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33.ベルンとソフィア、精霊樹の下で誓いあう

 フォレストラ公爵家で馬を借り、二人乗りでのんびりと道をゆく。ダンジョンに向かう道を進み、やがていつも休憩を取る場所の少し手前で脇道にそれる。

 馬車が1台通るくらいの道幅の、林の中を通る道だ。風にそよぐ葉の音、馬の足音が響くだけのそこには誰もいない。馬上でベルンの前に乗せられたソフィアは、嬉しさと恥ずかしさと、心の奥底から湧き出る甘い気持ちで何となく口を開けなかった。

 やがて林が途切れると、小さな教会が見えてきた。蜂蜜色の煉瓦でできていて、濃い灰色のとんがり屋根が印象的だ。そして教会のむこうには柵で囲まれた庭のような場所があり、大きな木が生えているのが見えた。淡いパステルブルーの葉が風でさらさらと揺れている。


「あれが精霊樹……」

「だな。でもまずは司祭に話を通さないとな」


 教会の前に馬をつなぎ、教会の扉を開く。中で祈りを捧げていたらしい司祭が、人の訪れる音に振り向いた。人当たりの良さそうな笑みを浮かべた老エルフだ。ただし見た目は老人というより中年くらいだが。他には誰もおらず、天窓から差し込む光が祭壇に安置された精霊王の像を照らし出している。


「こんにちは。人族の方とは珍しい」


 司祭の挨拶にベルンとソフィアも礼儀正しく挨拶を返した。


「司祭様、実はここの教会の精霊樹に誓いを立てさせてもらえないかと思って寄ったんだ」


 ベルンの言葉は単刀直入だが「結婚」の言葉は気恥ずかしくて口にできなかったようだ。少し頬が赤い。

 だが司祭はもちろん理解したようで、笑みを深めた。


「ええ、もちろんです。どなたでも大歓迎ですよ」

「よかった」


 いいながら懐から銀貨の入った小袋を取り出して司祭に渡す。


「突然で悪いな。これはわずかだけど、寄付させてくれ。あ、あと口が悪いのも勘弁してほしい」

「構いませんよ。ただ、お二人はロームの方ですよね? ここでの誓いの儀式を行って、それがロームで正式に認められるものかどうかは申し訳ないのですがわかりません。それでもよろしいですか?」

「もちろん。俺はただ彼女の望みが叶えられればいいんだ」


 そういってソフィアの肩を抱き寄せた。途端にソフィアが真っ赤になり、司祭が一瞬目を丸くして、その後にっこりと笑顔を見せた。


「はい、でしたらこちらへ。精霊樹へご案内しましょう」




 案内されたのは教会の裏庭だ。きれいに整えられた芝生と優しい色合いの花が咲く花壇、そして中央に大きな木。パステルブルーの葉は一枚一枚は思ったより小さく、ほんのり光って見える。


「あれが精霊樹です」


 司祭が木を見上げて言った。精霊樹の下には平たい石が置かれていて、二人で並んで立つには丁度いい場所になっている。


「さあ、そこに立って祈ってください」


 二人で石の上に並んで立ち、ふと互いに振り向き視線が合わさる。ほほえみ合って、それから胸の前で両手を合わせて祈りのポーズを取った。


「お二人共、お名前を教えてください」

「ベルノルトだ」

「ソフィアです」

「ではベルノルト。あなたはこのソフィアを妻に迎え、富める時も貧しい時も、喜びの時も悲しみの時も、決して裏切らず共に手を取り合い慈しみ合うことを誓いますか?」

「誓います」

「ソフィア、あなたはこのベルノルトを夫に迎え、富める時も貧しい時も、喜びの時も悲しみの時も、決して裏切らず共に手を取り合い慈しみ合うことを誓いますか?」

「はい、誓います」

「それでは誓いの口づけを」


 静かに向かい合い、ベルンはソフィアの頬に手を添えて上を向かせ、そっと唇と唇を重ねた。触れる程度の口づけに、とても満たされた気持ちが沸き起こる。

 エルフでない自分たちだから、今は形だけでも構わない。それでも二人きりで将来を誓い合うこの時間がたまらなく幸福で特別で、唇を離してからもそのまま見つめ合ってしまう。


