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18.ベルンとリオ、ザヒーロとの再会

「なあ、平民の結婚はなにか手続きをするのか?」


 西に向かって歩きながら、ベルンが言った。人数も増えたことだし、貸し馬車を借りようとしたが、タイミングが悪く借りられなかった。なので四人は次の町までは徒歩で行くことにした。

 ベルンの問いかけにリオは首を捻った。


「さあ、貴族なら国に届けて国王の御璽を戴いた書類を教会に提出して、お披露目の舞踏会を開くものですが」

「舞踏会……!」

「武闘会……!」


 2人の女子が微妙に発音の違うそれに、目をキラキラさせた。マリアンヌのそれは絶対に違うとベルンは思ったが、恥をかかせることもないだろうと流すことにした。


「平民は……孤児院にいた頃に見た話ですが、年頃の男女が教会に揃って祈りに来ていましたよ。たぶん神様に誓いをたてるのだと思います」


 ソフィアが色づく頬を押さえながら言った。


「とりあえずこの西への旅が終わってからだな」

「はい……」


 もじもじとしながら返事するソフィアを、マリアンヌは少しだけ羨ましく、リオに問いかけた。


「なあリオ」

「どうしましたかマリアンヌ」

「私たちも、その……するのか」

「結婚ですか? しますよ、もちろん」


 マリアンヌは目を見開いて驚き、リオの顔をマジマジと見上げる。


「リオはそういうことに興味がないのかと思ったが意外だな」

「酷いですね」


 酷いと言いながら、嬉しそうな様子のリオにマリアンヌは少し引く。


「俺はマリアンヌを大切に思っていますよ。可愛いと思っていますし、男っぽい話し方も、嘘が付けないところも全て愛しく思っています」

「分かった!! もういい!!」


 マリアンヌは頭から湯気が出そうになりながら、少し先にいるベルンたちの方へ走り去った。少しからかいすぎたかなと反省する。



 道中、出てきた魔獣を屠り、素材を剥ぎ取り、野営をしながら進む。やがて、ローム最西端の村、ナコッタが見えてきた。ナコッタは西の隣国オイーリアとの国境で、西街道の最初の村だが、西からの商隊は一気にテルメロマまで行ってしまう事が多く、行商をしながら行き来する商人が立ち止まるくらいの小さな規模の村だ。

 低い防壁と、簡素な門が見えてくる。

 遠くを見ていたリオは、門前に立つとある人物に気付いて、笑顔になった。一度は無くなったトサカが復活している。どうやら真面目に門番の仕事をしているようで、昼間から酒を飲んで新人冒険者に過剰な親切心を発揮するのはやめにしたらしい。入村検査も並ぶほどの列はなく、すぐに左頬に傷跡のある男の前に立った。ギルドカードを手に、リオが笑顔で挨拶をする。


「冒険者大先輩、お久しぶりです。ピエトラ以来ですが、ジョブチェンジをなさったのですか?」

「お、ザヒーロか。久しぶりだな」


 ザヒーロは、ひいっと息を飲むと、口をパクパクして魚の真似をした。そしてガバッとその場に膝をついて土下座する。リオはそれを立ったまま見下ろし、考えるように顎に手を添えた。


「もしかしてこの土下座はナコッタ特有の挨拶なのでしょうか」

「リオ、やめてやれよ」

「こ、殺さないでください。心を入れ替えて真面目に働いてます。ごめんなさい、ごめんなさい」

「何があったんですか?」

「リオ、ちょっと怖いんだが……」


 ソフィアとマリアンヌの声を聞いたザヒーロは、思わず顔を上げた。出るところは出て、締まるところは締まったプロポーションを見せつけるようなビキニアーマーの女戦士と、つるぺた幼女体型の美少女アーチャー。


「どっちもストライク……」


 つぶやいた途端、ザヒーロの目の前に抜き身の大剣が突き立てられた。ザヒーロはヒィッと声をあげて尻餅をつく。ザヒーロのザヒーロがひゅんとなり、ズボンの股間部分の布がじわりと色を濃くした。


「ところで、私たちはもう入っても?」


 リオの威圧に、ザヒーロはコクコクと水飲み鳥のオモチャのように頷くことしかできなかった。



 ナコッタは小さな村ながら、隣のオイーリアの影響を受けているらしく、食堂のメニューは王都で食べられるものとずいぶん違った。

 変わった形の鉄板に、水で溶いた小麦粉を流し、具を入れて焼き上げ、スパイスを煮込んだソースをかけて食べるタックヤッケを人数分頼んだ。香ばしいソースの香りがするタックヤッケが乗った皿を運んできた給仕が、「中まで熱いから、口の中を火傷しないようにね」と言って、4人の真ん中に皿を置いた。


