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15.ベルンとリオ、腕輪完成! と凱旋

「おう、待っとったぞ、小僧」

「小僧って」



 ダンジョンの2階と3階を繋ぐ階段にある扉を開いて中に入ると、すぐにグリムが出迎えてくれた。


「おう、採ってきたぞラピスラズリ。これでいいんだろ」


 ベルンが小袋に入ったラピスラズリを差し出した。グリムはそれを受け取り、中身を検分してにかっと笑った。


「上等だ。ちょいと待ってろ、すぐにやっつけちまうからな」

「ああ、待ってくれ。ちょっと話が」


 ベルンがもうひとつ袋を見せた。中からジャラッと音が聞こえた。


「でっかいレイスからドロップしたんだ。10属性分の魔石。これ使ってさ、あいつらに武器作れねぇか」

「ほう? あの娘っ子たちにか? いいねえ若いっちゅうのは」


 途端にグリムがニヤニヤと笑う。


「そ、そんなんじゃねぇよ。俺達の弟子なんだよ。今回のレイス討伐も頑張ったからな、師匠からご褒美みたいなもんだ」

「え!」

「待ってくださいベルンさん! それはいくらなんでも」


 マリアンヌとソフィアが慌ててベルンを止める。レイスの魔石についてはまだ何も話していなかったが、単純に納品するものとばかり思っていたのだ。


「あー、勝手に決めちゃまずかったか。ソフィア、マリアンヌ。魔石は魔石のまま貰ったほうがいいか?」

「いえいえいえ! そうじゃなくて! 私達なんて大して役にたってないのにいただけません!」

「でもちゃんと働いてんだからよ、素直に受け取っとけ」

「けど!」


 受け取れないと言い張る2人にリオが近づき、マリアンヌの頭にポンと手を載せて耳元で囁いた。


「受け取っておきなさい。案外ベルンはこうと決めたら頑固ですよ」

「ふひっ」


 マリアンヌが耳まで真っ赤になるのをリオが楽しそうに見ている。ベルンはちょっとだけマリアンヌに同情してしまった。


 すったもんだの末、2人にはそれぞれ魔石の入った剣と弓を誂えることになった。弓は風魔法と火魔法の魔石を組み込んで魔法使いの杖としても使えるように、剣には軽量化とスピードアップなどの補助魔法を組み込むために風魔法と支援魔法の魔石を組み込んでもらうことにした。グリムはソフィアとマリアンヌの魔力を確かめたり体のサイズを測ったりして満足そうだ。



「んじゃあやってくるわ。一先ずベルンの腕輪の修理な。すぐ終わらせっから、ちょっと待っててくれや。他のはさすがにすぐにゃ出来ねえからしばらくしてから取りに来て貰う形になるな」

「了解だ。よろしく頼む」

「おう、通路の奥を右に行ったところが住居スペースになっちょる。腕輪の修理が終わるまでそっちで茶でも飲んでてくれ」


 せわしなくそう言うと、ドタドタと通路を左に曲がって走って行った。別れ際のグリムは目がキラキラと輝き、体全体からワクワク感がにじみ出していた。よっぽど魔石やラピスラズリをいじくりまわすのが楽しみで仕方ないようだ。


「はぁ。ま、お言葉に甘えて茶でも飲もうぜ」


 仕方なく4人は通路を右に曲がっていった。





 グリムの言っていた住居スペースは、小さな料理屋くらいの広さがあり、テーブルに椅子、キッチンや棚があり、きれいに整頓されている。奥にもう一部屋あり、そちらはどうやら寝室のようだ。


