322 オランダ代表の転生者
グループDは事前の予想通り、日本とオランダ共にブラジルとアルゼンチンに対して2桁得点を挙げて連勝。
第3戦を互いに2勝0敗で迎えることとなった。
ただ、条件は完全にイーブンという訳ではない。
日本は第1戦のブラジル代表戦と第2戦のアルゼンチン代表戦をナイトゲームで下してきた訳だが、3連戦の3戦目である今日は一転してデーゲームとなる。
一方でオランダ代表は3試合全てがデーゲームだ。
ナイトゲームからのデーゲームという日程そのものはレギュラーシーズンでも割とよくあることだが、それは相手球団も同じである場合がほとんど。
この差をディスアドバンテージと見なす向きが多いのは事実だった。
とは言え、こればかりは仕方のないことだ。
日本が前回大会で惨敗し、第2ポットに降格してしまった弊害なのだから。
その有利不利は他のグループも同様。
第1ポットの国はデーゲームが3試合続く形となっている。
そうした部分の不利も完全になくしたければ勝ち続けるしかないのだ。
「にしても、WBWでもチーム間の格差が酷過ぎるわね」
「まあ、それは、な」
グループDの戦場であるイヴェイダースタジアムの日本代表側ベンチにて。
オランダ代表の試合前練習の様子を観察しながら難しい顔でそんなことを口にした美海ちゃんに対し、俺は少し曖昧に応じた。
昨日アルゼンチン代表戦で好投して勝利投手となった彼女は、精神的に余裕が出たのか朝から少しテンションがいつもより若干高かったが――。
「事前情報通り、昨日までの国とは比較にならないもの」
打撃練習で景気よくスタンドまでかっ飛ばしまくっているオランダ代表の姿を見て、気持ちを引き締め直したようだ。
知識として情報を得ていたが、改めて実物を見て確信を得たのだろう。
比較対象とした2国には申し訳なさそうにしつつも、美海ちゃんは更に続ける。
「ホントにイタリア代表と同等か、それ以上みたいね」
「そんなのがグループリーグの段階で同じグループにいる不運」
「第2ポットだから仕方がないっす」
チーム間、もとい国家間の格差が大きいのはグルーブDだけではない。
むしろ他のグループの方が甚だしいぐらいだ。
何故ならグループD以外はアメリカ、転生者を擁する国、そしてロシアといった突出した戦力を保有する国が2ヶ国以上、同一のグループに入っていないからだ。
1国による圧倒的な1強状態と言っていい。
それらの国は第3戦も淡々と勝利し、グループリーグを1位突破するだろう。
この段階でハードな戦いに臨まなければならないのは日本とオランダだけだ。
クジ引き直し権を得て決勝トーナメントで少しでも優位に戦うために。
そんな重要な試合のスターティングオーダーの発表はまだだが、日本に関しては先程まで行われていたミーティングで選手には周知されている。
それは次の通りだ。
1番 遊撃手 野村茜 村山マダーレッドサフフラワーズ
2番 二塁手 倉本未来 村山マダーレッドサフフラワーズ
3番 左翼手 山崎一裕 宮城オーラムアステリオス
4番 捕手 野村秀治郎 村山マダーレッドサフフラワーズ
5番 中堅手 瀬川昇二 村山マダーレッドサフフラワーズ
6番 一塁手 瀬川正樹 村山マダーレッドサフフラワーズ
7番 三塁手 白露尊 神奈川ポーラースターズ
8番 右翼手 大松勝次 東京プレスギガンテス
9番 投手 磐城巧 兵庫ブルーヴォルテックス
正樹が入った代わりに、以前食事を共にした黒井選手がスタメン落ちとなった。
同じ食事会で一緒だった白露選手はそのまま。
しかし、それは白露選手の方が優れているからということではない。
何度も大怪我をして2度も手術を受けた正樹は、村山マダーレッドサフフラワーズではピッチャー以外だと比較的肩の負担が小さいファーストに入ることが多い。
それを踏襲した形だ。
正樹のような球界屈指の選手と守備位置で競合してしまえば、たとえ実績のあるベテランであっても外されてしまう。
世知辛いがポジション争いとはそういうものだ。
ちなみに黒井選手は代表落ちしている訳ではない。
ベンチにいて、試合では若手のように声を張り上げている。
その懸命な姿はスタメンに名を連ねた若造に発破をかけるものだ。
彼はよく分かっている。
日本代表に相応しい選手だ。
尚、誰が正樹の代わりに落選したかは伏せておくことにする。
「しゅー君」
「ん?」
あーちゃんに呼ばれ、目線をオランダ代表の要注意バッターの内の1人が丁度練習しているバッティングケージから外して彼女が見ている先へと向ける。
すると、見覚えのある顔の巨漢がこちらに近づいてくるのが見えた。
あれはオランダ代表の転生者、フェリクス・ファン・デン・ベルフ選手だ。
それはいいのだが……。
何故か、あからさまに不愉快そうな顔をして肩を怒らせながら迫ってきている。
ちょっと意味が分からない。
意味が分からないが、とりあえずベンチから出る。
『――ええと、初めまして。日本の野村秀治郎です』
そうして、ある程度の距離になったところで俺の方から丁寧に挨拶をする。