「ここに婚姻の誓約はなされました。共に未来を歩む二人に精霊の祝福を」


 司祭の言葉と共に精霊樹の光が強まって二人に降り注ぎ、包み込まれた。すぐに光は二人に吸い込まれるように消えてしまったが、幻想的な光景にただただ見惚れてしまう。


「それが精霊の祝福です。この国では、お二人は晴れて精霊に認められた夫婦となりました」


 司祭の言葉にソフィアの目に涙が浮かぶ。それを指先でくいっと拭いながらベルンがにかっと笑った。


「絶対幸せにするからな、ソフィア」

「はい、ベルンさん」








 司祭に礼を告げて教会を後にした。再び二人で馬に揺られながら、どこか気恥ずかしくて無口になってしまう。馬上で落ちないようにくっついているあたりからお互いの体温が伝わってきてますます気恥ずかしく、けれど幸せな気持ちでいっぱいだ。


 やがて林を抜け、いつもの休憩場所へ戻ってきたあたりでベルンがポツリと言った。


「ソフィア、揃いの装身具は何がいい?」


 ロームでは夫婦が揃いの装身具を誂えるのが一般的だ。指輪だったりピアスだったり腕輪だったり、何を誂えるかは決まっていないが、一目で揃いとわかる意匠を凝らす。


「うーん、ピアスか指輪……? ベルンさん、ブレスレットしてますもんね」

「別に二つ着けたっていいんじゃねえ?」

「でも、お互いにぶつかって傷になっちゃいません?」

「あー、なるほどなあ。でもそれ言ったら、ピアスは弓矢を使う時に引っ掛りそうで怖えな」

「そしたら指輪ですかねえ」

「だな。よし、今から見に行こうぜ」

「はいっ」


 前に座るソフィアを囲うように持った手綱をぴしりと鳴らし、ベルンは馬を街に向けた。






 町から公爵邸に戻り、馬を厩舎へ戻して屋敷へ戻る。屋敷の扉をを開けて振り返ると、ソフィアはにこにこしながら指に嵌めた指輪をじっと眺めている。たった今買ってきた揃いの指輪だ。金の土台にベルンの髪のような赤い石が嵌められ、それを囲うようにレリーフが施されている。

 ベルンの視線に気がついたのだろうソフィアが自分の指輪にそっと触れて笑顔を見せる。ベルンはちらりとあたりに誰もいないことを確認してからソフィアの手を取り、薬指に嵌められた指輪にちゅ、と唇を落とした。ソフィアの手を取るベルンの指にもよく似た指輪が嵌まっている。ただしこちらはソフィアのものより少しごつい印象で、石はソフィアの髪のような水色だ。


「~~!」


 ソフィアが真っ赤になって声にならない悲鳴を上げる。そんなところもかわいくて仕方がないというように抱き寄せる。


「あー! もう我慢できねえ」


 ベルンが噛みつくようにソフィアに唇を寄せ――


「おかえりなさい、ベルン」


 名前を呼ばれ、寸前でぴたりと止まった。

 そこにいたのはリオ、片手に剣を持っている。物騒この上ない。

 ここは厩舎から屋敷へ入るための通用口――といっても公爵本人も使うので立派な扉がついている――であり、リオが通りかかるような場所ではない、はずだ。


「な、おまえ、何でこんなところにいるんだよ」

「剣の稽古に行くところでした。厩舎の横を通っていくとちょっと広い場所がありましてね。今は稽古場が塞がっていますのでそちらへ行こうと」

「え、そうだったんだ」

「そういうベルン達はどこかへ行っていたんですか?」

「デートだよ、デート」


 面倒くさそうに返事をしてリオに渋い顔をしてみせる。要は邪魔するなと言いたいのだが、リオがふとベルンの手に視線を留めた。


「そんな指輪、持っていましたっけ」

「今買ってきたんだよ」

「あなたが装身具なんて珍しい。天変地異の前触れ……」


 そう言いながらリオの目がソフィアの指にも指輪を認める。少し目を見開いてベルンのものとソフィアのものを何度か見比べ、もう一度ベルンの顔を見た。


「それ、揃いの指輪ですか?」

「おう、そうだ」


 呆気にとられた表情のリオ。珍しいものが見られた、と言わんばかりにベルンがにやりと笑った。

 だがすぐにそれを反省することになる。


「――つまり、ソフィアと精霊樹に誓いを立ててきた……?」

「お、リオも知ってたんだそれ。まあ、司祭さんもこの誓約がロームでも有効かどうかはわかんねえって言ってたし、格好だけになっちゃうけどな。だから装飾具だけでも買ってきたわけだ」


 話しながら帰ってきた挨拶にと談話室へ移動する。が、一歩進むごとにどんどんリオの機嫌が悪くなっていくのが手に取るようにわかる。


(あ~、先に結婚式しちゃったから怒ってるか?)


