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12.ベルンとリオ、駆け出し冒険者を助ける

 女性の絹を割くような悲鳴が聞こえた現場に駆け付けてみれば、2人の女性が魔獣に襲われていた。

 街道からは離れているが、周りは草原で、見通しがいい。こんなところに魔獣も好き好んで出てこないはずなのだが、何故かピクシーオークに囲まれていた。

 通常のオークは2メトルを越す大きさで、豚のような顔と人間のような顔を持つが、ピクシーオークは大きいものでせいぜいが人間の10歳の子どもくらいの大きさしかない。豚のような顔はしているが、耳がうさぎのように長く垂れていて、肌はベビーピンク、目は黒目がちでくりっとしている。見た目は可愛いが、集団で手に持った武器で一斉攻撃してくる。冒険者ギルド調べによる冒険者にとって戦いにくい魔獣ランキングに常に上位に入っているのがピクシーオークなのだ。


「アイツら冒険者じゃないのか?」

「なにやってるんでしょうね」

「お前らー! 助けが必要か?」


 少し離れて見ていた2人だったが、ベルンが大声をあげた。その声が届いた女性たちがめいめいに叫ぶ。


「お願いします!」

「いやーーーーぁ!」

「嫌らしいぞ、放っておくか」


 基本冒険者同士は不干渉だ。冒険には危険がつきものだし、実力に見合わない依頼を受けて危険な目に遭うのは自己責任。下手に介入すれば横取りだなんだとトラブルになりかねない。

 放置するほうに天秤を傾けたベルンに、リオが呆れた顔を向けた。


「お願いって声も聞こえましたけど」

「パーティーでの意見は統一しておけよ」

「むしろアレは悲鳴なのでは?」


 ピクシーオークに揉みつ揉まれつしていた冒険者たちから、再び揃って、焦った大声が上がった。


「早く助けてくれーー!」

「助けてくださ〜〜い!!」


 ベルンとリオは杖と剣を構えた。渋面を貼り付けたベルンがリオに声をかける。


「少し偉そうなのがムカつくが仕方がねぇか。行くかリオ」

「はい、ベルン。複属性を使わないように気をつけてくださいね」


 ピクシーオークにベルンの小さなフレイム弾が着弾したのを合図にリオが駆け出した。

 近づくリオに気付いたピクシーオークが数匹、リオに武器を振り上げたが、リオが一閃振り抜いたのち、ピクシーオークたちの振り上げた手首と首が2匹同時に空を舞った。返す刀で更にまた2匹、空を舞う。

 ベルンのフレイム弾が着弾したピクシーオークは火だるまになって転がり回り息絶えた。最後のピクシーオークが地に伏し、リオは血振りをして剣を納めた。振り返ると、ベルンが座り込んでいた2人の女性冒険者に手を貸していた。


「大丈夫か? なんだってこんなところでピクシーオークに囲まれてたんだよ」

「ありがとう、助かりました」


 ベルンの手を借りて、青い髪の少女がゆっくりと立ち上がる。着ている冒険者装備はボロボロになっていて、立ち上がってものの膝がカクカクと震えていた。背中に背負っていた矢筒は空で、手には弓を握っていることからアーチャーなのだろう。


「ほら、そっちのも立てるか?」


 ブルブル震えながらうずくまっていた女性にも声をかける。


「ああ、大丈夫だ。すまない、ありがとう」


 うずくまっている長い黒髪を後ろで一本にまとめている女性もヨロヨロと立ち上がった。ビキニアーマーのアーマー部分が損傷し、もはやただのビキニとなっている。ベルンは、気恥ずかしさに横を向いた。腰には長剣の鞘が革ベルトで固定されている。長剣は少し離れた場所に転がり落ちているのがベルンの目に入った。


「俺らはB級冒険者のベルンとリオだ。なんだってこんな場所にピクシーオークがいたのか分かるか? 場合によってはギルドに報告が必要だな」


 女性2人は困った様子で顔を見合わせ、背の高いビキニアーマーの女性の方が口を開いた。


「私はD級冒険者のマリアンヌ。そっちが弓師のソフィアだ。依頼でウォーロックの森に入ったんだが、ピクシーオークの集団に見つかってな、逃げたんだが追いかけられたんだ」

「こんなところまでか!?」

「ああ、逃げる途中で魔獣寄せの実を踏んだようなんだ」


 ソフィアが隣で肩を落とした。どうやら魔獣寄せの実を踏んだのはソフィアのようだ。

 魔獣寄せの実は小指の先ほどの大きさの赤い実で魔力を蓄えていて、魔獣の大好物だ。魔獣が棲んでいる森にはたいてい自生しており、熟れて地面に落ちると、枯葉に紛れて見つかりにくい。ブーツの底で踏めば、汁が付き、鼻のいい魔獣に追いかけられる羽目になるのは、冒険者ギルド主催の初級冒険者講座で必ず伝えられる。


