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16.5 マリアンヌ、想定外な一夜

(マリアンヌ視点)


 嘆きの女神の泉のダンジョンからテルメロマに戻って1週間が経った。


 私とソフィアは近場で依頼をこなし、そしてリオたちに稽古をつけてもらっていた。リオたちがそろそろ別の街に行くと言うので、今夜はこれまでの感謝を伝えて、夕飯をご馳走しようとソフィアと話し合い、リオたちに稽古を付けてもらった後に、夕飯をご馳走したいと伝えた。二人はそんなことを気にしないでいいといいながらも、招待を受けてくれることになった。

 約束の稽古代ももちろん、その時に渡すために用意してある。3日で銀貨一枚の約束だったから、3枚の銀貨を革袋に入れた。孤児院出身で、まだまだ駆け出しの私たちには大きな出費だけど、教えてもらった技術はお金を惜しんでいいような内容じゃなかった。私たちの未来の命を買うようなもんだ。お金はまた稼げばいいのだし。


 私たちは手分けして買い物や、拠点の掃除をした。テルメロマの街外れの集合住宅の一角が、私たちの拠点だ。王都から遠く、街の中心から離れているここは、治安はそれなりだけど、家賃は安いんだ。ボロっちいけど、修理しながら住んでいる。治安はそれなりって言ったけど、テルメロマは温泉が有名な観光地で、西との交易で盛んだから、領主様が警備隊をしっかり置いてくれているし、比較的低レベルかつ金になるウォーロックの森とダンジョンのおかげで、飢えに苦しんでいるやつは少ないから、本当に治安は悪くはないんだ。


 買い物から帰ってきたソフィアが、腕まくりをして台所に立った。私も並んでパンの生地を捏ねる。これが済んだら、次はパイ生地を捏ねて欲しいとソフィアに頼まれていた。

 玉ねぎとひき肉を炒めながら、ソフィアが真剣な顔で言う。


「私、ベルンさんに告白する」


 散々、ベルンがかっこいいだの、優しいだのと聞かされて耳にタコができている私は、ソフィアは強いなと思った。あんななんでもできる高レベル冒険者に告白する気になるなんて。


「そうか」

「そうかって、マリアンヌもそうでしょ? リオさんのこと、好きなんじゃないの? 明日には出て行っちゃうんだよ? もう会えないかもしれないし、気持ちだけでも伝えたくないの?」


 ソフィアに強い口調でそう言われてたじろいだ。リオのことを考えると胸が苦しくなって、顔が熱くなる。


「そ、そんな告白とか……」

「私は気持ちを伝えたい。そして女に見られたい。意識されたい」

「女にって……」


 すごいことを言い出したな、とたじろぐ。ソフィアは意思の強い眼差しを向けてきた。


「マリアンヌと同じ歳なのに、ベルンさんもリオさんも私のこと子ども扱いするんだよ。分かってるんだから。マリアンヌはいいよね、そういう装備がサイズ合うんだもの」

「いや、これは。動きやすいから」


 じっとりとした視線で胸や腰あたりを見られて、居心地の悪さを感じる。確かに孤児院じゃ、私がいちばん発育が良かったけれど、私はソフィアのような可愛い容姿が羨ましかったんだが。


