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36. ベルンとリオ、マリアンヌの救出

今回暴力的な表現がございます。苦手な方はブラウザバックまたは飛ばして次話をお読みください。

なお、本日は2話同時更新で、このあとに閑話を挟んで明日本編の続き(37話)を掲載する予定です。今回を飛ばされる方用に37話の前書きで今回のあらすじを書きますので、そちらで補完できればと思っております。

よろしくお願いします。

「ベルノルト・ライナーはどこにいる?」


 縛られたまま床に転がされたマリアンヌの前に冒険者風の男がしゃがみ込み、ナイフの切先をマリアンヌに向けた。

 ベルノルト・ライナーはベルンの貴族の頃の名だ。つまりベルンの追手は、もしくは追手を差し向けた相手は、ベルンが元貴族だと知っていてベルンに危害を加えようとしているということだ。ベルンの敵はリオの敵。リオの敵はマリアンヌの敵でもある。マリアンヌは余計な情報など与えてなるものかと下唇を噛んで黙った。

 ナイフを向けている男は、そんなマリアンヌの様子を愉しげに眺めている。余裕を無くして怒る相手も何をしてくるのか分からず怖いが、目の前の男のように余裕がある相手はもっとやっかいだ。

 男は次々と質問を変えたが、そのどれにもマリアンヌは黙秘を貫いた。男は剝き身のナイフの腹でマリアンヌの頬をペタペタと叩くと、ニチャリと嫌な笑みを浮かべた。


「うーん、口が硬いね。ちょっと喋りやすくさせてあげようかなっと」


 スッと刃を滑らせ、マリアンヌの頬に赤い線が引かれる。皮一枚切られた傷は熱くチクチクと痛むが、その程度の切り傷など日常茶飯事の剣士のマリアンヌには、恐怖で怯えて口が軽くなるほどの苦痛ではなかった。

 返す刃は、マリアンヌのシャツの木のボタンをひっかける。ブツンと切られた糸の音がやけに大きく聞こえた。ビリビリとシャツが切り裂かれ下に着込んでいた革の胸当てが男たちの視線に晒される。


「へぇ、これは楽しませてくれそうだ」


 男の視線がねっとりとマリアンヌの革の胸当てで押さえつけられている胸元に絡みついた。ごくりと男の生唾を飲む音が大きく聞こえ、ナイフの切先が胸当てを固定している紐にかかる。

 リオ以外の男に肌を見られたくない。触られたくない。屈辱感にマリアンヌが顔を背けようとするが、背後に立っていた男がマリアンヌの髪を掴みそれを阻む。


「お前はベルノルトの仲間なんだろう? もう一度聞く。ベルノルトは魔法属性を増やす特別な魔導具でも持っているのか?」

「し…知らない」

「お前はベルノルトが火と雷属性以外の魔法を使うところを見ているか?」

「しらない」

「あんまり強情にならない方がいい。女を拷問にかけるのは胸が痛むのでね」


 言葉と裏腹に男の表情は愉悦感に浸っている。胸当ての紐が切られ、胸当てが緩む。心許ない感覚に引き摺られるようにマリアンヌも不安感が増す。


「やはりベルノルトの女を捕まえるべきだったか」

「水色の髪の方だな。ベルノルトは幼女趣味なのかねぇ。こっちの方がよっぽどいい女だろうに」


 ナイフがマリアンヌの太腿を刺す。激しい痛みと熱感にマリアンヌがうめく。

 痛みに身を縮めるマリアンヌのズボンのベルトに男が手をかける。頭側にいた男が下卑た笑い声をあげた。


「痛がる女を犯すのが好きだとかお前は変態だねぇ」

「うるせえ、そっちを押さえてろ」


 その時、窓の外を警戒していた若い男が初めて声を発した。


「そのくらいにしておけ。ベルノルトと従者が来た」







 森の管理小屋といった風情の廃屋の木の扉を蹴破り押し入ると、冒険者風の3人の男に囲まれたマリアンヌを見つけた。

 胸元を露わにされ、脚にはナイフを突き立てられて血を流すマリアンヌを見て、リオは怒りで頭に血が上る。魔力は魔脈を勢いよく駆け巡り、支援魔法をかけられなくても、今なら小屋ごと破壊できそうな気さえする。


