16. ソフィア、一大告白! なんだけど
ベルンとリオが西へ向かって旅立つ直前、ソフィアとマリアンヌは二人を招いて食事会をすることにした。もちろんただの食事会ではなく、ソフィアの中にはベルンに気持ちを伝える大切な夜という思いが強い。
マリアンヌには何とかベルンと二人きりにしてくれるように頼み込んだ。少しお酒を飲んで、勢いをつけて思いの丈を伝えるのだ。ソフィアは料理をしながらぎゅっと拳を握った。
そうしてその時は来た。ベルンが少し酔っ払って、リオが「そろそろ飲み過ぎです」とベルンの杯を取り上げようとする。相棒であるリオから見てもベルンは酔っているんだということは、チャンスだ。ソフィアはこっそりマリアンヌに合図を送った。
「な、なあリオ、内緒で聞きたいことがあるんだが、少しいいか」
マリアンヌは嘘がつけない愚直な子だ。リオを誘い出してくれようとする台詞がどうにも棒読みで、ちょっと心配になってくる。それでもリオはマリアンヌの誘いに乗って部屋から出て行ってくれた。
ソフィアは覚悟を決めた。
「あ、あの、ベルンさん」
「んあ? どしたソフィア」
「あの、私、話があるんです。私、実は……」
だめだ。どうしても大切な一言がでてこない。言いよどんでいる内に情けなさと恥ずかしさと、そしてじっとこちらを見つめるベルンの視線にどんどん顔が赤くなっていくのがわかる。
あれだけ告白する決心をして、マリアンヌにも協力してもらったんだ。言うぞ、絶対に言うぞ。
ソフィアはキッと顔を引き締め、もう一度口を開いた。
「ベルンさん! あの――おつきあい、してる方とかいるんですか?」
違う! 話の方向性としては間違っていないけど、それを聞きたかったわけじゃない。いや、聞きたいことでもあるのだけれど。
「俺は定住してない冒険者だぞ? そんなのいねえよ」
「よかった……あ、いえ、その」
「なんだ? 俺に付き合ってる相手がいないほうがいいのか、ソフィアは」
「――はい」
勇気を出してその一言を紡ぐ。そしてその一歩を踏み出せば、あとはもはや勢いだ。
「私、ベルンさんが好きです。だから、他にお付き合いしている人がいないってきいてすごくほっとしました」
「直球だなあ」
「茶化さないでください。私、本気なんです」
「そっか、悪かった。でもなんでこのタイミングで? 俺とリオはもうテルメロマを出て行くぞ?」
「だからです。伝えないで別れちゃうのが嫌だったから。ベルンさんに、忘れて欲しくなくて――」
ぐす、と軽く鼻をすすり上げた。じわっと目頭も熱くなってくる。
話しているうちに気が大きくなってきていることにソフィアは気がついていない。何しろ勢いをつけるために自分も蜂蜜酒を飲んでいたのだ、酔いは確実に回ってきている。
「こんなお子ちゃまがベルンさんに相手してもらえるなんて思ってないです。ただ、伝えて、私を覚えていて欲しくて」
「んなことねぇよ。ソフィアはかわいいよ。それにお子ちゃまなんかじゃないだろ」
「でも! ベルンさん、マリアンヌの胸ばっかり見てたじゃないですか! やっぱりああいうグラマラスなわがままボディが好きなんでしょ! 私みたいなささやかなのはお呼びじゃないんだああああ」
「そんなこと言ってねえって! 俺はな、ソフィアのこと――」
そこで言葉がぴたりと止まる。そして「うー」とうなって少し考えてから顔を上げた。
「俺な、ライナー領があんなことになるまでは貴族のボンボンだったんだよ。あの事件で両親がコカトリスに石化されたおかげで家は取り潰し、俺は平民になった。当時まだ未成年の俺には爵位を継ぐ資格がなかったんだ。
ああ、でもこないだも言ったけど、今の生活は気に入ってるんだぜ? 自由に旅をして、仕事して、好き勝手やって生きてる。最高じゃねえか――ただ、自分でひとつだけ決めてることがあるんだ」
「決めてること?」
「取り潰されたとはいえ元は貴族だ。血筋だけははっきりしておきたい」
酔いが回ってきた頭でベルンの言った言葉の意味を考える。よくわからない。
「どういうことですか?」
「あー……要はあっちこっちに子供作るような真似はしねえ、ってことだよ」
「子供――」
じわじわと意味がわかってきてソフィアはさらに赤くなる。これ以上赤くなったら、内側から膨れ上がって弾け飛んでしまうんじゃないかと思うほどだ。
ベルンがリオの座っていた席にまだ置かれていた蜂蜜酒の杯に手を伸ばして、瓶から手酌で酒を注ぎ、くいっと一息に空けてしまった。ふう、と吐いた息がちょっと酒臭い。