 ちょっと気まずい気もするが、まあ何とかなるだろうと楽観的に気持ちを切り替えて談話室へ入った。そこにはウヴァーとアルデガルドがいて、魔法談義に花を咲かせていたようだ。


「おお、帰ったかベルノルト」

「ああ、師匠ただいま」

「どこにいってたんじゃ?」

「ああ、デートだよ、デート」

「ほう、デートとな。町にでも出てきたのか」

「アルデガルド様、根掘り葉掘り聞くと馬に蹴られてしまいますよ。暖かく見守るのがよろしいでしょう。というわけで、遠見の魔法を使うのはどうかと思うのですが」


 きらりん☆と興味を示すアルデガルドにウヴァーがやんわりと口を挟む。が、問題はそこではないだろう。

 思うのですが、じゃない。完全にのぞき見する気満々なようだ。その証拠にアルデガルドとウヴァーはノリノリで遠見の魔法について話を始めてしまった。

 しかし、アルデガルドはこんなに長いこと【塔】を留守にして大丈夫なんだろうか? ベルンは首をひねった。


「ベルンさん、どうかしました?」

「何でもねえよ。大丈夫だ」


 まあいい大人なんだから大丈夫だろう。そう結論づけ、帰宅の挨拶もしたから部屋へ戻ろうとすると。


「おや、その指輪、ひょっとして揃いの指輪ですか」

「へ?」


 ウヴァーに話しかけられて変な声が出てしまった。笑顔なんだがニヤニヤした笑顔をしたウヴァーはふふん、と自慢げに胸を張った。


「あなたたち、精霊樹に誓いを立ててきましたね?」

「えっ!」

「私を誰だと思っているんですか。そんな祝福し立てホヤホヤな精霊の気配を間違えるわけがないでしょう」


 ベルンにもソフィアにもわからないが、どうやらウヴァーにはその気配が見えてしまうようだ。隠すつもりはなかったが、いきなりそう突っ込まれるとうろたえてしまう。


「ほう、精霊の気配ですか」


 アルデガルドがこれまた興味深そうに乗り出してくる。


「ええ、どうやらこの二人は精霊樹のもとで婚姻の誓いを立ててきたようで」

「いや、確かに行ってきたけどさ、ロームで夫婦として認められるかどうかはわかんねえって司祭が言ってたぞ」

「ああ、法的なことはどうか不勉強でわかりませんが、精霊の祝福がお二人をばっちり繋げているのが見えますよ。少なくともここオイーリアではお二人はもう夫婦ですね」

「そうなのか?」

「はい」


 ベルンはソフィアを見た。真っ赤に茹で上がっているが、嬉しそうに「えへへ」と変な声が漏れている。なんかもうそれでいい気がしてきた。


「ま、いっか」

「よくないです」


 不機嫌全開のリオがベルンをにらみつけている。


「何で話してくれなかったんですか、水くさい。あんたは俺たちの結婚式に参列するのに、俺たちにはあんたたちの結婚式に参列させないとか」

「え、そこ?」


 考えていたのと違う理由に唖然としたベルンだが、すぐににやりと笑ってリオの肩にぽん、と手を置いた。


「やだひょっとして拗ねてたの~? リオちゃんは。可愛いとこあるじゃねえか」

「今すぐ表に出やがれこの野郎。剣の錆びにして差し上げましょう」

「お? やるってか? いいぜ」


 わいわいと二人が少し暮れ始めた外へ出て行く。ソフィアは後に残されて、慌ててついていこうとして――がしっと背後から肩を掴まれた。

 マリアンヌだ。

 にこやかな顔をしているが、背後にゴゴゴ……と怒りのオーラが見える。


「ソフィア? 話があるんだけど」

「ひいっ、マリアンヌ!」

「ひどいな、魔獣でも出たみたいに」

「えっ、今までいなかったよね?」

「リオと剣の稽古をするから部屋に剣を取りに行ってたんだよ。窓から帰ってきたのが見えたから来てみれば、どういうこと?」

「え、えっとぉ……」


 どうやらベルンとソフィアにとっては長い夜になりそうだ。






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