29.アルデガルド、突撃する
「客ぅ? オイーリアに知り合いなんてほとんどいないけどな」
客が来ていると呼ばれたベルンは首を傾げた。まだブランチが終わったばかり、談話室でコーヒーをもらっているところに家令が伝えに来たのだ。談話室にはリオとソフィアとマリアンヌ、リュカとヴィオレッタがいた。
「はい、門番によると最初にヴィットーリオ様のお名前を出されたようで、門番が誰何したところ、ベルン様とヴィットーリオ様に会いに来たから、リオに会えないならベルン様を呼んでくれ、と」
「え、誰?」
「それが――」
家令がちらり、とヴィオレッタをみてから言った。
「アルデガルド様と名乗っておられます」
「師匠?!」
慌ててベルンが門に走ると、本当に本当にアルデガルドがいるではないか。
「おお、ベルン。久しいの」
「久しいの、じゃあねえよ。手紙なんて今日着くかつかないかくらいだろ?」
「じゃから受け取ってすぐ、居ても立っても居られなくなって来てしまったわい」
「師匠……」
家令にアルデガルドが確かに本物であることを告げ、ギルミアに話を通してもらう。すぐに応接室に通され、リオとマリアンヌ、ソフィアが駆けつける。
「おお、ヴィットーリオ」
「ヴィットーリオ、じゃありません師匠。ひょっとして転移していらしたんですか」
「そうじゃよ。ベルトルトからの手紙に居場所が書いてあったからのう」
「んなこと行って、実はあの連絡用のペンダントに位置を知らせる魔法とかかけてんじやねえの師匠? ……え? 何でそこで黙るんだよ」
「ま、まあ気にするでない。それはの、そうじゃ、あまりにおまえが師を信じないからだな、ショックだったんじゃ。そんなことよりヴィットーリオ、魔法を使えるようになったと聞いたぞ」
(あからさまに話題を変えたぞ、この爺さん)
(ついてるんだね、追跡の魔法)
ソフィアとマリアンヌがこっそり顔を見合わせた。同様の考えに至ったらしいリオが呆れたようにため息をついた。
「はい、フォレストラ公爵ギルミア様が手配してくださいました」
「そうか――公爵には感謝せねばならんな。それで、だな、その――」
アルデガルドが歯切れ悪く切り出した、その時だった。
「おばあさま、どうしたんですか。早く入りましょうよ」
部屋の外からリュカの声が聞こえてきた。
「シーッ、リュカ。あのね、おばあさまにも心の準備が必要なのよ」
「何だかいつものおばあさまらしくないなあ。いつもならもっと思い切りがいいのに」
扉の外から聞こえる声にアルデガルドも緊張を隠せない。
「しゃあねえなあ」
ベルンがつぶやくなりサッと立ち上がり、扉を開けてしまった。
扉のこちらとあちらで顔を見合わせる、アルデガルドとヴィオレッタ。どちらも言葉を発せずにいたが、リュカがしびれを切らしてヴィオレッタのドレスを軽く引いた。
「おばあさま、お客様にご挨拶しないの?」
「――」
「この子はおまえの孫か?」
先に口を開いたのはアルデガルドだった。
「え、ええ。リュカよ」
「リュカ! いい名じゃな。初めましてリュカ。わしは君のおばあさまの父親でな、アルデガルドというんじゃ」
「おばあさまのお父様? じゃあ、ええと――ひいおじいさま?」
「そうじゃ! 賢いのう、リュカ。よろしくな」
びっくりした顔のリュカは、穏やかに微笑むアルデガルドとリオ、ヴィオレッタをキョロキョロと何度も見比べる。見かねてリオが補足した。
「リュカ、この方の仰ることは本当です。彼は俺の曽祖父で育ての親、さらに魔法市国の七賢人のひとりアルデガルド様です。俺の曽祖父ということは、リュカの曽祖父でもあるわけです」
「えっ! すごい! 初めましてひいおじいさま! ボクはリュカルティス・フォレストラです。リュカと呼んでください。お会いできてとっても嬉しいです!」
「おおお、何といい子じゃ。わしの方こそ曾孫が増えて、会えて嬉しいよ」
アルデガルドはそう言ってリュカと握手をする。それからヴィオレッタへと振り返った。
「こんなにいい子の孫がいて、使用人からも敬われている。どうやら幸せにしておったようだな。なら文句はない、というか上々じゃな。ヴィオレッタ」
「はい」
「あの時はすまんかったのう。人とエルフでは寿命が違う。おまえが傷つくのが怖くて反対してしもうた」
「いいえお父様。私もきちんと最後まで話して許していただくべきでした。なのに短絡的に飛び出してしまって、今となってはお父様に合わせる顔がなくて」
そこからは二人で「自分が悪い」と言い始めて止まらない。リュカがぷうっとほっぺを膨らませた。
「ボク、悪いことしたと思ったらごめんなさいって謝って、謝られたらいいよって言っておしまいにするよ。おばあさまとひいおじいさまもいいよっておしまいにしないの?」
