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第3次パワフル転生野球大戦ACE  作者: 青空顎門
最終章 転生野球大戦編

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閑話54 まず野手として足掻く(フェリクス視点)

 たとえ心の内がグチャグチャになっていようとも、試合は関係なく続いていく。

 ネーデルラント代表は4点ビハインドで1回裏の攻撃を開始した。

 ジャパンの先発ピッチャーはタクミ・イワキ。

 業腹なことに、彼のステータスもまた当たり前のようにカンストしている。

【体格補正】の関係で最高球速は162km/hに留まっているものの10種類以上の変化球を備えており、打たせて取る傾向が【戦績】から見て取れた。

 好んで使用する変化球はムービング系とカーブ、それとシンカー。

 ステータスを見る限りでは割と俺と似たタイプのピッチャーだと言えるだろう。

 しかし――。


「最後のシンカー。初球と段違いの変化量とキレだった」


 3球三振に倒れてしまった先頭打者の言う通り、タクミは1つの変化球の回転軸や回転数を微調整することによって複数の異なる変化球として確立させていた。

 ネーデルラント総合情報保安局からの情報でそのことは事前に分かっていた。

 ステータスとスキルの効果を現実に落とし込んで応用したテクニック。

 アメリカ大リーグ史上最強のピッチャーとの呼び声も高いサイクロン・D・ファクトもまた、同様の技術を使用しているという報告もあった。

 いや、先に情報があったのは後者だから、むしろそちらがオリジナルか。


 いずれにしても、これらは個人の感覚に依った情報の域を出ていない。

 何せ、映像があるにしても精々斜め後ろから撮った中継視点のみなのだから。

 実態を正確に把握している者は当然ながらネーデルラントには存在していない。

 とは言え、タクミの技術でもサイクロンには敵わないであろうことは明白だ。

 定量的な比較ではないものの、これについては情報保安局員も明言している。

 にもかかわらず、このタクミというピッチャーがネーデルラントの脅威として目の前に立ち塞がっているのは確かな事実だったが。


「フェリクス」

「……はい」


 スティーブに促され、気持ちを落ち着かせようと息を吐きながら立ち上がる。

 2番打者もまた巧みなカーブの使い分けに翻弄され、内野ゴロに倒れていた。

 サイクロンには届かないと評したタクミの立ち上がりすら捉えることができないまま、状況は2アウトランナーなしとなってしまった。

 俺は4番打者なので、ダグアウトを出てネクストバッターズサークルに向かう。

 1回裏に打順が回ってくるかは、少々怪しいところではあるが。


 ……多段的な変化球。高度な技術だ。

 俺達もサイクロンのこの投球術の情報を得てすぐに取り入れられるか検討したものの、精々大雑把に大小2通りに制御するぐらいのことしかできずにいた。

 ピッチャー側もだが、キャッチャー側の負担もかなり大きくなるのが原因だ。

 ただでさえ通常の変化球だけでも10を超える種類があるというのに更に選択肢が増えてしまっては、キャッチャーとしても持て余してしまう。

 サインを決めて覚えるだけでも一苦労だし、配球の組み合わせも多岐にわたる。

 もっとも、タクミとシュウジロウのバッテリーはそれを難なく行っている。

 常に同じチームで戦っている訳ではないにもかかわらず。

 やはり、野球選手としての下地がそもそも違い過ぎるのだろう。


 この試合キャッチャーとして先発しているシュウジロウは、記録を見る限り初等教育段階で全国大会に優勝している。

 報告には同じジャパンのマサキ・セガワのおかげとの記載はあるが、彼の女房役兼2番手ピッチャーとして勝利を積み重ねた経験は決して小さくないはずだ。

 そもそも、野球の試合は勿論のこと練習をまともに行うことができていただけでも、俺達からすると大きなアドバンテージなのだから。


「くそ……」


 重ね重ね【生得スキル】選びが悔やまれ、思わず悪態が漏れる。

 感情が荒れ狂うばかりだ。

 エドアルド・ルイスと対峙した時に感じたのは義憤のようなものだった。

 ジョシュアに否定された時は罪悪感だった。

 一方でこのシュウジロウを前にして抱くのは怒りと後悔と、恐らく嫉妬。

 それらが綯い交ぜになったものだ。

 他者に作用する【生得スキル】を持たないにもかかわらず、自らの手で埋もれ木達をWBW代表選手という高みにまで導いてきた実績は純粋に羨ましくもある。

【経験ポイント共有】はむしろ妨げにしかならなかった。


「ストライクツーッ!!」


 3番打者へのカウントが1ボール2ストライクとなる。

 相手バッテリーは、今度は横の変化球を使い分けてきているようだ。

 見た限りスイーパー、スライダー、カットボールと続いた。

 今のところ変化量を調整したりしている訳では……いや、スライダーの変化がステータスの割に小さいような気がする。

 そうだとすると、決め球は更に変化量を変えたスライダーかもしれない。


 エドアルド・ルイスやジョシュアとの対戦に比べ、何となく気づきが多い。

 シュウジロウ達が少なくとも野球という競技に対しては真摯に向き合い、しっかりと考えてプレイしているからかもしれない。

 同時に俺の心の内の反感が、何か瑕疵を見つけ出そうと彼らの一挙手一投足を捉えようとしているからというのもあるだろう。


