閑話・その頃の王都冒険者ギルド
ローム王のお膝元、ロームの街──通称、王都の門の近くにある大きな石造りの建物では早朝から屈強な冒険者たちが依頼受付カウンターや掲示板の前にひしめいていた。ここはローム国の統括冒険者ギルドである。
先だってバッサーニで行われた国際冒険者ギルド長会議に出席していた統括冒険者ギルド長、ラウスが長期出張に疲れた顔で冒険者ギルドの戸を開けて入ってきた。それにいち早く気付いた受付カウンター担当のネリネが弾ける笑顔を向けた。
「ギルド長おかえりにゃさーい!」
「おう、変わったことはなかったか?」
「王都エリア内は特に何も。ギルド長の方は大丈夫……でしたかにゃ?」
ラウスはあちこちからかかる労いの声に軽く手を挙げて応えると、真っ先に声をかけてきたネリネに不在中の様子を問うた。ネリネは、うーんと首を傾げたあとに、特に何もなかったと答えた。ラウスはホッとしたが、報告するほどではない小さないざこざくらいはあったのだろうと推察する。血の気の多い冒険者たちが集まる場所なのだから、その辺は日常茶飯事だ。
逆にネリネは疲れ切った様子のラウスに、(大丈夫じゃなさそうだにゃー)と思いつつ尋ねた。
「ちょうどバッサーニでオイタをしていたウチの冒険者を三人強制送還してきた。あとで運搬ギルドさんの荷馬車で届くから反省室に入れといて」
「りょ、了解です」
「他は他国で不正出金しようとする輩もいなかったし。あ」
「あ?」
「炎雷のベルンと閃刃のリオだけどさ」
「ああ、あの規格外Bランクの……はい」
「あいつらオイーリアに渡ってたみたいだ」
「あ、そうにゃんですか」
「あいつらぜんぜん金を出入金しねーな。ちっともどこにいるかわからねーよ」
「まあそれが煩わしくて万年Bランクでいるっぽいですけどにゃ、彼ら」
正直なところ、冒険者は世界中どこに行っても基本自由だ。ギルドカードはどこの国のどこの街にも出入りできる身分証になっている。
冒険者は行った先で依頼を受け、依頼を達成して金銭を得る。多すぎる蓄えを持ち歩けば旅の邪魔だし、余計なトラブルを生むので、冒険者ギルドは冒険者たちの所持金の一部を預かり、国内外問わずどこの冒険者ギルドでも出入金できるしくみを持っていた。入金はともかく出金の場合は、通信魔導具で所属国の所属ギルドに該当冒険者の預かり残金を確認してからの出金となる。そのしくみで冒険者ギルドは所属冒険者がどの国のどこにいるかを把握していた。もちろん立ち寄った冒険者ギルド、ダンジョンに入る前は所在地登録されるが、問い合わせがない限りは他の冒険者ギルドに共有されない。
もっともAランク、Sランク冒険者は、有事の際に指名依頼を断れない決まりになっているので、所在地登録を厳しく義務付けされており、冒険者ギルド側も登録される度に総括冒険者ギルドに通知することになっている。Bランク以下は規約内でまあ好きにやってくれと実質のところ放任されていた。
本人たちの預かり知らぬところで二つ名を付けられていたベルンとリオは、受け取った金銭は手持ちのマジックバッグに放り込んでいたので、基本的に冒険者ギルドに預けていない。本人たちは意図していないが、どの冒険者がいちいちどんな依頼を受けたかまでは所属ギルドに通知されないので、完全に穴を突いた状態だった。
ちなみに【塔】の魔導具師が開発した劣化版マジックバッグは、ベルンたちが持っているダンジョン産天然マジックバッグに比べて容量は少ないが、そこそこ稼げるようになれば手に入れやすいお値段で売買されているので、今や冒険者や商人たち必須のアイテムとなっている。しかし冒険者にとっては野営道具や食糧の持ち運びを優先するので、相変わらず所持金はギルドに預けている者が大多数である。
「しかもテルメロマのCランク二人を連れて行ってるんだと」
「パーティーを組んだんですかね?」
「そうらしい。女性冒険者の二人組らしい」
「へえ……意外ですにゃ。BランクとCランクですからパーティーの登録はできるでしょうけど、実質彼らはSに近いAランカーでしょ? 彼らに付いていけるってどんな冒険者にゃんでしょう」
炎雷のベルンと閃刃のリオといえば、依頼達成率もよく、むさいゴツい臭いと三拍子が揃った男が多い冒険者の中では容姿端麗、紳士的な態度で女性ギルド職員や女性冒険者の間では人気の二人組である。粉をかける女性も多いなか、ちっとも靡かないので、二人はデキているんじゃないかという噂まで密かに立っている。
「さあな。Cに上がりたての結構なデコボココンビらしいって聞いたけどな」
「デコボコ……」
ネリネの頭の中で、出るところはボイーンと出て、引っ込むところはギュッと引き締まった妖艶な女性二人組の姿がモヤモヤと浮かぶ。
「はぁ……彼らもオスってわけですね。にゃんか残念」
「何言ってんだ。それより炎雷と閃刃の居場所が分かったらリモネンド伯爵に連絡くれって言われてたんだ。通信魔導具を持ってきてくれ」
「はーい! ギルド長室にお持ちしまーす!」
ネリネは冒険者ギルド内に複数設置されている通信魔導具を一台抱えて、階段を上がるラウスの後を尻尾を揺らしながら追った。




