19.ベルン、ウサ耳ぴょんな祭りの夜
この日、ナコッタの村は夜になっても明るく賑やかだ。
宿の女将から聞いた通り、聖節祭のこの夜は、暗くなっても広場は屋台が建ち、人が行き交い、飲んで食べて歌って、みんな陽気に過ごしている。
村の広場にはランタンが吊るされ、蔦やヤドリギといった緑の葉や赤い実のなる枝で飾り付けられ、とても華やかだ。
「わあ、賑やかですねえ」
青い髪に白くて長いホーンラビットの耳をピョコンとつけたソフィアがキラキラした目で笑った。
「ああ」
返事をするベルンは、赤い髪に赤茶のラビット耳をつけている、というかつけさせられている。少々ぶっきらぼうになってしまったのは勘弁して欲しい。ガタイの大きな男がラビット耳なんていい笑いものである。
ちらりと目の端に捉えた相棒は薄茶のラビット耳、先端だけ黒くなっている。そしてリオと並んで歩くマリアンヌは黒髪に合った黒のラビット耳だ。リオが平然としているのがなんだか腹立たしい。
しかし、宿の女将が行っていた通り、この耳をつけているとどの屋台でも割引だったりオマケをしてくれるのだ。
「本当に余所者まで祝ってくれるなんて、気の良い村ですね」
リオが屋台で買ってきた肉の串をみんなにわけながら言った。4本買ったら1本おまけしてくれたそうだ。おまけの1本はどうやらリオとマリアンヌで分けて食べるらしい。
するとマリアンヌが気を利かせて言った。
「ベルン、食べたいか? リオとベルンでわけてもいいんだぞ」
「いや、リオと同じ串から半分こなんて冗談じゃねえ! ただでさえ変な疑い――むぐっ」
ベルンの口に肉串が突っ込まれる。ベルンのぶんだ。そして串を突っ込んだ張本人はにこやかな笑顔をマリアンヌに向ける。
「おやマリアンヌ、俺と同じ串は嫌ですか? わかりました、それでは」
リオがおもむろに肉の小片を串から摘まみ取り、マリアンヌの前に差し出す。
「はい、あーん」
「へ? あ、あああ@%&~*!!!!!」
みるみるうちに真っ赤になってうろたえるマリアンヌの口にリオが肉を押し込み、肉で汚れた自分の指をぺろりと舐めて見せた。
もぐもぐ、ごくんと肉を飲み込んで、真っ赤な顔にほんのちょっぴり涙を浮かべてマリアンヌが叫ぶ。
「リ、リ、リオのばかああああ!」
脱兎のごとく駆け出して、広場から出て行ってしまった。
「あっ、マリアンヌ」
「やりすぎだ、バカ」
ベルンがリオの後頭部をべしっとたたき、追いかけろと発破をかけた。
リオが追いかけていってしまったので、ベルンはソフィアと二人になった。
「まったく、リオの奴は好きな子をいじめて楽しむなんてSなのかガキなのか」
「マリアンヌ、ちょっとからかい甲斐があるのわかります」
「ま、そのうち仲直りして戻ってくるだろ。ソフィア、あっちにホットワインの店があるぜ。飲むだろ?」
「ホットワイン! 飲みたいです!」
「よし、行こうぜ」
2,3軒先の屋台から、ぷぅんとアルコールとスパイスの香りが漂ってくる。はちみつとスパイス、フルーツを赤ワインに入れて温めているようだ。
「おばちゃん、二つくれ」
「あら、新婚さん? おめでとう!」
屋台を切り盛りしていた女性が二人のラビット耳を見てにっこり笑った。
「あ、いや、まだ婚約者で」
「じゃ、もうすぐ結婚だね。じゃあこれはサービスだよ」
そういって小さな紙袋を手渡してくれた。礼を言って屋台を離れ、広場のベンチに座って袋の中身をのぞき込むと、中にはドライフルーツとナッツがぎっしりはいった焼き菓子が2切れ入っている。
「へえ、うまそうだな」
「ベルンさん、焼き菓子好きですか?」
「ああ」
「じゃ、この旅が終わったら私も焼きますね。孤児院の先生に教わったレシピ、すごく美味しいんです」
「へえ、そりゃあ楽しみだな」
