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25.ベルンとリオ、リュカを連れて帰る

「ところで、リュカを攫ったのはどこの誰でしょうね」


 ソフィアがぽつりといった。マリアンヌと顔を見合わせて首をかしげる。


「リュカは何か知ってるか?」


 マリアンヌがストレートに聞いた。するとリュカは大きく頷いた。


「え、知ってるのか」

「はい、サヴァーヌ公爵家ではないかと。ここに連れてこられてすぐに、ボクを攫った人たちの親玉みたいな人が来たんです。その人が乗っていた馬の馬具にサヴァーヌ公爵家の紋章がちらっと見えました」


 四人は開いた口がふさがらない。何をやっているんだ、その親玉みたいな奴は。こんな小さな子に看破されるような証拠を堂々とぶら下げてくるなんて。


「――相手が子供だから紋章がついていてもわからないと思ったんでしょうかねえ」

「迂闊すぎるなあ……そのサヴァーヌ公爵家ってどんな家なんだ。公爵なんだから地位が高いことしかわからねえ」

「まあ、今は情報が少ないですからね。ダンジョンを出てから調べましょう」


 男二人でそう話していると、マリアンヌがぽつりといった。


「リュカはしばらくここで捕らえられてたんだろう? 何か証拠になるものとかは残ってないか?」

「そういえばそうだな。でも、そいつらはごーちゃんがやっちまったんだろ?」


 言外にスプラッタなぺしゃんこになっているんじゃ、とベルンが言う。魔獣を退治し、捌くこともある冒険者ではあるが、さすがに人間のミンチは御免被りたいところだ。するとリュカがぽつりと言った。


「でもその親玉みたいな人はすぐ帰っちゃってその後ボクは見てないし、ごーちゃんにやっつけられた人たちの中には入ってないから……何か証拠になるようなものが残ってればいいんだけど。見つかるかなあ」


 リュカがそうつぶやいた、その時だった。ふわっとかすかに光る光の球がリュカの横に現れた。ひとつ現れ、その後に続くように次々現れる。そしてリュカの言葉が終わると同時に一斉にどこかへ飛んで行ってしまった。


「今の、何だ?」

「まさかと思いますが――精霊では」

「精霊?」


 精霊は世界中に存在していると言われている、自然界の各エレメントを司る存在だ。が、残念ながら基本的には見ることも触れることも出来ない。一部の精霊を見ることができる目を持った者か、精霊自身が姿を見せる気になったときだけ見ることが出来ると言われている。

 また、時折精霊に気に入られて精霊が手助けしてくれるようになる「精霊使い」と呼ばれる人間もいるようだが、そんなものはそうそう現れない。

 そのはずなのだが。


「何かさ、今の光の球、リュカの言葉に反応して飛んで行った気が」

「ですね、ベルンさん。私にもそう見えました。オイーリアの人たちはエルフが中心だから、ひょっとして精霊とも盛んに交流していたりするんでしょうか」

「聞いたことないぞ、そんな話」

「でもリュカの言うことを聞こうとしているように見えましたけど。ねえ、マリアンヌ」

「リュカ、なんて言ってたっけ。確か証拠になるものが残っていればいい、とか言ってたっけ」



 その時、光の球が戻って来た。リュカの目の前までわらわらと集まってきて、何かをぽとぽととリュカの前に落としている。


「なんだろう。ボクにくれるの? ありがとう」


 リュカがお礼を言い、光の球が喜ぶようにぴょんぴょんと空中を弾んでいる。リュカはしゃがんで光の球が落としたものを拾い上げた。


「ええと、ピンバッジと、これは何だろう」

「見せてもらっていいですか? リュカ」

「はい、どうぞリオお兄さん」


 ぶっ! とベルンが吹き出すのを背後に聞きながらリオは「ここから出たら絶対にシメる」と内心思っている。いいじゃないか「リオお兄さん」呼びで、とちょっとむっとしている。