「ごめんなさい」

「たまたま今回踏んだのがソフィアだっただけ。よくある話だ」


 マリアンヌがソフィアを慰める。


「まぁいいや。じゃあ俺たちは行くぜ」


 ベルンとリオは背を向けた。

 2人が歩き出して少し、リオが付いてくるマリアンヌとソフィアに気づいた。


「なんでお前らついてくるんだよ」

「拠点に帰るだけだ。もしかしてあんたたちも目的地が一緒なのか?」

「お前らの拠点はどこだ?もしかしてテルメロマなのか?」


 ベルンが温泉地として有名な、これから向かおうとしていた街の名前を口にした。すると、2人はコクリと頷く。ソフィアが躊躇いがちに切り出した。


「あの、もしよろしければテルメロマまでご一緒していただけないでしょうか」


 2人のボロボロの装備を見るに、この後満足に戦闘ができるとは思えなかった。


「仕方ねぇな」


 ベルンはガリガリと首の後ろを掻いた。頼られると弱いベルンは、ちらりとリオの顔色を窺う。


「どうするリオ」

「そうですね。同行は許しますが、条件は二つ。それを呑まない限りはお断りします」


 二本指を立てたリオの真剣な表情に、言われた条件は全て呑むつもりの覚悟を決めたマリアンヌとソフィアは頷いた。


「わかった。なんでも言ってくれ」

「それでは。ひとつめ、これからテルメロマに着くまでに討伐する魔獣の素材の報酬は、基本的に俺たちのものとする。もちろん手助けしてくださった場合は報酬を適正に分配します。二つめはテルメロマに着いたら、街を案内してください。おすすめの宿や、食堂などを」


 マリアンヌとソフィアはポカンと間抜け顔を晒した。男二人になんでもと言ったからには、ある種の要望を強要される覚悟もしていたから。実際、臨時パーティーで組んだ男冒険者からそういう目で見られたことも一度や二度ではない。それが嫌で女二人パーティーを貫いてきたのだ。


「そんなことでいいのか」

「拠点にしているなら、詳しくご存知でしょう?」

「もちろんだ。それでよろしく頼む」


 ソフィアも明るい顔でコクコクと頷いた。



 街道まで戻り、四人でテルメロマ方面へと進む。ウォーロックの森は、Dランクが狩場にしているだけあって、半日も歩けば遠くにテルメロマの城壁が見えてきた。ソフィアが踏んだ魔獣寄せの汁の影響か、本来なら街道まで出てこない魔獣が何度も現れたが、ベルンは火の魔法で、リオは剣で倒していった。同じ剣士のマリアンヌは思うところがあったのか、難しい顔をした。


「少しくらいは助太刀ができる場面があるかと思っていたが、さすがBランクだ。鮮やかなものだな。リオ殿に手ほどきしてもらえたら、どんなに強くなれるだろうか」

「わたし、わたしも火の初級魔法なら少し使えるんです。ベルンさん、ファイアアローを教えてくれませんか?」


 二人がキラキラとした顔でベルンとリオを見る。いろいろと秘密があるため、他の冒険者とあまり親しくしないようにしてきた二人は、困ったことになったと内心頭を抱えた。


「もちろん報酬は払う」

「いやぁ、でもなあ。俺たちまたすぐに別の街に発つから」

「……いくら払えますか?」

「おい、リオ?」


 ベルンが戸惑った声をあげた。


「旅には金が必要です」

「でもコカ──」


 リオに口を塞がれたベルンは、むぐっと声をくぐもらせた。リオはにっこり微笑んで指を一本立てた。


「三日間の指導で銀貨一枚でいかがです?」





「お勧めの宿屋はここだ」


 一行は無事テルメロマに入街した。マリアンヌたちの案内で一軒の宿屋の前に案内された。


「それほど大きくはない宿だが食事は美味く、温泉もある。どうかこの街を楽しんでいって欲しい。今回は本当に助かった。私たちは依頼の達成報告に冒険者ギルドに行ってくる。助けてもらったことも報告してくるよ。ベルンたちはこの後どうするんだ?」

