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番外編・ライナー家、王家の婚約打診を蹴っ飛ばす

☆☆☆


「オリアーナ・ライナー、お前との婚約は破棄させてもらう!」


 王立貴族学校の卒業パーティーの最中、アルデバラン殿下が声高に婚約破棄を宣言した。

 彼の側には幼げな顔をしたピンク髪の少女が並んでいる。その少女の肩を抱き寄せて、さらに言い募る。


「我が愛しの⬛︎⬛︎⬛︎に悪虐なイジメを繰り返し悲しませた。その罪は重い」


 僕はミルコヴィート・フォレストラ。隣国オイーリアのフォレストラ公爵家の血筋のお父さんとライナー辺境伯家の養女のお母さんをもつ。今はローム国のライナー辺境伯家で護衛見習いをしている。

 オリアーナはライナー辺境伯家の令嬢で、アルデバラン殿下の婚約者なのだが、貴族学校に入学してからというもの、殿下はオリアーナを蔑ろにして、下位貴族の男爵令嬢とベッタリだった。 それでも王家からの打診……つまり断れない相手からの申し込みで調った婚約だからと僕もライナー家も我慢していたんだけど、今日の卒業パーティーにオリアーナの迎えにも来ず、エスコートもせず、ドレス一枚さえ贈らない。あげくに冤罪の吊し上げって何コレ。


「ひどい……私、イジメなんて……」


 ありもしない罪状を並べ立てられ、殿下を始めとした生徒会役員という⬛︎⬛︎⬛︎の取り巻き野郎に囲まれて、オリアーナは真っ青な顔で立ち尽くす。


 もういいよね?

 オリアーナはよく我慢したよ。


 婚約者の義務をことごとく果たさなかったアルデバラン殿下に、僕のオリアーナはあげない。ギリっと噛み締めた奥歯が音をたてた。

 オリアーナに歩み寄り、そっと彼女の手の平を自分の手の平に乗せる。


「アルデバラン殿下、聞いていれば随分と自分本位な事ですね。婚約者の義務も果たさず、他の女と乳繰りあってたのは存じ上げているのですよ? それにオリアーナは、先ほど仰っていたようなしょうもないイジメはしていません。事実無根だ。きちんと調べた上で仰っていただきたい」

「くっ……ミルコヴィート……しかし! ⬛︎⬛︎⬛︎はオリアーナにやられたと泣いていたんだぞ!!」

「はっ? そいつの主張だけで罪が確定するんですか? いつからロームはそんな国になったんです?」

 

 もう滅ぼしてしまおう、うん。それがいい。

 オリアーナと手の平を合わせて、滅びの呪文を唱える。


 ウチのライナー辺境伯家のみんななら大丈夫でしょ。だから僕は王家なんかと婚約なんかさせたくなかったんだーーーー!!







「《⬜︎⬜︎⬜︎》!!」


 大声でそう謎の呪文を叫んだ。辺りはまだ暗い。気づけばベッドの上で、汗だくになっている僕がいた。どきどきどきと鼓動が速い。


「夢……?」


 やけにリアルな夢だった。喉がカラカラで、水を飲もうとベッドから降りて、その視界の低さにまたまた気付く。


「僕、まだ五歳なんだった」


 昨日は僕、ミルコヴィートの五歳の誕生日で、ライナー辺境伯家の家族がお祝いをしてくれたんだ。

 ソフィア伯母様は、赤ちゃんが入っている大きなお腹を抱えて椅子に座ったままでごめんね、と言いながら僕にお祝いの言葉をかけてくれた。ベルン伯父様と従兄弟のライネルお兄様からも練習用の木刀を贈ってくださった。

 オイーリアからもギルミアひいお祖父様とリュカ様がお祝いに駆けつけてくれた。ヴィオレッタひいお祖母様は来れなくなってしまったらしい。ギルミアひいお祖父様がヴィオレッタひいお祖母様からだよとたくさんの贈り物を手渡してくれた。ギルミア様はひいお祖父様なのだけど、【塔】の魔法使いアルデガルド様の方がよっぽどお爺ちゃんらしい容貌だ。ちなみにアルデガルド様は僕のひいひいお祖父様らしいんだけど、お爺ちゃんと呼んで欲しいっていうから、アルデガルドお爺ちゃんって呼んでいる。

 他にもお父さん達のお友達だからとリモネンド伯爵夫婦や【塔】の魔法使いのお姉さんたちが来てくれた。

 みんなからお誕生日のプレゼントをたくさんもらったけれど、僕はソフィア様の大きなお腹にすりすりと頬ずりをさせてもらっておねだりをした。


「産まれてくる赤ちゃんと僕、結婚したいな」


 ソフィア伯母様は僕の頭を撫でてくださったけれど、ベルン伯父様は引き攣った表情で、僕と目線を合わせてしゃがみ込んで言った。


「ミルコよ、まだ赤ちゃんが男か女かも分からないぞ。そのおねだりはだな、まだ気が早いな」

「赤ちゃんは女の子だよ。それもとびっきりの可愛い女の子だよ。僕、身体を鍛えて赤ちゃんを守る騎士になるんだ! で、結婚するの!」


 するとベルン伯父様はますます弱りきった顔になったけれど、フォレストラ前公爵のギルミアひいお祖父様が僕に言ったんだ。


「それならばなにものにも押しも押されもせぬように、身体を鍛え、魔力を練り上げ、知力をつけ、誇りを持ってフォレストラ公爵家の名を名乗りなさい。我が血統はこちらの王族にも匹敵するのだよ」って。