 リュカから手渡されたのは、大きな油紙に包まれた紙のようだ。取り出して広げてみると――


「だめです。やっぱりリュカの誘拐犯は頭が足りなさすぎる」

「なんだ? どれどれ――本当だ」


 ベルンも覗き込んで呆れた声を出す。


「ベルンさん、リオさん。何が書いてあるんですか?」

「誘拐の実行犯達へ宛てた指示書です。ご丁寧にサインして、封蝋まで」

「なあリュカ、おまえが見た紋章ってひょっとして」

「はい、これと同じサヴァーヌ公爵家の紋章です」

「……どうするんです、こんなに動かぬ証拠を残して」


 全員が大きくため息をついた。






 ごーちゃんに改めて別れを告げ、一行はリュカを連れてダンジョンを脱出した。


「わあ、久しぶりの外です!」

 外は快晴、雲ひとつない青空が広がっている。空に輝く太陽と同じくらいリュカの表情もキラキラだ。ごーちゃんに守られていたとはいえ、こんな小さな子がダンジョンの奥にずっといるのはきつかっただろう。ベルンは思わずリュカの頭をぐしゃぐしゃと撫でてしまった。リュカは照れたのかリオに飛びつき、足にきゅっとしがみつく。女子二人がその様子を見てキュンキュンしている。


「ねえ、いとこのおにいさんはボクの親戚なんですよね?」

「ああ、そうですね。俺の父親はカルディクスだと聞いています」

「本当にいとこなんですね……! だったら」


 リュカはリオからもらった肩掛けの鞄からベリルサフランを取り出した。


「これ、受け取ってください」

「いや、これはリュカを無事に送り届けてから受け取るって話になってましたよね。もちろんリュカのことはちゃんと守って送り届けるつもりですが、出会ったばかりの俺たちを簡単に信用するのは難しいでしょう? だからそれをリュカが持っていれば安心できるだろうと」

「でも、お兄さんはボクの親戚でしょ? だったら大丈夫ですよね」


 リュカの言い分はくすぐったいくらいにストレートだ。今ひとつ素直にベリルサフランを受け取れないリオをベルンがどついて、結局受け取った。ただし、全部で6輪あったうちの5つだけを受け取る。ひとつはごーちゃんとの思い出と、それこそ万が一はぐれてしまったときの為に持たせておきたかったからだ。

 ベルンが「その話はこれで終わりな」という顔で話を切り替える。


「さて、これからなんだが、ひとまずギルドにベリルサフランを納品しにいこう。悪いがリュカを送っていくのはそれからだな」

「はい、わかりました」

「悪いな、でも一足先にリュカのおばあさま宛てにギルドから手紙を出そう。心配してるだろうからな」

「そうですねベルン。私が手紙を書きましょう。預かり物のこともありますし」

「おう、頼むぜリオ。おまえの方が書くの上手だろ」

「はい」


 言いながらリオがリュカを持ち上げ、肩車をした。リュカは突然高くなった視点に大喜びで、ベルンとマリアンヌはリオの行動に目を剥いている。ちなみにソフィアはにこにこしているだけだ。


「え、リオの奴意外と子供好き?」

「あれ、本当にリオですかねベルン?」

「聞こえてますよ二人とも」


 ぷいっとそっぽを向いて少し早足になるリオ。リュカはスピードが上がって喜び、ベルンとマリアンヌは思わず笑い出してしまったのだった。

 そのせいもあってか、予定より少し早くエルブの町へとたどり着いた。真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かおうとするリオをベルンが止めた。


「なあ、時間も時間だし先に宿を取ろうぜ」


 ダンジョン攻略がどのくらいかかるかわからなかったので、ダンジョンへ向かう前に泊まった宿は一旦チェックアウトしていたのだ。


「そうですね。リュカも疲れているでしょうし」


 なかなかのお兄ちゃんっぷりにベルンとマリアンヌに加えてソフィアまでもがニヤニヤし始めた。そうして宿屋で二部屋取り、部屋に上がろうとしたときにベルンが言った。


「リオ、しばらくは男女別れる部屋割りだからな」

「何でですか。まだ往生際の悪いことを言ってるんですか」

「おまえなぁ。リュカはリオと一緒がいいに決まってるだろ、あんなに懐いてるんだからな。なのにおまえとマリアンヌと一緒の部屋なんて、情操教育に悪すぎる」

「――」


 ベルンがリオに勝利した瞬間だった。

 結局提案通り、ベルンとリオとリュカが同部屋になった。荷物を置き、リュカをソフィアとマリアンヌに任せてベルンとリオは二人で冒険者ギルドへ報告に行った。




 ベルンとリオはベリルサフランを納品すると同時にリュカについて報告した。

 あやふやな部分は除き「誘拐されたらしいリュカを発見し、連れ帰った」「このまま彼を送っていくので、リュカの家族にその旨を連絡したい」、そう伝えたら案の定根掘り葉掘り聞かれたが、当たり障りない程度にぼやかしごまかしてすり抜ける。リュカの出自はともかく、おいそれとサヴァーヌ公爵家を疑っていることを伝えるわけにはいかない。もちろんリオとリュカに血のつながりがありそうなことも伏せる。