「今日は宿でゆっくりするかな。俺たちも明日にはギルドに報告に行くよ」


 ベルンが言った。

 宿の前でマリアンヌたちとは別れ、ベルンたちは宿に入った。問題なく部屋は取れ、まずは温泉につかり旅の疲れを癒した。少し熱めの湯に浸かりながら、ベルンはボヤいた。


「あー、疲れた。あいつらがいるから、火しか使えなかった。あー! 暴れてぇ!」

「充分暴れてたでしょうが。まあ、少し窮屈でしょうが、アンドレアにも言われていたことですし、しばらくの辛抱です」

「リオ、あいつらの指導なんか引き受けてどうすんだよ」

「と、言いますと?」


 しれっと澄ました顔の相棒を横目で見て、ベルンは顔をしかめた。


「魔法も剣も三日でどうにかなるもんじゃないだろ。なのにあんなにふっかけてさ」


 リオは愉快そうに微笑んだ。


「まさかOKするとは思わなくて。ベルンの言うように三日じゃどうにもなりませんよね。どうしましょうか。一時的にパーティーを組んで、実践指導した方が早くはありますが」

「二つランク差はパーティー組めないんじゃなかったか?」

「あー、そうでしたね。端っから誰かと組むつもりが無かったので失念してました」

「リオらしくねぇなぁ!」


 いつも小言を言われる立場のベルンが、リオをやりこめられて、嬉しそうに笑った。





 翌日、テルメロマの冒険者ギルドにベルンとリオは顔を出した。扉を押し開き入って見ると、どこの冒険者ギルドにもある活気ある賑やかさではなく、どこか騒然とした雰囲気を感じた。


「どうしたんだ?」

「さあ」


 二人が首を傾げていると、そこへマリアンヌとソフィアがやってきた。昨日のボロボロだった装備から一新していた。少し値段は落ちるものの様だが、新しく買い替えたようだ。


「おはよう。ベルン、リオ。昨日はゆっくりできただろうか」

「サンキュー。おすすめ通りに食事も風呂も最高だった」


 ベルンが答えると、マリアンヌは嬉しそうに笑って、それはよかったと返した。


「ところで、これはどういった騒ぎなんだ」


 ベルンが聞くと、マリアンヌの横にいたソフィアが口を開いた。


「私たちも昨日報告に来た時に聞いたのですが、実は、この街から東に半日ほど行ったところの嘆きの女神の泉のダンジョンに依頼に行った冒険者たちが帰ってこないそうなんです」

「あそこは元々そんなに難易度の高いダンジョンじゃないんだ」


 マリアンヌも口を挟んだ。ソフィアもこくんと頷き、続きを話す。


「今回、高ランクのレイスが出たということで討伐依頼が出たそうなんですよ。で、このテルメロマ唯一のBランクに上がったばかりの冒険者グループが討伐に行って遭難してしまったので、誰も助けに行けなくて困っているみたいです」


 話し込んでいたベルンたちに気付いたギルド職員が声をかけてきた。


「おはようございます。あまり見ない顔の冒険者ですね。テルメロマは初めてですか?」

「昨日ついたばかりなんです」


 リオは答えた。ギルド職員は、ベルンとリオの得物と本人たちを見比べて、戦士と魔法使い? と内心首を傾げる。


「王都からここまでの道中で討伐した魔獣の素材を買い取ってもらいたいのですが」

「かしこまりました。ではまずは、所在地登録からさせていただきます。冒険者カードをお預かりしてもよろしいでしょうか」


 入街したあと、冒険者ギルドで依頼を受けたり、報告をしたり、素材の買取をしてもらうために、街に滞在している記録を冒険者ギルドに登録をしなくてはならず、この仕組みのおかげで根無草のような冒険者が、だいたいどこにいるかを冒険者ギルドは把握しているらしい。


 ベルンとリオがカードを渡すと周りがざわめいた。Bランクを示す銀色が目に入ったからだ。

 それはギルド職員も同じだった。まさに今、遭難者捜索に行く高ランク冒険者を欲していたのだから。


「あ、あの。もしこれから何か依頼をお探しであれば、ぜひお願いしたいことがあるのですが」

「何を言われるのか、だいたい想像できるが」

「面倒な時に来たものですねぇ」


 ギルド職員の藁にも縋る表情を見て、ベルンとリオはため息をついた。カードの提示を求められたら、こうなるだろうという予想は付いていたのだ。

 カウンターの後ろでギルド職員の1人がどこかへ走り去った。ギルド長に報告をしに行ったのだろうと二人は予想する。


(これは遭難者探索に指名依頼されるだろうなぁ)


