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46.ベルンとリオ、騒動のあと

 アヴィータ伯爵令嬢が起こした騒ぎを遠巻きに見ていた貴族たちは、アヴィータ親子の退場を見送りながら、好奇心を隠し切れない様子で近くの者と情報を交わした。その密やかな会話でホール全体が落ち着きのない雑音で埋め尽くされる。


 ポンポン!


 何かの破裂音にビクリとした貴族達は、会話を止めて、何があったかを確認するために辺りを見回した。


 ローム王宮に派遣されている【塔】の魔法使いたちが杖の先に付いた魔法石を天井に向けていた。ふわりふわりと色とりどりの花が花びらを散らしながら天井からゆっくりと降ってくる。それは床まで落ちると輝きを残して消えた。楽団が舞踊曲の演奏を始め、リゲル王子がロレッタ嬢をエスコートして中央に進み出た。

 二人はそのまま踊るかと思われたが、リゲル王子はロレッタ嬢の前に片膝をつき、愛を乞う。頬を染めたロレッタ嬢がリゲル王子と手を重ねる。物語のような一幕に悲喜交々の悲鳴が上がるなか、二人は熱っぽい眼差しで見つめあいながら婚約者と夫婦にしか許されない二曲目を踊り始めた。


 やや強引ではあるが、その場にいた貴族たちの頭の中から、アヴィータ親子のことも、ビビアーナ嬢が口走った腕輪のことも綺麗さっぱり消え去り、代わりにリゲル王子の噂に書き換えられた。


 ホールの真ん中の彼らの姿に皆が目を奪われている隙を縫って舞踏会会場を抜け出したベルンたちは、王の侍従に案内されて応接室にいた。


 応接室にはシリウス国王とスピカ王妃、そしてバレリオとフレデリカが着席していた。挨拶をしようとしたベルンに、シリウス国王は無礼講でよいからさっさと座れと着席を促す。

 ちらとバレリオに視線を向ければ、苦笑しながら頷いたので、ベルンはソフィアとともに空いている席に座った。


「さて、まずはリゲルの親としてベルノルトには礼を言う。誰も怪我をすることなく事態を素早く納めてくれて感謝する」

「もったいないお言葉を賜り光栄です」

「ロレッタの両親と宰相も同席したがっていたのだが、少々内密の話をするので遠慮してもらった」


 何を言われるのかとベルンは緊張した。その様子をじっと観察していたシリウス国王は、ついとバレリオに顔を向けた。


「まったく、どこから話をしたもんかな。俺はまだるっこしいのは嫌いなんだが」

「そのまま言えばいいさ。その為に俺たちだけをここへ呼んだんだろう?」


 スピカ王妃とフレデリカもお互いに面識があるのだろう。二人とも顔を見合わせて呆れた表情で微笑み合っている。


「前に全属性が使えるライナー家の家宝があると言っていただろう? あれは今日も着けているのか?」

「はい、もちろんです」

「見せてもらってもいいだろうか」


 国王からの頼みだ。否と言えるわけがないのだが、返事は一瞬遅れ、ベルンはちらりと父バレリオの反応を窺ってしまう。


「安心してくれ。決してそれを献上せよとは言わない。本音を言えば一度試してみたいし、職人を紹介してもらいたいがな。しかしそれは宝物庫で眠らせておくより、国境と魔獣の森を守るライナー家で有効活用するのが国益になると分かっている。ただアヴィータ伯爵令嬢が持っていた腕輪と比較させて欲しい。ベルノルトが以前に盗まれたと言っていた偽物かどうか判断したいのだ」

「ああ、そういうことですか。見せるのは構いませんが」


 ベルンは袖をまくると腕輪を外して机の上に置いた。これが無くてもベルンは魔法を使えるし、ここはシリウス国王に反意がないことを示した方が良いだろうと判断してのことだ。

 シリウスは懐から布包みを出すと、ベルンの腕輪の横に置いて包みを開いた。小さな魔石が色を失い、ひび割れたり欠けたりしている。それ以外はベルンの腕輪と寸分違わぬ見事な彫刻が施されている。

 シリウスは恐々とベルンの腕輪を観察した。十個の魔石は艶々としており、それぞれの属性の色で輝いていた。


「盗まれた偽物で間違いは無さそうだ。こんなものが幾つもあるとは考えにくいからな」

「そうですね」


 シリウス国王の言葉に頷きながら、ベルンは再び腕輪を手首に装備した。長年着けていたものだから、修理に出した時も思ったが、外していると腕がすかすかして心許ないのだ。


「こちらの偽物の方は、裁判での証拠としてしばらく預かりたいのだが構わないか?」

「……しかたがないですよね。まあこの魔石をそこらへんの職人が交換したところで使えるわけではないそうです。もともとこれは全属性を使えるけれど、数回初級魔法を行使したら完全に壊れて使い物にならなくなるそうなので。ただ、これの正規品がライナー家にあるということが知れてしまうのは、あまり歓迎できませんが」


 まあ、誰かが奪いに来ても返り討ちにするけどな! と、ベルンは心の中で付け足した。


「それに関しては王家が保障する。ライナー家を辺境伯に任じた頃まで遡り、国宝級魔導具のライナー家所有の品として記録しておく。王家が把握し、所有を認めているのだから、それを盗もうと考える不埒者には相応の処分が下されるだろう」