 ジャパンの転生者シュウジロウは、自分自身がキャッチャーとしてWBWに出場することができるぐらい日々野球を学んできた。

 これに関しては間違いない。

 エドアルド・ルイスとは当然違うし、自分との大きな差も感じてしまう。


 キャッチャーの育成は転生者としては誰もが通る道なのだと思う。

 野球はピッチャーが肝だ。

 前世で碌にルールを把握していない素人でも少し競技を見れば分かる。

 野球はピッチャーが投げなければ何も始まらないのだから。

 だから転生者はまず自分自身をピッチャーに据える。

 だが、しかし。

 ピッチャーとしての能力が上がり過ぎると、生半可なキャッチャーでは捕るという単純で当たり前に成功しなければならないプレイすら困難になってしまう。

 俺がそこに気づいたのは、高等教育段階で実際に不都合が生じてから。

 そこからは俺も多分に漏れずキャッチャーを急ごしらえで作り上げたが、自分自身も含めていわゆる野球IQと呼ばれるものを磨き上げるには至っていない。

 今もまだ、共に学んでいる最中。道半ばだ。

 それでも本番は待ってくれず、ここにいる。


「ストライクスリーッ!」


 そんなことを考えている間に、バッターは外から入ってきた大きな変化のスライダーを見逃して3アウトチェンジとなってしまった。

 ネクストバッターズサークルから一旦ダグアウトに戻り、グローブを手に取ってセンターの守備位置へと向かう。

 スターティングオーダーでは投手兼指名打者ルールに基づいてDHで出場していたが、首脳陣の判断でDHを解除して守備位置につくこととなった。

 指名打者のままではバッターとしては継続して出場できるにしても、今の状態で守備の間ダグアウトにいては無駄に塞ぎ込んでいくばかりだ、と。

 実際、そうかもしれない。


 センターからジャパンのダグアウトに視線をやる。

 シュウジロウは伴侶のアカネと並んで仲睦まじい様子を見せていた。

 いや、2回表は9番からの打順ということでシュウジロウは1番打者の彼女にネクストバッターズサークルに向かうように促しているから、アカネの方だけか。

【マニュアル操作】では他人同士の【好感度】は見て取れないから、実際にどの程度の信頼関係があるかを把握することはできない。

 少なくともアカネのシュウジロウに対するそれは誰がどう見ても高いと判断するだろうが、シュウジロウからアカネに対するそれはよく分からなかった。


 とは言え、イタリア代表の転生者ルカ・デ・ルカのように互いに【隠しスキル】【比翼連理】を取得できていないこと。

 何より【体格補正】のマイナスが軽減される代償として怪我をするリスクが高まる【全力プレイ】と【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】を取得させていること。

 これらを考えると、正直シュウジロウ側からの【好感度】はそこまで高くないのではないかという予測が立つ。

 他の女性陣にもあのようなスキルを取得させている時点で、人格も疑わしい。

 表向きできた人間のように振る舞っているが、裏ではどうか分からない。

 またぞろそうであって欲しいと願ってしまっている自分自身と、俺にそんなことを願わせるシュウジロウに苛立ってしまう。

 後者は難癖も甚だしいが。


 ともあれ、そうした鬱屈した感情の解消にはやはり勝利が必要で……。

 そのためには相手の追撃を許さないことが何よりも重要だ。


「プレイッ!!」


 重要な2回の表が始まる。

 バッターボックスには先発投手のタクミが立った。

 カンストした【成長タイプ:マニュアル】が9番打者にいる。

 更に言えばスターティングオーダーの7名がそれ。

 シュウジロウの成功の証だ。


 だが、それをそのまま試合の勝敗に直結させる訳にはいかない。

【離見の見】を発動させ、意識を集中させる。

 この強制的にメタ認知を発動させるこのスキルが見せる視界は、サッカーゲームの俯瞰視点や第3者視点に幾分か共通する部分があった。

 それを理解したおかげでまずは守備、次いで走塁の中でいわゆるゾーンに入ることができるようになり、今ではバッティングにも適用できるようになった。

 今はこの最も広い守備範囲を持つセンターとして貢献するために使う。


 ――カキンッ!!


 そしてタクミがコンタクトした瞬間、時間が引き伸ばされた認識の中で打球の速度と方向、角度から軌道をおおよそ予測する。

 右中間、ライト寄りに高く上がったフライ。

 フェンスの上段……風の影響次第では柵越えもあり得る。

 その結論に至るまでの間に既に俺は一直線に走り出していた。

 ライトはほんの少し遅く追いつけない。

 一方の俺はフェンスに阻まれなければ追いつける。

 視界の端でライトは足を緩めてクッションボールに備える。

 俺はフェンスの前に辿り着き、打球を視界の中心に捉えた。


 これはギリギリで入る。

 だから、捕れる。

 タイミングよくジャンプしながら手を目一杯に伸ばし――。


 ――パスッ。


 グローブに負荷がかかった瞬間に、フェンスの向こうからボールをもぎ取る。

 着地してからそれを掲げ、審判にアピールする。


「キャッチッ!!」


 アウトが成立し、ホームランキャッチの成功が告げられる。

 電光掲示板にはリプレイが流され、球場が大いに沸き立った。

 俺が降板したとしても、まだ試合は分からない。

 戦いは始まったばかりだ。

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