 お父さんの血筋はフォレストラ公爵家だけど、ライナー家次期領主のベルン伯父様とソフィア伯母様に仕えたいから、周りの騎士さんたちに気を遣わせないように、お父さんとお母さんは普段、フォレストラの家族名を名乗っていない。だけど僕の名はミルコヴィート・フォレストラなんだって教えてくれた。ライナー家の人たちとあまりにも仲が良いから、僕はもしかしたらミルコヴィート・ライナーかと思ってたよ。実際、ライナー家はお母さんの実家なんだって。もし僕がライナーだったら赤ちゃんとは結婚できないらしいから、やっぱり僕はフォレストラで良かった。


 そしてその夜に見た夢は、たくさんある未来のひとつのような気がして、気分が悪かった。見た夢をお父さんとお母さんに話すと、二人とも真剣な顔をして、ギルミアひいお祖父様に相談したりしていた。もしかするとエルフの固有能力のうち、占術の才能があるかもしれないってギルミアひいお祖父様が言っていた。


 そして、バレリオお祖父様も含めて、もし産まれてくる赤ちゃんが女の子で、万が一王家の打診があったとしたら、予知夢の可能性が高いから、婚約は絶対跳ね除けてみせるとベルン伯父様が息巻いていた。

 今年三歳になるリゲル王太子の息子の名前は、まだ公には発表していないのに僕が当てたから信ぴょう性があるんだってさ。


 僕はオリアーナに選ばれる男になれるように修業をすることにした。



 それからしばらくして、ソフィア様が赤ちゃんを産んだ。ベルン伯父様そっくりの赤い髪にソフィア伯母様みたいなサファイアの瞳の女の子の赤ちゃんだった。名前は夢でみた通りのオリアーナ。ライナー辺境伯領に咲く、赤くて綺麗なお花の名前と一緒なんだって。

 ベルン伯父様は大層喜んでいたけれど、王都にあるお城で領主会議があるらしくて、領主のバレリオ様の代理で泣く泣く王都へ行った。とは言ってもギリギリまでソフィア様とオリアーナ様の側にいて、アルデガルドお爺ちゃんの転移魔法で王都に連れて行ってもらうらしい。

 僕のお父さんに「私も身重なマリアンヌが心配なのに行くんですから、ベルンもいい加減に諦めて仕事をしなさい」と言われながら王都へ向かった。


 お腹の大きな母さんと、産後間もないソフィア伯母様は無理をさせられないから、僕とライネル兄様とでお父さんたちをお見送りをしたんだ。






☆☆☆


「ベルノルトよ、其方、娘が生まれたらしいな」


 領主会議がお開きになり、貴族達がパラパラと議場を後にし始めた頃、王が宰相を伴って声をかけてきた。歳を重ねて貫禄と威厳を兼ね備えたシリウス王だが、バレリオと親しいことから、ベルンにも比較的気安く声をかけてくる。一度取り潰しになったライナー家の事では、心を砕いてもらった経緯があるので、あまり邪険にはしづらいが、とベルンはミルコの話を思い出して警戒を強めた。


「どうだ、リゲルの息子と娶せんか?」


 ほらーーー! きたーーー!


 まだグズグズして帰らずに、何事かと耳を傾けていた貴族たちがシリウス王の発言を聞いてどよめく。


 ベルンは顔の表に貼り付けた猫の皮に、笑みを浮かべてその場に膝をついて頭を垂れた。


「うちの姫はまだ産まれて一日です。ずいぶんとお耳が早いようで」


 シリウス王がドヤ顔で微笑み、ベルンの次の言葉を待つ……感激で嬉し泣きして喜ぶと思っているのか!


「ありがたいお申し出ではございますが、私どもはしがない辺境伯家でございます。殿下を廃嫡なさりライナー領を継がせよ、と仰せでございますか? 当家には嫡男ライネルがおりますれば────」

「待て待て待て、どうしてそうなる。素直に王家に嫁にやる気はないのかと言っている」


 やっぱりなー! とベルンは頭の中をフル回転させた。

 ちなみに周りは盗み聞きしていることを隠しもせずに、事態を見守っている。アンドレア、せめてお前だけでも助け舟を出してくれよ。


「わが家の姫にはもう婚約者がおりますので」


 ざわりと空気がどよめく。そうだろうそうだろう。王の発言もたいがい気が早いが、まさか昨日生まれた子にもう婚約者がいるなど思わないだろう。

 シリウス王も婚約の話は、うまくいったらいいなーくらいだったのか、ベルンの発言を面白がっている節がある。


「ほう、産まれて一日の子に婚約者がもういるのか。そんな届出はまだ聞いていないがな」


 ベルンは懐から折り畳んだ羊皮紙を出した。丸めたままのそれの存在感だけちらりと見せる。


「相手はオイーリア国フォレストラ公爵家のヴィットーリオが嫡男、ミルコヴィート様でございまして、姫が胎内にいる間からもう毎日求婚を繰り返しておりまして……ええ、やっと生まれ出ましたので、本日出生の届けと共に婚約の届出をいたしたく書類をこのように」


 弱々の体でベルンが言い募るのを聴き終えると、シリウス王は弾けるように笑い出した。ひーひーとお腹も抱えて今にも床に転がりそうな勢いだ。


「さすがヴィットーリオの息子というところか。ベルノルト、そなたも苦労するな。かのフォレストラ公爵家が相手では致し方あるまい。済まなかったな、ベルノルト。速やかに届けを出して、早く愛妻と子ども達の元に戻ってやれ」

「はっ、ありがとうございます」


 懐から出した紙は、オリアーナの出生届けの一枚だけなのはシリウス王にバレただろうが、こうなったらミルコの思い通りになるのは少々癪ではあるが、虫除けにミルコと婚約だけしておくのも手かなと思うベルンだった。



おわり



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