50.本編最終回
とある日、王都から南、隣国バッサーニとの国境に近いライナー領に、家紋付きの明らかに貴族のものと分かる馬車が王国中から集まってきていた。
今日はライナー領主の嫡男ベルノルト・ライナーと、リオーネ侯爵の娘、ソフィア・リオーネの結婚式と舞踏会が開かれるのだ。
結婚式に先立って、ローム国の貴族のしきたりに従い、ベルノルトはリオーネ侯爵領のリオーネ邸へ妻となるソフィアを飾り立てた馬車と、護衛のライナー領騎士団と共に迎えに行った。
新妻の家族とともにライナー領へ入ったのが、二日前の昼過ぎ。領境の町で一泊し、朝から領都チェステに向かって出発した。到着した花嫁を乗せた馬車を一目見ようと、チェステの大通りは笑顔の領民でいっぱいだった。
家や建物は建て直され、石化させられていた領民たちは、石化解除薬で元に戻った。人々の営みが戻った街には王都や別の街から商売人が移り住み、店を出しはじめた。復興を頼まれた職人たちが居を移し定住を決意すると、職人たちによるギルドも支店がおかれるようになった。こうしてスタンピード前の六割ほどの人口まで復興したライナー領では、平民の冒険者となっても諦めずに石化解除薬で家族と領民を救ったとしてベルンは英雄扱いされていた。
街のあちこちで花が飾られ、馬車が通ると花びらが撒かれた。
馬車の中からライナー領の街並みを見て、
「ここまで復興したんですね」
「ああ、ソフィアはまだ瓦礫と崩れた家屋ばかりで人が少ないところしか見てなかったよな。って、言っても親父とヴェリテさんが主になって復興は進めてくれて、俺の担当は王都を中心に社交と冒険者で復興の資金稼ぎだったんだけどな」
ソフィアが微笑みながら頷く。二人とも分かっている。これから貴族として生きていくために、そして今しばらく冒険者でいられるように、何より恋人であるソフィアとあまり離れぬようにとバレリオとヴェリテが気を利かせてくれていたことに。
「フィオレとマグダレッタもつきっきりで石化解除を進めてくれてたんだ。【塔】に足を向けて寝られねぇな」
「そうですね。でもみんなの石化を解いて、いつかライナー領を復興させるって気持ちを持ち続けてきたベルンさんはすごいです。その気持ちがあったから、努力があったから、今があるんだって、そう思います」
「そうかな」
照れるベルンに、ソフィアは眩しいように目を細めて全力で頷いた。
「はい! 絶対にそうです」
「まあ、でも平民のままじゃ結局何もできなかったかもしれねえ。王家預かりにして待っててくれたシリウス陛下も、石化解除薬を作ってくれたフィオレも、相棒のリオと、仲間のマリアンヌと、そんで、ソフィアがいてくれたからだぜ」
照れてソフィアの頭を撫ぜながらベルンは、これまでを思い出す。その時、馬車の横に騎乗したリオが並んでベルンに冷ややかな目線を送りながら言った。
「窓が開いているのをお忘れですか? 浮かれるのは分かりますが、沿道のみなさんに手を振ってあげてくださいね」
本当はもっと毒舌をかましたいであろうリオは、それだけを言うと、定位置に戻っていった。
「叱られちまったな」
「ふふふ。リオさんの耳、赤くなってましたよ」
気を取り直し、集まってくれた領民に手を振りながら馬車はライナー領主城へと入った。
新婦と新婦の家族を客室に案内すると、その日はお互いの親族が揃っての晩餐会が開かれた。
マリアンヌはベルンの義妹として、リオはマリアンヌの婚約者として同席した。
翌朝、全身を磨かれ純白の絹の花嫁衣装に身を包んだソフィアは、客室に迎えにきたベルンのエスコートで、城内の礼拝堂へと向かった。騎士の正装に身を包んだリオとマリアンヌがベルンとソフィアの護衛として前後を守る。
そうして敷地内に独立して建つ礼拝堂の扉を開くと、正面奥には二体の女神像が窓から入る柔らかな光を受けて微笑んでいた。女神像が座す舞台より下がった場所に、結婚式を執り行う神官。そしてベルンとソフィアの家族、王族から見届け人のリゲル殿下と婚約者のパドミラ公爵令嬢が二人の入場を待っていた。
ベルンとソフィアはローム王国が信仰する女神達の前で永遠の愛を誓い、祝福を賜った。
その後、休憩を挟んで領主城内にて舞踏会がひらかれた。国内から招待を受けた貴族たちがホールにひしめく中、ファーストダンスを踊るのは、もちろん本日の主役であるベルンとソフィアである。
領主であるバレリオが、新郎と新婦を一段高いところから挨拶と紹介をする。
バレリオと並ぶベルンとソフィアは、教会で着ていた揃いの白い絹に銀の刺繍飾りの衣装から、揃いの紺と金の衣装に着替えていた。
バレリオとベルンの挨拶が終わると、舞踏場の真ん中がぽかりと空いた。そこへソフィアをエスコートすると、二人は見るものが見ればぎこちない足運びでファーストダンスを踊ってみせた。
音楽は続いて演奏され、互いの両親である領主夫妻と、リゲル殿下とパドミラ公爵令嬢が加わり、見事なダンスを披露した。
三曲目になって、他の招待客も加わりダンスを踊る。新郎新婦はこの日、夫婦として認められたことを披露するために三曲続けて踊り切らなければならない。なんとしてもこの三曲は踊らなければという気迫で、ベルンもソフィアもダンスの練習を重ねてきた。