 それはつまりアヴィータ伯爵親子の罪が大きくなると言う事でもある。そもそもいつからこの腕輪があるのかベルンは知らない。初代ライナー家当主が辺境伯に任じられてからなのだろうか。ベルンが首をひねると、バレリオがシリウスに向かって言った。


「シリウス、そこまで遡る必要はないぞ。それは俺のお祖父様がとある場所で貰ったらしい」

「は? 貰った?」

「ああ、若い頃にどこかのダンジョンで気の合った男と飲み比べしてな、勝ったから貰ったと伝え聞いている」

「なんだそれは。荒唐無稽でまったくライナー家らしいな」

「だから何も初代様まで遡って記録を書き加えなくても祖父様が貰った腕輪の価値に気付いて届出をしたが、ライナー領で使うよう当時の国王に認められたということにしておいてもいいんじゃないか?」

「ふむ、一理あるな。嘘は少ない方が良かろう」


 父とシリウス国王の悪だくみを聞きながら、ベルンはダンジョンでご先祖様と飲み比べをした男は製作者のグリムだろうなぁと想像した。



 

 大広間に戻ったベルン達を待ち構えていたのは、リモネンド伯爵であるアンドレアと伯爵夫人のアンナだった。


「もー、いったいどこにいたのよ」


 腰に手を当ててむくれる表情は伯爵夫人にあるまじき姿である。アンドレアは苦笑しつつ、親友に微笑みかけた。


「ようやく貴族籍に戻れたベルンと踊るんだってアンナがうるさくてね」

「あなたは社交デビューが果たせていないのですからね。ここで二人の既婚女性と踊らなければならないのよ。分かっていらっしゃる?」

「あー、貴族男子の社交デビューのしきたりってやつだったか。ちっ、仕方がねぇな」


 ベルンが丁寧に撫で付けた後ろ頭をガリガリと掻く。社交デビューを迎えた貴族子息令嬢は初めての夜会で、だいたいは親族の既婚者二人と婚約者の計三人と踊ることになっている。これにて成人としての披露目とされるのだ。

 アンナにダンスホールへと強引に連れて行かれるベルンを見送り、アンドレアは妹になったばかりの青髪の少女を見下ろした。


「さて、私も貴女と踊る栄誉をいただいても? 兄として義妹の社交デビューを祝いたくてね」

「あ……よろしくお願いします。お義兄様」


 アンドレアの差し出す手に、ソフィアはそっと手を重ねた。

 ソフィアはアンドレアの次に義父のリオーネ侯爵と踊った。ベルンはアンナの次に子爵夫人となったフィオレと踊ってきたようだ。これで二人ともがローム貴族の社交デビューのしきたりを果たしたことになる。

 ベルンとフィオレが果実酒で喉を潤しているところへ、アンドレアとアンナにエスコートされたソフィアが戻ってきた。


「戻りました、ベルンさん」


 にこりと笑いかけるソフィアが可憐過ぎて、物陰に隠そうとソワソワするベルンの様子を、アンドレアとアンナはニヤニヤとしながら揶揄う。

 子どもの頃に一度失われた、気の置けない関係が再び取り戻せて良かったと、アンドレアとアンナは思うのだった。


 リゲル王子の生誕祝賀会もお開きになり、当然のようにライナー家の馬車に乗り込もうとしていたベルンとソフィアだったが、アンナの妨害により、ソフィアはリオーネ侯爵家へと向かうことになった。


「まだ婚約段階なのですから、ひとつ屋根の下で暮らすわけには参りません。ソフィア、お義姉様が手取り足取り花嫁修業をしてあげますからね。ソフィアはまだウチの子です」


 後ろからアンナに抱き締められたソフィアは目を回しながら、お義姉さま、いい匂い……柔らかい……と訳の分からないことを口走っている。


「ずるいぞ、アンナ。お前、ソフィアを可愛がりたいだけだろ」

「それの何が悪くって?」

「まあまあ、車止めで騒いでは迷惑だよ。今夜は遅いし、アンナが連れて帰るときかないんだ。ソフィア、今日はアンナと実家に帰るのでいいかい?」

「はい〜、ベルンさん、私は修業をしてきます! ライナー家次期当主夫人に相応しい力を付けて嫁ぎますので待っててくださいね!!」


 背後にアンナをくっつけながら、ソフィアはドレス姿でフン!と力こぶを作ってみせる。


「ソフィア……たぶん、そういう修業じゃないと思うぞ……」


 ベルンはリオーネ侯爵家の馬車をしょんぼりとした様子で見送り、リオとマリアンヌと共にライナー家の馬車で家に帰った。


 翌日、バレリオとフレデリカはマリアンヌを連れてライナー領へと帰った。マリアンヌもまた淑女教育をフレデリカから施される予定なのだ。

 ベルンとリオは王都に滞在し、しばらくは貴族との顔繋ぎのために茶会や夜会に出席することをバレリオに命じられた。

 王都に留め置かれることに渋っていたベルンだったが、行った先の茶会でアンナと共に出席するソフィアに会えることが分かり、また夜会ではリオーネ侯爵家へソフィアを迎えに行ってエスコートをすることができると分かって、意欲的になったのは言うまでもない。

 リオは恋人と引き離されているので、そんなベルンを従者として支えながらも嫌味が口を突いて出ることもあった。


 ベルンとリオ、そしてソフィアとマリアンヌの四人が再び揃うのは、一年後のベルンたちの結婚式となる。




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