 だがことがフォレストラ公爵家絡みのため急を要すると判断されたのだろう。一番速い鷹便で連絡を取ってもらえることになった。事前にリュカから預かった紋章入りのボタンと一緒にリオが書いた手紙を添えて託した。

 鷹便が戻ってくるまで4日ほどかかる。リュカの体調も整えた方がよさそうだし、鷹便が戻るのを待つことになった。


 そうして待っている間にリュカはやはり疲れがたまっていたらしく少し熱を出した。四人で交代して誰かがそばについているようにしたが、やはり一番リオがいてくれるのが嬉しいようだった。

 うとうとと眠るリュカの隣に座るリオに、ベルンがぽんと肩を叩いた。


「そろそろ交代するから、メシ食ってこいよ」

「ええ、ありがとうございますベルン。ここをお願いします」

「おう」


 リオが座っていた椅子に腰を下ろしながらベルンがいった。


「やっぱ血のつながりってすげえな。そんなにそのカルディクスさんはリオに似てるのか。親父さんだろ」

「さあ、俺は物心ついて以来会ったことはありませんから」

「あれ? そういえばリオの両親が亡くなったのって――」

「師匠に聞いたところでは、出産時に母が亡くなり、父は師匠に俺を預けたと聞いています。それ以降会ったことはないですが、亡くなったことだけは聞かされました」

「ってことはリュカは肖像画か何かでリオの親父さんを見たことがあるってことか。すげえな。この年でちゃんと一族郎党の顔と名前覚えてて、しっかり勉強してるんだな」

「ベルンは苦手でしたもんね。人の顔と名前一致させて覚えるの」

「うっせ。実際に会った奴なら忘れねえんだよ」


 もぞ、と布団が動いて声がした。


「おじいさまとおばあさまの屋敷にあるよ、カルディクスおじさまの肖像画。二人とも、すごく大事にしてるよ」

「リュカ、起こしちゃったか」

「調子はどうですか? ああ、熱はすっかり下がったみたいですね」

「おなかすいた」

「何か持ってきましょうか? それとも一緒に食べにいきますか?」


 食べにいくというので、濡れた布で顔と体を拭いてやり、食堂へと連れて降りた。やっと熱が下がったところだからとスープや果物を勧めたが、リュカはがっつりしたものを食べたがり、しっかり平らげてしまった。


「うあ~、もう食べられないよぉ……」

「これだけ食えりゃ大丈夫だな」


 じゃがいもと青豆、ソーセージの煮物。甘く煮たにんじん、レーズン入りのパン。少し多めの量が入っていたのに皿はからっぽだ。この調子で体力を戻したら、フォレストラ公爵領に向かって出発しようという方向で話がまとまった。


「馬車を手配して行きましょう。さすがに子供のリュカを公爵領まで歩かせるのは大変かと」

「まあ、それが現実的だな。頑張って歩かせるのもいいが、さすがに貴族の子を歩かせるのも野宿させるのもちょっとなあ」

「そうですね。では冒険者ギルドからソフィアとマリアンヌが戻って来たら手配しに行ってきます」


 そんな話をしていたら、ちょうどソフィアとマリアンヌが戻って来た。


「ベルンさん、リオさん。ただいまです」

「ただいま! なあなあ、二人とも。鷹便の返事が返ってきたぞ」

「え! 思ったより早かったな」


 女子二人が同じテーブルについて、リオに小さくたたまれた手紙を手渡した。マリアンヌ達はまだ手紙の中を見ていないので、何が書いてあるのか興味津々だ。

 手紙を読んだリオは軽く目を見開いて驚いている。


「――馬車の手配は要らないかもしれません」

「ん? 何でだ?」


 ぴらりと手紙をベルンに手渡す。目を通したベルンも「なるほどなあ」と頷いた。


「どうやらお迎えが来るみたいですよ、リュカ」

「お迎え? お父様? それともおじいさま?」

「手紙の差出人はヴィオレッタ=フォレストラ。リュカのおばあさまですね」

「そして俺たちの尋ね人でもある、と」


 予定より遙かに早くアルデガルドからの依頼は片付いてしまうかもしれない。リュカを引き渡し、アルデガルドの短剣を渡したらロームへ帰ろう。ベルンもリオもこの時はそう考えていた。

 後にそう簡単にいかず、頭を抱えることになるとは知らずに。




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