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閑話・マグダレッタ、フィオレを弟子にする

 マグダレッタが甥っ子に呼び出されてロームの宮殿に出向いた時、内庭園の端の茂みにモゾモゾとうずくまる空色のドレスの塊を見つけた。

 もしやどこぞの令嬢が気分を悪くしたかと近づいてみれば、その令嬢は手に詰んだ数本の草花を掴んだまま、小さな虫を熱心に観察していた。大多数の貴族がこの令嬢の奇行には眉を顰めるだろうが、マグダレッタはその時「なかなか見込みのある令嬢だ」と感心した。というのも、手にした草花は、王宮の庭園では雑草として抜かれてしまうが薬効のある草だったし、観察していた虫も毒はあれど、使い様では薬になる素材だった。

 虫を厭い、薔薇を愛でる令嬢が多いなかで、なかなか面白い人物だとフィオレを評したマグダレッタは、その少女に声をかけた。その赤毛の少女はフィオレ・メルティと名乗った。街道の要所を領地に持つナポータの領主の娘だった。少なくない内包魔力を少女から感じ取ったため、マグダレッタは、師匠は誰かと聞いてみた。ロームの貴族で、魔力を持って生まれた場合、【塔】に依頼をして、魔力の制御の仕方、使い方を習うのが通例となっているためだ。

 しかしフィオレに師匠はいなかった。年齢に見合わぬハキハキとした受け答えで、父が女に魔法は必要がないと【塔】に依頼しなかったこと。王女殿下の主催する茶会に招かれたが、つまらなくなったので花を見ているうちに虫の観察をしてしまっていたことを少し恥ずかしげに話した。


「勉強熱心なのは感心だが、王宮の小石ひとつ、草花一本に至るまで王のものだからな。無許可に採取するのはよろしくない」


 マグダレッタがそう諭すと、フィオレは顔を青ざめて、手の中の草花をどうすべきかと悩んだ。


「そうさな、フィオレ嬢が私の弟子となり、私の指示でその薬草を採取したことにすれば問題あるまい」


「あ、あの。貴女様のことを私は何も知りません。失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 フィオレがおずおずとマグダレッタに質問したことで、マグダレッタはフィオレにだけ名乗らせていたことに気付いた。


「私は【塔】の魔法使いマグダレッタだ。今日は兄の孫シリウスの家庭教師に王宮に来ていたんだ」


「王太子殿下が姪孫……」


 フィオレがマグダレッタに最敬礼をしたので、マグダレッタはフィオレの肩にそっと手を当てて頭を上げさせた。


「今は王籍を抜けて気ままな研究ライフを楽しんでいるただのおばあちゃんだ。そこまで礼を尽くす必要はない。それより私の弟子になるね?」

「あの、私にとっては願ってもないのことなのですが、父が認めるかどうか」

「何も【塔】の魔法使いになれっていうんじゃない。魔力のあるものが、魔力の制御を覚えるのは自身にとっても周囲の者にとっても大事なことだ。お前の父親は説得してあげるよ。私は王たる甥にだって発言力のあるおばあちゃんだからね」


 マグダレッタは片目を瞑ってフィオレに微笑んだ。


 それからマグダレッタの行動は早かった。メルティ伯爵相手に元王族で現【塔】の魔法使いの権威をぞんぶんに奮い、フィオレを弟子にした。表向きは魔力制御と生活をちょっと楽にする程度の魔法を習っているように見せかけて、その実は攻撃魔法や薬学、錬金術もフィオレにせがまれるまま教え込んだ。魔法に関してはそれほどのめり込まなかったシリウス殿下に比べて、フィオレは教えれば教えるほど貪欲に吸収していくのが面白く、マグダレッタもまた自分の知識を全て教えるつもりで弟子を育てていたのものだから、マグダレッタはアルデガルドに「後継者を見つけたようじゃの」と言われた。あながち間違いでもない。