焼き菓子とホットワインを空にした頃、広場にいた楽器を持った人たちが賑やかな曲を演奏し始めた。テンポの速い、弾んだ調子の曲だ。とたんに広場にいた人たちが一斉に踊り始めた。ステップは決まっているようだが、輪にならずに好き勝手なところで踊っている。
「あ、みんな踊るんですね」
「どうだソフィア、俺たちも踊るか」
「え? わあ」
ベルンが立ち上がり、ソフィアの手を持って引っ張るようにして立たせた。
「無理ですよ! ダンスなんてやったことありません!」
「大丈夫、俺がリードするし、簡単だから周りを見ていればすぐに覚えちまうよ」
そういって強引にソフィアを連れて踊り始めてしまった。そして片手でソフィアの手を取り、もう片手は腰に。
音楽に合わせてくるくる回ったり、見よう見まねでステップを踏んでいる内にソフィアにもだんだん踊り方がわかってきた。ベルンは慣れた様子でソフィアをリードしてくれる。
やがて曲が終わり、誰からともなく拍手が沸き起こった。
「うまいじゃねえか、ソフィア」
「す……っごく、楽しかったです! 最後の方でやっと踊り方わかってきた感じですけれど」
「村の祭りだ、かしこまるこたぁねえよな。楽しけりゃそれが一番だ」
「それにしてもベルンさん、ダンス慣れてませんか?」
「そりゃな。ガキの頃に叩き込まれたからな」
ベルンは元貴族なので、ダンスも嗜んでいたというか強制的に習わされていた。
「踊るのは本当に何年ぶりかわかんねぇけどよ、まあそれなりだっただろ? 結構体が覚えてるもんだよな」
「すごくかっこよかったですよ! 見惚れちゃいました」
「惚れ……」
ちょっとベルンの頬が赤い。
「お兄さん達、新婚か! そりゃあめでたい! おめでとう!」
「おめでとう!」
広場の人たちが二人のカチューシャを見て一斉に拍手を始める。ソフィアは真っ赤になっておろおろしている一方、ベルンは「おう! ありがとよ!」と大きな声で礼を返しながらソフィアの肩を抱いた。そうして見下ろすとひどく幸せそうなソフィアと目が合って、ちょっとキュンとしてしまうベルンだった。
「ソフィア――」
「ベルンさ――」
「大変だああああああ!」
二人がちょっといい雰囲気になりかけたその時、村の青年が叫びながら広場に駆け込んできた。青年は酷く慌てていて、その場にいた人たちが一斉に彼を見る。
「なんだよダン、せっかくみんないい気持ちで楽しんでるのに」
「それどころじゃない! 魔獣だ! 魔獣が群れで襲ってきてるんだ!」
それまで賑やかにかき鳴らされていた音楽も喧噪もぴたりと止まる。ダンと呼ばれた青年は続ける。
「イビルベアだ! 俺が見ただけで3頭はいた!」
「イビルベアだって?!」
人々の間にさあっと緊張が走る。イビルベアは熊型の魔獣、体長3メートルはある巨体で、パワーも桁違いだ。ナコッタは周囲をがっしりした壁で囲まれ、重厚な扉もあるが、イビルベア相手に安全であるとは言い切れない。
「イビルベアは東門の向こうから来ているから村の西に逃げろ!」
ダンの誘導で一斉に村人が避難を開始する中、ベルンがダンに話しかける。
「おい、それで東門は今どんな状況だ」
「今は門を閉めたからとりあえず大丈夫だ。ザヒーロがひとりで見張ってる」
「大丈夫なのか、それ」
「ザヒーロも強いけど、さすがにイビルベア3頭はひとりじゃきついだろうな。避難が終わったら俺も加勢しに行く」
「いや、それは俺が行こう。あんたは村人を守る方を頼む」
そう言ってベルンがソフィアを振り返った。
「ソフィア、どっかにしけ込んでるリオ達連れて、宿から武器もってこい武器」
「はい! ベルンさんは」
「ひとまず東門に向かう。大丈夫だ、俺は魔法使いだからな」
「了解です。武器持ってすぐ東門に向かいますね!」
「頼んだ!」