 問題は宿での部屋割りだった。

 ベルンが頑とソフィアと同室になるのを拒んだのだ。ソフィアはみるからにしょぼくれる。

 リオはため息をついて、ベルンを宿のカウンターから離れた場所に引っ張っていく。


「ベルン、何をわがまま言っているんですか。結婚するんでしょう? 同室でいいじゃないですか」

「だってよぉ、腕輪の魔力の補充が……」

「火と雷しか使ってないですよね。減っているとは思えないんですが」

「そうなんだよなぁ! もっとぶっ放したいんだけど」

「やめておいた方がいいです、ベルン。テルメロマからここまで、一定の距離を空けて付けてくる行商人らしき男がいました。野営地も、休憩も、そしてこの村にも付いてきて、タックヤッケの店にも席を離れて座っていました。かなり怪しいです」

「冒険者と一緒の方が道中が安心だと思ったんじゃねぇのか?」

「そうならいいのですが、念の為に腕輪を使う事はしない方がいいです。近くに他の目がある。それだけでも厄介ですから」

「まあ、そうだよな」

「それにベルンは腕輪のことをソフィアたちに早く話したいでしょうが、それも少し待っていてください。今やソフィアとマリアンヌは私たちの弱点。何かあったときに話せる情報は少ない方がいいです」

「わかった」

「今夜は俺はマリアンヌと同室がいいです。さっさと覚悟を決めてください」

「わかっ……だから、それは!」

「なにか問題でも?」

「結婚するまではよぉ、そういうことは慎むべきだろ?」


 リオはふっと鼻で笑う。


「そうですね、ベルンのタガが外れたら猿になりかねません。妊婦を連れて旅などできませんので、そこは自粛してください」

「手が早いお前に言われたくないっつーの。お前こそ妊娠させるなよ」

「言われなくても大丈夫ですよ。だから──」

「今夜は絶対にお前と寝る!!」


 大声でベルンが言い切り、ソフィアとマリアンヌ、そしてカウンターにいた宿の女将さんが驚いた顔でベルンとリオを見た。リオが顔を歪ませる。


「絶対、誤解されましたよ。ベルンのせいです。ソフィアとマリアンヌは、俺たちがならぬ仲だと疑っている節があります」

「え、マジで?」

「夕飯はアンタの嫌いなピーマン山盛り食わす」

「ちょっと、リオさん? 悪かったって、なあ」


 怒るリオに、すがるベルン。そんな姿もまた疑惑を深めているとは、2人は気付いていない。

 女将さんがまず、2人の様子を見て吹き出した。それに釣られてマリアンヌとソフィアも笑い出す。


「アンタたち仲がいいこと。二部屋用意しておくから喧嘩せずに部屋割りを決めな。このお嬢さんたちは、冒険者パーティーの仲間かい?」

「ああ、そうなんだ。で、こっちのソフィアが俺の婚約者」

「おや、もうすぐ結婚するのかい? それはおめでたいことね。それじゃもしかして、こっちのお嬢さんも?」

「ええ、マリアンヌは私の恋人です」


 ソフィアとマリアンヌは、盛大に照れてもじもじしてしまう。


「おやおや。それじゃあちょうどいい。今夜の聖節祭に参加しておいでよ」

「聖節祭?」

「そうさ、元はオイーリアのお祭りらしいから知らないだろうね。祭り好きな村人が多いから、ロームの祭りにオイーリアの祭り、球技大会……農作業の合間に祭りばっかりやってるよ。」


 あはは、と女将さんは豪快に笑った。


「本場の聖節祭は厳かな儀式と祈り、そして家族で新年を迎える祭りらしいんだけどさ。ここらじゃ村人みんな家族みたいなもんだから、広場に集まって、わいわいやるんだ。食堂をやってるところや、子どもらが小遣い稼ぎに屋台をやったり、踊ったりする。でね、今年結婚した2人と、来年結婚する2人は、揃いのお飾りを付けるんだ。で、みんなでそのカップルをお祝いするんだよ」

「いや、でも俺ら、通りすがりの冒険者なんだが」

「なぁに、そんなこと誰も気にやしないよ」


 あはは、と豪快に笑う女将さん。そして、ソフィアとマリアンヌは、その祭りに大いに興味を持ったようで、ソワソワしていた。


「しゃーねーな、んじゃ遊んでいくか」


 ベルンがいうと、ソフィアとマリアンヌは飛び上がって喜んだ。女将さんが、カウンターの横の棚をゴソゴソと漁る。なにをしているのかと思ったら、四つの頭飾りをベルンに手渡した。耳の長い動物……ホーンラビットの耳を取り付けたようなカチューシャだ。


「隣のオイーリアの聖人エローフにちなんだ頭飾りさ。村の決まりだからね、カップルは必ず付けていきな。屋台で割引してもらえるからね」


 全く悪気を感じさせない笑顔で、女将さんはバチンとベルンたちにウィンクを寄越した。




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