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48.ベルンとリオ、穴に落ちたらダンジョンでした

 ベルンが無表情で〈スリープ〉を使うと、効果範囲内のプリズムミンクたちがその場にペタリと伏せ、眠りに落ちた。その数は二十ほど。

 そのうちの五匹を無作為に拾うと、闇属性の真空魔法〈ヴォート〉を放つ。


「なんだかなぁ、無抵抗な獣を仕留めるのって罪悪感が半端ないな」

「ベルンの言いたいことはよく分かります」


 リオは窒息して遥か高みに昇ったプリズムミンクたちの亡骸をマジックバッグへと納めた。


「ですが依頼は依頼ですからね。依頼主に交渉して納品数を減らしていただいたとはいえ、依頼を受けた以上は達成させなければマイナス評価になってしまいます」

「Sランクから降格するだけならいいが、違約金が発生するんだったよな」

「ランクが下がってもいいって思うのは我々くらいでしょうが……ギルドからのペナルティはそのくらいですね。しかし依頼に失敗したという噂が流れるのが業腹です」

「噂はバカにできねぇからなぁ」


 ベルンが〈スリープ〉を解除すると、眠っていたプリズムミンクたちが、もそもそと活動を再開した。ふるふると身体を震わせたあと、急な眠気が襲ったことに疑問を抱いたのか、後ろ脚で立ち上がり、辺りを見回し首を傾げる個体もいる。あざと可愛い。くりくりした小さな瞳でじっと何かを考えているかと思えば、食べかけで足元に落としていたプリモの実を両手に持って齧り始めた。


 依頼を達成したベルン達は改めて背後の壁の穴を検分した。リオも一緒になって穴の中を見上げ、土壁の強度を確かめるようにペタペタと叩いた。ゴツゴツした土壁はプリズムミンクなら駆け上がることは可能かもしれない。


「さて、依頼は達成したものの、どうやって上に戻るかだよな」


 暗い穴は光が見えない。角度の問題か、光が届かないほどの距離なのか。外の土壁そのものもネズミ返しのように反っているので、登れるとは思えなかった。


「ここから登るのは無理そうですね。プリズムミンクなら小さな爪で駆け上がりそうですが」

「俺らにはちょっとばかし無理だな。身体を屈めても頭が当たって足を踏ん張ることができない上にこの傾斜だ。鉄爪でもありゃ、腕だけでのぼれたかもしれないが。なあ、ここがダンジョンなら踏破しちまえば上に出られるんじゃ?」

「何階層まであるのか分からないダンジョンを今から攻略するには、いささか準備不足なのが心配ではありますが、最終手段としてはそれしかないでしょうね。ここがダンジョンの入り口でないことを祈るばかりです」


 はぁ、と二人揃ってため息を吐いた。


「いつまでも登れねぇ壁を見ていても仕方がねぇな。まずは壁に沿って行くか」

「迷宮タイプならともかく、フィールドタイプのダンジョンはマップが作りにくくてやっかいなんですよねぇ」


 リオが腰から剣を抜いて地面に立てた。


「《幸運の女神よ、我らにお導きを──》」


 

 手を離すと、剣がくるりと回ってパタリと倒れた。

 二人は幸運の女神のお導きの方向へと進んでいった。






「やっぱりこいつら魔獣じゃねぇな」


 ベルンとリオに構わず、プリズムミンクたちは地面を走り回り、木に登り、プリモの実を齧る。牧歌的な光景にベルンは苦笑を漏らす。


「こんなに無警戒じゃ、やっぱりここの場所は非公開にしとくのがいいでしょうね」

「天敵がいないってことなのか?」


 下生えの草を踏み分けながら、森の中を二人は進む。湖近くの木陰から、立派な黒い角を持った白い馬が顔を出したこともあったが、ベルンたちをじっと見つめてから、方向を変えて走り去る。それなりのエンカウントはあるものの、どれも戦闘には繋がらない。

 森の中を探索してしばらくして、ベルンたちはまた草むらに隠された縦穴を見つけた。


「成長途中のダンジョンゆえに階段が形成されていないとか? 降りてみますか?」

「なーんか、いやな予感がするんだよなぁ」


 しかし二人は他にどうしようというアイデアもなく、縦穴へと降りてみることにした。


 今度はリオの風魔法で落下の衝突を防ぐ。フワリと降り立ったそこもまた木漏れ日も美しい森の中。


「森フィールドが続きますね。ベルン、火魔法は念の為に使わないでくださいよ」

「分かってるって。こっちにはプリモの木は生えてないんだな」

「まだこの辺ではゴブリンとピクシーオークの気配くらいしかしませんね。ダンジョンの二層目だとしたらそんなものではないですか?」

「まあ、そうだな。んじゃ、行くか」


 いきなり飛び出してくる昆虫系の魔物や、蔓を伸ばして捕獲しようとしてくる植物系魔物と交戦しつつ、フィールドを探索しているとポツポツと雨が降ってきた。次第に雨が強くなり、二人は雨宿りができそうな洞穴を見つけて逃げ込んだ。