 さすがに食料を勝手に漁るのは気が引けて、リオがマジックバッグから出した紅茶を淹れることにした。

 従者時代の慣れた手つきで優雅に紅茶を淹れるリオに、女子二人は目をむいている。そして出された紅茶はびっくりするほど美味しい。

 しばらく和やかにティータイムをしていたが、ふとマリアンヌが思い出したように問いかけた。


「なあ、ベルン。あんた腕輪なんてしてたんだなあ」


 瞬間的にベルンとリオの雰囲気が硬くなる。


「――ああ、まあな」

「そっか、大事なものなんだな、ちゃんと直るといいな」


 だがマリアンヌはそれに気づかず言葉を続ける。どうやら単純にそれだけだとわかり、ベルンとリオは少しだけ肩の力を抜いた。


「ああ、ありがとう」


 それだけ答えてベルンは再び紅茶を啜った。



 しばらくして茶も飲み終わり、マリアンヌとリオは部屋の隅で剣の手入れを始めた。ベルンはソフィアとしばらく魔法について話していたが、やがて話のネタも尽きてくる。


「そういやぁさ、ソフィアとマリアンヌはずっとテルメロマに?」


 何とはなしにベルンが問いかけた。別に深い意味があったわけではない。単純に思いついただけだ。


「はい、物心ついた時にはテルメロマの孤児院にいました。マリアンヌも一緒です。その前のことは幼すぎて覚えてないですが、孤児院の先生からは、孤児院の前に捨てられていたって聞いています」

「マリアンヌも?」

「はい。だから私にとって彼女はきょうだいと同じなんですよ。同い年ですけど私の方が早く孤児院に預けられたから、私の方がお姉ちゃんです」

「はは、そうか、お姉ちゃんか」

「あ! 私の方がチビだからって馬鹿にしてるでしょう!」

「んなことねぇよ。ソフィアはかわいいよ」

「かわっ……」


 ボンッ! とソフィアが真っ赤になる。ベルンはにこにこしながらそれを見ている。


「も、もう! からかわないでください! じゃあベルンさん達はどこの出身ですか? 王都?」

「ああ――俺は、旧ライナー領ってとこだ」

「ライナー領……あの、コカトリスの事件の」

「知ってたか。あそこの出身だよ」


 少しの間二人の間で沈黙が流れる。


「――あ~、まあソフィアが思ってること、わかる。俺の親はあの事件の被害者のひとりだ」

「ごっ、ごめんなさい、そんな踏み込んだことを聞こうと思ったわけじゃないんです!」

「いや、隠してることじゃねえからな、気にしないでくれよ」

「はい……」

「ま、俺は親不孝だから親の跡も継げずに今じゃこんなふうに冒険者家業をしてるが、自由気ままだし気の合う相棒もいる。それなりに充実してんだ。故郷があんなことになっちまったのは辛いが、それに囚われ続けるのはよろしくないと思ってるんだよな」


 ぎしり、と椅子をきしらせてベルンがソフィアに向かって机に乗り出すが、椅子も机もドワーフ仕様なのでちょっとばかり小さい。ガタイのいいベルンには少々窮屈そうだ。


「だからよ、俺はただ思い出話をしただけ。ソフィアは『そうなんですね~』なんて笑ってりゃいいんだよ」

「ふふ、そうなんですね」

「そうそう。沈んだ顔より笑った顔の方がかわいいぜ」

「も、もう! ベルンさん! からかわないでください!」


 真っ赤になって怒るソフィアを見てベルンが大笑いしている。

 部屋の隅にいたリオが、ほんの少しだけ目を見開いて二人の様子を見ていた。




「おう、待たせたな! 腕輪直ったぞ」


 ほどなくグリムが住居スペースへと戻って来た。手にはベルンの腕輪を持っている。修復されたそれは、制作者の手で元通りになっただけでなく、新品のようにピカピカに磨き上げられている。


「ほれ、どうだ。持ってみろ」

「おお、ありがとうグリムのおっさん! これで――」


 そう言いながら腕輪をベルンに手渡す。


「ああ、それからこれは魔石を切り取った残りだ。大事に持って帰れ」


 グリムはそう言って革でできた巾着袋を手渡してきた。中から魔石がこすれるジャラッという音がくぐもって聞こえる。それを開けてのぞき込み、ベルンは再び目を見張った。


「おっさん、これ……」

「いいか、本物はこっちだ」


 グリムがベルンの手首を指差して小さく囁いた。ベルンの持つ巾着袋の中には、もうひとつ同じような腕輪が入っていたのだ。こちらも磨き上げられてピカピカだが、最初に渡されたものよりも多少使用感が見える。


「せっかく魔石が揃ったからな、おまえが持ち込んだヤツの劣化版を作ってみた。機能は同じだが、使える魔法はひとつの属性につき初級魔法ひとつ、それもそこまで威力も出ねえし込められる魔力も少ねえ。おまけに一度に使う魔力消費も多い」