「だからさ、誰かとつきあうときはちゃんと嫁にもらう覚悟までしないとつきあえねえ」
だいぶトロンとした表情でベルンが言った。
ソフィアはちょっとカチンときた。つまり、体よく断りたいということか。
ソフィアは立ち上がってベルンから酒瓶を奪い取り、自分の杯に注いで一気に空けた。
「おぉい、無理すんなよ」
「つまりあれですよね、私とは結婚したくないからつきあえないってことですか。わかりましたー! こんなまな板胸のお子ちゃまじゃ、手ぇ出す気にもなれないってことですよね!」
「んなこと言ってねえだろ! ちゃんと聞けよ、ソフィアのことはかわいいと思ってんだよ、俺は」
「じゃああれですか、結婚してっていったら結婚してくれるんですか!」
「おお、するよ! してやろうじゃねえか! 結婚!」
「言いましたね? 言質取りましたよ? じゃあ結婚しましょう」
「おう、結婚するぞー!」
「じゃ、乾杯しましょう乾杯。ふたりのぉ、みらいをぉ、祝ってぇ」
「おう。かんぱぁい」
「かんぱぁい」
二人でテーブルの残っている杯を持って乾杯した。にっこり笑い合ってかぱっと杯を空ける。
「そしたらぁ、私、ベルンしゃんの奥さんなんだからぁ、一緒に旅にぃ、ついていきますぅ」
「いいぞぉ、一緒にいくかぁ! かんぱぁい!」
「かんぱぁい!」
もう一杯かぱっ。
そうして二人同時にバタッと机に突っ伏して、気持ちよく寝てしまったのだった。
結局ソフィアとベルンは揃って二日酔いで潰れ、出立は一日遅れてしまった。
リオが着々と身支度を調える横で、ベルンがまだ今ひとつ晴れない顔で着替えている。
「どうしましたか、ベルン。まだ二日酔いですか?」
「いや、さすがにもう酒は抜けてるけどさ。なーんか大事なことを忘れてる気がして」
なんだっけな、と首をひねるベルンにリオが部屋の中をぐるりと見回した。
「特に忘れ物とかはなさそうですね」
「そういうんじゃなくて――うーん」
「それともソフィアやマリアンヌに何か伝え忘れたとか?」
「……近い気もするけど――なんだっけ」
「悩みながらでいいですから、支度してくださいよベルン」
そこへコンコン、と扉をノックする音が聞こえた。返事をするとすぐに扉が開き、入ってきたのはソフィアとマリアンヌだった。
「支度は終わったのか?」
マリアンヌがぐるりと部屋を見回し、すっかり片付いているのを見て「さすが旅慣れてるな」と感心している。
けれどベルンとリオは女子二人を見て目を丸くしている。何しろ二人とも大きなリュックを背負い、グリムから受け取ったばかりの武器を携えた旅装だったからだ。
「二人とも、どうしたんですかその格好は」
「ベルンさんが西への旅に一緒に行っていいって約束してくれたからです。リオさん、聞いてないですか?」
「――ベルン?」
リオがぐるりとベルンを振り返る。だがベルンはぽかんとしている。たまらずリオはベルンを捕まえて窓際に行き、逃げないように肩を組んで問い詰めた。
「どういうことか説明してもらいましょうか」
「え? いや~、そんなこと言ったような言ってないような」
「はっきりしなさい」
「言ったけど、夢の中の出来事だとばっかり……だって俺、その夢でソフィアにプロポーズしちゃったもんな」
「――は?」
「怖い、怖いです、リオさん怖いです」
「当たり前です、怖くしてるんですから。どういうつもりですか、仮にも貴族の血筋なのにそう易々と口約束して!」
「だから夢だと思ってたんだってば!」
「けれどそれは夢ではなく、本当に結婚して旅に連れて行く約束をしていた、と」
「あー、そう、みたいデスネ……」
「ベルンはその約束を守っていいんですか?」
「ん~、まぁ……悪くはないかな?」
はぁ、とリオはため息をついた。煮え切らないことを言ってはいるが、ベルンがいい加減な気持ちでこんな重要事項を決めるとは思えない。
ということは、元々ソフィアのことを憎からず想っていたということか。
貴族の血筋だから慎重に、と常日頃言っていたベルンだ。彼が幸せになれるならリオに反対する理由はない。
「わかりました。まあマリアンヌも連れて行けるんだから、俺としてもWIN WINですけどね」
「へ? おまえ、マリアンヌとそういう」
「ご想像にお任せします」
「手が早すぎんだろうが!」
そこまで小声で話し合って、二人はソフィアとマリアンヌを振り返った。
「わかりました。一緒に行きましょう」
「そう来なくっちゃ!」
喜び合う女子二人を見ながら「旅が賑やかになるな」とベルンとリオも笑い合った。