人の流れに逆行して東門へ走る。そう大きくない村だ、すぐにたどり着いた。閉じた東門の内側で、槍を構えた大柄の男がイビルベアを警戒している。万が一門を突破されたら戦うつもりなのだろう。情けない姿ばかり見ているが、曲がりなりにもBランクに近いCランク、肝が据わっているようだ。
「ザヒーロ!」
「ベルンの旦那!」
「イビルベアだって? 何頭だ」
「3頭です。そろそろここもやばそうだって思ってたんで、心強いっす」
「いやぁ、冒険者大先輩にはかなわないっすよ」
「今そこでそのネタやるのやめてもらえます? これでも内心ガックガクなんですよ」
直後、メリメリと音を立てて扉がこちらに向けて倒れてきた。イビルベアに壊されたのだ。
「先手必勝! ≪ライトニング≫!」
ベルンが右腕を伸ばすとその先に金色の魔方陣が展開され、すさまじい轟音と共にイビルベアを雷が襲う。イビルベアはのけぞるがすぐに体勢を立て直す。ライトニングが当たったところは黒く焦げているが、どのくらい効果があったのかはいまひとつ見て取れない。
「くっそ、やっぱ杖がねえと効果が半減だな」
「ベルンの旦那、火魔法も得意じゃないですか」
「イビルベアは火魔法に耐性があるんだよ」
「使えねえ!」
言い捨ててザヒーロが槍を構えて突進する。イビルベアの前脚が振り下ろされるのをかいくぐりながら攻撃し、合間を縫ってベルンの魔法が炸裂する。が、もう2匹のイビルベアの侵入を許してしまう。
ザヒーロはあの土下座スタイルからは想像できないくらいに腕が立つ。イビルベアの猛攻をかいくぐり、巧みに槍を操り、何とかそれ以上の侵入を防ごうとしている。
一方のベルンも雷魔法を連発して足止めをする。正直、火力が足りないが、この調子なら増援が来るまでなんとか持ちこたえることはできるだろう。
「……ふええええ」
突然か細い子供の泣き声が聞こえた。はっとして声のする方を振り返る。
少し離れたところにある民家から小さな子供がこちらを見てべそべそに泣いている。
「ばっ、バカ野郎! 早く逃げろ!」
「ザヒーロさぁん!」
どうやらよく知った仲らしい。目に見えてザヒーロがうろたえ、そこへイビルベアが襲いかかる。突進から辛うじて直撃は免れたものの、余波を受けて転がり、民家の脇の物置小屋にしたたかに背中を打ち付けてしまう。それを見た子供がさらに大泣きしてザヒーロに駆け寄ってきた。
「ザヒーロさあああああん!」
「来るな、カン!」
当然のようにイビルベアは無力で小さな子供にターゲットを変えた。打ち付けられた衝撃でまだ立ち上がれないザヒーロが何とか手を伸ばし、子供を隠すように抱きかかえた。
咄嗟にベルンは左手の腕輪に魔力を集める。火魔法に耐性のあるイビルベアの弱点は、その対極にある水属性。
「≪アクアスラッシュ≫!」
詠唱と同時に水が鋭い刃となってイビルベアに襲いかかり、左胸から右肩にかけてを切り裂いた。どさっと重たい音を立ててイビルベアが倒れたが、2頭目のイビルベアが猛然とこちらに走ってくる。ベルンは再び腕輪に魔力を集め――
だが民家の屋根から飛び降りてきた男の大剣がその前にイビルベアをいなす。ベルンは腕輪に集中させていた魔力を霧散させる。
「リオ!」
「ベルン、お待たせしました」
その後ろからソフィアとマリアンヌが来て、ベルンの杖を手渡してくれる。
ザヒーロと子供を女子二人に任せ、ベルンとリオはイビルベアに向き合う。
そこからはあっという間だった。火属性に耐性があるとはいえ、杖で強化されたベルンの雷魔法と、流れるようなリオの剣技の前ではイビルベアは敵ではない。
残りの2頭もあっという間に狩られ、結局村の被害は東門が壊されたこととザヒーロの打ち身だけで終わることが出来た。
3頭の死骸を前に、ベルンがむくれた声でリオをなじる。
「おっせぇよ。ドコでナニしてたんだよ」