オランダ語は分からないが、球場では【外国語理解(野球)】のおかげで言葉の意味は直で伝わっているはずだ。
ちなみに【成長タイプ︰マニュアル】の仲間達には、スキルの存在をカムフラージュするために英語の勉強をして貰っている。
……といった余分な思考が入る程度には間が空いてから。
『俺はオランダのフェリクス・ファン・デン・ベルフだ』
フェリクス選手は素っ気ない口調ではあるが、挨拶はしっかりと返してくれた。
そのことに少しホッとする。
とりあえずメキシコのエドアルド・ルイス選手のようなタイプではなさそうだ。
初対面のはずなのにここまで嫌われている理由は全く分からないが。
『あの、その、俺、何かしましたか?』
本当に心当たりがないので、余計な駆け引きなしに率直に尋ねる。
対してフェリクス選手は、苛立ちを募らせたように表情を歪ませた。
『その自覚のなさ。吐き気がするな』
彼はいっそ憎しみとでも言った方がいいような怒りに燃えた目を俺に向け、それこそ吐き捨てるように告げた。
一層意味が分からない。
『己のことを第一に考えた身勝手なスキル構成の者には負けん』
「スキル構成……?」
意味が分からないとばかりに俺の隣で小首を傾げるあーちゃんを不快げに一瞥してから、フェリクス選手は踵を返す。
『俺は、お前達のような堕落した自己中心的な人間とは違う』
それから彼はそんな言葉を残しながら去っていった。
呆気に取られて黙って見送る。
「……何、あれ」
隣では、あーちゃんがムッとした表情でフェリクス選手の背中を睨んでいた。
【以心伝心】が彼女の激しい怒りを伝えてくる。
「わたし達がどれだけしゅー君に救われたか知らない癖に」
「全くよ」
「ふざけるなっす」
いつの間にか美海ちゃんと倉本さんが傍に来て、口々にあーちゃんに同意する。
更には後ろに正樹と昇二もいて、同じように苛立ったように顔をしかめている。
そんな皆の姿を目にして、俺はかえって冷静になった。
「ま、まあまあ、俺達もあっちの事情は知らないんだからさ」
「それとわざわざ暴言を吐きに来るのとは何の関係もない」
それはその通り。
内心ではあーちゃんに同意しながら、オランダ代表側ベンチに戻っていったフェリクス選手へと再び目を向ける。
同じ転生者だけに、つい何かを汲もうとしてしまう。
「……色々苦労があったんじゃないかな」
あくまでも想像に過ぎないけれども。
【生得スキル】【経験ポイント共有】は皆田君の例を見ても分かるように【成長タイプ:マニュアル】以外の選手がチームにいると勝手に消費されてしまう。
その影響でアマチュア時代に中々頭角を現すことができなかったのだろう、というのは容易に予想できることだ。
普通程度には野球が盛んな学校にある野球部に【成長タイプ:マニュアル】の選手しか在籍していないなんてことはまずあり得ないからな。
それこそ弱小校に行って有名無実な野球部を乗っ取り、チームメイトを【成長タイプ:マニュアル】の選手だけで構成するぐらいでないと状況は覆せない。
とは言え、それもまた皆田君のようにスキルの存在を知らなければ単なる運動音痴と思い込んで終わりだっただろう。
正に知らぬが仏だ。
何より、転生者は生まれる直前に【生得スキル】を自らの意思で選ぶ。
フェリクス選手は俺やエドアルド・ルイス選手と違い、先々のことを考えてチームスポーツに必要なものとして仲間と共に成長できる能力を欲したに違いない。
実際に【経験ポイント共有】などというスキルを取得しているのだから、この予想は外れではないだろう。
前世でも彼は人がよかったんじゃないかと思う。
まあ、野球狂神に拾われた時点で人がいいだけの無能だったのかもしれないが。
いずれにしても、その善意のせいで今生は、あるいは今生もまた苦労の連続。
名声が得られるでもなく、俺のように実力を隠すムーブができる訳でもなく。
10年以上経ってようやく環境を整えることができる状況になったものの、精神的に参ってしまっても不思議ではない。
【成長タイプ:マニュアル】の子の【成長ポイント】も有限だし、自分を含めた特定の数名だけに集中して使ったことも考えられる。
そうした取捨選択もまた、鬱屈した感情を生む要因となったんじゃなかろうか。
挙句、俺やエドアルド・ルイス選手のように自分専用の【生得スキル】を取得して、傍から見て半ばイージーモードのようにやってきた転生者もいる。
恨み、妬み、嫉み。そうしたものが胸の奥に渦巻いてもおかしくはない。
逆恨みと言えば逆恨みだが……。
2度目の人生でもままならないとなれば、堕ち気味になっても不思議じゃない。
もっとも――。
「苦労したからって何を言っても許される訳じゃない」
それもまたその通りで、あーちゃんの怒りは収まらない。
俺のフォローも全くの無意味だ。
「叩き潰す」
「あー……空回りしないようにな」
「ん」
俺の想像が正しいか誤っているかは分からない。
けど、いずれにしても。
フェリクス選手は無駄にこちらの士気を上げただけだったな。




