27.リオ、フォレストラ公爵家に認められる
ベルンの予想通り、どうやら女子二人は侍女達に散々着せ替え人形にされて疲れ果てているようだった。
晩餐の席に現れたソフィアとマリアンヌは一応背筋を伸ばし笑顔を見せてはいたが、そこはかとなく疲労感がにじみ出ているように見えた。とはいえ、それに気を遣う以前にベルンとリオは部屋に入ってきた女子二人を見て目を見開いて、言葉ひとつ発することが出来なかった。
マリアンヌは体にぴったりと沿った葡萄色のドレスを着ている。袖口が漏斗状に広がり、動くたびにゆるやかに揺れる。スカート部分には細かなプリーツが入っていて、豪華に刺繍された帯を巻いた腰は元々細い彼女の腰をより細く見せている。黒髪は複雑に編みこまれて、最終的に一本の太い三つ編みになり肩から前に垂らされていた。
ソフィアは青のドレスだ。マリアンヌのものと形は似ているが、スカートや袖にレースがふんだんにあしらわれたデザインでかわいらしい印象を受ける。腰の帯はないが、ガウンの縁に施された刺繍が縦の線を強調してスッとして見える。特徴的な水色の髪は編み込まれたリボンとともにふわりとまとめられている。
「わあ、お姉さん達、きれーい!」
「あらいやだわ、二人とも彼女たちにかける言葉はないの?」
リュカが素直にはしゃぎ、横にいるヴィオレッタが呆れたように言葉を発する。ベルンとリオははっと我に返ったものの「ああ」「い、いや」などとやはりどう言っていいかわからないようだ。ヴィオレッタはころころと笑った。
「まあね、とはいえ私の狙い通りだわ――どう、ソフィアちゃんにマリアンヌちゃん。二人があんまりきれいだから、口もきけないみたいよ、この二人は」
そうからかわれ、ばつの悪い顔をしてベルンがそっぽを向く。が、すぐにちらっとソフィアを見て赤くなる。何とも甘酸っぱい思春期のような態度に、見ている者達が暖かい視線を送る。
一方のリオはさっとマリアンヌの元へ向かい、彼女のすぐ目の前に立った。
「な、何だよ」
「きれいですよ、マリアンヌ」
「そ、そうか? その――おかしくないか?」
「おかしい? どうして。よく似合っています。ただ――」
「ただ?」
怪訝そうに見上げるマリアンヌの耳にすっとリオが口を寄せる。
「そのうなじはいけません。俺以外に見せるなんて」
マリアンヌの顔がボッ! と音を立てるように真っ赤になる。そこはかとなく嬉しそうなリオの肩をベルンが叩いて「おまえ、いい加減にしとけ」と注意した。
ソフィアとマリアンヌをベルンとリオがそれぞれエスコートして席に着く。そこへギルミアがグラスを片手に立ち上がった。
「それではリュカの無事と諸君らの活躍に乾杯しよう。乾杯!」
全員でグラスを掲げて乾杯する。ギルミアが「今日は作法など気にせず食べてくれたまえ」と言ってくれたが、女子二人はかなり緊張気味である。さすがにベルンとリオは満点とは言えないまでもテーブルマナーを習ったことがあることもあり、いつも通りの雰囲気で食事をしている。
食事が終わる頃、ギルミアがさりげなく切り出した。
「さて、面倒な話を先に終わらせてしまおうか。君たちが持ち帰ってくれた証拠とリュカの証言から、サヴァーヌ公爵がリュカ誘拐に関わっていることは明らかだ。見張りをつけてあるから、あとはこちらで対処するよ」
そう穏やかに話しながらもギルミアの目が笑っていない。大事な孫を誘拐されたのだ、さすがに簡単には終わらせないよ? と物語っているように見える。
そして横でにこやかに笑っているヴィオレッタからは殺気がダダ漏れだ。ソフィアとマリアンヌが少し顔色を悪くしていたら「あら、ごめんなさいね」とヴィオレッタが殺気を消していた。
「それからリオ殿。明日血縁かどうかの検査をさせてもらおうと考えているよ」
「はい、承知しました」
「もし本当にカルディクスの子なら、私は君の祖父ということになるね。おや、リュカとはいとこ同士ということになるのか」
「やっぱりそうですよね、おじいさま! ボク、お兄さんが出来たみたいで嬉しいんです」
リュカがここぞとばかりに話し始めた。デザートのチーズムースそっちのけで話に熱が入っている。