 案の定、2人はギルド長室へ案内されることになった。


 テルメロマのギルド長は、美しい女性だった。背丈は高く、筋骨隆々で、戦斧を振り回して戦いそうな雰囲気がある。


「さて、察しているとは思うが、お前たちに指名依頼をお願いしたい。うちのギルド所属のBランクパーティー【月夜の魔狼】が、嘆きの女神の泉のダンジョンで消息を絶ったんだ。後で資料を渡すが、嘆きの女神の泉のダンジョンは、普段は植物型魔獣と水生魔獣が主の三階層しかない小さなダンジョンでな。難易度もそれほど高くない。最下層の嘆きの女神の神殿の中庭にある泉の側では精霊の魔力が宿った魔石や、質の良い薬草が採れるから、比較的低ランクの冒険者でも仕事が出来ていたんだが……」


 ここでギルド長は、紅茶を一口飲んで唇を湿らせた。


「数十年に一度、高ランクの死霊系の魔物が出るんだ。その予測は誰にもできず、予兆もない。ただ生きて帰ってきたものの報告をもって知ることができるんだ」

「では、今回も?」


 リオの問いに、ギルド長は頭痛がするように、こめかみを押さえ頷く。


「ああ、採取依頼に行った低ランク冒険者たちが、死霊系が湧き出しているのに気付いて、依頼失敗になるのを覚悟で、生きて帰って報告してくれたんだ」

「そうだったんですか」

「最下層の親玉レイスを討伐できれば、死霊系魔物はいなくなり、また数十年は元のダンジョンになる。どうか頼まれてくれないか」


 ギルド長は、ベルンとリオに視線を合わせて、それを願った。


「あー、死霊系っつーことは、火魔法でなんとかなるか?」

「ですね、物理攻撃はあまり効かないかも知れません」

「あとは聖属性魔法だな。聖属性魔法の使い手に魔法付与してもらえば、その剣でも斬れるだろう。行く前に教会に寄って行くといい。話は付けておこう」


 ベルンとリオが戦い方を相談し始めると、ギルド長も話に加わってくる。依頼を受ける前提で話していたので、ギルド長は明るい顔で太っ腹なことを言い出した。ちなみに教会に魔法付与を依頼すると喜捨が最低金貨一枚はする。

 腕輪効果で聖属性が使えるベルンは、「なるほど魔法付与か。後でやってみるか」と考えた。


「それから、礼が後になったが、うちのギルド所属のマリアンヌとソフィアが世話になったようだな。礼を言うよ」

「ああ、礼は受け取るよ。助けを乞われた時に、助けられる状況なら手助けするのが冒険者の流儀だしな」

「今どき、なかなかそんな紳士な冒険者は少なくなったがな。私の友、バレリオもいい奴だった。もう冒険者はやっていないがな。よかったら、マリアンヌとソフィアも連れて行ってくれ。足手纏いになることもあるかも知れんが、あそこは少しギミックがあってな。四隅の石を同時に踏まなければ、開かない通路があるんだ。彼女らはこの街の孤児院の出身でな、聖属性というほどでもないのだが、小さな頃から教会で奉仕作業をしてきたせいか、多少のキュアと、死霊を退けるホーリーライトは使えるようなんだ。まあ、まだランクが低いから、今回の討伐に単独では依頼できんが」

「ちょっと待て、いま何て言ったんだ?」


 父の名を聞いて、ベルンは驚いた。ギルド長は目を丸くした。


「マリアンヌとソフィアは多少のキュアと、ホーリーライトが使えるという話だが?」

「違う、その前だ。バレリオと言わなかったか?」

「ああ、そうだ。バレリオを知っているのか? どこぞの領主の息子だったらしい。跡を継がないから、武者修行だと言って冒険者をやっていると知り合った時に言っていた。私が嘆きの女神の泉のダンジョンで採取をしていた時に、ちょうど死霊系魔物が湧き出して、居合わせたバレリオと共闘したんだが、数が多くて、二人とも死にそうになってな。たまたま精霊魔石を採取しに来ていた【塔】の魔法使い、アルデガルド様に助けられたんだ」

「師匠……」

「ここで繋がるのかよ」

「なんの話だ?」


 たまたま【塔】に魔法指導を依頼したら、アルデガルドが引き受けてくれたのだろうと思っていたが、実は既知の仲だったようだ。父が事あるごとに、アルデガルドには恩があると言っていたのは、この事だったかとベルンは納得した。


「なんでもねぇ。それよりマリアンヌとソフィアはDランクだろ? 一時的なパーティーも組めないんじゃねぇのか?」


 ベルンが問うと、ギルド長はゆるく首を横に振った。


「問題ない。昨日の依頼達成で、彼女らはCランクに上がったからな」


 ベルンとリオは顔を見合わせた。

 そして、のびのびと魔法を行使できないよう、外堀が埋まってしまったことに、ベルンは顔を顰めた。







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