 そのうちにマグダレッタは錬金術の分野において賢人の称号を得た。賢人であったマグダレッタの師匠が、次の賢人にマグダレッタを指名してこの世から去ったからである。

 フィオレはこの頃には、本人の強い希望で、父親に内緒で【塔】の魔法使いとして登録していた。マグダレッタの研究を手伝い、【塔】の図書館を利用するために。魔法市国には住まずに、実家に住んでいたため、そのことは父親に知られることはなかった。


 そんなフィオレが少し変わったのは、ライナー領を壊滅に追い込んだ魔物の事件があってからだった。続いてライナー領から離れたアーロスの森でも小型のコカトリスが目撃され、森の生態系に少なくない被害があったという。  たまたま居合わせた【塔】の魔法使いがコカトリスを倒したことになっているが、実はフィオレがそれを倒している。こう聞くとライナー領の騎士団よりフィオレ一人の方が強いように聞こえるが、ライナー領はコカトリス以外にも多量の魔物によるスタンピードが起きていたし、領軍には魔法を使えるものがいなかったという。

 フィオレは一匹だけの小型のコカトリスに気配遮断の魔法でそっと近づき、全身をアクアスフィアという水球を出す魔法で包み、溺れさせて倒した。

 それからフィオレは石化の解除薬の研究に没頭した。再びコカトリスが現れた時に、被害を少なくするために。

 そして、ようやくその努力が実を結んだ。


 最初に試薬を試したのは、石化していなければ、いずれ肉としてその命を潰されていただろう鶏や豚。石化したものは、動物も人間もライナー領からの持ち出しを禁じられているため、フィオレとマグダレッタはライナー領へと赴いた。

 最終的には馬の石化解除まで実験したいというので、かなり大きめの水槽を土魔法で作ることになった。フィオレは土魔法が苦手なので、マグダレッタがライナー領主城敷地内の練兵場の一角を借りてそれを作ってやる。表面はツルツルに仕上げて水を通さない。

 水槽に試薬を入れたフィオレが石化した鶏をそっと水中に入れた。しばらく経つと、鶏の首が動き、水の中にいることに驚いて暴れ始めた。慌ててフィオレが鶏を掴み、水槽の外に出すと、水で濡れた床に脚を滑らせながら、羽ばたきどこかへ走って逃げていく。


「や……やりました……」

「やったじゃないか」


 まだ鶏を掴み出した姿勢のままで呆然と呟いたフィオレだったが、じわじわと感動が湧き上がってきたのか、表情が輝く。

 豚は抱えきれずに風魔法で浮かび上がらせて水槽に放り込む。豚もまた石化が解けると水中で暴れ出したので、水魔法で水槽の外に出すと、逃げていった。

 次々とローム国王から許可をもらった動物たちの石化を解いてみる。一様に石化が解けた後は、水中にいることに驚いて暴れるが、水槽から出せば走り去る元気さえあるようだ。逃げて行ったところで塀があるので、いずれ駐屯中の兵士に捕まるだろう。

 長き眠りから覚めた領民たちは、財産とも言える家畜が少なくなっていて落ち込むかも知れないが、早晩、鶏や豚は王国兵たちの胃袋に収まることになるだろう。

 目を向けるとフィオレは、まだ感動に身を震わせていた。


「次は人間の石化を解く許可を得なくては」

「そうだね。これは世紀の大発明といっていいだろう。誰から石化を解くか、ライナー領の土地を狙うローム貴族からは横槍が入るかもしれない。慎重にならなくてはね」

「はい……!」


 マグダレッタの後継者はやはりフィオレしかいないだろう。この功績があれば七賢人会もフィオレを認めるに違いない。

 友であるアルデガルドが可愛がっている孫と弟子も両親と領民の石化が解ければ喜ぶだろう。彼らが大量にコカトリスの尾を採取しなければ、フィオレの石化解除薬の実験は成功しなかったかもしれない。つまりこの石化解除薬の功績は彼らにも認められるべきだ。


「私は王たる姪孫にだって発言力のあるおばあちゃんだからね、うまく事が運ぶようにシリウスにひとこと言ってやろうかね」


 実験の成功に喜ぶ弟子の姿を目を細めて眺めながらマグダレッタはそう呟いた。

 





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