リオがすごい剣士でどれだけ頼りになるかを中心に、四人の活躍を夢中でギルミアとヴィオレッタに話して聞かせる。
「それでね、気がついたんです。広間に飾ってあるカルディクスおじさまの肖像画とリオお兄さんがそっくりだって」
「ふむ。リュカは目端が利くね。素晴らしい」
ギルミアが手放しでリュカを褒め、リュカも照れながら笑った。
「本当に、見れば見るほどカルディクスに似ているのに、どうして私たちは一目見て気がつかなかったんでしょう」
ヴィオレッタが頬に片手を当て、考え込むように首をかしげる。そこへマリアンヌが問いかけた。
「その――カルディクス様の絵を見せていただくことはできるだろうか」
「そうだな、構わないよ。食事が終わったら案内しよう」
「あ、ありがとうございます!」
マリアンヌとソフィアは嬉しそうにお礼を告げた。
そうしてデザートも終わり、全員で肖像画が飾ってある広間へと移動した。ホールは縦長の部屋で、窓には厚手のカーテンがかけられている。絵が傷まないように配慮されているのだろう。
そこには公爵家の歴史そのものといえる肖像画が整然と並んでいる。その何枚目かの前でギルミアが足を止めた。
そこにはリュカが言ったとおり、銀髪のエルフが描かれている。かっちりと赤茶色の豪華な服をまとい、くるくると癖の強い銀髪は左肩でひとつにまとめられて胸へ垂らしている。そして思わずベルン達4人が言葉を失ってしまうほど、リオによく似ていた。
「正直言うとね、血縁かどうかの検査なんて必要ないくらいそっくり。見て頂戴、この絵は本当に良く描けているのよ。まるでカルがここにいるみたい」
ヴィオレッタがそう言って顔を伏せた。目元に光るものが見えた気がする。それはそうだろう、行方のわからなかった息子の訃報を聞いてしまったのだから。ベルンもリオも、絵を見上げて見ないふりをする。ギルミアがそっと妻の肩を抱き、彼女の代わりに話し始めた。
「これはカル――カルディクスが成人した頃に描いてもらった絵だよ。我々エルフは君たち人間より年を取るのがゆっくりだからね、ここにカルがいたとしてもおそらくこの絵とさほど変わっていなかっただろう」
そう話すギルミアの声も少々寂しそうに聞こえる。少しの間誰も口を開かず、ただ絵を眺めていたが、やがてヴィオレッタが顔を上げた。
「ごめんなさいね、しんみりさせちゃって。さ、リュカ、そろそろ寝る時間ですよ」
「はい、おばあさま」
リュカが侍女に連れられて出て行った。そしてリュカがいなくなったところでギルミアがもう一杯どうか、と4人に声を掛ける。ソフィアとマリアンヌは積もる話もあるだろうからと遠慮してそれを断り自室へ、結局ギルミアとヴィオレッタ、リオ、そしてベルンが談話室へと移動して、深夜までカルディクスやアルデガルドの話をしたのだった。
翌日、リオの検査が行われた。
朝食後すぐにギルミアとリオが馬車で出かけていき、昼過ぎには戻って来た。
「おう、リオおかえり。思ったよりずっと早かったな」
談話室で待っていたベルンとソフィア、マリアンヌがいつもの調子でリオを迎えた。一方、ヴィオレッタとリュカはずっとそわそわしていたので、ギルミアとリオの帰りを待ってましたとばかりに詰め寄った。
「あなた、結果はどうでしたの」
「ヴィオレッタ、落ち着きなさい。ほら、リュカも」
リュカは駆け寄った後、リオの脚に抱きついてぎゅっとしがみついて離れない。その懐きっぷりに全員が頬を緩ませる。
「リュカ」
リオがそっとかがんでリュカを抱き上げた。リュカはじっとリオの顔を見ていたが、ギルミアを振り向いて少しだけ眉をへにゃりと下げた。
「おじいさま、リオお兄さんはボクのいとこのお兄様のままですよね?」
「ああ、そうだ。リオ――ヴィットーリオは確かに私と同じ血が流れていると証明されたよ。間違いなくカルディクスの息子、私とヴィオレッタの孫だ。おまえのいとこだよ、リュカ」
公爵邸で待っていた全員が喜びの声を上げ、リュカがリオの首に抱きついて嬉しそうにしている。が、ベルンだけはそれほどの反応を示さない。