「ダンジョン内で雨が降るとはな」


 しばらく、曇り空が広がったダンジョンの天井部分を見上げていたベルンが、火を起こしていたリオの横に歩み寄って腰を下ろした。

 リオは温めた赤ワインをカップに入れてベルンに手渡す。


「雨が止まないようなら、この洞穴の奥を探索してもいいかもしれませんね」


 カップを手に物思いにふけるベルンを見て、拾った木片を風魔法で乾燥させていたリオは肩をすくめた。黙っていれば貴公子然とするこの主人だが、考えていることはだいたいお見通しである。


「…ベルンと肌を合わせて暖を取るなんてこと私はしませんからね。そういうのはソフィアとしてください」

「バッ……カじゃねぇの? そ、そんなこと考えてねーよ!」

「そうでしたか、それは失礼しました」


 真っ赤になったベルンがムキになって反論してくるのをリオは愉快そうに笑って、手に持っていた木片を火に焚べた。


「それは冗談としても、早く帰らないとアンナ様とソフィアが待ってますからね」

「それなー、夜会に招待されてるから迎えに来いって言われてるんだよな。早く帰らないと二人に何を言われるか」

「そういいながら顔が緩んでますよ。まあ出来立てのダンジョンのようですから、そこまで深いことはないでしょう」

「だといいけどな! お、雨止んだな」


 ベルンが洞穴の出口から空を見上げる。ダンジョン内でどうして太陽があるのかが不思議ではあるが、日光を受けて濡れた葉から滴る水滴がキラリと光った。

 焚き火を消して立ち上がり、ベルンに並ぼうとするリオの横を透明な羽を持つ蝶がヒラリと通った。その気配にリオが洞穴の奥を振り返って、珍しくも焦った様子で大声をあげた。

 透明な羽を持つ蝶の塊と言ってもいいほどの大群が、洞穴の奥から一斉に外に向かって飛んできたのだ。出口で蝶の大群に襲われて見えなくなっていたベルンも「ウプッ」と変な声をあげて、頭を保護してしゃがみ込む。

 大群の蝶たちは、洞穴から出るとダンジョンの太陽の光を受けて七色の虹のように羽を輝かせながら隊列を組んで空高く飛んでいった。


「レインボーバタフライ……か?」

「あー、そういえばそんな依頼も出てましたね。っていうか、あれほど間近で見たのは初めてです」

「凶暴性もなく、強くもないが、見つける事が相当レアで捕獲が難しいからAランク相当依頼なんだったよな」

「プリズムミンクにレインボーバタフライ……このダンジョンは一体なんなんでしょうね」

「これ以上、下に降りるのが怖い気がしてきたぜ」

「不本意ながら私もです、ベルン」


 その後、下に降りる縦穴を見つけた二人が降りて行くと、このダンジョンのボスであろう銀の毛皮を持つミスリルフェンリルと交戦することになり、リオの風魔法と剣、ベルンの雷魔法であっさりと討伐することができた。成長途中のダンジョンのせいか、踏破報酬の宝箱は出現しなかったが、これまたSランク相当のミスリルフェンリルの毛皮と爪と牙の素材を手に入れて、出現した脱出用魔法陣で無事、最初に足を滑らせたプリズムミンク数匹がプリモの実を集める北部山岳地帯へと帰還した。

 









「あー! よくぞご無事で! ベルンさん、リオさん、おかえりなさいですにゃ〜」


 あらかじめ見積もってギルドに報告していた日数から五日過ぎて、ベルンたちは王都冒険者ギルドの扉を開いた。依頼主からは当初、往復で五日と言われていたが、王都と北部山岳地帯をそんな日数で往復して依頼もこなすなど、無理に決まっている。往復十五日、それがボナート伯爵夫人からもぎ取った期間で、余裕を持って七日で帰ってくるつもりが、十二日かかってしまった。

 申告していた日程から七日を過ぎても戻らなければ、捜索隊を組まなければならないかとネリネもラウスも気を揉んでいたところの帰還だった。


 ネリネの明るい声に癒されながら、ベルンはカウンターにぐったりともたれかかった。

 バタバタと上階からギルド長のラウスが降りてくる。


「おう、ご苦労さん。なかなか帰って来ねえから捜索隊を出すところだったぞ。プリズムミンクがいなくて苦労したのか?」


 ラウスがネリネと場所を代わり、カウンターの前に立つ。


「いや、まあ……」


 言いにくい事情もあり、ごにょりとベルンは言葉を濁した。途中で立ち往生している馬車を助けて、王都まで乗せてもらうことができたが、なんだかんだ歩きづめだったので、脚がダルい。少し鈍ったなぁと反省するベルンだった。ラウスはそんなベルンとリオに、親指でクイっと上階の執務室を指して言った。


「上で話を聞こうか」


 ラウスは先に立って階段を上がった。




 ギルド長の執務室に入ると、ベルンはプリズムミンクの亡骸をソファーセットのローテーブルの上に五体並べた。おいおい、ここに並べるなよとラウスの口角が引き攣る。しかもどのプリズムミンクも傷ひとつ付いていない。