「申し訳ありません。宿に剣を取りに行ったりしてましたので」
「ま、間に合ったんだからいいさ――お? おまえ首んとこポツッと赤くなってるぞ」
ハッとしてリオが首を片手で隠し、指摘したベルンがニヤニヤと笑う。
「嘘だよーん」
「!」
みるみるリオの表情が凍てついていく。
「そうですか。嘘ですか。そんなラビット耳の大男に言われてもぜんっぜん恥ずかしくないですけどね。ええ、全然、これっぽっちも」
「耳? あああっ」
そう、ベルンはカチューシャを外し忘れたまま戦っていたのだ。頭の上でラビット耳が「テヘペロ★」とでも言うかのように揺れている。ベルンはカチューシャをむしり取って投げ捨てた。
そうやってベルンとリオがわいわいやっている後ろでソフィアとマリアンヌはザヒーロとカンの怪我の様子を見ていた。
「打ち身と擦り傷くらいですね。広場に戻ってお医者様に見ていただきましょうね」
「あっちも片付いたみたいだ。おっさん、さっきの門番さんだろ? 子供を守る様子、かっこよかったぜ」
2人がザヒーロににっこりと笑いかける。ふんわり幼い雰囲気の美少女と、ビキニアーマーで色っぽい美少女二人に囲まれて、ザヒーロはデロッと鼻の下が伸びてしまっている。
「どっちもいい……天使が2人……」
途端にザヒーロの左耳をかすめるように大剣がザクッと刺さる。彼が寄りかかっている物置小屋の壁に深々と刺さった大剣に冷や汗が噴き出し、そんなザヒーロの鼻っ面に魔法使いの杖がゴリッと押し付けられる。
「見るな触るな同じ場所で息を吸うな」
「次はないと言いませんでしたっけ?(言ってない)」
「ひいいいい! ごめんなさいごめんなさい、命ばかりはああああ!」
結局相変わらずのザヒーロであった。
なお、今回はトサカは無事だった模様。
その後、ナコッタは村を挙げて聖節祭をやり直した。心いくまで飲み食いして、村を守った英雄として更にもてなしを楽しんだ4人は、翌日惜しまれつつナコッタを後にした。
「ところでザヒーロの奴、何でナコッタにいたんだ?」
歩きながらベルンが疑問を口にした。
「ナコッタ出身らしいですよ、冒険者大先輩。あの騒ぎでピエトラに居づらくなって帰ってきたらしいです」
「そうなんだ。にしても真面目に門番やってたのもかなり意外だったよなあ」
「あの時ザヒーロがかばった子供、あの子を拾って育ててるらしいですよ。それで真面目に働き出したとか。なのでナコッタの人たちからは概ね好意的に思われているようです」
「ふうん」
「そうだベルン、思い出しました。あんたあれだけ注意したのに、冒険者大先輩の前で腕輪使ったでしょう」
「あ、あれはだな、咄嗟に」
ザヒーロの前でアクアスラッシュを使ったことを指摘され、ベルンは目をそらす。リオは大きくため息をつき、小さな声で囁いた。
「ザヒーロには口止めしてきました。でも他の誰が見ているかわかりません。本気で、本気でもうちょっと気をつけろこのニワトリ頭」
「ラビット耳の次はニワトリ頭かよ……はい、肝に銘じます」
やがて4人は丘を超え、タルガ川と呼ばれる大きな川を見下ろす坂の上にでた。川には桟橋がかけられ、少し大きめの船が停泊しているのが見える。桟橋を囲むように店や倉庫が並び、それなりに往来はあって賑わっているようだ。
タルガ川は、人の国ロームとエルフの国オイーリアの国境になっており、桟橋の脇には出国手続きの小屋が見えた。数名の乗客がそこを出入りしているのがここからでもよく見えた。
「あの船に乗ればいよいよオイーリアなんですね!」
「うわ、ロームを出るのなんて初めてだ!」
ソフィアとマリアンヌが期待に胸を膨らませて興奮している。それを微笑ましげに眺めながら、ベルンとリオは顔を見合わせて笑った。
「行くか」
4人は桟橋へ向かって坂を降りていった。