「ベルンさん、嬉しくないんですか?」
「嬉しいぜ、もちろん。けどな、俺は最初から知ってたからな、まあ当然の結果だなって思うだけだ。あと――いや、何でもない」
首をかしげるソフィアにベルンが「ちょっと先のことを考えちまっただけだよ、心配すんな」と笑いかけた。正直、ひょっとしたらリオがこのままオイーリアの親族の元に残ると言い出すかもしれない、と考えてしまったが、もしそうなったら笑って祝福してやらなければ、とベルンは思う。
「嬉しいわ。孫がこうやって会いに来てくれたんですもの。カルが儚くなってしまったのは本当に辛いけれど、きっとお父様は私にリオを会わせたかったのね」
ヴィオレッタはリオを見上げ、嬉しそうに笑った。ギルミアもその様子を優しい目で見ていたが、ベルンに向き直って頭を下げた。
「ベルン殿。リオの話によると、魔法市国を出た後はベルン殿の家でお世話になっていたとか。ありがとう」
「いや、俺が引き取ったわけじゃねえし、そうかしこまられてもむず痒いぜ?」
「そう言わないでくれ。もちろん君の家族にも礼をせねばならん。ロームのどの辺かな?」
「あー……」
わざわざ言う気はないけれど必要があれば自分の素性を話すつもりだった。以前何となく煙に巻いたので、ちょっと気まずそうにベルンは口を開いた。
「ライナー領っていうところなんだけど」
「ライナー領――あのコカトリスの襲撃があったという?」
「オイーリアまでその話が流れてきてたか。俺の家はそこにあって」
「――そこの領主の嫡男ですよ、ベルンは」
横からリオにばらされた。
「おい、リオ」
「仕返しです」
「ったくよぉ」
結局リオにすべてを話されてしまったのだった。
ギルミアとヴィオレッタは静かに話を聞いて痛ましそうな顔をしていたが、そこからずっとベルンとリオが2人で冒険者として暮らしてきた話を聞き、飾らない2人のやりとりを聞いて、そんな表情は引っ込めてしまった。
少ししんみりとした空気を変えるようにギルミアがポンと膝を叩いた。
「さて、そうしたらリュカの帰還とリオという親族が増えた祝いの席を設けねばな。息子達にも知らせないと。おお、それからリオの魔脈詰まりもなんとかしないとな。アベーレ、準備を頼む」
ギルミアが家令のアベーレに指示を飛ばし始める。よほど嬉しいのだろう、舞い上がって突っ走っているようだ。いつも表情を取り繕う貴族にしては、うれしさが顔に出すぎているのがどこか微笑ましい。
「だがその前にサヴァーヌ公爵とは決着をつけねばな。明日登城してすべてを報告してこよう。サヴァーヌ公爵も逃れられないだろう」
そうして翌日、ギルミアは朝一番に登城していき、すぐにサヴァーヌ公爵の調査が始まった。ベルン達はフォレストラ公爵邸でリュカの護衛だ。
リュカの親であるノルディクスとエメラ夫妻は連絡を受けてすぐに駆けつけ、息子の無事を涙ながらに喜んだ。本当は今すぐにでも連れて帰りたいと言ったが、公爵邸のほうがノルディクスの自宅よりも警備が手厚いということで、サヴァーヌ公爵の処遇が決まるまではフォレストラ公爵邸にリュカを置いておくことになった。そしてリュカがリオに懐いているのを見て、ぜひ護衛をと頼まれたのだった。頼まれなくてもやるが。
ここ数日、リュカはリオといられるのが嬉しいのか、いろいろな話をしてくる。それは自宅で飼っている羊の話だったり、自分の両親の話だったり、フォレストラ公爵邸のある町のはなしだったり多岐にわたった。
「町と言えば、そういえばいろいろと買いそろえに行かなきゃなあ」
「そうですね、食料とか薬とか、だいぶ在庫が減ってきていますよ」
「じゃあ買い出しに行こう! ボクが案内します、リオお兄様」
いとこだということが証明されてから「リオお兄さん」ではなく「リオお兄様」と呼ぶようになったリュカがうれしそうに提案した。
サヴァーヌ公爵は今、城に留め置かれて尋問を受けているはず。あまり危険はないだろうと、ヴィオレッタに許可をもらって町へ繰り出すことになった。
フォレストラ公爵邸のあるロランディの町は、公爵邸を中心に広がる町だ。