「とにかく! ベルンさんとリオさんって仲が良すぎるよね! もしかしたらそういう仲なのかもしれないけど、気持ちだけは伝えたいの。協力してくれるよね?」

「そ、そういう仲?」

「だって、宿も同じ部屋だって言うし」

「同性なんだし、そんなもんじゃないのか?」

「ううん、アレは違うと思う。フラれるかもしれないけど……」


 しょんぼりするソフィアを見たくなくて、慌てて言った。


「わかった、協力するよ。なんでも協力する」

「良かった! じゃあマリアンヌは、私がベルンさんと二人きりになって告白するのを、リオさんに邪魔されないように身体を張ってとめてね」


 パァッと花が咲くように笑顔を見せるソフィアに、私は身体を張ってリオをとめることを約束した。



 夜になってベルンとリオが我が家にやってきた。物珍しそうにキョロキョロとしながら、戸口をくぐってくる。

 ソフィアは嬉しそうに、二人をテーブルに案内した。


「どっかの食堂に呼び出されると思ったら、お前たちの家か?」


 戸惑っている様子のベルンが、ソワソワとしながら勧められた椅子に座る。リオはベルンほどは動揺している様子が見えない。どんな時も平常心ですごいな、と尊敬する。


「女だけで住んでる家に男を呼ぶもんじゃない」


 ベルンが顰めっ面でソフィアに説教を始めた。


「でも銀貨三枚の大金を持ち歩くのが怖くて」

「ああ、そうか。それなら仕方がないな」


 ベルンはころりとソフィアの言い訳に納得した。テーブルに置いた革袋を、リオが確かめて懐に入れた。


「じゃあ、食事を並べますね」


 ソフィアと手分けして、ミートパイ、焼きたてパン、スープにチーズと腸詰、焼き野菜串の皿をテーブルに並べた。奮発して買った蜂蜜酒をベルンとリオの杯に注いだ。


「二人で作ったんですよ」

「へえ、どれも美味い」

「良かったー!」


 子ども扱いされると頬を膨らませていたのが冗談のように、ソフィアとベルンは隣同士に並んで座り、話が盛り上がっている。なんだ、いい雰囲気じゃないか。

 二人を眺めて頬を緩めていたら、隣に座っていたリオの顔が近づいてきて、驚いて仰け反った。その反応がおかしかったのか、リオがゆるりと微笑む。無駄にキラキラしくて眩しい。


「マリアンヌはどれを作ったんですか?」

「えっと……パイの皮とパンの生地と、野菜を切って串に刺した」

「へぇ、上手いもんですねぇ」


 リオがパンを千切って口に運ぶ。その仕草を見ていたら、欲しいと思われたのか、千切ったパンを口に突っ込まれた。


「ほら、美味しいですよ。たいしたものです」

「もぐもぐ……ありがとうございます」


 お貴族様が食べるようないい小麦で、バターたっぷりのパンじゃないのに、リオが食べてるとふわっふわのお貴族様のパンみたいに見えるから不思議だよな。

 食事は進み、テーブルの上のものはだいたい片付いてきた。ソフィアはどんどん蜂蜜酒をベルンに勧めるし、ベルンはそれを勧められるままに杯を重ねていた。ワイワイと話題が尽きないようで、二人は魔法の話で盛り上がっている。


