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23.ベルンとリオ、女子二人に出自を話す~出発!

 入出国管理事務所最寄りの町で冒険者ギルドへ寄り、シレーヌ討伐の報酬を受け取った四人は、タルガ川の出入国管理事務所と王都を結ぶ道から少し南に逸れた位置にあるグレインという町まで足を伸ばしてからギルド併設の食堂で少し遅めの昼食を取ることにした。追っ手達が朝一番の船でこちらへ来るだろうから、できるだけ会わないようにするために遠回りな道を選んでいるのだ。


 オイーリアの食堂はロームの食堂と同じような雰囲気だが、メニューに野菜料理が多いような気がする。

 とはいえギルド併設だけあって肉も魚もたっぷりあったりする。


 手作り厚切りベーコンがゴロゴロ入ったポテトグラタンやアスパラガスのフリット、肉と野菜の串焼きなど、ベルンやリオも大満足のボリュームだ。


「さぁて、これからの計画を決めなきゃな」


 食べ終わった食器を脇によけて、ギルドの受付で購入したオイーリアの地図を広げる。

 彼らの渡ってきたタルガ川はオイーリアの東端に当たる国境だ。


「サンティスからの情報じゃ、俺たちが探している人物は王都かフォレストラ公爵領にいるらしい。どっちから先に行くか?」


 四人で地図を覗き込むと、王都はオイーリアのほぼど真ん中にあった。逆にフォレストラ公爵領は王都の北西に位置しているのがわかる。


「順当に行くなら王都が先ですね」

「王都で会えなかったらフォレストラ公爵領に行ってみるって感じでいいか?」

「そうですね――いや、フォレストラ公爵領に先に行きませんか?」

「なんか理由があるのか?」

「追っ手ですよ。多分朝の船でこちらに渡ってきて、ベルンを探すでしょう。だとしたら、とりあえず王都は候補に挙がりやすい場所だと思うんですよ」

「なるほどなあ、フォレストラ公爵領にピンポイントで探しに来るよりは可能性が高そうだな、王都。それじゃフォレストラ公爵領を目指すとするか」

「ええ、それでいきましょう。ただその前にひとつ提案があります」

「提案?」


 リオの言葉にベルンがわからないといった顔をした。リオはそっと彼の耳元に口を寄せ「ソフィアとマリアンヌにこちらの事情を話すべきなのでは」と囁いた。


「ああ、そうか、そうだな。金の鷲亭の一件もあったし、二人にも知ってもらっておいた方がいいかもな」


 ベルンも首肯してソフィアとマリアンヌへ振り向いた。


「えーと……どこから話したらいいんだ?」




 さすがに人のいる場で大っぴらに話す内容でもないので、ギルド近くの宿を取ることにした。王都へ行くにせよフォレストラ公爵領へ行くにせよ、長旅になるのは必定。つまり念入りな準備が必要になってくる。なので、物資の補給等の準備に時間が必要なのだ。今日はこのグレインの町で買い出しをして荷造り、そして明日以降に出発することになるわけだ。

 取った宿は「緑の子馬亭」。そうして取った部屋に四人で集まり、ソフィアとマリアンヌにいろいろな事情を話して聞かせた。


「つまり【塔】の賢人アルデガルド様の曾孫であるリオさんが、アルデガルド様の娘であるリオさんのおばあさまへの届け物をする、ということなんですね」

「ただ、その相手が公爵夫人ってことか?」

「まあ、そんなところです」


 はあ~っ、と女子二人の口からため息が漏れた。


「それからベルンさんはライナー領主子息で、リオさんはその従者。おまけに家宝のブレスレットのおかげで全属性の魔法が使える――」

「それって、グリムのおっさんが修理してくれたあれか?」

「おう、あたり」

「それで、ブレスレットのことを知らない貴族や【塔】がベルンさんを囲い込もうと尾行していて、それが金の鷲亭でこちらを見ていた三人組で」


 はあ~っ、と再び女子二人の口からため息が漏れた。そしてそのまま沈黙が落ちる。

 ベルンとリオは顔を見合わせた。黙ったままの女子二人は難しい顔をしていて、何となく話しかけにくい空気をまとっている。


 これはきっと怒っている。そうベルンとリオは考えた。婚約者という立場になったというのに、悪い内容ではないとはいえ、もと貴族であったり親族が隣国の重要な立場にいたり、そんなこんな重要な秘密を黙っていたのだ。ソフィアとマリアンヌの反応が恐ろしいと思ってしまった。

 けれどソフィアとマリアンヌの口から出た言葉は真逆のものだった。


「びっくりしました。お二人とも高貴な血筋で」

「その、私たち、リオたちと釣り合わない身分――」

「それ以上言ったら怒りますよ」


 リオが怒ったようにマリアンヌの言葉を遮った。横でベルンがしきりに頷いている。


「そそ。俺もリオもただの平民の冒険者。それ以外の何者でもねぇよ。ただ、貴族の血が流れてること自体は否定しねえ。だからそれがいやだって言われたらどうしようもねえけどな」