三曲目が終わり、互いに礼をして舞踏場を外れたベルンとソフィアは、リオとマリアンヌのもとへ合流した。招待された者が結婚を祝う三曲目には、リオとマリアンヌもフォレストラ公爵名代として舞踏場の端で踊っていた。早々に給仕からグラスを受け取っていた二人は、労いながらベルンとソフィアにそれぞれ祝いの言葉とともにグラスを渡す。
「お疲れ様でございました、ベルノルト様、ソフィア様」
「おめでとうございます。お兄様、ソフィア」
「おう、マリアンヌ。ようやくお兄様って呼び方が板についてきたな」
「退場は皆様のご挨拶を受けてからですからね、ベルノルト様」
「わかってるよ」
密やかに交わされる男同士の囁きを耳にしたソフィアは、俯いて頬を染めた。
招待された貴族たちもそれぞれが配られた飲み物で喉を潤したあと、ベルンとソフィア、そして両領主夫妻への挨拶に並ぶ。身分の高い人から挨拶を受けるため、最初はリゲル殿下とパドミラ公爵令嬢だった。
「ベルノルト、そしてソフィア夫人結婚おめでとう」
リゲル殿下の横でにこりと微笑みながら、パドミラ公爵もおめでとうと祝いの言葉を贈る。
ベルンとソフィアは、ありがとうございますと返した。
「それにしてもライナー領の復興の速さに驚いたよ。これからますますライナー領を豊かに導き、ロームのために国防にも尽力して欲しいと陛下もおっしゃっていた。よろしく頼む」
「陛下の御心に沿う様努力してまいります」
「うん。他の者も挨拶をしたいだろうから、今日はこのくらいで。また日を改めて冒険者の話などを聞かせてもらいたいな」
「かしこまりました」
リゲルの言葉にベルンは右手を胸に当てて最敬礼を返す。ソフィアもドレスの端を摘んで礼を返した。生粋の貴族で殿上人であるリゲルから見れば、二人の貴族の礼はまだまだ拙いが、にこりと微笑み、自分の後ろに並ぶ貴族たちを見て、パドミラ公爵令嬢をエスコートしながら横に抜けた。
リオーネ侯爵、リモネンド伯爵夫妻、アルデガルドにマグダレッタに続いて、フィオレが夫にエスコートされて現れベルンとソフィアにお祝いを言った。
結婚の祝賀舞踏会は夜遅くまで開かれ、下町でも次期領主夫妻の結婚を祝うお祭りで賑わっていたが、当の新婚夫婦はいつのまにか舞踏会場から退席していたという。
それから十二年が経った。
翌年に生まれたベルンの長男ライネルは十一歳になっていた。王都の貴族学校に入ったが、夏休みでライナー領に帰省中だった。
ライネルが二歳の時に生まれたリオとマリアンヌの子ミルコヴィートは五歳になり、ライネルとミルコヴィートの妹は生まれ月は違うけれど三歳になっていた。
ライネルは少し遠い目になりながら、美しい湖畔に敷かれたピクニックシートの上で、サンドイッチを手に家族の姿を見て眺めていた。
領主はライネルの父、ベルノルトに交代したが、相変わらず冒険者と二足のわらじを履いており、今日も祖父のバレリオに城を任せて楽園のダンジョンにやってきていた。妻と幼子たちを連れて。
「……学校に行くまではこの光景が普通だと思ってたけれど」
そうひとりごち、ため息をついたライネルの視線の先には、ライネルの妹オリアーナがユニコーンを集めていた。オリアーナはどうしてかユニコーンに好かれる性質らしく、ここ楽園のダンジョンに来ると、どこからともなく吸い寄せられるようにユニコーンが集まってくる。そこを「オリアーナはわたくちたちが守りまちゅ!」と舌足らずなミルコヴィートの妹のエルヴィーラと、兄のミルコヴィートが、あっちいけしーしーと奮闘している。まるで小さな騎士たちのようだ。
ライネルの父と母たちは、そんな様子を周囲を警戒しながらもほのぼのとしている。
「ありえないよなぁ」
「ま、普通はありえませんよね。幼児連れでダンジョンに来るのも、ダンジョンでピクニックするのもライナー家、いえ俺たちだけですよ」
ライネルの呟きに返事をしたのはミルコヴィートの父、リオだった。ライネルの隣に腰を下ろし、蔓を編んだバスケットに入った薄切りの燻製肉とチーズのサンドイッチを摘むと口に運ぶ。
「それもそうだけど、オリアーナのあのユニコーンホイホイもね。ねぇ、父様の護衛はいいの?」
ライネルが問えば、リオはニコッと微笑む。
「ライネル様の護衛も仕事のうちですよ。というか、ベルンに護衛がいると思います?」
途中まで従者らしい言葉遣いだったリオが、急に砕けた口調で返した。それにライネルは弾けるように笑った。
「ねぇ、リオ。父様とバディを組んで冒険者をしていた頃の話を聞かせてよ」
「おや、もう何度もお話して聞かせたように思いますが」
「何度聞いても面白いんだもの」
「いいですよ。どんなお話をお求めですか?」
「うーんとね、大蛇を丸焼きにした話がいいな。結局大蛇は食べたんでしょ? どんな味だったの?」
「あれは王都から馬車で五日ほどの距離にあるガストンという町から依頼を受けたのです。ガストンはクリの実が名産でしてね──────」
〈ベルンとリオ 終〉
これにて本編は終了です。ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
明日から番外編を数話投稿し、完結となります。よろしければお付き合いください。