 よく見れば冒険者風の男たちは、タルガ川の渡し船の場所で撒いてきた追手の男たちだった。マリアンヌの長い髪を犬のリードのように持っている年嵩の男が、薄ら笑いを浮かべながらリオに向かって叫んだ。


「おっと、色男の兄さんよ。このお嬢ちゃんの命が大事なら取引しようぜ」


 ベルンが前に出そうになるのを押し留めて、リオが前に出る。


「取り引きとは?」

「ベルノルトが持つ魔法属性を増やす魔導具をこっちに渡しな」


 ライナー家の秘宝の事を探っている貴族がいるという情報は掴んでいた。しかし確信を得るほどの情報は掴めていないと思っていたベルンとリオは、眼光鋭く男たちを睨み、出方を窺う。


「おっとしらばっくれんなよ。ベルノルトは火と雷の属性魔法しか使えねぇって聞いている。ならば補助する魔導具があるってのはちょっと考えりゃ分かることだ。前代未聞の魔導具だ、誰が作った? ダンジョン産か?」

「……誰に頼まれた」

「依頼主の情報を言うと思ったか?」


 男たちがせせら笑い、マリアンヌの髪を引っ張った。マリアンヌな男たちの前に引きずり出されて倒れる。年嵩の男がマリアンヌの首にナイフを当てた。


「マリアンヌ!」


 リオが剣の柄に手をかけ、今にも飛び出そうとする己に堪えている。

 ベルンが左の手甲を緩め、銀の幅広の腕輪を腕から抜いた。


「おらよ。これがお前らが探してる魔導具だ」


 ベルンが腕輪を男たちとベルンたちのちょうど間くらいに投げ落とす。


「ははっ、バカな野郎だぜ。こんな女一人のために国宝級の魔導具を渡すなんてなぁ。……そのままいいと言うまで後ろに下がれ。おかしな事をすれば、お嬢ちゃんの命はないぞ」


 ベルンたちが後ろに下がると、マリアンヌを引きずりながら男たちは前に進む。そして腕輪を拾うと懐に入れて、ベルンたちと距離を取り、小屋の外に出た。


「腕輪を渡したんだ。仲間を返せ」

「俺たちが安全に逃げられたら解放してやるよ」


 若い男が引き連れてきた馬にそれぞれが乗り、マリアンヌが馬の背に腹ばいに乗せられた。途中でマリアンヌが振り落とされて死んでも構わないと言わんばかりの雑な扱いに、ベルンたちは男たちを睨みつける。


「その時にこの女がどんな状態かは保証できないがな!」


 男たちは笑い声をあげて馬の腹を蹴って逃げる。剣の有効範囲を出て、男たちが油断したころを見計らってベルンはソフィアに合図を出した。幸い、道はまっすぐで視界を邪魔するものがない。


「ソフィア、ファイアアローをマリアンヌが乗せられている馬の首に」

「でも、マリアンヌが落ちちゃう」

「ソフィア、私がマリアンヌを守りますので、お願いします」

「わかりました。【ファイアーアロー】」


 ソフィアがファイアーアローを射ると、列を作って駆ける馬の首に命中し、馬は前脚を浮かせてもがいたあと、横倒しに倒れた。騎乗していた男は落ちるマリアンヌに構うことなく、後ろを走っていた馬の背に相乗りし遠ざかっていった。

 馬の背に腹ばいに乗せられていたマリアンヌは、馬が竿立ちになった時、その背から落馬したが、ソフィアがファイアアローを放った直後、リオもまたつむじ風を起こす魔法で、マリアンヌを落馬の衝撃から守っていた。