「ボナート伯爵夫人と交渉して、数は五匹。納品までの期間は十五日にしてもらった。その代わりプリズムミンクは毛皮に加工しておいて欲しいってよ。あと納期まで三日だけど、なんとかなるか?」


 ベルンの言葉にラウスは苦虫を噛み潰したように顔を顰めながら、しぶしぶ頷いた。


「よく交渉に応じてくれたな。毛皮の処理を優先させて、魔法を併用すればなんとか間に合うだろ」

「それじゃ、悪いけど頼むわ。本来ギルマスの役目の伯爵夫人との交渉を肩代わりしたんだからな」


 にやりとベルンが笑むと、ラウスは天井を仰いだ。


「〜〜〜〜! しかたがねぇな!! 高くついたぜ」


 この時、魔獣加工担当職員の残業が確定した。ラウスはソファーにどかりと腰を落ち着けた。


「まあ座れ。で、話はこれだけじゃないんだろう?」


 ベルンとリオもラウスの向かいのソファーに腰を下ろす。


「ああ。王都北部山岳地帯に、未発見で成長途中のダンジョンがあった」

「なんだと! それは確実な情報か?」

「ああ。プリモの木の周りを数匹のプリズムミンクがチョロチョロ走っていたんだ。で、そっちに行こうとしたら、地面の裂け目から滑落した。大柄な男が一人、通れるくらいの穴を滑り落ちたってのに、落ちた先には青空が広がって、プリモの木の群生が広がってた。で、この季節には異常な数のプリズムミンクが生息していた」

「異常な数……」

「プリズムミンクだけじゃないんです。見つけにくくてAランク依頼と言われているレインボーバタフライの群れに、魔法攻撃がやっかいなキングケルピー、強さも折り紙付きでSランク討伐対象のミスリルフェンリルも生息を確認しました」

「……やっぱりあの白い角付き馬はキングケルピーだったのか。ユニコーンかと思った」

「あのダンジョンならユニコーンもいたかも知れませんが、ユニコーンは俺たち男二人の前に顔を出しませんよ」

「お、お前ら。それで、それら全部素材を拾って来たのか?」


 声を上擦らせながら問うラウスにベルンは申し訳なさそうな顔で頬を掻いた。


「いや、そもそも依頼を受けてないし」

「それくらい素材の納品の前に依頼処理すればいいだろう!?」


 鼻息の荒いラウスにお茶を勧めて落ち着かせると、リオが口を開いた。


「考えてみてくださいよ。そんな見つけにくくて価値の高い素材を一度に依頼達成、納品したらどうなりますか」

「うーん? さすがSランク冒険者だって評価に繋がり、凍結していた依頼が片付くだろ」


 はあ、とリオはため息をつく。


「それだけでは済まないでしょう? 一攫千金を狙う冒険者たちがどこで手に入れたんだってしつこく聞き出そうとするでしょうし、場所が確定したら、こぞって討伐に行くでしょうね。もはや乱獲といっていいほどに」

「しかしなぁ、スタンピードに繋がらないように、適度に間引きする必要があるから、ダンジョンの情報は開示することになっているからなぁ」

「はっきり言って、あれはダンジョンなのかという気もしています。特にプリズムミンクに関しては、ダンジョンの魔獣なのか、ダンジョンに棲みついた外の魔獣なのか判断できないでいます。もし後者だとしたら乱獲したが最後、絶滅の可能性もありますね」

「やつら、プリモの木があればどこでもちょこちょこ付いて行きそうだもんなぁ」


 ベルンも訳知り顔で頷いた。


「で、ダンジョンは階段がなくて登れない上に、ボスのミスリルフェンリルに勝たないと地上に戻れない鬼畜仕様だ。金に目が眩んで命を落とす低レベル、中レベル冒険者が続出しそうだぜ。ボス階も含めて、まだ三層までしかないが、このあと成長していったらどんなダンジョンになるのか楽しみなような、怖いような気がするぜ。まあそういうわけだから。情報開示の判断はギルマスに任せるけど、慎重になった方がいいと俺も思うな。ああ、そうだ。土産があるんだった」


 ベルンがリオに視線を送ると、リオがマジックバッグからレッドエイプの尾を取り出した。


「ついでに北部山岳地帯のレッドエイプの群れの討伐もしてきたぜ。あいつら俺らの帰り道で待ち構えてやがったからな。大量にあるから階下で依頼の受付と一緒に完了報告もしてくるぜ」

「お、おう。さすがだな。情報提供ありがとうな」

「おう。じゃあ俺らは帰るよ」

「失礼いたします」


 ギルマスの部屋を辞して、ベルンとリオはレッドエイプの依頼の処理をしてから、王都の拠点であるライナー辺境伯邸へと戻った。


 今回の依頼から戻ったら同じく王都のリオーネ侯爵邸で教育を受けているソフィアに会いに行く約束になっている。

 リオが王都邸の従僕たちに湯浴みの手配と、リオーネ邸への先触れと手土産の手配を差配しているのを聞きながら、ベルンは自室へと足早に歩を進めた。



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