってあんな小さな中にこんな大きな物、どうやったって入るわけない。僕の声で振り向いた母上がにっこり笑う。


「あら、教えてなかったかしら。これはマジックバッグなのよ。そしてこれは私の相棒」


 白い弓を母上が掲げてみせる。すごくきれいな弓だ。でも矢は持っていない。


「母上が射るのですか? 矢は?」

「うふふ、まあ見ててちょうだい」


 そう言うと母上の雰囲気が変わった。ふんわり柔らかい笑顔からきりっとした鋭い目つきに、そして足を軽く開いて矢をつがえていない弓を構えた。

 母上が魔力を練り上げているのがわかった。その魔力は弓に収束していって、炎の矢が弓に栂えられている。

 魔法の炎の矢だ! ファイアーアロー?


「<ファイアーアロー>」


 母上が鋭く詠唱して弓を射た。炎の矢が森の奥に向かって鋭く飛んで行く。そしてその先でドガっと大きな音がして爆発が起こった。


「あそこか?」

「うん、あのあたり。上手い具合に群れのボスの側に当たったかな」

「だな。他のフォレストウルフたちがとまどって足が止まった」

「よかった。ならあとはベルンさんに任せればいいね」

「ああ」


 母上とマリアンヌさんが一仕事終えたふうに話しているけど、僕は腰を抜かしてへたりこんでいた。

 え、母上、弓なんて使えたんですか?

 いや、聞いたことあったな。確か母上は元冒険者だって。父上やリオさん、マリアンヌさんとチームで冒険していたって聞いたことがある。


 ただ、僕が知っている母上は辺境伯夫人であるお祖母様と一緒に家の中のことや社交をしている母上だ。僕は冒険者してる母上を見たことがないんだ。だから弓を使える事も聞いてたけどすっかり忘れてたんだ。


 それが、なに?

 あの弓で、ファイアーアローを撃ち出すの? それもあの威力で?


 母上をじっと見つめた。いつもの天然ふわふわな母上だ。

 でも弓を射たときの母上が僕の頭にしっかり焼き付いてる。きりっとしたいつもと違う母上――その、すごく。


「かっこいい……!」

「え?」


 かっこよかった! ぴんと背が伸びて、弓を構える姿勢がとってもきれいだった。弧を描いて飛んで行くはずの矢は魔法の力なのかまっすぐに飛んで行って、ばっちり的を射貫く。すごい、母上、すごい!

 僕は弾かれたように立ち上がって、母上に駆け寄りドレスを握りしめた。


「母上! すごくかっこよかったです!」

「え? あら、ありがとうライネル」

「僕、感動しました! 母上が弓を射るところ、初めて見ました。僕もやってみたいです」

「あら、弓を?」

「はい! お願いします!」


 魔法も剣もきらいじゃないけど、今見た弓みたいに引き込まれたことはない。

 僕は絶対弓をやってみたいと思うんだ。


「じゃあちょっとチャレンジしてみましょうか。ベルンさんも今日はフォレストウルフの対応があるだろうし、魔法の勉強はお休みになるわよね。ね、マリアンヌ」

「ああ、そうだな。いろいろやってみるのはいいことだ」

「本当に! わぁい、ありがとうございます!」


 そうして僕はこの日母上から弓の手ほどきを受けた。弓は剣よりも僕に合っていたみたいで、めちゃくちゃ楽しい。


 そうして魔法よりも剣よりも弓が得意になっていくのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