 リオはマリアンヌに駆けつけると、太もものナイフを引き抜いた。短く詠唱し、傷を洗い、回復魔法をマリアンヌにかける。傷は塞がっていくが、ズボンは血に染まって黒く濡れ、たくさんの血を流したマリアンヌの肌は青白く、ぐったりして気を失っていた。

 ソフィアは男たちが去って行った方を睨みつけていたベルンを気遣わしげに見上げた。


「あの、ベルンさん、マリアンヌのために大事な腕輪を……」

「ああ、気にすんな。仲間の命には代えられねぇ」

「……ありがとう……ございます」


 マリアンヌが悩みを抱えていたことを察していたのに、嫉妬して羨ましく思ったあげくに、ベルンと一夜を過ごせるかもしれないという期待で浮かれてしまったせいで、マリアンヌは公爵邸を出て行ってしまった。自分のせいで誘拐されたのだとソフィアはひどく後悔していた。

 そして、マリアンヌを助けるために両親の形見をベルンに手離させてしまった。

 泣いても仕方がないと分かっていても、ポロポロと溢れた涙が頬を伝う。


「私、馬の首じゃなくて、あの人の背中を撃ち抜いてやればよかった」


 うーっと小さな唸り声をあげて、ポロポロ泣くソフィアを愛しく感じ、ベルンはソフィアをそっと抱きしめる。


「俺もあいつら丸焼きにしてやりてーって思ってたけどな。あいつらを始末したところで、また誰かが雇われて追いかけてくるだろ。やるなら親玉が誰か暴いてやる」

「私も手伝います! でもベルンさんのお父さんとお母さんの形見が……」

「ああ、心配するな。あれは偽物だからさ」

「にせもの……?」

「前にグリムのおっちゃんが作ってくれたんだよ。こういうこともあろうかと用意してくれたんだと」

「ベルン、貴方よく持っていましたね」


 青い顔をして気を失っているマリアンヌを背負ったリオが、ベルンたちの方へ歩み寄った。


「まあな。革袋からゴソゴソ出してたんじゃ偽物ってバレそうだと思って、あれから二つとも装備してたんだよ。本物はこっち、右腕な。初級魔法が属性ひとつにつき一つしか使えねぇけど、一応全属性使えるらしいから、まあバレねぇだろ。消費魔力も多いし、何回か使ったら魔石が壊れるとか言ってたような」

「それでも欲に塗れた貴族に渡るかと思うと業腹ですがね」

「まあ貴族関係はローム貴族の知り合いに調べてもらうように頼むよ。あえて出国させて泳がせるってことでいいか?」

「ええ、仕方がありません。私もヤるなら黒幕ごとという意見に賛成です。まずはマリアンヌを休ませたいので戻りましょう」

「しかたがないって言いながら、お前殺気がダダ漏れだぞ」


 ベルンが言うと、リオは冷たい視線でベルンを見返した。


「当然でしょう? 私なら人質になっているマリアンヌを傷付けずにあいつらを片付けることができました。ベルンがアイツらの話を聞くというから我慢していたのですよ」

「分かってるって」

「ベルンが私の相棒なら、マリアンヌは私の唯一無二の伴侶です。私のマリアンヌを辱め、傷つけた報いを受けさせなければ気がすまない」

「そうだよなー。わかるわかる。そういう愛の告白はマリアンヌが起きている時に本人に言ってやれ」

「マリアンヌにもお仕置きが必要ですね」

「おいおいリオ、怪我人だぞ」

「分かってますよ。私がつきっきりでマリアンヌの監視……いえ看病をいたしますので、ソフィアはベルンと同室で構いませんね?」

「えっ!……あ、は……ぃ」

「別に同室にしなくてもいいだろ!」


 照れるソフィアと焦るベルンを引き連れて、リオがマリアンヌを背負い歩いていると、アルデガルドとウヴァーが転移魔法で目の前に突如現れた。


「おお、マリアンヌの嬢ちゃんは大丈夫じゃったか」

「いきなり現れるなよ」

「それよりベルン。マグダレッタから連絡が来た。石化解除薬が完成したそうじゃ。ロームに帰るぞい」



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