「ベルン、そろそろ飲み過ぎです」

 リオが向かいからベルンの杯を取り上げようとしたところで、ソフィアから合図が出た。合図が出たら、リオを引き離して、ソフィアとベルンを二人きりにする予定なんだ。


「な、なぁリオ」


 声を掛けると、杯を取り上げようと手を伸ばした仕草で、リオが私の方を向いた。リオの興味を引くには、リオが興味のある話をしなくては。


「内緒で聞きたいことがあるんだが、少しいいか」


 リオの目が、真意を探ろうとするように、一瞬すっと細められた。そして、心が読めない笑顔がリオの美人すぎる顔に貼り付けられた。


「ええ、構いませんよ」


 席を立つ私に続いて、リオは席を立ってくれた。ベルンは杯を片手にソフィアと語らっているが、そろそろ二人とも眠たそうだ。


 とはいえ、行き先など決めていなかったので、リオを自分の部屋に招いた。リオは少しだけ目を見開いたようだが、また余裕のある笑顔になっている。


「聞きたいこととはなんでしょうか」


 リオの声に警戒心が混じっているのが感じ取れた。


「……リオは、どこかの王族なのか?」


 予想外のことを聞かれたとばかりに、鳩が豆鉄砲を喰らわされたように驚き、それから、空気が抜けたような笑い声を発した。


「大袈裟に部屋を移してまで話をしたいというから、なにかと思えば」


 クククっと肩を揺らしてリオは笑う。


「私は卑しい生まれですよ。今も冒険者をしています。こんな王族がいるとでも?」

「卑しくはないと思う。人はみな神の前では平等だ」

「教会の教えですね」


 優しい笑顔でそう言うと、話はそれだけですか? とドアの取手に手をかけようとする。身体を張れと言われているので、ドアとリオの間にすかさず滑り込む。


「じゃあ、じゃあ、ベルンが大事にしていたあの腕輪は……」


 途中まで言いかけて、リオから発せられる殺気にも似た威圧に息苦しさを覚えた。これは、触れてはいけない話題だったか。予想は確信へと繋がる。


「……リオが……ベルンに……贈ったものなのか?」


 最後まで言ったとたん、威圧は霧散した。いったいなんなんだ!


「はぁ? どういう意味です?」


 聞きたいのはこちらだと思いつつ答える。


「だから、リオとベルンは恋人同士だから、腕輪をプレゼントしたんじゃないのか? 手甲の下に大事に着けて、壊れたら即座に修理してもらうほどに大事にされてるんだろう?」

「何がどうなって、そういう結論になったのかは知りませんが……あなたたちは篤い友情ですね」


 にこりと微笑んだままで、リオは扉に手をついた。戸を背に囲われていると気付いたのは、近過ぎる距離に後退できないと知ったから。


「私が異性を抱けないかどうか、確かめてみますか? どうせソフィアにベルンと二人きりにしてほしいと頼まれたのでしょう?」


 麗しい顔が近づいて、唇を喰まれた。逃がさないとばかりに後頭部を掴まれて、息が苦しい。こんなに美しい人が、こんなに荒々しい口付けをするなんて、想像もしていなかった。ぼんやりしているうちに、背中はクッションの薄い自分のベッドに乗っていた。いつのまに運ばれたのか。


「まったくこの娘たちは計算なのか無防備なのか。男を部屋に入れるってことの意味を、身をもって知っていただきましょうか」


 魔獣を前に、大剣を手にした時のような、酷薄で愉しげな表情がリオの顔を彩る。ぞくりと背中から震えが走った。


「壁が薄いようなので、なるべく声は抑えてくださいね」


 優しい口付けをいくつも身体に落とされ、リオが好きだと何度も言わされた。

 このまま明日別れたとしても悔いはない。

 ソフィアの気持ちが少し分かった。

 ソフィアは自分の気持ちを伝えられたのだろうか。リオの腕の中で、ボロっちい天井を見上げながら、ぼんやりとそう思った。




 事が終わり、気怠げな気分で上半身を起こす。狭く粗末なベッドに寝転がったリオと目が合った。


「どこにいくんです?」

「あ……食卓の片付けに」


 腰に回された腕が解かれる。


「……あちらがまだ最中だったら、どうするんです?」


 思わせぶりなリオの言葉に、顔に熱が集まる。


「それなら、ソフィアは本懐を遂げられたってことだろう?」

「ふふ……男は愛がなくても女を抱けるものですよ……まあ、ベルンはそんなタイプではありませんが」

「……リオは……」


 リオはどうなんだと聞きたいが、答えは分かってる気がした。リオもまたその先を言わない。


「身支度を。一緒に行きましょう」


 リオと私は服を整えて、食卓のある部屋へと戻った。そこには、酔い潰れたソフィアとベルンが、それぞれテーブルに突っ伏して寝ていた。

 告白が成功したのかどうか、さっぱりわからない。とりあえず二人の肩に毛布を掛けることにした。


「旅が終わったら迎えに来ますから、鍛錬を続けるように。死なないで待ってるんですよ」


 リオの唇が額に触れた。熱すぎるそれに、そっと指先で触れる。


「それ、男冒険者がよく言う、都合のいい別れ文句だって、冒険者仲間の姐さんが言ってた」


 リオが弾かれたように笑い出す。

 そんな風に笑える人だったんだって、初めて知った気分だった。


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