「そんなことありません!」

「おう、これからも一緒にいていいんだな?」


 ソフィアとマリアンヌが言葉を重ねるようにして即答した。ベルンとリオの表情が緩む。


「当たり前です」


 リオがマリアンヌの手を取り「これは今夜ゆっくりわかっていただかなければいけませんね」と色っぽく笑ってマリアンヌをおろおろさせている。ベルンもソフィアの隣に座って水色の髪をそっと撫でた。


「あー、振られなくてよかった」

「振るわけないじゃないですか! 天地がひっくり返ってもそんなことしません!」

「ありがとな、ソフィア」





 そうして四人はフォレストラ公爵領を目指して旅に出た。

 もちろん立ち寄る町々で冒険者としての依頼を受けながらの旅である。今も途中に立ち寄ったエルブの町で薬草採取の依頼を受けているところだ。


「それにしても薬草採取なのに推奨ランクがBって、何があるんでしょう」


 ソフィアが歩きながら首をひねる。


「まあ、採取ポイントがダンジョンの中だからだろ。リオ、あのダンジョンについて調べてただろ。どんな感じだ?」

「そういうの全部丸投げですよね、いつものことですけど」

「まあ適材適所ってやつだよな!」

「はいはい――エルブのダンジョン、通称綺羅宝珠のダンジョン。いろんな宝石や鉱石が採取できる人気のダンジョンです。今回の依頼にあった『ベリルサフラン』は貴石でできた花で、花びらを煎じると良質な魔力回復ポーションが出来るということです。出てくる魔獣もゴーレム系がほとんどです」

「ねえねえ、ベリルサフランってどんな花? 絵とかないの?」

「ありますよ。これですね」


 リオがポケットから取り出した紙には色つきの絵が描いてある。花は細長い5枚の花弁がラッパ型に開き、その中央に真っ赤なおしべが見える。葉も細長く、しゅっと伸びたものが根元から生えている。

 そして何より特徴的なのは、数輪描かれているそれがそれぞれ違う色をしていることだ。淡いピンクのもの、水色のもの、緑色のもの。何色ものバリエーションがある。


「うわあ、きれい!」

「へえ、きらっきらだなあ」


 女子二人は目をきらきらさせて絵に見入っている。


「んで、どのあたりに自生してるんだ?」

「浅い階層ではありますね。2階層です。ただ、生えている場所が問題でして」

「というと?」

「身長3メテル越えのロックゴーレムの頭頂に生えているそうです」

「なるほど、それほど危険はないが、採取自体が難しいからのBランク依頼かあ」


 やがて小高い丘が見えてきた。ごつごつとした岩が目立つ丘で、ところどころ淡いピンクの花房をつけた雑草が塊になって咲いているのが見える。

 そしてダンジョンの入り口である洞窟の開口部にもピンクの花が咲いている。そこをくぐってダンジョンへと踏み込んだ。


 2階層はあっという間だ。事前調査通り、出てくるのはゴーレムばかり。そのせいか全体的に天井の高い階層という印象だ。

 リオとマリアンヌが前に出て次々にゴーレムを倒していき、ベルンとソフィアは後方から支援をする。すっかり馴染んできた連携でさくさくと進んでいった。

 そして2階層を進んだずっと奥に、一際天井の高いホールのような場所があった。天井からはところどころに岩がつららのように垂れ下がっているのが見える。


「あれかぁ! 本当に背が高いな」


 そのホールの中心にいるゴーレムを見上げてマリアンヌが感心したように言った。今までは土で出来たゴーレムがほとんどだったが、この大きなゴーレムは岩で出来ているように見える。ずんぐりむっくりした形をしているが、確かに頭の上できらきらとした花が塊で咲いているのが見える。


「あれだな」

「本当に3メテルですか? 2階建ての家くらいありますよ」


 ソフィアはちょっとばかり困ったような声を上げる。場所はホール、天井も高く、どうやってあの頭の上へ行くのか。

 するとベルンがさらっと言った。


「んじゃ風魔法で跳んで頭の上まで行けばいいじゃん」

「「「だめですよ(だよ)!!!」」」


 他の三人が一斉にダメ出しをした。いいコンビネーションだ。


「まったくあんたは、やっと追っ手を撒いたところだっていうのに。自重って言葉を知らないんですか、このニワトリ頭」

「だってよぉ、それが一番簡単じゃねえか。第一、誰もいねえだろ?」

「壁に耳あり障子に目ありと言うんです。そう易々と火と雷以外の魔法を使うなって言うんだよ」

「そうですよ、ベルンさん。それでベルンさんが連れて行かれちゃったりしたら、私、私」

「うっ」


 うるうるっとした目でソフィアに見つめられてベルンはさすがに抵抗できなくなってしまった。


「じゃあ、どうするんだよ」

「ベルンによじのぼってもらいますかねえ」

「俺、サルじゃねえから」

「おや、違うんですか?」

「リ~~オ~~?」



 くだらない言い合いが始まりかけ、マリアンヌが「またか」と諦めムードで肩をすくめる。

 そのときソフィアがおずおずと手を挙げた。


「あの、例えばゴーレムの頭に弓で鍵付きロープを撃ち出してひっかけて、それで何とかゴーレムの頭に上るっていうのは……?」


 他に出てきた案が「とりあえずゴーレムを倒す」くらいしかなかったので、ひとまずソフィアが提案した方法をとってみよう、ということになった。


 長くて丈夫な鍵付きロープを矢に結びつけて準備完了。ソフィアはグリムが作ってくれた弓の風の魔石を起動させ、弓と矢にその魔力をまとわせて思い切り引いていった。弓の力だけで鍵付きロープをつけた矢がロックゴーレムの頭まで届くかどうか不安だったからだ。