少しの間のあと、ベルンが吹き出した。リオやマリアンヌ、ソフィアも少し肩が震えている。
アルデガルドもヴィオレッタも、どうやらリュカの言葉に毒気を抜かれてしまったようだ。
「――そうね、リュカの言う通りだわ。改めて申し訳ありませんでした、お父様」
「うむ、こんな幼子に諭されるはな。わしも悪かった、ヴィオレッタ。許してもらえるか?」
「ええもちろん。お父様こそ許してくださいますか?」
「もちろんじゃ。これで仲直りじゃな――あとで今までどうしていたのかをゆっくり聞かせておくれ」
「喜んで、お父様」
その後談話室に駆けつけたギルミアが再び謝罪しまくることになる。ギルミアはギルミアで、ヴィオレッタの家族と最後まで話し合いをせず短絡的に駆け落ちしてしまったことをずっと気に病んでいたそうだ。
「若気の至りなどという言葉で片付けられるようなことではなかったと今では痛感しております。許していただけるとは思いませんが――」
「謝罪ということならぜひリオが魔法を使えるようになった経緯を聞かせてもらえんかの」
だがアルデガルドはそう言って、すっかり【塔】の賢人の顔になってしまった。つまり好奇心ではち切れそうになっている、キラッキラの瞳をしてギルミアに迫っているのだ。
「わしはヴィオレッタが幸せに暮らしていたことがわかればそれでいい。これからも娘を大切にしてくれればの、それでいいんじゃ。なのでリオの治療について詳しく。そもそもその魔力詰まりというのからの」
「は、はい義父上」
グイグイくるアルデガルドにちょっと押し負けるギルミアだった。
「まあしゃあねえけど、相変わらずの魔法バカだよなあ、師匠」
「あの知識欲があるからこそ賢人にまで上り詰めたんでしょう。まあ、とはいえ、ああなってしまうと引き下がりませんね、これは」
ベルンとリオがかわいそうなものを見る目をギルミアに向けた。
結局ギルミアはアルデガルドに後日改めてウヴァ―を紹介する約束をして解放されたのだった。
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フォレストラ公爵邸のあるロランディの街から徒歩で半日ほど行ったところにそのダンジョンはあった。
ロランディのダンジョン。リオの魔法の練習を兼ねてここにしばらく潜ることになったのだ。潜る、といってもロランディのダンジョンはエルフの国らしく巨大な木の形をしている。高くそびえる針葉樹の形をしているが、ひとたび根元にある入り口を潜るとそこには広いダンジョンが広がっている。どうやら魔法で空間がねじ曲がっているらしい、というのがウヴァーやギルミアの見解だ。
そして特徴的なことにダンジョン内の魔物には物理攻撃はあまり効果がなく、魔法攻撃が有効らしい。
ダンジョンに入ってすぐの広場で杖を軽く振り、ベルンがリオを見た。
「いいかリオ、ガーンってでかい魔法使うより、威力落として加減するほうが難しいんだからな」
「はいはい、そんな鼻高々に言わなくてもわかりますよ」
「ほっほっほ、ベルンが魔法を教えとるとはなあ」
その背後から感慨深げな、しかし笑いをこらえるような声がした。ベルンとリオはげんなりした顔で振り向いた。
「本当に一緒に行くのかよ、師匠」
「いやいや、当然じゃ。オイーリアの魔法にはまだまだ学ばされることがたくさんありそうじゃからな。おまえたちの邪魔はせんよ、安心しなさい」
そう、そこにいるのはアルデガルドだ。灰色の魔術師のローブに節くれだった杖。ローブの下にはきちんと防具を着込んでいる。
「こんな老骨じゃが足手まといにはなりませんからな」
「老骨などと。アルデガルド様のご勇名はオイーリアにも聞こえてきております。私の方こそ足手まといにならないよう励まさせていただきます。実はアルデガルド様から貴重なお話を窺えるのではと楽しみにしてきたのですよ」
一緒にダンジョンへ潜るウヴァーがにこやかに返事をした。お互い魔法使いとして高い地位にいる者同士、どこか通じるものがあるのだろう。意気投合している。ウヴァーはエルフなので外見上は若く見た目通りの年齢ではないので、ベルンたちよりもアルデガルドとの方が話が合うのかもしれない。
そんなわけで今回ダンジョンに行くメンバーはベルン、リオ、ソフィア、マリアンヌ、アルデガルド、ウヴァー。リュカは反対されたのでしぶしぶ諦めていたが、実のところ最後まで一番ごねていたのはヴィオレッタだった。どうやらリオの戦っているところを見たかったらしい。けれど行きたいのをがまんしているリュカを見て心を入れ替えたようだ。今はリュカと一緒に屋敷で待っている。
「んじゃまあ、行くか」
「はい、ベルン」
いつもの調子でベルンとリオが頷きあい、一行は広場の奥から伸びる通路へと足を進めていった。