ハーフティンバー様式の建物が並び、どの建物にも寄せ植えされた花の鉢が飾られていて華やかだ。オレンジが名産の地域らしく、広場の中心には大きなオレンジの木が植えられていて、いくつか実がなっている。他の町に比べても人通りはずっと多く、活気のある町だ。
「おばあさまに聞いてきたよ! 薬屋さんはこっちだよ」
リオと手を繋いだリュカが広場から南へ伸びる道を指さす。今日は薬屋と食料品店、それにソフィアとマリアンヌが行きたがっていた雑貨屋も見て回る予定だ。
「結局、サヴァーヌ公爵は引退して、公爵家は伯爵に降格。跡目は親戚筋の有能な青年が引き継ぐことになるらしいです。引退した元公爵は、リュカ誘拐の首謀者だったことが発覚しましたからね、よくて幽閉、悪くてコレだと思いましたが」
リオが話しながら自分の首の前で親指を立てた手でキュッと横一直線に線を描いてみせる。
「ひとまずは幽閉ということに決まったようです。国でも1,2を争う公爵家をそうやすやすと潰すわけにはいかないでしょうからね。まだまだ余罪もありそうですし、それをきちんと話させてからということではないでしょうか」
「ああ、そういう……」
貴族のやり方はわかってはいるが、やはり面倒くさいしきな臭い。ベルンはうんざりした顔、ソフィアとマリアンヌは首謀者が断罪されないことがちょっとだけ不満な顔をしている。何しろ二人もリュカをすごく可愛がっているので、そのリュカに辛い思いをさせた前サヴァーヌ公爵にはかなり思うところがあるのだろう。
だがリュカはお出かけがひたすら嬉しいらしく、四人の話は聞いていないようだ。道のずっと先を指さして大きな声で言った。
「あ、ほら! あの角を曲がった先にお店があるらしいよ!」
「リュカ! 待ちなさい」
目当ての店を見つけたからだろう、リュカは繋いでいたリオの手を振りほどいて走り出した。慌てて四人はリュカの後を追う。
角を曲がって一瞬リュカの姿を見失うが、すぐに追いついて角を曲がり――そこで四人が見たものは、マントを着て目を血走らせた男に地面に押し倒され、ナイフを突きつけられているリュカの姿だった。
「生きてやがったなああああ! このクソガキ!」
「ひっ」
「おまえ、何で生きてるんだ! 俺の手下どもはみんなあのロックゴーレムにやられちまったのに! 公爵様を失脚させたのもおまえだろう! よくも俺の金ヅルぐぉあばっ」
最後まで言い終える前にリオの大剣が男を殴り飛ばした。ちなみに鞘は抜いていない。
「リュカ! 怪我は」
「リオお兄様!」
リオがリュカを抱き上げ男から引き離し、うつぶせに転がった男はベルンが背中を踏んづけて確保する。
「今の台詞。こいつが例の親玉さんかぁ?」
ブーツのかかとで背中をぐりぐり踏んづけると、男が「ぐえ」と変な声を出した。
「うん、その人だよ。ボク、覚えてるもん」
リュカがリオにしがみついたままはっきりと言った。
「おう、よく覚えててえらいなリュカ。よし、こいつふん縛ってギルミアさんに」
ベルンがそう言って男に手を伸ばしたときだった。男がベルンの脚めがけて隠し持っていた刃物で切りつけた。
「うお!」
「ベルン!」
ベルンがバランスを崩し、その隙を縫って男が脚の下から逃げだした。
「おい、待て!」
「待てと言われて待つバカはいねぇよ!」
捨て台詞を残して男が逃げる。
「待てって言ってんだろ! ≪スパーク≫!」
ベルンの前に小ぶりな金色の魔法陣が現れ、細い雷のような魔法が鋭く男に迫る。太腿に着弾した途端、男は足をもつれさせドサッと音を立てて派手に転んだ。《スパーク》は《ライトニング》よりも範囲も威力も小さいので、加減して攻撃したいときに便利な魔法だ。
魔法のダメージは思ったより少なかったらしく、男はすぐに上半身を起こした。が、足には力が入らないようだ。
「くそっ」
そして悪態をつきながら振り返ったとき男が目にしたのは、大剣を振りかぶるリオの姿だ。
リオの振るう剣が素ばやく男に降り下ろされ、男が着ていた服だけを切り刻んだ。肌には傷一つつけない。
男はそれを見てそのまま気を失って倒れてしまったのだった。