「なんだってそんなもん」

「ダミーだ、ダミー。おまえさん、あんまり自重出来なさそうだからな。万が一誰かに強引に取られそうになったらこいつでも渡しとけ。せいぜいプチファイアレベルの初級魔法しか使えねえが、それでも全属性を使える事には間違いねえからな。わざとダミーの方が使い込んだ感じに加工したから、取り上げようとする奴らも本物だって騙されるだろ」

「う」


 ちょっとばかり心当たりがありすぎる。

 ふと目の端にリオが映り込んだ。にやりと笑っている。さてはこいつの入れ知恵かと気がついたが、一体いつグリムと話したのだろうか。ベルンの頭にまたしても疑問が巣くう。

 実はさっきラピスラズリを渡した時、ベルンとソフィアが受け取る受け取らないと言い合いしている間にリオがこっそり頼んだのだが、ベルンは気がついていない。



 そうして四人はグリムの家を後にした。またダンジョンを通り抜け、無事にテルメロマへと戻ってくることが出来た。途中あまりにすいすいと進むため、ソフィアとマリアンヌが「そんな生易しいダンジョンじゃないはずなんだけど」と遠い目をしたが、ベルンとリオは「そうか?」とあまり真面目には取り合っていなかった。


 テルメロマへついてまず最初に冒険者ギルドへと向かった。前回、コカトリス脳死周回をするためにギルドへの報告を怠ったためにえらい目に遭ったことをちゃんと覚えていたからだ。


 ソフィアとマリアンヌも連れて冒険者ギルドに入ると、受付ロビーにはたくさんの冒険者がいた。ちょうど依頼が終わって戻ってくるくらいの時間だから別に不思議なことではない。だが、その人混みの中から「帰ってきた! 彼らだ!」と声が上がった。【月夜の魔狼】のロビンだ。

 そのとたんに大騒ぎになった。


「おまえたち、よくやった!」


 あの女性ギルドマスターが出てきて上機嫌で出迎えた。ロビン達が一足先にテルメロマへと戻り、一切を報告したのだろう。後ろには【月夜の魔狼】の面々も見える。全員が浮き足立っていて、さながら英雄の凱旋を迎えているようだ。

 ちょっとばかりベルンとリオはげっそりする。


「さあ、我がテルメロマギルドの精鋭【月夜の魔狼】を助け、強大なレイスを倒してくれた君たちに最大級の感謝を。もちろん依頼料にも色をつけさせてもらう」

「そりゃあありがたい」


 ギルドマスターとがっちりと握手を交わし、冒険者ギルドに集まっていた冒険者達にもみくちゃにされる。もちろんロビン達にも「今日は奢らせてくれ」と握手を求められた。


 夕方から宴会になった。元々温泉で有名な町、町の人たちは皆気さくで明るく、お祭り好きのようだ。ギルド内での宴会だというのに時折町の人が宴会の輪に加わってはベルンとリオに乾杯を求めてくる。

 それをいなしながらソフィアとマリアンヌ含めた4人でテーブルを囲む。樽に入ったワインを楽しみながら骨ごと焼かれた肉にかぶりつき、柔らかく煮込まれた野菜のシチューを頬張る。

 ワインの入ったジョッキを握りしめながらベルンがぶつぶつ言う。


「あんまり騒がれんの、好きじゃねえんだけどな」

「まあ仕方ないですよ。あのレイスは確かに強敵でしたからね。あのまま倒せず放置していたらますます強大になって、テルメロマを襲っていた可能性もある。それを倒したんですから、そりゃあ英雄でしょう」

「おまえ、人ごとみたいに言ってるけど、おまえも英雄扱いされてんだからな」

「いえいえ、私はしがない従者。主を差し置いて英雄などと」

「こういう時だけ従者になりやがって!」


 そんなやりとりを女の子二人はにこにこ眺めながら見ている。が、そのうちソフィアが口を開いた。


「ベルンさん、リオさん。これで今回の依頼は終わりですけど、これからどうするんですか?」

「ああ、しばらくはこの町にいるよ。グリムのおっさんに頼んでるあれも取りに行かなきゃいけないしな。その後はまた旅に出るつもりだ」

「なら、もう少しの間は一緒にいられるんですね」

「ああ、そうだな。よろしくな」


 ベルンとソフィアが握手し、それにマリアンヌの手が重なる。そして最後に三人の視線に耐えきれないといった様子でしぶしぶリオが手を重ねた。


 賑やかなテルメロマの夜はまだまだこれからのようだ。




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