 そうして魔力の光が矢に収束していき――


「だめ――っ! 攻撃しないで!」


 いざ射ようとした瞬間、甲高い声がした。見ると小さな子供がホールの入り口から泣きそうな顔でこちらを見ている。8歳くらいだろうか、新緑の色をした髪がくるくると跳ねている。


「子供? ひとりか? なんでこんなところに」


 思わず弓の手を下ろし、剣の柄に掛けていた手を下ろし。

 四人は驚いて子供を見つめるのだった。



 子供は名前をリュカと名乗った。

 ベルン達が攻撃をやめたと言うと、ほっとしたのかその場に座り込んでしまった。あわてて駆け寄ると安心したのか泣き出してしまった。ソフィアとマリアンヌが必死に宥めている。


 緑の長いくせ毛に長い耳をしていて、これはエルフ特有のものだ。オイーリアはエルフの国、色の違いはあれどほとんどがリュカと同じような容姿をしている。だが服装はちょっとばかり違う。少なくともそんじょそこらの平民にはとても見えない豪華な服を着ている。けれどせっかくの豪華な服は所々汚れたりすり切れたりしていて、何かあったらしいことが見て取れた。


 一方、これだけ騒いでいるのに、くだんのロックゴーレムはこちらに注意を向けるように見えない。ただホールの中でうろうろ歩いたり、時折たたずんだりしているので、むやみやたらに襲う性質ではないのだろうか。そう見越してひとまず武器を下ろした。


「おうリュカ、なんであのゴーレムを攻撃したらダメなんだ?」

「だって、ごーちゃんはボクを助けてくれたんだ。ボクのともだちなんだ」

「ごーちゃん?」


 ゴーレムだからごーちゃんなのか。子供のシンプルでかわいいネーミングセンスに女子二人が悶えている。


「そっか、ごーちゃんがリュカを助けてくれたのか。何から助けてくれたんだ? 魔獣か?」

「ううん、ボクをここに連れてきた人たち」

「誰かと一緒だったのか。ごーちゃんがその人達から助けてくれたっていうことは、ここにリュカを連れてきた人たちはリュカの敵なのか?」

「――ボク、おばあさまのところに行くので馬車で旅していたの。その途中泊まった宿で寝てたら急にあの人達が入ってきて、ボクをここに連れてきたの。しばらくここにいたんだけど、ごーちゃんが友達になってくれたからさみしくなかったよ! でもあの人達がナイフでボクを刺そうとして、ごーちゃんが怒ったんだ。それであの人達、みんないなくなっちゃった」


 ベルンとリオは顔を見合わせた。


「この子は誘拐されてしばらくここにいたけど、最終的にここで殺されそうになった。で、この子はロックゴーレムと仲良しになって、殺されそうになったときに助けてくれた、という認識でいいのかな」

「概ねいいと思いますよ。ただ、魔獣であるロックゴーレムと意思の疎通ができるとか、リュカかロックゴーレムのいずれか又は両方が特別な力を持っているのかもしれませんね」


 二人が話している間、ソフィアとマリアンヌがリュカの面倒を見てくれている。水を飲ませたり怪我がないか確認しているようだ。


「それにしても腑に落ちませんね」

「何が?」

「誘拐してから殺そうとするまでに、何日くらいかはわかりませんがリュカを生かしている。何かの事件を目撃したとか、お家騒動でリュカが邪魔だったというわけではなさそうですね」

「ああ、なるほどなあ。誘拐して身代金が手に入る算段がついたから足手まといな人質を殺そうとしたんじゃねえかとか考えてたよ。ちょっと大衆小説っぽかったか」

「へえ、小説なんて読むんですね、ベルン」

「読むよ? 俺をなんだと思ってるんだおまえは」

「まあとにかく、もう少しリュカに話を聞きましょう。さすがにここにおいていくわけにはいかないでしょうから」


 ベルンとリオは、リュカがソフィア達からもらった飴を食べているのを振り返った。どうみてもただのあどけない子供で、妙な陰謀とか事件とかに巻き込まれていいようには見えない。

 ひょっとしたらオイーリア貴族でごたごたしているのか――? そんな考えも頭をかすめる。出来るなら関わりたくない。関わりたくないけれど、だからといってダンジョンの中に子供ひとり置き去りになんてできるわけがない。


「――なあ、ベリルサフランを分けてもらえるようにリュカからごーちゃんに頼んでもらうのはどうだ?」

「奇遇ですね、俺も同じ事考えてました」


 ちょっとめんどくさくなって、ベルンとリオは目の前の問題をとりあえず片付けることにしたのだった。



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